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ただ、ただ。。。。ごめんよ〜〜〜〜洋服、作ってあげる、って言っておきながら💧まだ、裸族。。。。そして、新しい物件に!!!!って言っておきながら💧まだ、家なき子たち。。。。
最後に申(もう)します。先の年末、私は先(せん)生(せい)の跡を継いで富士大石寺の近くに赴(おもむ)き、戒壇(かいだん)の大(だい)御(ご)本尊(ほんぞん)を遥拝し奉(たてまつ)ってまいりました。その道中の車の中で、私は先(せん)生(せい)が毎年の暮れの参詣において帰宅され、御自宅の持仏堂で御(ご)本尊(ほんぞん)様(さま)に御(ご)挨拶(あいさつ)を申し上げた後に「これで今年の御(ご)奉公(ほうこう)を全(すべ)て無(ぶ)事(じ)に終えた、有難(ありがた)い事(こと)だ」と述(の)べ
『四(し)条(じょう)金(きん)吾(ご)殿(どの)御(ご)返(へん)事(じ)』に宣(の)給(たま)わく此(こ)れにつけても、いよいよ強(ごう)盛(じょう)に大(だい)信(しん)力(りき)をい(出)だし給(たま)え。我(わ)が運(うん)命(めい)つ(尽)きて諸(しょ)天(てん)守(しゅ)護(ご)なしとうら(怨)むる事(こと)あるべからず。将(まさ)門(かど)はつわ(強)もの(もの)の名(な)をと(と)り兵(ひょう)法(ほう)の大(だい)事(じ)をきわ(極)めたり。されども王(おう)命(めい
とりあえず完成!!!!って言いたかったけれど。。。。『アクリル蓋』を組み立てて設置してみたら💧まさかの『合わない』『設計ミス』なのね!!!!せっかく改造して木をぶった切って天井まで積んだのに。。。。天使猫の計算違い?って思って今一度、設計図を観てみたら、そこは大丈夫。って事は!!!!まさかの『クチコミ』観てみたら『アクリル蓋が落ちてくる』とか不安要素たっぷりなのね!!!!キットで売っているのをひとつ15000円くらいで6個、買ったのだけど。。。。しかも届いたキットを
毎日勤行で唱えてる方便品第二。しかし、漢語すぎて内容は全く意味不明。なので、AIの膨大な知識を駆使して現代語訳を作ってみました。教連琢磨の一助になればと思います。また章の合間を縫って、寿量品第十六もやってみたいと思っています。注意:この漢語は、もともとの言語であるサンスクリット語から鳩摩羅什(くまらじゅう:サンスクリット語の「Kumārajīva(クマーラジーヴァ)」)によって翻訳されましたが、完全に一致する翻訳は不可能であったため、仏教の核心的な教えを正確に伝える事を優先し、細部におい
冒頭に拝読した御(ご)文(もん)は、大(だい)聖人(しょうにん)様(さま)を激しく怨嫉(おんしつ)する良観(りょうかん)の策謀(さくぼう)により弘安2年10月に四(し)条(じょう)金(きん)吾(ご)殿(どの)が闇討ちに遭(あ)い、大勢の家臣に取り囲まれて斬り殺されて当然のところ不思議(ふしぎ)にも危機を脱し一命をとりとめる事(こと)ができた事(こと)を大(だい)聖人(しょうにん)様(さま)に御(ご)報(ほう)告(こく)された時に賜わった御(ご)書(しょ)の結びの一節であります。「身を守る根
現代語訳この法華経には「二妙(にみょう)」があるとされています。釈文には「この経はただ二妙を論じる」と記されています。その二妙とは、第一に「相待妙(そうたいみょう)」、第二に「絶待妙(ぜったいみょう)」です。相待妙とは、法華経を法華経以前の四時(仏が説いた教えを時期ごとに分けたもの)と比較して考えるもので、法華経以前の教えを「爾前(にぜん)」と呼び、これを否定的に捉えます。爾前の教えは、仏教の真実を部分的に説いた「当分(とうぶん)」の教えであり、法華経はそれを超える「跨説(こせつ)」、つまり
実相と云うは妙法蓮華経の異名なり・諸法は妙法蓮華経と云う事なり、地獄は地獄のすがたを見せたるが実の相なり、餓鬼と変ぜば地獄の実のすがたには非ず、仏は仏のすがた凡夫は凡夫のすがた、万法の当体のすがたが妙法蓮華経の当体なりと云ふ事を諸法実相とは申すなり、天台云く「実相の深理本有の妙法蓮華経」と云云、此の釈の意は実相の名言は迹門に主(ぬし)づけ本有の妙法蓮華経と云うは本門の上の法門なり、此の釈能く能く心中に案じさせ給へ候へ。大日如来とか阿弥陀如来などというのは、普通の仏です。普通の
三世の因果閻魔のそばに行って、『おまえは、生きている間に、こんな悪いことをしたろう』といわれると、亡者は、『わたくしはなにも、そんな悪いことをいたしません』という。閻魔王は、『それ、そこにある浄玻璃の鏡を見よ』という。そうすると、浄玻璃の鏡に、前世の悪事の姿が、そのまま写り出して、うそがいえないということですが、これは地獄のさまを説明した釈迦の低い教えで、いま申しますなら、たとえ話しにすぎないのでございます。釈迦が、なんのために、こんな教えを説いたのでしょうか。また、事実、浄玻璃
一生成仏抄は、日蓮大聖人が門下に対して「いかにしてこの一生で成仏するか」という仏教の究極的な目的を説かれた御書です。この御書は、成仏(仏の境地に達すること)の核心を明確に示し、法華経を信じ、実践することの重要性を強調しています。以下に全体的なまとめを記します。1.一生成仏の意義「一生成仏」とは、この一生の間に仏の境地を得ることを意味します。仏教では、長い修行を経て成仏するという考えが一般的でしたが、日蓮大聖人は法華経を根本とした信仰によって、誰もが今世で成仏できると説かれました。成仏
はじめに日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)は、日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の教えを唯一(ゆいいつ)の正法(しょうぼう:正しい仏教の教え)と位置(いち)づけ、それ以外(いがい)の仏教宗派(ぶっきょうしゅうは)を「邪教(じゃきょう:正しい教えから外れた教え)」と断(だん)じる姿勢(しせい)を一貫(いっかん)して維持(いじ)してきました。この態度(たいど)は、他宗派(たしゅうは)から批判(ひはん)を受けることもありますが、日蓮正宗の教義(きょうぎ:宗教の基本的な教え)や歴史的背景(れきしてきは
本日は、全国からよくぞこの成(せい)人(じん)式(しき)に馳(は)せ参(さん)じてくれました。末法濁悪の世相日々に色濃くなる中、顕正会の新(しん)成(せい)人(じん)の清らかで気(き)魄(はく)に満ちた信心(しんじん)に触れては胸(むね)打(う)たれ、大感動(だいかんどう)が込(こ)み上(あ)げました。ことに、先程の成(せい)人(じん)代表の4人の登壇はまことに立派でありました。学校の教師や友人の異常な怨嫉(おんしつ)を乗り越え、踏まれても叩かれてもますます強き信心(しんじん)に立
太陽の女性部が新出発原田会長を中心に全国総県長会議那須女性部長、山岡書記長が誕生2025年1月11日わが地域に友情と平和の園を!新たな布陣、新たな決意で意気高く出発した総県長会議(金舞会館で)創価の太陽・女性部が希望の新出発!――全国総県長会議が10日午後、東京・新宿区の金舞会館(創価文化センター内)で開かれ、原田会長から新任人事が発表された。那須昌美女性部長、山岡玲子書記長が誕生。女性部総合長に杉本しのぶさん、総合女性部長に永石貴美子さんが就任し、新たに設けられた主任副女性
ー阿部日顕管長に訴う「正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む」つづきさらに申し上げた。「国立戒壇の否定と正本堂の誑惑は表裏一体です。学会は内外に正本堂を御遺命の事の戒壇と大宣伝しております。この時、もし国立戒壇を云わなくなったら、正本堂の誑惑がそのまま内外にまかり通ってしまうのではないでしょうか」細井管長は気色ばんで「正本堂を事の戒壇とはいえますよ。このあいだ本山で見せたでしょう。あの本に『此の所は即ち是れ本門事の戒壇』とあったじゃないですか。あの本は寛尊よりも、もっと古いものです
日蓮大聖人様の時代に帰れもう、みなさんに、なにもやかましい理論をのべる必要はなかろうと思う。学会精神というと、なにかめんどうなことのように思うであろうが、それは、ただ『日蓮大聖人様の時代に帰れ』というだけです。日蓮大聖人様のお心を心として、この大御本尊様を、みんなに受け持たせたいというだけなのです。折伏というと、学会を大きくするかのように考える人たちも、なかにいないとはかぎらない。では、なぜ折伏するかというと、大聖人様は、大御本尊様を、みんなに、ただ受持させるために顕わされた
『立(りっ)正(しょう)安国(あんこく)論(ろん)』に宣(の)給(たま)わく先難(せんなん)是(こ)れ明(あき)らかなり、後災(こうさい)何(なん)ぞ疑(うたが)わん。若(も)し残(のこ)る所(ところ)の難(なん)、悪法(あくほう)の科(とが)に依(よ)って並(なら)び起(おこ)り競(きそ)い来(きた)らば、其(そ)の時(とき)何(いか)んが為(せ)んや。帝王(ていおう)は国(こっ)家(か)を基(もとい)として天(てん)下(か)を治(おさ)め、人臣(にんしん)は田園(でんえん)を領(
この大(だい)威(い)徳(とく)まします大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)が、時来(き)たればいよいよ広宣(こうせん)流布(るふ)、しかも「順(じゅん)縁(えん)広(こう)布(ふ)」といって日(に)本(ほん)一同(いちどう)に信ぜしめ南無(なむ)妙(みょう)法蓮(ほうれん)華(げ)経(きょう)と唱えせしめるというこういう大仏(だいぶつ)事(じ)をあそばすんですね。私は『いよいよその時(とき)が近づいてきた』という事(こと)を感(かん)じております。今どうですか、世界中の異(い)
まとめ**十如是(じゅうにょぜ)**とは、『法華経』の「方便品第二」に説かれる教えであり、あらゆる存在や現象が持つ本質的な性質を十の側面から説明したものです。この教えは、仏教の「一念三千」の基盤となる重要な概念であり、すべての生命や現象がこの十の特性を備えているとされます。十如是の構成十如是は、以下の十の要素から成り立っています。それぞれが現象や生命の異なる側面を表しており、全体としてその存在の完全な姿を示しています。如是相(にょぜそう)外面的な姿や形、現象としての現れを指します。如
で私は何年か前に(だいぶ前ですがね)、男(だん)子部(しぶ)の幹(かん)部(ぶ)が「自分の母親(ははおや)が末(まっ)期(き)癌(がん)でもって、まことに良き臨(りん)終(じゅう)をした」という事(こと)で発(はっ)表(ぴょう)していた事(こと)を今でも覚(おぼ)えておりまするが「母親(ははおや)が言(い)っておりました『一(いっ)生(しょう)懸命(けんめい)働いてきて、最後晩年(ばんねん)に癌(がん)になって『何としても癌(がん)から逃げたい。助かりたい助かりたい』とそういう思(おも)いで
『諸法(しょほう)実相(じっそう)抄(しょう)』に宣(の)給(たま)わく一閻(いちえん)浮(ぶ)提(だい)第一(だいいち)の御(ご)本尊(ほんぞん)を信(しん)じさせ給(たま)へ。あひかま(相構)へてあひかま(相構)へて、信心(しんじん)つよ(強)く候(そうら)いて、三仏(さんぶつ)の守(しゅ)護(ご)をかうむ(被)らせ給(たま)うべし。行(ぎょう)学(がく)の二(に)道(どう)をはげ(励)み候(そうろう)べし。行(ぎょう)学(がく)た(絶)へなば仏法(ぶっぽう)はあるべからず。
そして、不思議(ふしぎ)に思(おも)う御(ご)事(じ)績(せき)があります。それは、中島(なかじま)円妙院(えんみょういん)日彰(にっしょう)上人(しょうにん)との縁(えにし)です。先(せん)生(せい)が22,3歳の頃、中島(なかじま)円妙院(えんみょういん)日彰(にっしょう)上人(しょうにん)が妙光寺で行われた『六巻抄(ろっかんじょう)』の講(こう)義(ぎ)に参加されたのでした。この中島(なかじま)円妙院(えんみょういん)日彰(にっしょう)上人(しょうにん)は終戦直前の宗(しゅう)門
顕正会第二の原点という大(だい)事(じ)な節を刻んだ本年の最終(さいしゅう)法戦(ほうせん)、全顕正会で44,102名の大(だい)折(しゃく)伏(ぶく)が敢行され、ついに270万を突破したとの報に接し、驚(おどろ)きと感激(かんげき)でいっぱいであります。男子部におきましても、同(どう)法戦(ほうせん)としては過去最高の19,976名の弘(ぐ)通(づう)が叶いました事(こと)、全(すべ)ては浅(あさ)井(い)先生(せんせい)の三回忌法要において全幹部の決(けつ)意(い)と情熱を一変させて頂
三宝自我偈にいわく、『憂怖諸苦悩。如是悉充満、是諸罪衆生。以悪業因縁。過阿僧祇劫。不聞三宝名』と。憂い、すなわち、心配ごとや怖れ、すなわち、おそろしいことなどのたくさんの苦しみが充満した世のなかに、人々は生活して、苦しみ、なやんでいる。このような人々は、過去世の悪業の因縁で、かぞえることのできないほどの長い阿僧祇劫という年月の間、『三宝』の御名を聞かないので、幸福な生活になれぬのだという意味である。三宝の御名を聞くことのできる者は、この長い間の苦悩の生活も一時に断壊し
『報恩抄』に示される「理同事勝」の誑惑構造と、学会・宗門の国立戒壇否定(正本堂問題)―構造類似性による破折―本稿は、人格批判や動機の詮索に矮小化することなく、『報恩抄』が破折する理同事勝の「誑惑の構造」を一つの型として捉え、細井管長以降の学会・宗門による国立戒壇否定を、両者を同一構造として、一貫した論理で立証することを目的とする。核心は、「事を理に溶かす/押し込める」という破壊手口にある。序論――否定ではなく「溶解」による破壊『報恩抄』において日蓮大聖人が破折されているのは、単に
良き法・良き師・良き檀那法華経に無上の宝珠、すなわち宝の珠です、それを不求自得、求めずして、おのずから得る。無上の宝珠とは、大御本尊様のことを申し上げるのであります。あなた方が御本尊様を求めていたのではなくて、今はこのようにすわっていれば、折伏などはあたりまえのように思うけれども、信仰をはじめる前には皆反対したのです。なかには、そうとう長いのもいたのだから。それは求めずして、おのずから得たので、求めなかったのです。無上宝珠不求自得、また時に応じてこの関西本部を求めずして御
次いで、典礼院(てんれいいん)別館(べっかん)の予定について発表いたします。顕正会の納骨堂(のうこつどう)として平成15年に開設された典礼院(てんれいいん)は、会員の増加に伴いすでに収容能力の限界に近付いておりました。どうしたものかと思(し)慮(りょ)をしていたところ、たまたま道路を挟んだ典礼院(てんれいいん)の真向かいの良き土地が購入できたので、そこに3階建てで耐(たい)震(しん)・耐(たい)火(か)・常(じょう)温(おん)・常(じょう)湿(しつ)という完璧(かんぺき)な設備を整(と