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【滋賀】【豊国神社限定御朱印】秀吉公と秀長公をイメージした長浜豊国神社公式キャラクターのクリア御朱印【豊国神社限定御朱印】出世兜飾御朱印【豊国神社限定御朱印】馬上出世開運御朱印若き日の豊臣秀吉が初めて城を構えた時もとは今浜と呼ばれていたこの地が長く栄えるようにと名付けたことが「長浜」のはじまり。以前お受けした【豊国神社限定御朱印】※数量限定境内社【長
このブログは私たち日本人の心の拠り所である神社の謎と不思議に迫ってまいります。星田妙見宮の歴史と周辺の神社との関わり、陰陽道や古神道についてシリーズでその魅力を調査します。その14では、なぜ、星田妙見宮の奥の院には拝殿より高い位置に豊臣稲荷神社が鎮座されているのか?について深掘りしました。拝殿より10mほども高い位置に豊臣稲荷神社があるのですが、星田妙見宮が平地に本殿を建てて成立した神社というより、妙見山そのものと巨石=磐座を信仰対象とした山岳的な聖地であることと関係する
今日は毎年恒例、来年のカレンダー発売のお知らせです。各種イベントのお知らせが重なったため、例年9月下旬に告知しているものがこの時期になりました。ちなみに昨年の告知時に…“2026年は蜂須賀正勝の生誕500年にあたるのに、ゆかりの地である愛知県あま市や徳島県などで、それらしい催しが開かれる気配が一切ない。さらには『豊臣兄弟!』の登場人物にもその名前がないー”と書きました。それは昨年9月時点の情報だったわけですが、結局そんなものまったくの杞憂でした。『豊臣兄弟!』ではがっつりメ
合戦のさなかではございますが、本日はエリア限定めぐり第三十七弾の予告をさせてもらいます!第三十七弾は第一章・第二章の続編であり、完結編となる「豊臣新幹線天下統一行き第三章」であります!!これまで、第一章で“愛知・岐阜エリア”、第二章で“滋賀・京都エリア”とだんだん西上してきているので、おおかた予想はされているかと思います。第三章の周遊対象エリアは“大阪・奈良エリア”となります!“天下統一行き”を謳う企画だけあって、舞台はいよいよ天下人・豊臣秀吉の象徴ともいえる大坂城を中
先週の土曜日に久々に佐和山遊園に行って参りました。佐和山遊園再建!人気YouTuberジョーさんが一億円で買取り、男の夢を引き継ぐ!!〜魔界滋賀人気YouTuberのジョーさんが、佐和山遊園を一億円で買取り、再建するとのニュース。この再建と言う話に胸が熱くなり、居ても立ってもいられなくなりましたよ。実際にはハードルがかなり高いので、どうなるのか?と言うところなのですが、今後の展開を楽しみにしておきましょう。こちらはトトロの森。無くなってしまったの
こんばんは。大変お待たせしました。豊臣兄弟!14話「絶対絶命」です。前回…柴田勝家より、浅井長政謀反の知らせを聞いた信長…『豊臣兄弟!第13話疑惑の花嫁』おはようございます。お待たせしました!豊臣兄弟!13話です。今回はもうあっという間に終わったという感覚でした。少し長くなります。前回、織田信長より縁談話を持…ameblo.jp近江の小谷城では浅井軍の支度が整い、出陣しました。お市は不安げに茶々を抱っこしています。信長たちは越前の金ケ崎城に留まっています。朝倉たちの居る
おはようございます今日からまた仕事の人多いと思います。なんとなくだるいですね。そのため、シャキッとするような服装にしました。(気になるニュース)福原遥さん、せっかく結婚したのに・・以前このブログに書いてた人がいましたが・・サッカーの久保選手、全く試合に出れなくなりました。5戦連続のベンチ。週末またしても出場機会が訪れなかったようです。福原遥さん、スペインに応援に行くとか言ってましたけど、行ってもダメですね。そして、問題なのは、彼が健康で監督との仲も良いという
三連休の10月11日から大阪へ行ってきました。目的は大阪城ホールで開催される石田組弦楽アンサンブル公演です♪今回の公演は、予定していた友人が行けなくなったため、チケットを譲り受けて私が行くという流れで。演奏も演出も、もう本当に素晴らしくてアリーナ席の正面9列目という恵まれた位置から視覚、聴覚だけでなく皮膚感覚で音が入ってきますあっという間の3時間。最後に石田組長がホール全体を360度見渡して深々とお辞儀をされたのがとても印象に残りました。今年は6月から
【問題】豊臣秀吉が奥州仕置の翌年に奥州再仕置を行った理由とは、次のうちどれか?【選択肢】秀吉が続けて蝦夷全域を制圧したため想定の10倍の米が収穫されたため各地で一揆や反乱が続発したため徳川家康が所領配分に異を唱えたため【正解】各地で一揆や反乱が続発したため【解説】天正18年(1590)の秀吉は奥州まで制圧し諸大名に領土の再配置を行った(奥州仕置)。しかし、各地で一揆や反乱が相次いだため、翌年大軍を派遣し再仕置を行った。
現在、NHKでは大河ドラマ「豊臣兄弟」が絶賛放映中。現在、両国の江戸東京博物館では、「NHK大河ドラマ特別展豊臣兄弟兄弟が変えた戦国の運命」展が、こちらも絶賛開催中。数多くの資料・作品が並べられていますが、作品リストを見ると、作品番号が飛び飛びになっているところが多いので、巡回してきた名古屋展や大阪展のみで展示されていたものがかなりあったのでしょうね。平日の午後に伺ったのですが、とっても混んでいた展覧会です。ドラマも佳境に入ってきたので、これからもっと混むかもしれませ
ボクの休日と言えば、最近はすっかりフィットネスクラブの休館日=お出かけの日になっています。7月末。英会話レッスンも入っていない。となれば答えは一つ。そう、「城攻めトレーニング」決行です!朝早く神戸の地下鉄に乗り、さらに新幹線へ。車内にはスーツ姿の通勤客や出張中らしきビジネスマンがいっぱいです。パソコンを開いて真剣な表情で仕事をする姿を見ながら、「そういえば、自分もこんな生活をしていたなぁ…」と、ちょっと懐かしくなりました。早期退職してフルFIRE生活も3年目。昔は新
名古屋市中村区の豊臣ミュージアムに行きました。これは令和八年(2026)のNHK大河ドラマ・豊臣兄弟!の大河ドラマ館です。オープンは1月24(土)で初日はスゴい人…豊臣秀吉というと、人気武将ランキングでは下から数えたほうが早いくらい人気がない武将(特に女性からの人気が低い)ですが、みんな好きだったの??といわんばかりの人気ぶり。そうか、主役はその弟の秀長だからか。ということで、中村公園で行列が少なくなるのを待ちつつ、開館1時間後に豊臣ミュージアムに入ってみました。結論から言うと、大河
7時34分!同じ全員寝方してるし2段ベッド使ってないって意味不明です園コンビを送ってから、今年は最愛と最幸が初めて御挨拶へ御挨拶しながら山頂へ末広家の御夫婦と1年に1回のお話と御参りと末廣大神様へ奉納しますそして御挨拶しながら地上へ戻りますこちらのお店は豊臣秀吉が店名をつけたんですよちいかわ限定店へ行ってから園コンビおむかえと家に戻り19時前から事務所行って来ました気合全開元★真【to★be★continued】
私はそう言いながら、ふと家康の顔を思い浮かべた。信長と家康は長く同盟を結んでいた。殿は家康をただの同盟相手としてではなく、己と同じく乱世を生き抜く器量を持つ者として見ていたように思う。この先、家康がどこまで世に出てくるのかは分からぬ。だが、少なくとも今の私には、あの男にはこれから先も歩み続ける力があるように思えた。「そうじゃ。そうすればよい。そなたほどの者なら、いずれは一国一城を預かる身になるやもしれぬ。若いのだから、私のような者に付き従って朽ちていく必要などない」「お方様」「そうだ……」
歴史研究家からひどすぎる大河ドラマとして散々言われている「豊臣兄弟!」昨日の放送はかなりひどい脚本でしたよね〜秀吉には史実でも13人くらいの側室がいたというのに、ドラマでは秀吉は寧々一筋で周りから世継ぎのためになんとか茶々を側室にしてくれと言われ秀吉も茶々も世継ぎのために苦しい決心をするというストーリーはちょっと史実からかけ離れすぎですよね。ドラマ内で寧々が茶々を説得するとか・・・本当に役者さんに罪はないけど、演技していてなんで・・・と思ったのでは?と感じまし
「御城之口餅」って、なんて読むんやろ?最初に名前を見たとき、そこから気になったんよね。読み方は「おしろのくちもち」。なんとも歴史を感じる名前やけど、調べてみると、ほんまに歴史のある奈良のお菓子やったんです。しかも豊臣秀吉・秀長にもゆかりがあるというから、歴史好きなら余計に気になるところ。で、肝心の御城之口餅はどこで売ってるのか?先に結論をいうと、奈良県大和郡山市にある本家菊屋の本店をはじめ、奈良店や近鉄百貨店奈良店・橿原店・生駒店などで購入できます。奈良まで行くのが難しい場合は、通
側室が大勢いる戦国大名ほど、女好き、ということか?違います。側室、というものを誤解してはいけません。側室は愛人ではありません。正式な妻の一人です。側室は殿様を愉しませるためではなく、ひたすら子供を産むためにいるのです。戦国武将にとって、後継ができるか出来ないかは、戦に勝つか負けるかよりも、遥かに重要なことなんです。息子なんか何人いても安心ってことはありません、戦死するかも知れないし病死するかも知れないし。跡継ぎがいない戦国大名は高確率で衰退、滅亡します。死活問題なんです。娘だって沢山い
先日、岐阜県庁で行われた「豊臣兄弟!」巡回展をこのブログでご紹介したばかりですが、続けて、滋賀県長浜市の大河ドラマ館に行ってきました。長浜は秀吉がはじめて城持ち大名となった地です。天正元年(1573)に羽柴秀吉は北近江の浅井長政攻めの功で織田信長から浅井の旧領を与えられましたが、浅井の居城・小谷城には入らず、琵琶湖畔に新たに築城を開始しました。その際、地名を「今浜」から「長浜」に改め、同時に城下町の整備も行いました。弟・秀長とともに、長浜の町の礎を築いた存在として、今もなお地元の人に親し
2026年10月11日(日)の豊臣兄弟!『茶々の本心』を視聴し終えての感想2026年10月11日(日)のNHK大河ドラマの豊臣兄弟!の第39回『茶々の本心』を視聴し終えました。井上和さんが演じる茶々は、織田と浅井の血を残すために池松壮亮さんが演じる秀吉に嫁ぎました。仲野太賀さんが演じる秀長が話を持っていった時は怒って拒否していましたが、浜辺美波さんが演じる寧々と弓で勝負をして決心しました。秀吉に実子が生まれることは、山田涼介さんが演じる秀次にとって不幸なことです。出世ばかり考えていた
豊臣兄弟のネタバレとオタクの戯言が含まれています。閲覧は自己責任にてお願いします。殿と呼ばれても返事しないのに、関白と呼んだらすかさず返事する兄(笑)どっかで見たやりとりですなぁ🤣ま、なんだかんだでふたりきりだと浮かれまくるところが可愛い兄弟であります。その後ろで無表情で腕だけ振る三成可愛い。お前はそういう奴だよ、いいぞもっとやれ!さて、秀吉は諸大名の前で畿内の領地分配を発表することに。織田家の家臣は加増と見せかけて、畿内から離れさせ、畿内を一門衆で固める。秀次の加増は……分不相
2回続けてエリ限の詳細発表となります。本日は、エリア限定めぐり第三十七弾「豊臣新幹線天下統一行き第三章」(大阪・奈良エリア)の詳細をお届けします!!2025年12月からスタートした「豊臣新幹線」もいよいよ最終章へ...。尾張に生まれ美濃で名を上げた第一章「立身の章」、近江で城持ちとなり山城で光秀を討った第二章「飛躍の章」、そして第三章が大坂に巨城を築き大和の秀長とともに天下統一に手を掛けた「大成の章」です。それでは早速スタンプラリースポットを紹介します!スタン
今年も半分終わり、大河ドラマ『豊臣兄弟!』も折り返し点を過ぎました。前回の放送は、歴史ミステリーのデパート・本能寺の変でした。ここから少々ネタバレが含まれるので、まだ観てない方は引き返してください。家康を饗応するため光秀が手配した膳の中に毒が混じっていたことに信長が激怒し、光秀をしこたま殴った挙句に飛び蹴りで庭まで吹き飛ばすという衝撃シーン。高校時代の部活の顧問がフラッシュバックしました。とはいえ、程度の差はあれ本能寺の伏線として光秀が折檻されるというのは過去の大
すごい場所にあるお寺京都・西京区にある大妙寺。日蓮宗のお寺です。1340年に日郎門下の九老僧の1人である妙音阿闍梨日行(みょうおんあじゃりにちぎょう)を開基としています。室町時代には洛内法華宗21本山の一つに数えられていました。1530年代に起こった乱によって焼失。豊臣秀吉の都市計画によって上京区へ移動。1991年に今の場所に再移動しています。中に入ってみると新し
今回は、現在放映中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟』で注目の散策スポットを集めました。天下分け目の合戦・山崎の戦い拠点から歴史上謎多きクーデター・本能寺の変ゆかりまで。天下分け目の合戦のまさにスタート地点「大山崎の東黒門跡」京都府乙訓郡大山崎。江戸時代後期まで存在した、大山崎集落の東西に設けられた東黒門・西黒門のうちの東黒門跡。本能寺の変で織田信長を討った明智光秀と、秀吉軍・高山右近らがこの東黒門を陣取り、小競り合いから天下分け目の合戦「山崎の戦い」が始まったと伝わる場所。名称:大山崎の東黒
【京都】久しぶりに参拝させていただきました。刀剣乱舞ONLINEコラボ【高台寺コラボ御朱印】刀と御朱印でつなぐ「夢むすび」令和8年1月9日~3月18日まで豊国神社『【京都】刀剣乱舞ONLINE×『豊国神社』でいただいたステキな【コラボ御朱印】&【御朱印帳】』【京都】京都豊國神社は太閤豊臣秀吉公をお祀りする豊國神社の総本社。…ameblo.jp60回記念「京の冬の旅」は大河ドラマ「豊臣兄弟!
【京都】京都府と大阪府の境に位置する交通・軍事上の要地天下分け目の天王山南側山腹にある豊臣秀吉ゆかりのお寺『宝積寺』大河ドラマ『豊臣兄弟!』第29回『天下への道』は「山崎の戦い」でした。2026年3月合戦当日(1582年6月13日)秀吉が富田(大阪府高槻市)付近にいたとする新発見の書状が分析され秀吉本人は山崎の戦いに間に合っていなかった
こんばんは!NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」を見ましたか-!戦国時代を「豊臣秀吉」と「豊臣秀長」が兄弟で手を取り合って立身出世して、天下統一事業を成し遂げていくというのが基本的なお話ですね。今日も、18時からのBSNHKの放映を見ましたので少し投稿が早いです。前回のお話では、「秀長」は天下一統の為には「銭(ゼニ)」が必要であることを悟り、戦(いくさ)によってではなくて”大いなる和の国(大和国)”を造ることでそれを目指そうとして、城下に商人達を集める努力をしました。一方「秀吉」は、朝
慶長の役と嫡男の死「母里太兵衛と黒田家①黒田24騎と黒田8虎」「母里太兵衛と黒田家②播磨国姫路の時代」「母里太兵衛と黒田家③秀吉の時代」「母里太兵衛と黒田家④文禄の役」「母里太兵衛と黒田家⑤黒田節の成立」の続きです。■名槍・日本号「日本号」は皇室所有物(御物)であり、正親町天皇(おおぎまちてんのう1517~1593)から室町幕府15代将軍・足利義明に下賜された。足利義明から織田信長、豊臣秀吉に渡り、そして、小田原城攻め(1590年)の武功に対して秀
「開運!なんでも鑑定団」を見ていたら、秀吉にまつわる書状が出てきました。番組は秀吉の後半生を解説していました。(続きです。小田原城評定から)改めて依頼品を見てみましょう。豊臣秀吉が小田原攻めのさなかにしたためた書状である。宛名には「伏見殿」とあるが、これは伏見宮邦房親王のことで、調べたところ、秀吉の茶会に在陣の見舞いとして手紙と弓懸をお送りいただきました。弓懸とは弓を
和歌山城を訪れました。実は訪れたというより、市役所に用事があって、そのままお城の中を通って帰宅したというのが正確なところ。お城というと、天守や石垣に目が行きがちですが、今回特に興味を引かれたのがこちら。写真の赤丸部分:一見すると石垣の一部ですが、よく観察すると周囲の石とは質感が異なっていて、元々この山にあった岩盤そのもののようです。和歌山城が築かれたのは1585年。豊臣秀吉が紀州を平定した後、弟の秀長(小一郎)は新たな支配拠点を急いで整備する必要がありました。そして、その