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おはようございます。部屋の温度は9℃。学会も新しい時代に入ってきたと感じる。AIを駆使し、人類を生命尊厳の大切さを実感させる取り組みだ。いつでも自分の不明なことを聞くことができる。師弟不二に欠かせない機能だ。使いこなして、自身の人間革命を成し遂げよう!今日もお元気で池田先生の著作・指導検索サービス「SOKAD.I.SEARCH」が今春から先行利用全国総県長会議で原田会長が発表【聖教ニュース】www.seikyoonline.com安原稔安原稔-「いいね!」2,908件
『法華経』の二十六章にあたる「陀羅尼品」の中では、鬼子母神が十羅刹女と共に、法華経を信仰する人を守護する事を誓約しておられます。日蓮大聖人も鬼子母神を信仰され、大曼荼羅に鬼子母神を勧請されていますが、鬼子母神と十羅刹女の関係を、母と子であるとの確信を次第に深められました。日蓮宗ではご祈祷をする際には、鬼子母神を法華経信者の守護神のひとつと位置づけ勧請するので、ほとんどの日蓮宗寺院では鬼子母神がお祀りされています。鬼子母神信仰で有名なものをあげると、千葉県市川市中山の法華経寺で、日蓮宗の祈祷根
4月9日いよいよ旅行最終日です。この旅で何度も見た彦根城さようなら~元々の予定ではこの日が観音正寺さんでしたが前日の夕方行ったのでこの日もノープランです。かと言ってせっかく旅行に出てまっすぐ帰るのも残念です。(車で4時間から5時間)そこで行きたいと思ってはいたけどこれまで行ったことのない比叡山延暦寺に行ってみたいんだけど…と言ってみました。母は行ったことあるらしいけど私と旦那さんは行ったことがない(すぐ下の
現実生活のなかで苦悩する人にとって、法華経がどれほど役に立つ教えであるかを実践的に解き明かしている経典です。あらためて法華経のもつ偉大な力を認識していただき、共に学んでいければ嬉しいです釈尊の予言の雄大さに気づこう前にも述べたが、法華経は「見えざる真理」について説かれた書である。そして真理について徹底的に分析がなされ、見えざる真理を悟るためにはどうすればいいかというノウハウまで触れられているこの見えざる真理が、まさに宇宙の大真理であり、この真理によってすべてのものの本質
梵名、訶利帝(ハーリティ・かりてい)の意訳、訶梨帝、呵利底、可梨陀等の字が梵名にあてられ、その意から訶利帝母・歓喜母・愛子母・天母・大夜叉女神等ともよばれている。鬼の王様、般闍迦(はんじやか)の妻で一万の鬼子(五百子、一千子の説もある)の母であるところから鬼子母の名があり、その誕生の時に夜叉衆が歓喜したところから歓喜母と名づけられている。鬼子母神の説話の中で特に有名なものを一つ、鬼子母はもとは邪神でインドの王舎城の町にきては幼児を奪いとって食い殺していた。人々がこれを憂えて釈尊に救いを求
【八大龍王(はちだいりゅうおう)の海の王「沙伽羅龍王」―知恵と深淵を抱く龍】八大龍王の中で、もっともスケールの大きな存在それが、沙伽羅龍王(しゃがらりゅうおう)です。「沙伽羅」とは、サンスクリット語で「サーガラ(Sāgara)」。意味はそのまま、「大海」あるいは「無限の海」。彼は大海原の王――海をつかさどる龍王です。古代インドにおいて、海は「智慧と無限性」の象徴でした。そのため沙伽羅龍王は、単なる水の神というより、深遠な知恵と宇宙の真理を知る存在として崇められてきました。仏典
文殊菩薩は、後に「龍趣尊上王仏(りゅうしゅそんじょうおうぶつ)」となられる存在であり、人間ではなく龍から成った菩薩であるため、その寿命は極めて長いとされています。過去七仏の時代よりも前から存命であるのも、そのためです。『法華経』提婆達多品第十二においても、大海の龍宮において龍族を相手に教えを説く文殊菩薩の姿が描かれています。龍樹菩薩は龍宮から大乗仏法を学びましたが、ナーガラージャ(龍王)が住む龍宮では、仏法が至宝として大切に守られています。龍樹が龍宮で「中観(ちゅうがん)」を学んだことと、文殊
📖第一部:普賢菩薩の観法と功徳の説示【原文】阿難、普賢菩薩は乃ち東方の浄妙国土に生ぜり。其の国土の相は雑華経の中に已に広く分別せり。我今此の経に於て略して解説せん。(中略)六根清浄を得んと楽わん者は当に是の観を学すべし。此の観の功徳は諸の障礙を除いて上妙の色を見る。三昧に入らざれども但誦持するが故に、心を専らにして修習し、心々相次いで大乗を離れざること、一日より三七日に至れば普賢を見ることを得。(中略)普賢菩薩は身量無辺・音声無辺・色像無辺なり。此の国に来らんと欲して自在神通に入り
月々日々に――池田先生の折々の言葉2025年8月4日「相談する勇気」を持とう。相談することは恥ずかしいことではない。むしろ、その「開かれた心」が強みになる。※創価新報2013年5月1日付「池田名誉会長が贈る勝利の人間学」を基にしています。名字の言不自由の中でも「無限の自由」を見いだす2025年8月4日ある壮年部員は「学生時代に寄席で落語を聞いた時の衝撃が忘れられない」と述懐する。高座に上がった落語家が座布団に座って噺を始めた。途中、小道具の扇子と手拭いを使い、噺を進める。彼
洋の東西の偉人、賢人たちの「名言」をご紹介します。人の一生には悩みがつきものです。私たちはしくじり、恥をかき、苦悩する。心を惑わせ、傷つけるのが人の言葉なら、励ましを与え、明日を生きる理由を与えるのもまた、人の言葉なのである。◎自分の仕事を見つめなおす失敗を恐れないで一歩一歩前に進む日本人は、失敗ということを恐れすぎるようである。どだい、失敗を恐れて何もしない人間は、最低なのである。本田宗一郎(日本の実業家、技術者。輸送用機器メーカー本田
瑞相現わる読売新聞七月十八日の紙上より、花開く二千年前のハスきょう十八日早朝、二千年前のハスの実が、長い眠りからさめて、雨の中にうす紅の花を開いた。府中から駆けつけてきた"ハス博士"前東大教授、大賀一郎博士(六九)は、千葉市畑町一九九六醸造業、伊原茂さん宅の庭先の水を張った釜のなかに、開花第一日を迎えた、美しい、花冠をなでながら"咲いた、咲いた"と、至極ご満悦。これは、昨春、千葉市検見川の弥生式古代遺跡(約二千年前)の丸木舟の中から発見した、三粒のハスの実云云。東京新聞七月十一日
折伏論仏教上、仏と称せらるる方は、かず限りなくおられるが、その、かず限りない仏は『時』と『所』と『衆生』とに応じて、一人一人ご出現になることになっている。けっして一度に二人の仏は出現にならないのである。釈迦はいまから三千年前にインドにご出現になって、インド、中国、朝鮮、日本と二千年の間、利益を、これらの国々の衆生にお与えになったのである。いまから三千年前と千年前の二千年間の衆生は、釈迦という仏でなければ利益のうけようのない衆生で、釈迦はこの衆生に応じて出現せられたのである
〔三座〕南無本因妙の教主・一身即三身・三身即一身.三世常恒の御利益・主師親三徳・大慈大悲・宗祖日蓮大聖人・御威光倍増、御利益広大、御報恩謝徳の御為に。これは、日蓮大聖人にたいして、おほめの言葉を申し上げてお礼を申し上げるのであります。なぜ本因妙の教主と申し上げるかといいますならば、釈尊は本果妙の教主なのであります。末法の仏は本因妙の教主になるのであります。教主とは、仏という意味であります。本因妙の仏法の中で、もし本因本果を立てれば、日蓮大聖人が本果妙の仏で、日興上人が本因
す【施餓鬼幡の経文授記品】授記品第六如以甘露灑除熱得清涼如従飢国来忽遇大王膳にょいかんろしゃじょねっとくしょうりょうにょじゅうげこくらいこつぐだいおうぜん甘露を以て灑ぐに、熱を除きて、清涼を得るが如くならん。飢えたる国より来たりて、忽ちに大王の膳に遇わんに。法華経の6番目である授記品(じゅきほん)では、品のタイトルに「授記」とあり、これが大きなテーマとなります。授記とは、未来成仏の保証を意味し、師匠である仏(釈尊)が弟子に対して、来世に必ず成仏(未来世におけ
私は毎朝毎夕、勤行(※)をするときに人生の師匠である池田大作先生と心で対話しています。本日はその池田先生の三回忌という特別な日を迎えました。これまで創価学園や筑波大学での学恩の師の訃報に接するたびに、その御恩を忘れず報いる誓いを込めて、ささやかな追悼文を記してまいりました(学恩を胸に抱きて)。とりわけ母校創価学園の創立者である池田大作先生は、学園入学前に始まり卒業後の今日に至るまで大きな影響を与えてくださった人生の師ですから、2年前のこの日ご訃報に接したときから、どうにかして先生の御恩と感
4月26日、本光院で法話会を開催しました今月は法話でも、高座説教です高座説教とは、日蓮宗に伝わる伝統的なお説教で、お釈迦さまが法華経を説かれた時の奇瑞を儀式で再現し、心震える談義の後、日蓮大聖人の一代記を語る繰り弁があるのが特徴です今回はテーマとして・・・『先祖は守ってくれますか?』と題しお話させて頂きました先祖供養をすれば、巡り巡って自分に返って善いことがあるとよく言います。以前、お寺に来られた方が、
法華経に何が書いてあるかを直近記事で、非常に簡単に書いたのだが…「死なばみな仏」というのも、だから、あながち間違いではない……だが…法華経の教えを学び、守り、広め、実践する者は、とりわけ、末法の時代にそうする者が得る福徳は、とんでもなく大きいと…そのように説いた直後に世尊は、逆のことを説き始めたのである。「大勢至菩薩よ、わたしは、これから逆の場合のことを説かねばならない。このような経説を捨て去った者たちがどうなるかを」(--)bつまり、い