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『下(げ)種(しゅ)本(ほん)仏(ぶつ)成(じょう)道(どう)御(ご)書(しょ)』を全員で拝読いたしました。久しぶりの御(ご)書(しょ)講(こう)義(ぎ)で有難(ありがた)さでいっぱいであります。本日のこの『下(げ)種(しゅ)本(ほん)仏(ぶつ)成(じょう)道(どう)御(ご)書(しょ)』と申しますのは、文永5年から文永11年までの7年間の大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の師(し)子(し)王(おう)のごとき御振る舞いを御(おん)自(みずか)ら後世のために克明に記し留(とど)
まとめ日蓮大聖人の御書「唱法華題目抄」は、法華経の題目である「南無妙法蓮華経」を唱えることの功徳(くどく)と重要性を説いた文書です。この御書では、題目を唱える行為が仏道修行の中でも最も尊いものであり、それが末法の時代における唯一の正しい修行法であることが強調されています。以下に、その内容を要約し、さらに深く掘り下げて解説します。要約題目の意義「南無妙法蓮華経」という題目は、法華経の全体を要約したものであり、仏の智慧そのものを表しています。この題目を唱えることは、法華経の教えを実践するこ
大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)は、その立(りっ)宗(しゅう)の後、身(しん)命(みょう)も惜しまずに諸(しょ)宗(しゅう)の謗法(ほうぼう)を破(は)折(しゃく)されて、南無妙法蓮華経の大法(だいほう)をお弘(ひろ)めになられた。この修(しゅ)行(ぎょう)が成(じょう)就(じゅ)して、ついに、御年50歳の竜の口において久(く)遠(おん)元初(がんじょ)の自(じ)受(じゅ)用身(ゆうじん)と成(じょう)道(どう)あそばされて、そして、佐渡(さど)にましました。この時に、この義
本日、近(きん)畿(き)地(ち)方(ほう)の滋(し)賀(が)県(けん)に立派な彦(ひこ)根(ね)事(じ)務(む)所(しょ)が開所(かいしょ)され、感(かん)激(げき)でいっぱいであります。ここにお出ましの御(ご)本(ほん)尊(ぞん)様(さま)は日蓮(にちれん)大(だい)聖(しょう)人(にん)の御生命、そのお悟りの全体を文字をもって顕わし奉(たてまつ)ったものであれば、この御(ご)本(ほん)尊(ぞん)様(さま)を即(そく)富士大石寺にまします戒壇の大(だい)御(ご)本(ほん)尊(ぞん)、即(
天使猫、好きな💐お花は、今年は白いカーネーションにゃ!!!!画像は、『今年の区役所の桜』『今年の白いスミレ』『勤行で使わせて頂いた御樒』『今年の、元、真砂水道局の裏の公園の桜』『今年の普通のスミレ』『天使猫が食べたホールトマトの缶詰の皮(笑)オレンジ色のやつ』『今年の、名前がわからない黄色い小さいお花』だよ。。。。わかちょびとエンジェルの、テーブルの上の小さな春、だよ!!!!好きな花は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう『❣️2026年3月3日(火曜日)の❣
利益論『道理証文よりも現証にはすぎず』(三三蔵祈雨事一四六八ぺージ)と。現証とは証拠である。日蓮正宗が、いかに正しく最高であると説くといえども、これを信ずる民衆に利益がなかったならば、だれが信じようぞ。初信の功徳というは、大御本尊様に偉大な力あることを示された証拠であって、この証拠があればこそ、絶対唯一の宗教であると、誇りうるのである。しかし、初信の人々の信心の至って現われた功徳では、いまだ断じえない。その初信の功徳ぐらいで十分と思うのは、大なる誤りである。三年と、五年と、あるいは
本日の総幹(そうかん)部(ぶ)会(かい)も真剣(しんけん)・熱烈(ねつれつ)な空気を感じては「顕正会こそが地涌(じゆ)の菩(ぼ)薩(さつ)の大(だい)集(しゅう)団(だん)である」事(こと)を強く確信(かくしん)し、胸の高鳴りを禁(きん)じ得(え)ぬものであります。この6,7月法戦(ほうせん)は先ほど発表の通り初期の誓願(せいがん)2万5千を大きく突破する同(どう)法戦(ほうせん)としては過去最高の32,412名の大(だい)折(しゃく)伏(ぶく)が敢行(かんこう)されました。まことに御(ご
そのような深刻な危(き)機(き)の只中、日(にち)米(べい)首(しゅ)脳(のう)会(かい)談(だん)が3月19日に行われましたが、11兆円規模の対米投資案件を始めとする経(けい)済(ざい)協力策を携(たずさ)え、トランプの機嫌を損ねないよう媚(こ)びを売る高(たか)市(いち)首(しゅ)相(しょう)の朝(ちょう)貢(こう)外(がい)交(こう)、媚(び)態(たい)外(がい)交(こう)、隷属(れいぞく)外(がい)交(こう)は到底看(かん)過(か)できるものではありませんでした。ホワイトハウスに到
3月度総(そう)幹(かん)部(ぶ)会(かい)において浅(あさ)井(い)会(かい)長(ちょう)は「私達は日(にち)蓮(れん)大(だい)聖(しょう)人(にん)の弟(で)子(し)、浅(あさ)井(い)先(せん)生(せい)の弟(で)子(し)であれば、誰(だれ)が立とうと立つまいと『日(にち)蓮(れん)一(いち)人(にん)』『日興(にっこう)一(いち)人(にん)』の大(だい)精(せい)神(しん)、そして『我一(いち)人(にん)立つ』との気(き)魄(はく)で命尽くまで戦われた先(せん)生(せい)の御(ご)