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※江ノ島が正解ですが、子供の頃から江の島で親しんでいたので、表記は江の島にしています今日明日は、江の島でトンボロが見える日ですモンサンミッシェルみたいに潮が引いて島に渡れるんですよいつもは弁天橋を渡らなければなりませんけどね昨年初めてトンボロを渡って感動したんですよねー徳川家康は、行きはトンボロを歩いて帰りは潮位が上がってしまったので船で帰ったという逸話があるんですよで、今日は午前中の引き潮の時間に行って来ましたよー人が多い〜
朝鮮出兵で石田三成に讒言された黒田長政や加藤清正はともかく、福島正則は石田に怨恨はないように思えるが、なぜ七将襲撃事件に参加し、関ヶ原で徳川に就いたのか?個人的な親疎や恨みつらみで東軍と西軍に分かれた、というのは、ちょっと違うと思います。基本的に、彼らは「大名」であり「領主」なのだから、家臣団や領民に対する責任があり、個人的な「アイツが嫌いだ」みたいな感情だけで行動を決めることはできません。また、西軍を「政権側(豊臣側)」、東軍を「反政権側(徳川側)」と措定するのも、ちょっと違うのでは、と
3月27日金曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物細川藤孝(亀田佳朗)細川藤孝(ほそかわふじたか)戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名、歌人。細川幽斎(ほそかわゆうさい)、長岡藤孝(ながおかふじたか)、長岡幽斎(ながおかゆうさい)としても知られる。天文3年(1534年)4月22日、三淵晴員の次男として、京都東山にて誕生。のちに、晴員と共に12代将軍・足利義晴の近臣であった細川晴広の養子となる。天文15年(1546年)、
5月15日金曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物平野長泰(西山潤)平野長泰(ひらのながやす)安土桃山時代の武将、江戸時代前期の旗本。賤ヶ岳の七本槍の1人。平野氏は桓武平氏直方流を称した鎌倉幕府の執権北条氏の子孫、北条氏庶流横井氏のさらに分家であるとされる。尾張国海東郡津島の住人となり、中島郡平野村を領したことから村名を姓とした。ただし、長泰の父・平野長治は元は船橋右京進枝賢と名乗り、清原業賢(船橋業賢)または清原宣賢(船橋宣賢)の子といい、長
小早川秀秋は最初から東軍です。「最初から」というのは、美濃関ヶ原での合戦の開戦前からすでに東軍、という意味です。戦闘が始まってもまだ迷っていたとかは「ウソ」です。小早川は、松尾山に他の部隊がすでにいたのを追い払って、強引に布陣しています。この時点で、石田三成が「アイツは敵に回った」と認識できなかったのならば、それは悪いけど馬鹿、といって悪ければ、情報収集・分析能力が圧倒的に欠如してます。小早川秀秋は、寧々さんの甥であり、秀吉とも淀殿とも秀頼とも、血縁関係はありません。そのせいでか、秀吉
今回は織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三人を、肖像画をもとにAIを使って再現してみました。まずは織田信長です。素材としたのは宣教師が描いたといわれているこちらの肖像画です。こちら。冷徹そうな視線がいかにもという感じです。ただ、結構優しそうでもあるような。もう一枚作ってみました。大河ドラマ『太閤記』で信長を演じた高橋幸治さんにかなり似ていると思いますが、どうでしょう。続いては豊臣秀吉です。元に
このご時世に、熊の話を気楽にするのは憚られますが。歴史の話題ということで、お許し下さい。熊本には、熊はいないそうですが。では、なぜ熊本という地名なのか?「隈」というのは、川が湾曲している地形のことを指します。川が湾曲した内側の土地だから「隈本」、三方を川に囲まれているのだから、これを天然の堀にすれば、築城に有利な土地ですよね。それを加藤清正が、熊本という文字に改めたというのは、記録があって確かな話です。なんで熊なんてケダモノの名前が、戦国武将の城の名前に相応しいんだ、とか思います
栃木県は日光にあります、東照宮日光東照宮ホームページ日光東照宮は、日光霊峰の山懐聖地恒例山にあり、中禅寺湖から流れる大谷川と女峰山から流れる稲荷川との河合いの山岳水明の地に鎮座します。神域は、樹齢400~800年神杉につつまれ、その中に点在する社殿群は自然環境と見事に融合する宗教的文化空間です。toshogu.jpへ行ってきました✨といっても、2024年に訪問して、ず〜っと放ったらかしにしていたんですよ💦今更ながらなんですが、レポートします🙁東照宮には、国宝建築物5件と、美術工芸品2
源氏が祭った神々八十八社都内の神社めぐりをしていると、源義家や源頼朝が創建した神社、太田道灌や徳川家康によって創建したという由来を持つ神社をよく見かけます。調べていくと、おおよそ征伐の途次で神明明神に一拝し凱旋の折に一祠を築いたとか、奇瑞や加護によって勝機を得て戦捷後に勧請したといったものが多いようです。武家の棟梁や戦国武将たる彼らが何を思い、この江戸に神を祀ったのか。南は六郷、西は大宮、東は浅草、北は六月と広域にわたって確認でき、また祭神も様々で源氏の氏神に限らないようです。
取材途中、徳川家康の側近・本多忠勝公の墓所である浄土寺で開催された地蔵盆に参拝し、非常に珍しい伝統飴「幽霊飴」をいただいた。夏の終わりの清涼な風が境内にそよぐ中、提灯の柔らかな光が揺れ、参拝者の静かな祈りが響き合う。私は、浄土寺に伝わる「幽霊飴」の由緒ある物語に惹かれ、その飴を求めてこの地を訪れた。また、浄土寺が徳川家康公の忠臣・本多忠勝公の墓所であると知り、歴史と霊性が交錯するこの聖地に身を置くことに深い感慨を覚えた。元禄の半ば、1695年頃の夏の終わり、浄土寺門前の三崎通りにある飴屋
5月5日火曜日端午の節句こどもの日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物山県昌景(石井一影)山県昌景/山縣昌景(やまがたまさかげ)戦国時代から安土桃山時代にかけての日本の武将。甲斐武田氏の家臣で、譜代家老衆。後代には武田四天王の一人に数えられる。武田家の譜代家老の飯富虎昌の弟とされているが、甥であるとも言われている。戦国時代の飯富氏の一族では武田信虎家臣の飯富道悦の息子とみられる「源四郎」が永正12年(1515年)10月17日に西郡の国人の大井
ついに全部観た!長かった。そして面白かった。ありがたい!歴史的に徳川家康やられないの分かってても、真田幸村が追い詰めた時、やっちまいな!ってキルビルの感じで応援してたよ。それにしても堺雅人は半沢直樹もそうだけど、デカいものにも立ち向かっていく演技のスペシャリストだなって思ったよ。相手が誰であろうと俳優だ。シーユーアゲインです。楽天1位10000mAh大容量【COUPONで2,980円・超お得SALE】ハンディファン冷却プレート-25℃冷却携帯扇風機100段階風量高
豊臣秀頼は、どうすれば滅亡せずに済んだか?まず微視的に言えば、生き残れる方法なんて、いくらでもあったでしょう。なにしろ千姫の婿なのだから、やりようによっては加賀前田家と同じく、御三家並みの待遇で生き残れたはずです。もちろん、「やりようによっては」です。加賀前田は、たびたび幕府の挑発を受けながら、プライドを捨ててひたすらへりくだって服従の態度を示しました。まつさん偉かった。利常がんばった。これが秀頼にできるかどうか、てゆうか、まわりの取り巻きたちが許すかどうか、です。「ほんまはワイは主
訪問日:2025/5/24【場所】静岡県掛川市【築城年】1578年【築城者・改修者】大須賀康高【城郭様式】平山城【主な城主】大須賀氏、渡瀬氏、有馬氏、西尾氏【見所】①曲輪②石垣③土塁④天守台⑤三日月堀【廃城年】明治元年(1868年)【御城印の有無・販売場所】・掛川観光協会ビジターセンター旅のスイッチ(掛川駅構内)・掛川南部観光案内処【アクセス】・東名高速道路掛川ICより約30分・JR袋井駅よりバスで約30分【駐車場情報】横須賀城公園駐車場【周辺観光施設】掛
こんにちは。生成発展アクティベーター天職コンサルタント梅田幸子です。5月は2回、愛知県にまいります。愛知は、20年以上、年に何度も行く縁の深い土地ですが、月に2回って激しい!!!こういう異常値は、サイン。“いま、愛知”大切なタイミングなのでしょう。1⃣熱田神宮いのり巡り5/14(木)は、太陽と水星の合ーー・考えが明確になる・本音が出やすい・こうしたい!がハッキリする数秘では、5.2.1.8行動力がありますが勢いで突っ走るのではなく、
初夏の爽やかな風が気持ちいいですね。蒸し暑い夏は苦手ですが、こんな気候は好きです🥰最近の悩み、鳩がバルコニーに来ること。幸い巣は免れましたが?(油断大敵)空室のお宅のバルコニーにヒナが孵っているとの情報を耳にしました🙀「鳩」は鳥の中でも苦手中の苦手、逆にカラスが好きになりました。カラスに頑張って欲しいという理由で😄Amazonprimeビデオで懐かしのNHK大河ドラマ「真田丸」を見つけました。(竹内結子の茶々も必見です‼️)リアルタイムでは観ていましたが、
いよいよ藤堂高虎についてのリメイクブログも、今日が最終回です。リメイクの元になっているのは、12年前の夏に書いたパリブログですが、昔の自分の文章があまりにも稚拙(ちせつ)すぎて、結局の所、手直しをする作業でかなり時間が取られています(笑)つい四日前、藤堂高虎が創建した上野東照宮に参拝し、こうして過去ブログを読み返して、改めてこの藤堂高虎という人物に触れるチャンスを得たのですが、やはり傑物(けつぶつ)と呼ぶにふさわしい戦国武将だと思いました。藤堂高虎は、主君に忠誠を尽くす
西尾宗次(にしおむねつぐ)概要?年ー1635年別名仁左衛門主君横田尹松→結城秀康→松平忠直→忠昌→光通氏族西尾氏父母西尾久右衛門(久作)兄妹不明妻不明子不明生涯いつごろかは不明だが、西尾宗次の父久右衛門は遠江の浪人西尾是尊の養子となり西尾氏を継いだとされている。1581年の高天神城の戦いでは、武田軍に属しており、落城時に横田尹松に従って落ち延びている。1593年に結城秀康の家臣となり、1601年に700石と鳥銃頭の役職を与えられた。1615年の大坂夏の陣
「関ヶ原の戦い」と言われますが、実は戦闘は東北から九州まで、全国各地で起きています。伊達政宗も上杉景勝も黒田如水も、それぞれの場所で(それぞれの思惑で)戦っています。毛利輝元だって、関ヶ原にこそ来なかったものの、毛利軍は西国方面で結構積極的に動いています。輝元が「天下を取りに来ていた」のは事実です。王将が無闇に前線に出るのはヘボ将棋です。毛利輝元が大坂城にどっしり構えて、全国の戦闘を指揮しようと考えていたとすれば、さほど理に合わないことではないでしょう。関ヶ原が「決戦場」になるというのは、
大河ドラマをここ数年見始めているのですが、主演俳優の年齢と歴史上の人物の年齢との差を調べてみました。22歳;『義経』(2005)滝沢秀明,『篤姫』(2008)宮﨑あおい,23歳;『源義経』(1966)尾上菊之助,24歳;『竜馬がゆく』(1968)北大路欣也,『信長』(1992)緒形直人,『葵徳川三代』(2000)尾上辰之助,『江』(2011)上野樹里,25歳;『武蔵』(2003)市川新之助,26歳;『武田信玄』(1988)中井貴一,『琉球の風』(1993)東山紀之,『北条時宗』(
高市早苗さんの前世…徳川家康!?ナターシャさん霊視よりhttps://youtu.be/zD6CLoYZSHQ?si=5sqe1h76xdCAEUv2-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.beナターシャさんの霊視が本物の霊能力から来ているなら、驚き🤯マリア先生はマリー・アントワネットの生まれ変わりの日本人女性に実際に自らお会いしたことがありましたし…。徳川
子どもの頃(1983~1984年)に放送されていた『まんが日本史』の歴史認識を照らし合わせたくてヒストリーチャンネルで放送されていたので観ました。源頼朝のように三代で終るのではなく末永く徳川家の江戸幕府を続かせるために基礎固めする徳川家康&秀忠親子(ヒストリーチャンネルの『まんが日本史』より)内容について前回で豊臣家を滅亡に追い込んだ徳川家康、鎌倉幕府を開いた源頼朝が3代で終ってしまったこと、室町幕府も3代目義満のあとからだんだん崩れてしまっていったことなどから、いかに
吉川晃司さんの家系図を調べると、戦国時代まで遡る壮大な歴史が見えてきます。先祖は毛利元就の次男・吉川元春とされ、「76戦0敗」の不敗伝説を誇る名将の末裔かもしれないというから、驚きですよね。今回は吉川晃司さんの家系図はもちろん、実家の吉川旅館の歴史や父親・正俊さんの数奇な人生、姉との有名なエピソードまでたっぷりとお届けします。この記事を読むとわかること・吉川晃司さんの先祖とされる吉川元春(毛利元就の次男)の家系図・実家・吉川旅館の歴史と被爆二世としての生い立ち・父
『豊臣兄弟!』の主人公・秀長に仕えることで、武人・築城・外交交渉などのスキルを磨き上げ、土豪から32万石の大名・藩主にまで成長した藤堂高虎を『偉人・敗北からの教訓|BS11(イレブン)|』で知る秀長の大和羽柴家の断絶に出家。秀吉に出仕を求められ還俗、その後は家康に仕え、三代将軍・家光まで使えた藤堂高虎(『偉人・敗北からの教訓|BS11(イレブン)|』より)内容と感想七人の主君、転職の名人などといわれた藤堂高虎、江戸幕府のおいては32万石の藩主となり、江戸時代を通
いつも『しげるお兄さんのブログ』をご覧いただき本当にありがとうございます♪✨皆さまは『孤独のグルメ』という番組をご存知ですか❓✨漫画でも連載されていたものを『実写化』したテレビ番組ですが、そこに主人公でもある『井ノ頭吾郎さん(松重豊さん)』が、『飲食店(※実在する飲食店なんです❗️✨)』へ行き、大好きな『食事』を一人孤独に堪能しまくって、一口ごとに心の声(ナレーション)で伝えながらとにかく食べるのがこの番組なのでありまーす‼️✨この番組のオープンでのナレーションで、『時間や社会に
歴史的に合点がいかないことがいくつかあります。挙げればきりがないのですが、その一つ。あれだけ酸いも甘いもかぎ分けてドライにも接っせれる豊臣秀吉が、奇跡的な関係ともいえる石田三成を強く重用・寵愛した理由は、現代においても検証したくなる程興味深く、秀吉の性格と政権運営とが彼とどのように関係してたのでしょうか。大きく分けると、理由はいくつかあるように思えます…。三成は戦場で目立つ武将というより、計算兵站(補給)年貢管理文書作成調整役財政管理こういう“政務能力”が異常に高かった。
手を出さずに来ていましたが・・・とうとう、つい、購入してしまいました。こちらは「全国東照宮めぐり」の御朱印帳こんにちは。ひだまり花梨館の香川ミカです。絵本の力と胎内記憶教育®を通して幸せであり続けるヒントをお届けしています♡~*~*~*~*~*~そう・・・岡崎城のお隣り、龍城神社で新しい御朱印帳を求めたところ「こんなのもありますよ」と案内されてしまって。一度は拒んだというのに、また別の日に(気になってい
最近、肌がくすんでいるように思うのよね~という方、そうでない方、ポチッと、応援お願いいたします。スピリチュアルブログランキングへにほんブログ村有難うございます。マイナスエネルギーが溜まって来ると、肌がくすんできます。何かしらの浄化をなさってみては如何でしょうか。元の肌の色に戻って来ると思います。ささっ、本文を読んでくださいませ。感染症が流行る前のこと。当時のブログにも書かせて頂いたことですが、私は宮様(=皇女和宮さま)から「やんちゃ。○○寺に文(ふみ)をー。寺から人離れが起こ
2025年6月、茨城県鹿嶋市にある鹿島神宮へ参拝に行きました。鹿島神宮を訪れたのは実に約5年ぶりとなります。まだ6月なのに真夏のような陽気が続いているため、涼しいうちに参拝するため朝5時過ぎに出発し、現地へ6時半頃に到着しました。境内に自生している杉を用いて建てられた大鳥居です。以前の大鳥居は御影石によるものでしたが、東日本大震災により倒壊したため、2014年に再建されました。大鳥居をくぐるとすぐに見える楼門は朱塗りで美しく、日本三大楼門の一つに数えられるほどですが、残念ながら現
おはようございます✨六芒星の土日は何かありましたか?蘭子は神有月の出雲大社を参拝したり、旦那が二週間ぶりに富士山麓から戻ってきたり、押入れの片付けが進んだりしましたよしかし、後もう少しで旦那は東京に転勤しますなんだか強制的に家族がばらばらになるような感じですが、まあ仕方がないですよねということで、風水都市である江戸・東京を守る四つの守護神についてご説明します❗️これは、徳川家康が作り上げた、京都以上の最強の風水都市であり、200年の繁栄を誇ったあとには、いよいよ明治維新後には帝も