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明日の2月11日は、「建国記念の日」。「建国記念の日」とは「初代・神武天皇が即位した日を記念した祭日」が元になっている祝日です。…という歴史は、ワタクシもこのブログでいつの年にかやっていて……と思ったら、まさかのやっていませんでした(汗)明治5年12月2日(1872年)、明治政府は「これまでの暦(天保暦)を廃止して、新しい暦(グレゴリオ暦)に改めます!」として、「改暦ノ布告」を施行。「明治5年」は残り30日を切り上げて終了し、新たに「明治6年正月元日」となりました(「明治
「古事記や日本書紀に出てくる天皇や英雄は、どこまでが神話(架空)で、どこからが歴史(実在)なのか?」そういう二分法のような発想が、間違いのもとです。天照大御神や神武天皇の物語が「神話」なのは言うまでもないですが、じゃあそこに書いてあることは全部が空想、捏造、嘘八百なのか、ていえば、それはまた別の話です。モデルになる生身の誰かがいたかも知れないし、その事績には何がしか実際にあった事柄が反映されているかも知れません。それを全部「ここは歴史ではなく、神話だから」と切り捨てて顧みないのは、物凄く勿
鹿島神宮が創建されたのは神武天皇元年とされています。この辺りは縄文遺跡も発掘されていますので、土地神様がいらっしゃった聖地に神社を創建したのだと思います。創建当時、神宮とつく神社は伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮のみ3つのうち2つが関東の東にあるのは大和王権の東北平定の為と言われています。当時の東北とは鹿島神宮より北です。重要な拠点となる神社なので国譲り神話の武甕雷大神と経津主大神を勧請したのです。(神栖市HPより)要石による地震の結界はこの辺りが地震と水害の多い土地という事
みなさんこんばんは。さて。ここしばらく更新が飛んだり遅れたりしておりますが、実はさ、ここしばらく世の中の動きに大きな変化がなくてネタ不足が続いてんのよ。もちろんワシが見落としてるだけかもしれんのやけど、ホRuむず海峡の喧嘩もなかなか落とし所見つからんし、寒い国同士の喧嘩もこの間、西のジャイアン♠️が9日に『寒い国ズが3日間喧嘩休むってさ』って言った途端、その日のうちに寒い国ズがお互い『あいつが悪いのーぉ』って言いながら喧嘩続行。西のジャイ
「ウガヤ朝」「ウガヤフキアエズ朝」と聞くと、なつかしい記憶がよみがえる若干高齢(私も含めて)の方が多いのではないでしょうか?記憶はすこし曖昧になってきましたが、雑誌『ムー』など、UFOや心霊現象をはじめとするオカルトや世界の謎・不思議を扱った本で、よく取り上げられていました。竹内文書などと関連付けられて、日本の超古代には「ウガヤフキアエズ朝」という王朝が花開いており、世界中から人々がやってきていたというような話だったと思います。ワクワクしながら読んだものです。その「ウガヤフキア
この章は、日本の意識エネルギー体の追記となります。主に日本の神社仏閣等を紹介します。高次元の意識エネルギー体との会話を通し、人類がアセンションする上で、重要となる神社や仏閣、また、祈り・瞑想を行うことに適切な場所等をスポットの話題として紹介します。A6神武天皇(ジンムテンノウ)【橿原神宮】(その2)ここで「神武天皇」について触れておきます。皆様ご存じのとおり「神武天皇」は日本の初代天皇です。古事記1)では「神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト)」と
資料館の2階には壁面一杯、たくさんの絵馬が掛けられています。宮崎県宮崎市神宮2丁目にある、宮崎神宮(みやざきじんぐう)です。日本の初代天皇・神武天皇を祭神とし、神武天皇の孫にあたる健磐龍命(たけいわたつのみこと:阿蘇神社のご祭神)がその縁にちなんで創祀したと伝わります。神武天皇の両親である、父・鵜鷀草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)母・玉依姫命(タマヨリヒメ)も一緒に祀られていることから、家内安全や夫婦和合、安産・子宝のご利益、また神武天皇が東征されたことにちなんで、必
前記事ブログのつづきでかたりべ玉川宏氏から聴いた話23※東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)を51年研究している玉川宏氏の話をブログ記事用に編集して連載しています📝☝️弘前市駅前で津軽漬けトッピングのぶっかけそばをいただきました🥢【玉川氏のお話『相馬』について】津軽には『相馬』という苗字が多いそうです📛これは、福島県相馬市から津軽まで逃げて来た人たちで平将門の兄弟の末裔だからなのです🧑🧑🧒🧒福島県相馬市は平将門の弟が逃げて来たところでした😢そこにも居られなくなり津軽