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『法華経』の二十六章にあたる「陀羅尼品」の中では、鬼子母神が十羅刹女と共に、法華経を信仰する人を守護する事を誓約しておられます。日蓮大聖人も鬼子母神を信仰され、大曼荼羅に鬼子母神を勧請されていますが、鬼子母神と十羅刹女の関係を、母と子であるとの確信を次第に深められました。日蓮宗ではご祈祷をする際には、鬼子母神を法華経信者の守護神のひとつと位置づけ勧請するので、ほとんどの日蓮宗寺院では鬼子母神がお祀りされています。鬼子母神信仰で有名なものをあげると、千葉県市川市中山の法華経寺で、日蓮宗の祈祷根
それにつけても、広(こう)布(ふ)決戦場(けっせんじょう)第7年に入りわずか2,3か月の間に世(せ)界(かい)大動乱の様相を呈す様は、あたかも津波が入り江に入(はい)って勢いを増すがごとくで、諸(しょ)天(てん)の凄まじいテンポに驚(おどろ)きを禁(きん)じ得(え)ぬものであります。それだけに先(せん)生(せい)が三(さん)百(びゃく)万(まん)達成を「あと5年以内に為すべし」と密(ひそ)かに御(ご)決(けつ)意(い)された2028年までの残り3年弱の時間がいかに重(じゅう)大(だい)なの
『下(げ)種(しゅ)本(ほん)仏(ぶつ)成(じょう)道(どう)御(ご)書(しょ)』を全員で拝読いたしました。久しぶりの御(ご)書(しょ)講(こう)義(ぎ)で有難(ありがた)さでいっぱいであります。本日のこの『下(げ)種(しゅ)本(ほん)仏(ぶつ)成(じょう)道(どう)御(ご)書(しょ)』と申しますのは、文永5年から文永11年までの7年間の大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の師(し)子(し)王(おう)のごとき御振る舞いを御(おん)自(みずか)ら後世のために克明に記し留(とど)
『三大(さんだい)秘(ひ)法(ほう)抄(しょう)』に宣(の)給(たま)わく戒壇(かいだん)とは、王法(おうぼう)仏法(ぶっぽう)に冥(みょう)じ仏法(ぶっぽう)王法(おうぼう)に合(がっ)して、王臣(おうしん)一同(いちどう)に本門(ほんもん)の三大(さんだい)秘(ひ)密(みつ)の法(ほう)を持(たも)ちて、有(う)徳王(とくおう)・覚徳(かくとく)比丘(びく)の其(そ)の乃往(むかし)を末法(まっぽう)濁(じょく)悪(あく)の未(み)来(らい)に移(うつ)さん時(とき)、勅(ちょく)宣(せ
『キリンさんが好きです、でも、ぞうさんの方がもっとも〜っと好きです〜』とか!!!!松本引っ越しセンターにCMだっけ!!!!(笑)天使猫、動物園の檻に写った自分が『なかなか変な顔の動物だな!!!!』って思って見ちゃうよ〜〜〜〜動物園でずっと見ちゃう動物は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう『❣️2026年3月3日(火曜日)の❣️✨わかちょび✨にゃ❣️❣️❣️❣️✨』いつも天使猫のブログを読んで下さっているみんなは、きっと『ブログスタンプをアップしている時間』の
で、只今(ただいま)のこの御(ご)文(もん)の中で、鳩摩羅(くまら)琰(えん)三蔵(さんぞう)が仏像(ぶつぞう)を背負(せお)って、そして、仏(ぶっ)教(きょう)の盛んな国の亀茲(きじ)国(こく)に逃れたという事(こと)であります。私はこれに連想(れんそう)するんですね。亀茲(きじ)国(こく)というのは、実は今の新(しん)疆(きょう)ウイグルの事(こと)なんですよ。昔はこれを「西域(さいいき)」と言(い)ったんですね。いわゆる孫(そん)悟(ご)空(くう)と三蔵(さんぞう)法(ほっ)師(
話を戻(もど)します。この自(じ)民(みん)党(とう)改(かい)憲(けん)草(そう)案(あん)の基礎委員会事務局長で日(にっ)本(ぽん)会(かい)議(ぎ)国(こっ)会(かい)議(ぎ)員(いん)懇(こん)談(だん)会(かい)の政策審議会副会長だった磯崎陽介は日経新聞のインタビューで「憲(けん)法(ぽう)改(かい)正(せい)する時は、ここから実現(じつげん)可(か)能(のう)な物を抽出(ちゅうしゅつ)する考(かんが)え」と述(の)べている。また、高(たか)市(いち)首(しゅ)相(しょう)は
瑞相現わる読売新聞七月十八日の紙上より、花開く二千年前のハスきょう十八日早朝、二千年前のハスの実が、長い眠りからさめて、雨の中にうす紅の花を開いた。府中から駆けつけてきた"ハス博士"前東大教授、大賀一郎博士(六九)は、千葉市畑町一九九六醸造業、伊原茂さん宅の庭先の水を張った釜のなかに、開花第一日を迎えた、美しい、花冠をなでながら"咲いた、咲いた"と、至極ご満悦。これは、昨春、千葉市検見川の弥生式古代遺跡(約二千年前)の丸木舟の中から発見した、三粒のハスの実云云。東京新聞七月十一日
折伏論仏教上、仏と称せらるる方は、かず限りなくおられるが、その、かず限りない仏は『時』と『所』と『衆生』とに応じて、一人一人ご出現になることになっている。けっして一度に二人の仏は出現にならないのである。釈迦はいまから三千年前にインドにご出現になって、インド、中国、朝鮮、日本と二千年の間、利益を、これらの国々の衆生にお与えになったのである。いまから三千年前と千年前の二千年間の衆生は、釈迦という仏でなければ利益のうけようのない衆生で、釈迦はこの衆生に応じて出現せられたのである
〔三座〕南無本因妙の教主・一身即三身・三身即一身.三世常恒の御利益・主師親三徳・大慈大悲・宗祖日蓮大聖人・御威光倍増、御利益広大、御報恩謝徳の御為に。これは、日蓮大聖人にたいして、おほめの言葉を申し上げてお礼を申し上げるのであります。なぜ本因妙の教主と申し上げるかといいますならば、釈尊は本果妙の教主なのであります。末法の仏は本因妙の教主になるのであります。教主とは、仏という意味であります。本因妙の仏法の中で、もし本因本果を立てれば、日蓮大聖人が本果妙の仏で、日興上人が本因
本日、長(なが)野(の)の県南(けんなん)にまことに立派な伊那(いな)事(じ)務(む)所(しょ)が開設(かいせつ)され、只今御(ご)本尊(ほんぞん)様(さま)がお出ましになられた事(こと)、有難(ありがた)さでいっぱいであります。大(だい)聖人(しょうにん)様(さま)は、この御(ご)本尊(ほんぞん)様(さま)に具わる無(む)量(りょう)無(む)辺(へん)の功(く)徳(どく)と、その功(く)徳(どく)を頂(いただ)く修(しゅ)行(ぎょう)こそが信(しん)心(じん)口(く)唱(しょう)である事
次いで、典礼院(てんれいいん)別館(べっかん)の予定について発表いたします。顕正会の納骨堂(のうこつどう)として平成15年に開設された典礼院(てんれいいん)は、会員の増加に伴いすでに収容能力の限界に近付いておりました。どうしたものかと思(し)慮(りょ)をしていたところ、たまたま道路を挟んだ典礼院(てんれいいん)の真向かいの良き土地が購入できたので、そこに3階建てで耐(たい)震(しん)・耐(たい)火(か)・常(じょう)温(おん)・常(じょう)湿(しつ)という完璧(かんぺき)な設備を整(と
3月度総(そう)幹(かん)部(ぶ)会(かい)において浅(あさ)井(い)会(かい)長(ちょう)は「私達は日(にち)蓮(れん)大(だい)聖(しょう)人(にん)の弟(で)子(し)、浅(あさ)井(い)先(せん)生(せい)の弟(で)子(し)であれば、誰(だれ)が立とうと立つまいと『日(にち)蓮(れん)一(いち)人(にん)』『日興(にっこう)一(いち)人(にん)』の大(だい)精(せい)神(しん)、そして『我一(いち)人(にん)立つ』との気(き)魄(はく)で命尽くまで戦われた先(せん)生(せい)の御(ご)
本日、山(やま)形(がた)県(けん)の内(ない)陸(りく)に立派な最(も)上(がみ)事(じ)務(む)所(しょ)が開設(かいせつ)され、晴れて御(ご)本尊(ほんぞん)様(さま)がお出ましになられた事感(かん)無(む)量(りょう)であります。この御(ご)本尊(ほんぞん)様(さま)は、富士大石寺にまします本門(ほんもん)戒壇(かいだん)の大(だい)御(ご)本尊(ほんぞん)の分身であられます。ゆえに、この御(ご)本尊(ほんぞん)を即戒壇(かいだん)の大(だい)御(ご)本尊(ほんぞん)と深く拝し
「西(さい)域(いき)と申(もう)す文(ふみ)にか(書)きて候(そうろう)は、月(がっ)氏(し)に婆(ば)羅(ら)痆(な)斯(し)国(こく)・施(せ)鹿(ろく)林(りん)と申(もう)すところ(所)に一(ひとり)の隠(いん)士(し)あり。仙(せん)の法(ほう)を成(じょう)ぜんとをも(思)う。乃(ない)至(し)、仙(せん)の法(ほう)と申(もう)すは漢(かん)土(ど)には儒(じゅ)家(け)より出(い)で、月(がっ)氏(し)には外(げ)道(どう)の法(ほう)の一(いち)分(ぶん)なり。云(
Goodandbadfortunearelikeatwistedrope.「ひらけゴマ(Opensesame)」「ひらけゴマ(Opensesame)」は『アリババと40人の盗賊』に記されている呪文です。この呪文の言葉を唱えると、盗賊の宝が隠された洞窟の大きな岩の扉が開きます。アラビア語では「イフタフ・ヤー・スィムスィム」、英語では「オープン・セサミ」と呼ばれます。-AIによる概要参照2月は14日、15日、16日と宗教的
4月26日、本光院で法話会を開催しました今月は法話でも、高座説教です高座説教とは、日蓮宗に伝わる伝統的なお説教で、お釈迦さまが法華経を説かれた時の奇瑞を儀式で再現し、心震える談義の後、日蓮大聖人の一代記を語る繰り弁があるのが特徴です今回はテーマとして・・・『先祖は守ってくれますか?』と題しお話させて頂きました先祖供養をすれば、巡り巡って自分に返って善いことがあるとよく言います。以前、お寺に来られた方が、