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参政党が皇室をナショナリズムの中心から外し縄文起源論や反グローバリズムを基盤とした新たな立場を構築しようとしているのは面白い。ナチスがホーエンツォレルン家やハプスブルク家とナショナリズムを切り離し、血と土による民族共同体を新たなナショナリズムの基盤にしようとしたのと似てる気がするhttps://t.co/pLGKjbvBW7—YSM(@YSM_0829)February24,2026YSM(@YSM_0829)さんのポスト。元ポストは参政党の話なんだけど、これって竹
春日大社の御祭神は、四柱■武甕槌命(たけみかづちのみこと)■経津主命(ふつぬしのみこと)■天児屋根命(あめのこやねのみこと)■比売神(ひめがみ)それぞれの神々を更に掘り下げてみます(社頭の大杉:樹齢約800~1000年と推定される巨木で、春日大社のシンボルの一つです)武甕槌神(たけみかづちのみこと)武甕槌神の出生古事記によると、伊奘冉命(いざなみ)が火之夜芸速男神(ひのかぐつち)を産んだ際に火傷でお亡くなりになり、ショックのあまり伊弉冉尊(いざなぎ)が火之夜芸速男神の首を切り
明日の2月11日は、「建国記念の日」。「建国記念の日」とは「初代・神武天皇が即位した日を記念した祭日」が元になっている祝日です。…という歴史は、ワタクシもこのブログでいつの年にかやっていて……と思ったら、まさかのやっていませんでした(汗)明治5年12月2日(1872年)、明治政府は「これまでの暦(天保暦)を廃止して、新しい暦(グレゴリオ暦)に改めます!」として、「改暦ノ布告」を施行。「明治5年」は残り30日を切り上げて終了し、新たに「明治6年正月元日」となりました(「明治
日本のこれまでに何が起きていたのか、知るべき歴史を振り返ることができましたタイトル:【削除覚悟】日本はすでに〝売却済み〟でした。一日前の配信です。『プラザ合意』とは私にも大事なこととして言葉が来ていました。お読みいただきましてありがとうございます<(__)>スピリチュアルランキングいつもありがとうございます
奈良和菓子/鶴屋徳満奈良で和菓子作りを明治31年、鶴屋八幡より分立いたし奈良の地に創業。大量生産により本来の菓子の美味しさが失われつつあるこの頃、鶴屋徳満の本物の味を是非ご賞味下さい。tsuruyatokuman.co.jp奈良ホテルでやんごとなき方々のお写真を見て、天皇陛下が召し上がったお菓子というので味わいたくなり購入しました。奈良は皇室の方々の故郷。初代の神武天皇の御陵も橿原にありますもの。神武天皇陵奈良県橿原市の観光スポット「神武天皇陵」をご紹介します。kashihara-
神仏の声を聴いて皆様にお届けしています菊水千鳳と祇器社(しきしゃ)のメンバーですプロフィールはこちらkikusuisenhouさんのプロフィールページkikusuisenhou菊水千鳳と申しますご覧くださってありがとうございます子供の頃、物心ついた頃から不思議な体験をしてきました。ある日(十数年前)を境に、段々と神仏の声が聴こえるように、また視えるようになってきました。神仏との交流も回を重ねる毎に我々人間達へのメッセージとなってきました。神仏のメッセージを広めなければと、以前他のS
徳島の佐那河内村に北山・嵯峨・桃山・東山と言う地名がある。不思議ですね。???なぜ、京都の地名があるの???第2代~第9代の天皇は、実在していなかったと言われています。『欠史八代』と言われており、奈良に痕跡がありません。古事記に第2~9代の天皇まで詳しく書かれてないから、実在しなかったのでは……と言われているのです。以前お話したように、神武天皇が奈良入りしてから、第10代崇神天皇あたりまで、倭(やまと)=阿波と、大和(おおやまと)=奈良の2
みなさんこんばんは。ここ最近、時事のこと書いてなかったんだけど今月下旬に、衆議院解散する動きが出てきたみたいね。ブログのネタ探しもあるからずっと時事は変わらず追ってたんだけど、外国人の受け入れ上限123万人っていうの以外はここで取り上げるほどの大きな問題ではないかなと思うことが続いてたので(というか、ワシが書く前にみんながSNSにめっちゃ書いててくれてたから、今更だなと思ってたんよね)おかげで、しばらくスピの話に集中できてたんよね。でも、今週あたりから
生まれも育ちも奈良県で、神社仏閣巡りが好きなみくるです今回は、日本の初代天皇である神武天皇にまつわる超重要スポット、等彌神社(とみじんじゃ)についての熱い想いをご紹介します。好きでよく参拝している神社さまです鳥見山信仰の源流へ奈良県桜井市に鎮座する等彌神社は、神武天皇が皇祖神を祀った「鳥見山」の麓にあります。一般的には紅葉が有名ですが、古代史好きとしては、こちらの「上津尾社(かみつおしゃ)」と「下津尾社(しもつおしゃ)」の構造に隠されたミステリーに大興奮でした特に、祀られている神様の
神武天皇以前、鸕鶿草葺不合尊(ウガヤフキアエズ・日向三代の3代目・山幸彦の子・神武天皇の父)即位の様子を記録した「宮下文書」を継承されてきた宮下家が社家を務めていた小室浅間神社の元宮・不二阿祖太神宮の更に奥宮・旧福地八幡明神、現・山之神神社。明治16年、福地八幡明神での神事の折、宮下家当主と祠官らにより宮下文書を納めた蓋が開けられたが、間も無く再び鸕鶿草葺不合尊が即位したこの地に封印された。嘗て富士王朝のあったまさにその地という事もあり大地から受ける神威は半端ない。
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。今回は日本神話の天照大神から神武天皇に至る系譜について見ていきたいと思います。日本神話、面白いんですよね(´Д`)。ぶたさんは『古事記』や『日本書紀』を読むのが大好きです。まあ白状すると、原文だと読めないんですけどね(´Д`)。ここで注意点です(´Д`)!今回の系図は史実というわけではなく、あくまでも日本神
ご訪問ありがとうございます。前回は、竹取物語の「かぐや姫」は宇宙人?という話を紹介させていただきました。『竹取物語の主人公「かぐや姫」は宇宙人なの?』ご訪問ありがとうございます。謎の女神「瀬織津姫」について、様々な説があることをご紹介してきました。まだまだ紹介したりないことがありますが、その点は後々追加で…ameblo.jp今回は、私が大好きな「むっちゃん先生(故竹内睦泰)」こと第73世武内宿禰が、生前に私達に伝えてくださった「正統竹内文書」に隠された「かぐや姫」のヒン
今回の一番の目的は高千穂に行くことでした。宮崎県ですが、熊本空港からのアクセスが便利なので、今回は熊本空港からレンタカーで移動。道中はひたすら山に向かって行きます。いつも北海道を走っていますが、二人で九州を車で移動するのは初めてです。高千穂までは約70㎞、約1時間30分のドライブです。最初の訪問は「高千穂神社」です。平日の午後でしたが、参拝客も少なく静かでした。高千穂神社は約1900年前に創建され、神武天皇のお兄さんである「ミケヌノミコト」一族を祀っています。「手水舎
2月11日は、神武天皇が橿原の地で即位して2686年。神武天皇即位紀元は紀元前660年と定められています。昭和15年(1940年)は、皇紀2600年。令和22年(2040年)は、皇紀2700年。昭和41年の祝日法改正により国民の祝日に加えられ、建国記念の日として昭和42年2月11日から適用。建国記念の日になる前は、明治5年に明治政府が神武天皇の即位をもって紀元と定め明治6年に紀元節として適用。「建国をしのび、国を愛する心を養う」雲に聳ゆる高千穂の高根おろしに草も木もなびきふ
歴史の闇に葬られたとされる「欠史八代」。『古事記』や『日本書紀』において事績が乏しいとされるこれら八代の天皇は、本当に架空の存在だったのでしょうか。いえ、そうではありません。各地に残る神社伝承や氏族の系譜を丁寧に紐解けば、そこには古代日本の礎を築いた大王(おおきみ)たちの、実に生き生きとした姿が浮かび上がってくるのです。今回の動画では、第五代孝昭天皇から始まる一族こそが、「魏志倭人伝」に記された「卑弥呼即位前の男王たち」であったという視点から、邪馬台国前史の深層に迫りました。海部氏
1.帥升の史実:後漢書『東夷伝』の記録と倭国最古の王帥升(すいしょう/ShuaiSheng)は後漢の『東夷伝』において「倭面上国王」として記録された現存する史料上最古の倭王です。永初元年(107年)彼は後漢に朝貢し捕虜160人を献上したとされています。まず、帥升の基本的な史実から振り返ります。後漢書の『東夷伝』(馬援伝の注釈部分、3世紀頃の記述)には安帝の永初元年(107年)に「倭国王帥升等、献生口百六十人、願請見」(倭国王帥升らが捕虜160