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斎藤龍興は、まだ生きている!私の今期一番の推しキャラです。再登場嬉しい。「一乗谷に、長く居すぎたか」朝倉義景、まさに井の中の蛙。かつての美濃国主時代の自分を重ね合わせていたか。なんなら、朝倉陣営でいちばん戦が分かってる風なのが、龍興です。着実に成長してる、ように見えるのは、私の贔屓目でしょうか?濱田龍臣さん、今回も生き残った。まだまだ出番あるはずです。本能寺にも絡んでこないかな。なんなら最終回まで生き延びて欲しい。ちなみに斎藤龍興は、一般的には、天正元年(1573年)8月の「刀禰坂
1日空けてのblogと思ってたんだが・・wちょっと怖い😱話があるのでそのつもりで。昨日の大河ドラマの直前に「ダーウィンが来た!」がある。現役の時は大河を録画で鑑賞していたんだが。現役引退して8年ほど・・今や「生」大河!よって直前の「ダーウィンが来た!」ついつい見てしまう。これ、怖いから大嫌いだったんだが・・皆様ご存じかと思いますが「自然界の弱肉強食」昨日はヒョウが鹿?の首元を・・更には、ヒョウとボス猿のそれぞれの子供を守る為の生死を掛けた戦い^_^;す、凄
5月4日月曜日みどりの日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物武田信玄(高嶋政伸)武田信玄(たけだしんげん)/武田晴信(たけだはるのぶ)戦国時代の武将。甲斐の守護大名・戦国大名。甲斐源氏の第19代当主。武田氏の第16代当主。諱は晴信、通称は太郎(たろう)。正式な姓名は、源晴信(みなもとのはるのぶ)。表記は、「源朝臣武田信濃守太郎晴信」。「信玄」とは(出家後の)法名で、正式には徳栄軒信玄。尾張の織田信長とは永禄年間から領国を接し、外交関
■【ナレーション付き映像で見るカシャリ!庭園めぐりの旅】楽山園3大名庭園「楽山園」の南東庭園と茶室・凌雲亭群馬県甘楽町若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間に旅をしたのか、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ!ひとり旅】をしてきました。旅のテーマは寺社や庭園めぐりです。日本には「日本庭園」と呼ばれる庭園だけではなく、「イングリッシュガーデン」など、海外の庭園形式をした庭園も多数あります
<2月6日>投宿していた仙台のホテルからの朝の散歩。東北電力本店ビルの向かい側の小路を抜けて行こうとしたら、そこにお寺がありました。「満願寺」とあります。どうやら裏側から侵入したようでした。位置関係はこうなります。道路が斜めに走っているのは、藩政時代の名残と思われます。境内には小さな本堂があります。「満願」とは何とも縁起のいいなまえです。表側へ回って山門前へ。まだ門は開いていません。「由来」を読むと、建立は天正元年ですから、室町幕府が滅亡して、織田信長が
おはです。詰め込みすぎだって!って感じです。大河ドラマ『豊臣兄弟!』第17話「小谷落城」OPなしで始まり、義昭公お忍び信玄スカウト、三方ヶ原の戦いで本多忠勝登場、信玄毒握り飯を回避するも自分の餅を喉に詰まらせて上京できず、義昭公はのっぶに反抗したことがバレて追放され、朝倉景鏡が朝倉義景の首をはねて一乗谷を守り、小谷落城で豊臣兄弟vs浅井長政との相撲一番勝負、お市様の介錯で浅井長政切腹……。おぉーい!詰め込みすぎじゃねえですか??ていうか、信玄が病死でなくて餅を喉に詰まらせたって……え
最近のドラマの中の織田信長は小栗旬とかTAKAHIROとか身長が高くてかっこいい。実際には166cm〜170cm前後だそうだ。なぜこんなことが気になったかというと以前江戸博物館に行った時に色々な武将の体格がイメージと違ってびっくりしたから。なんか最近ググって違う楽しみ方をしてしまっている😜
昨夜のMHK「豊臣兄弟」第17回「小谷落城」。技術革新で、物理的に在り得ない様々な動画が、容易に作成できる世の中になったことを、日々、実感させらている。「織田信長」の妹であり、「浅井長政」の妻でもある「お市の方」が、腹を切って姿勢の崩れた夫「長政」の首を、普通の「打刀(うちがたな)」(刃を上にして帯にさす)ではなく、長くて重たい「太刀(たち)」(刃を下にして腰に吊るす)で落とすというシーンを見て、余りにリアリティに欠ける筋書きに、まるでテレビやスマホのゲームを
松下洸平、小栗旬の目力にセリフ飛ぶめざし差し出された場面はアドリブ仲野太賀主演の大河ドラマ「豊臣兄弟!」(NHK総合・毎週日曜午後8:00ほかで放送中)で徳川家康を演じる松下洸平と石川数正役の迫田孝也が3日、静岡県浜松市で行われたトークショーに登壇し、撮影の裏側を語った。応募総数は約12,700件、当選倍率は42倍だった。大河ドラマ第65作となる本作は、豊臣秀長(小一郎/仲野)が兄・秀吉(藤吉郎/池松壮亮)とともに下剋上の世を勝ち抜き、天下統一を成し遂げるまでの軌跡を描くストーリー。
ご訪問ありがとうございます遊ぶように学ぶ子に育つ家庭学習法【親勉】インストラクター水嶋美和です超高齢出産で娘を授かったがゆえに「しっかりした子に育てなきゃ!」の呪縛にとらわれて早期教育からプリント学習まで手を出し挙句の果てに親子バトルが勃発そんな私が救われたのが1週間で遊ぶように学ぶ子に育つ家庭学習法【親勉】私のように子育てに不安を感じているママに少しでも楽になる方法をお伝えしていきます車内のグズグズが一瞬でひっくり
さてさて…摂津国の野田・福島に城塞を築いて篭城する三好三人衆たちに対して…信長は激しい攻撃を加え続けました🔥双方共に鉄砲戦を得意とする傭兵集団である紀州雑賀・根来衆を擁していたのですが…数に勝る信長勢(将軍義昭も同陣)の方が徐々に優勢となった所で…これでは勝ち目がないと思ったか⁉️三好方より和睦の申し出があったのですが…信長はこれを一蹴🦵今度こそ獅子心中の虫である三好三人衆の息の根を止める‼️という断固たる姿勢を見せたのですが…ここでまた…一度あることは二度ある‼️とでもい
今夜の豊臣兄弟です。武田信玄が、対織田への兵を挙げました。遠江に侵攻し、三方が原で迎え撃った徳川家康は、大敗しました。そして引き上げましたが、、。しかし、武田信玄は、家老が持って来た毒饅頭を家老と一緒に食べてしまいました。苦しんで亡くなった家老。武田信玄も亡くなりました。ここで、登場は終わりですか?武田信玄は、もっと活躍した筈です。足利義昭将軍も京で挙兵し、織田信長は絶体絶命と思われました。朝倉氏の棟梁です。又、織田信長に攻められています。浅井長政は、織田信長に寝返りました。
※オタク記事です。今夜だけ許して浅井長政様の仏像こんばんは。この時間に投稿だ。先ほど、大河ドラマ「豊臣兄弟」を観たーー小谷落城。歴女なら、大河ドラマのその先の展開なんて、もう知っている。史実通り、浅井長政は織田信長に攻められて、城は落ちる。知っている。知っているさ。それでも――悲しいね。画面の向こうで起きているのは、何百年も前の出来事なのに、どうしてこんなに胸にくるんだろう。戦国武将には、魅力的な人がたくさんいる。強さも
天は儂に味方している大河ドラマ「豊臣兄弟!」の最新情報-NHK加勢を頼みに、将軍・足利義昭が武田信玄のもとを訪れる信玄は義昭の頼みを受け、遠江へ侵攻し三方ヶ原で徳川家康と激突しかし徳川軍はまったく歯が立たず><京では義昭が挙兵――信長の命運が尽きたかに思われた、その時!武田軍は突如として撤退する実は武田信玄が急死し、総大将を失った軍は戦を継続できなかったのだ天は信長に味方した――このことで戦況は一変し、朝倉は御印をもって投降信長は浅井に対し、秀吉と小一郎
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「豊臣兄弟」見てますかぁ〜地獄のような姉川合戦の後、もっと悲惨なことが…ってことで第16話の感想ぉ!姉川の戦いの後、浅井も織田も憔悴してましたね。信長さんは家臣に励まされてたねそれでも信長は浅井を許さない!再び浅井、朝倉攻めを行います。ここで信長は浅井方の武将、宮部の調略を藤吉郎に命じます。なんだぁ〜この兄弟宮部は藤吉郎に身内の子を預ける…ようは人質を出すように求めます。それなら織田につくと…藤吉郎も小一郎も自らの実子はおらず…ここで候補になったのが、姉
今回からは小牧山城の紹介です。2026年4月4日に訪問しました。墨俣城の次に来たので、雨降りの上に強風まで吹きました。1492年に小牧山で狩人が鹿を射たところ、鹿はたちまち7つの石に変化し、御光を放つ観音像が出現し。狩人は自身の殺生を悔い改め、小牧山に草堂を築いて奉仕しました。1505年に尾張守護斯波氏の家臣である、林心斎により龍音寺が創建されました。1560年6月に織田信長が桶狭間の戦いに勝利します。1562年2月には徳川家康と清須城において清洲同盟
京都府立植物園春の花いつ行っても楽しませてもらっています。桜の次が春の花で色とりどりです。年間パスを利用させてもらっています。5月15日の葵祭は、植物園の近くを上賀茂神社まで行幸するので多くの見物客が列をつくっています。でもこの日は岡山の鬼城山へ行くのでお祭りは見れないですね。京都市左京区・北山エリアにある公立植物園で、日本で最初の公立植物園として1924年に開園した歴史ある施設です。面積は約24ヘクタールと広く、芝生広場や自然林、洋風庭園、温室などがあり、ゆったり散策できます。外国人観光客
滋賀県八幡市安土城跡2026年5月2日(土)今年もあっという間に5月、ゴールデンウィークの始まりですGW初日は少し遠出して以前より行ってみたかった安土城へと行ってきました金山からJRに乗って出発JRで約一時間…米原へ米原までは新幹線でも行けますがこの位の距離だと在来線との時間差は2~30分程+2000円と思うとちょっとコスパ悪めです米原でJR琵琶湖線に乗り換え、普段見ない色の電車が居ると遠くに来たと感じます米原から琵琶湖線で30分、安土駅に到着です駅前の信長像最近のイ
彦根でのキャライベントに行くときに車で近くを通るのですが、時間がなくていつも素通りしている安土城趾でも2026年の今年は安土城築城450年これはいい機会だから行っておかなければ~今回も彦根で2日間イベントがあったので、初日の朝に安土城趾を楽しんでからイベントに向かうことにしました受付で入場料をお支払いし、御城印&御朱印を頂いたあと、受付の後ろにまっすぐのびた大手道の石段を上がって行きます石段の端に逆さまになっ
【送料無料】織田一の男、丹羽長秀/佐々木功楽天市場丹羽長秀のことは秀吉が名前をもらった人、としか覚えていませんでした。そして「信長公記」を書いた太田牛一は、武士ですらないと思っていました。本能寺の変の後は、割とあっさりと秀吉が天下を取った、とも思っていたのですが、なかなかの駆け引きがあったことがよくわかりました。信長が既に隠居の身であったこと。清洲会議の際に、三法師が担がれた理由が別の面から理解できました。池田恒興、柴田勝家がそれぞれ、信長だけを信奉していたこと。と
こんにちは、かん太です。大河ドラマを見ていると、「この人、誰なんだろう?」と思う人物が出てくることがありますよね。今回気になったのが、宮部継潤(みやべけいじゅん)です。名前だけ聞くと、ちょっと難しそうに感じるかもしれません。でも調べてみると、この人、なかなか面白い人物なんです。もともとは比叡山の法師だったとされ、そこから武将へ転身。浅井長政、織田信長、豊臣秀吉という、戦国時代の大きな流れの中を生き抜きました。派手な主役タイプではありません
「2万人を火あぶりにした信長の暴虐」比叡山延暦寺の3年後…長島一向一揆で秀長が信長から学んだもの「2万人を火あぶりにした信長の暴虐」比叡山延暦寺の3年後…長島一向一揆で秀長が信長から学んだもの戦国時代、豊臣秀吉を支え"理想のナンバー2"と称された弟・豊臣秀長。彼は苛烈な宗教勢力討伐の現場にも立ち会うが、その時何を思ったのか。信長による比叡山焼き討ち、長島一向一揆討伐——血塗られた修羅場の記憶と、秀長の胸に残った決意に迫ります。toyokeizai.net秀吉でも明智光秀でもない…《信長が最も
《GWスペシャル②》郷右近丸彦先生のメタ(旧Facebook)よりシェアさせて頂きました。(前略)私(郷右近先生)は二年半前から長野県に移り住みました。東京はかなりヤバイ状態になっていること。いつ東京直下型地震が来てもおかしくない状態になっているからです。ちなみに今長野では諏訪大社が7年に一回行う御柱祭りが行われています。私(郷右近先生)も住民になったので柱をひっぱることができるようになりました。今回はその様子をYouTubeで発表します。でも残念なことに1,000年以上続い
こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。神武征討記の制作秘話のまとめ記事のまとめ記事です(・ω・)『【まとめ記事】『制作秘話』神武征討記(・ω・)1』こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。『【制作秘話】神武征討記(・ω・)』のまとめ記事です。出雲大社学宮編(・…ameblo.jp『【まとめ記事】『制作秘話』神武征討記(・ω・)2』こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(
今回の「旅の友」は『街道をゆく夜話』(朝日文庫)です。いきなりこう書いても大方の読者はなんのこと?と思われますね。毎回の業務で必ず一冊は司馬遼太郎さんの文庫を携帯します。その他に1,2冊をスーツケースに忍ばせてツアー中の自由時間等の空き時間中に目を通します。今日は三十三間堂の開山忌でもあるので、これに関することでもまとめておけばいいのかもしれませんが、昨日の参拝だったためにmangasverdesになるだけ。今日は上記の文庫から以下の引用をさせていただきます。昨日の京都
羽柴秀吉は、尼子勝久を擁する、山中鹿介幸盛等、織田家に属していた、尼子氏再興軍に上月城の防衛を任せた。1579年、上月城を巡る毛、利氏との攻防の末に、備前・美作の宇喜多直家を服属させ、毛利氏との争いを有利に進めたが、摂津国の荒木村重が、反旗を翻したため、秀吉の中国経略は、一時、中断を余儀なくされたのである。羽柴秀吉には、1579年代、長浜城主の時代に、最初の子、石松丸が、生まれたとされる。石松丸の母は、側室の「南殿」と伝えられる。石松丸は、羽柴秀勝の名を与えられたが、その生涯は
【2026年4月25日放送分】この回は愛知県北部にある犬山市から始まりました。名古屋駅から電車でおよそ30分の場所です。一行は犬山城に向かって歩いていきます。石垣が見えてきました。国宝の城は日本に五つあります。これまでブラタモリでは松江、姫路、彦根、松本を取り上げてきました。ということは今回の犬山城で国宝五城コンプリートです。関係ないけど私も国宝五城は全て行きましたよ。一行は天守に向かいます。天守は小高い80mぐらいの山の上に築かれています。急な坂を上って行きます。門をく
先日のランチパックの記事の折、伊予松山藩、伊予今治藩の藩主の家として久松松平家の事を記しました。そんな久松松平家を通しての戦国時代の狭間の領主の記事です。戦国時代と言えば、大名家が領土拡張戦争を繰り広げる弱肉強食の時代です。主役は勿論領土拡張に成功した強者となる戦国乱世ですが、歴史は強者だけで作られるのではなく、弱者もそこには存在します。戦国時代の「狭間の領主」は本当に大変です。大勢力と大勢力の狭間に存在する勢力は、両方から狙われると共
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の視聴率の状況がわからないが、私は毎週、放送を楽しみにしている。視聴率に一喜一憂されている番組関係者の皆さん、視聴率だけじゃないと思ってほしいが・・・。さて、大河ドラマの主人公である、豊臣秀長が一躍脚光を浴びるきっかけを作ったのは、堺屋太一さんが著した小説「豊臣秀長」だろう。秀長は天下人の豊臣秀吉の弟であり、家臣であり、そして相棒であった。もしも、秀長がいなければ、秀吉が天下を獲ることはなかっただろう。秀長は人格のある方
🔷NHKBSオススメ番組🔷「#加賀百万石」を築いた前田利家・利長・利常激動の戦国を生き抜き、金沢の華麗な文化を作り上げた前田三代の知略に、#岡田准一が迫る!📺5月2日(土)[BS]夜9時00分「#ザ・プロファイラー」加賀百万石を築いた前田三代📺[BS]今夜9時00分「#ザ・プロファイラー」加賀百万石を築いた前田三代いかにして「#加賀百万石」の礎と金沢の華麗な文化を築き上げたのか!?#岡田准一が、前田家三代の波乱に満ちた人生と、その実像に迫る!信長・秀吉・家康