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奈良県橿原市。近鉄橿原神宮前駅の中央口を出て、まっすぐ西へ歩いていくと、玉砂利を敷き詰めた広い参道が現れます。その先に立つのが、橿原神宮(かしはらじんぐう)の一の鳥居です。ここから約三百メートル、深い緑に挟まれた参道を進み、南神門をくぐった瞬間、視界が一気に開けます。真っ白な白砂の広場、その奥に建つ堂々たる外拝殿、そして背後には畝傍山(うねびやま)。『日本書紀』によれば、初代・神武天皇はこの畝傍山の東南に橿原宮を営み、紀元元年の元旦に即位されました。今からおよそ二千六百八十年前。つまり
明日の2月11日は、「建国記念の日」。「建国記念の日」とは「初代・神武天皇が即位した日を記念した祭日」が元になっている祝日です。…という歴史は、ワタクシもこのブログでいつの年にかやっていて……と思ったら、まさかのやっていませんでした(汗)明治5年12月2日(1872年)、明治政府は「これまでの暦(天保暦)を廃止して、新しい暦(グレゴリオ暦)に改めます!」として、「改暦ノ布告」を施行。「明治5年」は残り30日を切り上げて終了し、新たに「明治6年正月元日」となりました(「明治
私が小学生の頃、女の子たちは「金鵄輝く日本の~~」とうたいながら「ゴム飛び」をしていた。これ以降の歌詞は替え歌がいろいろあったらしい。私が生まれる2年前の昭和15年(1940)、日本は皇紀2600年を祝った。神武天皇生誕はDC660年ということになるわけだが、昭和15年に祝奉歌が制定された。それがあの「金鵄輝く日本の~~」というおなじみの歌である。「きんし」って何だ?と思ったりしていた。これが神武東征の折、神武天皇が持つ弓に、「金色に輝く鵄(とび)」が飛んできて留まり、敵対する長髄王ら
地球のゆかりんです。長雨の中、気がつけば蝉の声が遠くなり、秋の足音が聞こえてきました。みなさま、ご無沙汰しております。お元氣でしょうか(^^)久しぶりで、今年最後の「モーリー塾」のご案内をさせて頂きます。モーリー塾今回のテーマは‥「皇室の基礎」神武天皇以前からの國造から、皇室典範改正まで、皇室の歴史をたどりますモーリー塾とは‥‥エバンジェリスト「モーリーさん」こと、森垣篤さんをお迎えして、世の中の事象について、歴史的、文化的、科学的など、様々な視点からの考察を、みなさんの
生まれも育ちも奈良県で、神社仏閣巡りが好きなみくるです今回は、日本の初代天皇である神武天皇にまつわる超重要スポット、等彌神社(とみじんじゃ)についての熱い想いをご紹介します。好きでよく参拝している神社さまです鳥見山信仰の源流へ奈良県桜井市に鎮座する等彌神社は、神武天皇が皇祖神を祀った「鳥見山」の麓にあります。一般的には紅葉が有名ですが、古代史好きとしては、こちらの「上津尾社(かみつおしゃ)」と「下津尾社(しもつおしゃ)」の構造に隠されたミステリーに大興奮でした特に、祀られている神様の
修験道で修行する行者が、各地の霊山の天狗を招いて祈念を込める時に唱える「天狗経」というお経があります。天狗経は、密教系の「万徳集」や江戸時代の版元・浪華人田中玄須の「本朝列仙伝」などにも見えるため、室町後期にはすでに唱えられていたものらしいといいます。その内容は「南無大天狗小天狗十二天狗有摩那(うまな)天狗数万騎天狗、先づ大天狗には、愛宕山太郎坊、妙義山日光坊、比良山次郎坊、常陸筑波法印、鞍馬山僧正坊(そうじょうぼう)、彦山豊前坊(ひこさんぶぜんぼう)、比叡山法性坊(ひえいさんほうしょうぼう
みなさんこんばんは。あーもうほんまに今週すげーな。みんな不正アクセスでの情報漏洩大丈夫やった??9月以降で世界中で3億人の情報漏れしてるらしいやん。で、盤上はというと臨時黒海始まったかと思ったらポテチの原料をどうするか決める大臣がやらかした、失言からのやめろコール全開か。これさ、調べたらポテチ大臣、大臣になる前に同じ党内の地方ギ員に嫌がらせされてその腹いせを内輪だけのオフの場所でちょっと愚痴った話を表に出されて燃えてんだってね。、、、、、