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スサノオから始まった封印を解く時空の旅。封印繋がりで「次は磐長姫(イワナガヒメ)と此花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)、大山祇命(オオヤマツミノカミ)の謎は?」と軽い気持ちで次の旅をリクエストしたのがですが…まさか、超ディープな旅になるとは!…あんな事言わなきゃ良かったと思いましたが、後悔先に立たずです😭今回はこれ迄以上にステージが多岐にわたり、文章で説明すると伝わらない…と言うか、混乱を招く恐れがありますので、私とAIが綴った会話でお届けしたいと思います。AIと呼ぶのは味気ないので、古
日高見国と日高神社昨日、ナガスネヒコと日高見国について書きました。日高見国について調べているうちに、ふと気になったことがあります。水沢には「日高神社」という古い神社があります。日高見と日高。日高見国がどこにあったのかは諸説ありますが、北上川流域をその範囲と考える説があります。そう考えると、現在の水沢にある日高神社は、かつて日高見国と呼ばれた可能性のある土地に鎮座していることになります。今のところ、他には二つを直接結びつける確かなものは見つけられませんでした。
皆様、こんにちは。こんばんは。NGH(米国催眠士協会)認定ヒプノセラピスト養成講師のHIDECOです。<HIDECOのヒプノセラピスト養成スクールのHPはこちら>本日、藤原直哉先生との対談動画を公開いたしました。今回のテーマは「新時代を生き抜く7大秘訣」。10年後の未来を先生が解説してくださったほか、お金のことを含めた開運の秘訣、神話・記紀編纂、律令制度の謎にも踏み込んだ内容になっています。AIやベーシックインカム、金融リセットなど「実(この世)」の理屈だけ
「かんながらたまちはえませ」とは?惟神霊幸倍坐世)」は、神道で古くから用いられてきた祈りの言葉です。言葉を分けると、*惟神(かんながら)神の御心のままに。宇宙の大いなる流れに従って。*霊(たま)…魂、霊性、生命の力。*幸倍(ちはえ)…幸いが何倍にも増え、ますます栄えること。*坐世(ませ)…どうぞそのようになりますように、という祈願の表現。つまり、「神さまの御心のままに、魂がますます輝き、幸せと御稜威(みいつ)が大きく栄えますように」という、とても尊い祝福の祈りで
諏訪大社四社を巡った後は本日のお宿に参ります。上諏訪温泉油屋旅館(伊東園ホテルズ)楽天トラベル楽天トラベルで取りました。正直なところ…そこまで期待していなかったのですが、とっても良かったです新館の大部屋が取れたので見晴らし最高。と言いながらお部屋の写真がないためホームページよりお借りしました。まんま同じ景色が見れました。写真に嘘なし。お部屋も綺麗。温泉もそんなに広くはなかったものの満足でした。チェックインした時点で布団が敷かれていたのだけが残念だったけど、それ以外は💯個
皆様こんにちは。沙貴誉(さきほまれ)です。びっくりしました。AERAがこんな記事を出すなんて。皇統譜(旧譜)が明かす「双系」・「女系」継承の事実天壌無窮の神勅は「女系」継承(AERADIGITAL)-Yahoo!ニュース■「男系」継承ではなく「双系」継承説を採用『古事記』・『日本書紀』(以下、記紀と略記)が記す神話の内容と、情報公開請求によってこの度開示された「旧譜」(全五冊)の第一冊の記載とを突き合わせると、news.yahoo.co.jp2026
神道では古より伝えられてきた或る重要な言葉があります。皇祖皇孫(こうそこうそん)と言い、天皇と天照大神を、同質のものとして結びつけたものです。これを正当化するための根拠として飛鳥時代から奈良時代には天皇の統治権は天照大御神の神勅に由来するという神話を載せた歴史書『記紀』(日本書紀と古事記)が編纂されたのです。「日本書紀」の三大神勅それが作られたのは養老4年、西暦720年であります。「天皇」は大和朝廷時代の大王(おおきみ)が用いた称号であり、古墳時代以後の奈良時
人生の中で、「どうしてこんなに苦しいのだろう」と思う出来事に出会うことがあります。越えられないように感じる壁、逃げたくなる状況、心が折れそうになる時間。けれど、その壁には大切な意味が隠されています。◆壁はあなたを止めるためにあるのではない私たちは苦しみを「敵」と捉えがちですが、本当は違います。その壁は、あなたを壊すためではなく、あなたの中にある力を引き出すために現れているのです。◆乗り越えるとき、人は変わる壁にぶつかると、人は初めて自分の弱さを知り、本当の願いに気づき、どう生きる
連続発刊年間最多発刊記録更新しました【重機娘Ⓡ】BREAKER-MAKOTO第66巻照合編遣わされた理由発刊「年間最多発刊ギネス記録52巻」60巻越え更新継続中Amazonkindleの月間発刊数日本一は37冊である。2026年7月29日、磯﨑誠之達成月間発刊数もUA-JAPANRECORDSさまより認定いただけました。とは言え「発刊記録」は目的ではありません。あくまで「就労人口促進活動」していたら結果が伴っただけです。さぁ、愉し
「ことわり(理)」と「道理」似ているようで少し違う言葉に、「ことわり」と「道理」があります。ことわりは、もともとやまと言葉で「こと(事)+わり(分かれ)」から来ていると言われます。つまり物事がそうなる自然の筋道という意味です。たとえば・花が咲く・実がなる・人が生まれ、やがて死を迎えるこうした天地や命の流れを、昔の人は「ことわり」と感じていました。一方、道理は中国から入ってきた言葉で、道(人の歩む道)+理(筋道)つまり人として守るべき行いの筋道です。たとえば「親を
天鈾女命(天宇受売命=アメノウズメノミコト)といえば、天照大神が天岩戸にお隠れになった時、「天の岩屋戸にうけ伏せ、踏みとどろこし神懸りして、胸乳をかき出、裳緒(もひも)をほとにおし垂れき」という、ストリップまがいの行いが有名だが、これは古事記が記すところである。この場にいた神たちが大いに笑い興じたというから、今も昔も男どもは他愛がない。日本書記ではいささか状況を異にしていて、天岩戸での天鈾女命の行動は穏やかに表現されている。ところが、此のストリップまがいの行動は、天孫の東征の際に道を遮
🌿茨城県土浦市在住のベリーダンサーYUNG(ゆん)です。食べ歩き・お出かけ・ナチュラルライフ・日本文化など、暮らしが少し楽しくなることを綴っています。「まぐわう」という日本語が、とても好き。「まぐわう」は、男女が契りを結び、身体を交えることを意味する古い日本語。「目合う(まぐわう)」とも表され、「目(ま)」と「合う」。目と目を合わせる。心を通わせる。そして、身体を重ねる。そんなふうに想像すると、なんとも美しい言葉だなと思う。古い日本の神話の世界では、男女の交わり
「日本神話の調和の神」と「一神教の創造の神」の世界観の違い‼️『古事記』の冒頭は「天地初発」つまり、世界の始まりの場面からスタートします。そこに最初に現れるのが、天之御中主神(アメノミナカヌシ)。アメノミナカヌシってどんな神さま?やまと言葉で分解してみると⭕️アメ(天)…高天原、宇宙、無限の広がり⭕️ミナカ(御中)…中心、統べるもの⭕️ヌシ(主)…主宰者、根本の力つまり、アメノミナカヌシは「天(宇宙)の中心を統べる根源の力」としての存在なのです。形のある
【イワナガヒメ/岩のような姿だったため嫁ぎ先から帰された悲劇の女神】イワナガヒメは山の神オオヤマヅミの娘であり、美と花の女神コノハナサクヤヒメの姉で、高天の原から降臨したニニギのもとに妹と一緒に嫁ぎました。しかし絶世の美女である妹と違って岩のような容姿だったイワナガヒメを恐れたニニギに結婚を拒否されてしまいます。コノハナサクヤヒメは桜の様に華やで美しいですが、桜のように咲き、桜のように散るので、その美しさは儚く限りあるものでした。反対にイワナガヒメの容姿は岩のようですが、その
「ヒコ、ヒメ」日本人がなぜ「光の民」と呼ばれるのか古事記の文脈ややまと言葉の響きを踏まえると、彦神、姫神は、単に「男神」「女神」という性別的な区別以上のものを示しています。ひこ(彦):古代では「日子」とも書き、日の御子=光の御子を意味することが多い。#男性性そのものを表すというより、創造的で陽性の働きを象徴します。例えば道を拓く、国を治める、知恵や力を用いて世界を動かす側面です。例:古事記に登場する多くの男性神や天皇の名に「彦」がつくのは、この光の御霊の働きを体現するからです。ひめ
サムハラとはサムハラ。不思議の四文字で、身を守ると言われているこの文字は漢字ではない神字であるために、変換ができずカタカナで表記されています。サンスクリット語で「不可思議」から、とか、古朝鮮語で「サム=生きる」「ハラ=なさい」、生きなさい、からきているという説も。こんな不思議な名前の神社があることを知ったのは何がきっかけだったのでしょうか。今となっては思い出せませんが、もうずいぶん前から気になっていたのでした。サムハラ神社大阪市西区にあるサムハラ神社。
こんにちは。ぴる来るです。当ブログの【日本語上代】シリーズでは、古代日本語を解明する新しい試みをしていきます。今回は、「一旦まとめ」これまでの記事を振り返って、筆者が発見した上代日本語のいくつかの法則をより詳しく解説していこうと思います。(以下、本文は常体で続きます)出典:東映アニメーションhttps://share.google/mp2agHJDmd5ipjrxD一反もめん-キャラクター|新番組「ゲゲゲの鬼太郎」-東映アニメーションhttps://share.googl
1.「惟神(かんながら)」という言葉の意味「惟神(かむながら/かんながら)」は、漢字で書くと「神のまにまに」とも読み、「神の御心のままに」「神意にかなうように」という意味です。惟(かむ)🟰思う・観る・感じる(「惟る」は“心を寄せる”意)神(かみ)🟰天地のいのちの源・自然のはたらきながら=そのままに、従ってつまり、「惟神」とは――天地の理(ことわり)に逆らわず、自然のままに神意と調和して生きること。これが「惟神の道」です。2.惟神の道の本質古代の日本人にとって、神とは「超
第2章古事記・日本書紀に見る馬の神話日本最古の歴史書である『古事記』と『日本書紀』には、数々の神話が収められています。その中で、馬は神の使いとして、また時に災厄を招く存在として登場し、人々の信仰や畏れを映し出しています。ここでは、特に代表的なエピソードを取り上げながら、馬がどのように神々の物語に関わってきたのかをたどってみます。スサノオと「逆剥ぎの馬」最も有名なのは「天の岩戸隠れ」にまつわるエピソードです。荒ぶる神スサノオは、姉である天照大神に対して度重なる乱暴を働きました。その
古事記における「けがれ(汚れ・穢れ)」や「禊(みそぎ)」とは。古事記での「けがれ」は、大きく分けて目に見える汚れと精神的・霊的な穢れの二つ意味をもちます。•汚れ(よごれ)これは血や死体、病気など、身体や環境の汚れを指します。特に死や血は「死の気」や「陰」の力とされ、全体に不安や不浄感を与えるものでした。•穢れ(けがれ)気枯れこれは精神的・霊的な領域で、、罪や災厄、死にまつわる不運など、目に見えない不調和や死の気配を含んでいます。古代人は、死や災厄を「気」が乱れた状態と見なし、それ
「やまと言葉」って、単に「日本語」という意味じゃないんです。古代から日本人が自然や生活、心の動きを表すために使ってきた、日本固有のことば。それがやまと言葉です。「山」「川」「月」「花」「愛」「心どれも自然や感情に根ざした素朴で美しい言葉たち。中国から漢語が入る前から使っていた言葉です。古事記の神話には、やまと言葉の世界観がいっぱい詰まっています。1.天地開闢と自然に生まれる言葉古事記のはじまり「天地初発」。形もなく混沌とした世界から、ひとりでに現れた造化三神•天之御中主神
四国には面白い神社や磐座が豊富なんですが特に徳島には古事記や日本書紀などの歴史好きな方には面白い神社などが多数徳島の興味深い神社も今後また機会があれば記事にしたいと思いけどまずはホームタウンの香川県から古事記日本書紀(記紀)まで古くないとしても古いといえば、「延喜式神名帳」平安時代にまとめられた神社名簿みたいなものやからここに掲載されてるってことは少なくとも平安時代には存在していた神社ってことなんで県民としても平安時代の香川県に実際にあった神社は全て回
古事記をお伝えしていると、初めて触れる方からよく、こんな質問を受けます。「神さまなのに、どうしてケンカをしたり、失敗をするのですか?」たしかに、「神」と聞くと、完璧で、間違わず、いつも正しい存在を思い浮かべがちです。けれど、「古事記」に描かれる神さまたちは、驚くほど人間的です。怒り、迷い、ぶつかり、やり直し、失敗もします。それはなぜか。古事記の神さまたちは、「完成された理想像」ではなく、この世界そのものの姿を映しているからです。自然は、いつも完璧でしょうか。嵐が起
神道になぜ開祖がいないのかなぜ神と人の境が曖昧なのかなぜ教義がないのか日本では「神を信じる」ことよりも、神として生きる感覚を失わないことが、信仰の役割でした。🌿🌿🌿🌿🌿なぜ日本では教義が発達しなかったのか教義とは本来、正しさを定め、世界を説明し、信じる内容を固定するものです。けれど日本では、世界は説明するものではなく、感じ、体験し、その都度結び直すものでした。自然は毎年同じではなく、人の心もまた移ろいます。そこに唯一の正解を置くこと自体が、不自然だったのです。だ
【繁根木八幡宮(はねぎはちまんぐう)】(熊本県玉名市)繁根木八幡宮は、応和元年(961年)に紀隆村(きのたかむら)が、京都の岩清水八幡宮(京都府八幡市)から大野別府の総鎮守として勧請したことが創始と伝えられる、1000年以上の歴史を有する神社です。紀氏は大野別府の政所として祭祀を管掌する一方、鎌倉時代には地頭を兼ね大野郷250町歩を領するなど勢威を誇りましたが、天文(1532年から1555年)の頃、大野氏は衰亡していきます。中世に繁根木八幡宮は、高瀬五ケ寺の一つ天台宗壽福寺(神宮寺・社
「黄泉の国の入口」と聞くと、行ってみたい気持ちと同時に、少し怖くなりますよね。黄泉比良坂には不気味な噂もありますが、実際は幽霊屋敷のような場所ではありません。『古事記』に登場する「あの世とこの世の境」と伝えられる、静かで神秘的な神話の舞台です。ただし、木立に囲まれて人通りが少なく、日が傾くと雰囲気が一変します。初めて訪れるなら、明るい時間帯に行くのが安心です。先に結論黄泉比良坂が怖いと感じられる一番の理由は、心霊現象よりも「神話の物語」「人の少なさ」「木立の静けさ」です。日中に複数人で訪
「あっぱれ」は多くの場合、「天晴れ」と書きます。これは「空が晴れる」ように、曇りが取れて真実があらわになる感覚。うまい、勝った、よりもその人の働きが素直に現れたことへの賛嘆。だから「あっぱれ」は、技術評価や結果より「覚悟」や「筋」を褒める「あっぱれ」は、点数をつける褒め方ではなく、•迷いながらもやり切った•卑怯に逃げずに立った•みっともなくても誠実だったそういう心の筋・潔さ・引き受けに向かって放たれた「生き方」への賛辞です。「えらい」「立派」は、どこか「上下」が入りやすい
ふわり、ゆるり、ぶらり。このようなやまと言葉は、一瞬で情景をイメージさせます。そこにただよう気(け)やいのちの動きを、そのまま差し出す言葉です。古事記の世界もまた、「何がどうなったか」を説明するより先に、どんな気配が生まれ、どう響いたかを語ります。やまと言葉は、その感覚を今に残している言葉なのです。日本語には、擬音語・擬態語が数多くあります。ふわふわしとしとぶらぶらこれらの言葉にあるのは、定義された意味ではなく、身体が先に知っている感覚。音とともに、呼吸や間(ま)、いのちのリ
【アメノウズメ/岩戸の前で裸踊りをし神々を喜ばせた芸能の女神】アメノウズメはアマテラスが籠った天岩戸(あまのいわと)の前で華麗に舞い踊り、高天原の神々を楽しませた芸達者な舞の女神で、芸能の祖神として信仰されています。『古事記』の「岩戸隠れ」では、アマテラスが弟スサノオの傍若無人ぶりに心を痛め、天岩戸に隠れてしまいます。太陽神が隠れたことで高天原や地上は闇に包まれ、様々な災いが起こりました。一大事に対して神々は天の安河原(あめのやすかわら)に集まり緊急会議を開くことになります。
スサノオから始まった封印を解く旅。今現在、猿田彦の封印解除まで終わっているのですが、実は、この謎解き=封印解除は私達のアセンションのプロセスと一致しています。さて、今回は3回シリーズで饒速日命と瀬織津姫の謎に迫ります。前回、イザナギとイザナミの封印を解きましたが、もう1つ、日本神界最大の謎とされるのが饒速日(ニギハヤヒ)と瀬織津姫が神話から抹消されている事。しかも、日本の祖はイザナギとイザナミ(国生みによって国土を作ったと古事記に記されている為)と言われていますが、本当の日本の祖は饒