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古都の空からごきげんよう愛犬家ゲイことMA⭐CHARUです。イイねやフォローありがとうございます。フォロー様優先にて前日のイイねより訪問&イイね返しさせて頂いております。先月に続いて皐月の月次祭も雨天香久山には雨を司る龍神の高靇神も祀られているのも関係してるのでしょう。21年ぶりとなる深刻な水不足で減圧給水も行われてるので恵みの雨とおもい参列しました。『宮司と天上界巡り』古都の空からごきげんよう愛犬家ゲイことMA⭐C
明日の2月11日は、「建国記念の日」。「建国記念の日」とは「初代・神武天皇が即位した日を記念した祭日」が元になっている祝日です。…という歴史は、ワタクシもこのブログでいつの年にかやっていて……と思ったら、まさかのやっていませんでした(汗)明治5年12月2日(1872年)、明治政府は「これまでの暦(天保暦)を廃止して、新しい暦(グレゴリオ暦)に改めます!」として、「改暦ノ布告」を施行。「明治5年」は残り30日を切り上げて終了し、新たに「明治6年正月元日」となりました(「明治
春日大社つながりの神武東征からの、八咫烏(やたがらす)常々知りたかったのでこの機に、八咫烏について調べることにしました!また、寄り道〜今回、わちゃわちゃしてます。(wikipediaより)八咫烏の姿日本サッカーのシンボルである八咫烏は、日本神話に登場するカラス(烏)です。その姿の最大の特徴は、三本足で、とても大きいそうです。サッカーのシンボルなのは、平安時代に蹴鞠の名人とされた藤原成通が五十回以上も熊野詣でをして蹴鞠上達を祈願した由来も関係してそう山奥のハズですが、50
生まれも育ちも奈良県で、神社仏閣巡りが好きなみくるです今回は、日本の初代天皇である神武天皇にまつわる超重要スポット、等彌神社(とみじんじゃ)についての熱い想いをご紹介します。好きでよく参拝している神社さまです鳥見山信仰の源流へ奈良県桜井市に鎮座する等彌神社は、神武天皇が皇祖神を祀った「鳥見山」の麓にあります。一般的には紅葉が有名ですが、古代史好きとしては、こちらの「上津尾社(かみつおしゃ)」と「下津尾社(しもつおしゃ)」の構造に隠されたミステリーに大興奮でした特に、祀られている神様の
ホツマツタヱの研究同人誌・『検証ほつまつたゑよみがえる縄文叙事詩』にはホツマツタヱゆかりの神社や聖地をざっくりと見開き2ページでご紹介する「NAVI旅~ホツマツタヱの聖地めぐり~」を連載しています。NAVI旅20では奈良県の橿原(かしはら)神宮をご紹介しました。初代・神武天皇が即位してひらいた宮の跡といわれていますが創建は明治23年ですから神社としては比較新しいようです。↓詳しくはこちらからお願いいたします。NAVI旅20橿原神宮NAVI
一昨日3月3日は桃の節句でもありましたが、空では皆既月食の天体ショーが見られるハズの日でした・・・が~しかし、雨でしたので全く観察出来ませんでしたね。で、これは翌3月4日の夜です~ほぼほぼ満月の月でも見ようと外に出ましたけど・・・ちょうど20時20分ころ、昨日ならいよいよ皆既月食の時間に近いところですけどね。こんな感じです・・・こりゃあ今日だったとしても無理やったな~って思いましたが、雲の動きが速くて少し開いている雲のすき間から、見える時も無きにしも非ずだ~とほんの少しの期待を持
私が小学生の頃、女の子たちは「金鵄輝く日本の~~」とうたいながら「ゴム飛び」をしていた。これ以降の歌詞は替え歌がいろいろあったらしい。私が生まれる2年前の昭和15年(1940)、日本は皇紀2600年を祝った。神武天皇生誕はDC660年ということになるわけだが、昭和15年に祝奉歌が制定された。それがあの「金鵄輝く日本の~~」というおなじみの歌である。「きんし」って何だ?と思ったりしていた。これが神武東征の折、神武天皇が持つ弓に、「金色に輝く鵄(とび)」が飛んできて留まり、敵対する長髄王ら
磐余神社(いわれじんじゃ)大和国高市郡奈良県橿原市中曽司町521(P有)■旧社格村社■祭神神日本磐余比古命(カムヤマトイワレヒコノミコト)旧高市郡「曽我村」の北西端、現在の橿原市「中曽司町」の端に鎮座する社。すぐ近くに「曽我川」が流れています。「中曽司」の読みは「なかぞし」ですが、地元では旧村は「なかぞうし」、新興地は「なかそじ」と使い分けています。◎創建年代、由緒ともに不詳。神日本磐余比古命も原初から祀られていたのかどうかも疑いの余地はあるかと。当地においての所縁がまったく
みなさんこんばんは。実は昨日、ショーゲキ的なことが起こりましてね。以前虫歯で治療したところが詰め物が取れ、そのせいで歯が欠けまして今でかい穴が空いております昨日、ビビり倒して歯医者に電話したら1時間半前に診療時間が終わっててつながらずそして先ほど、朝イチに半ベソで再度歯医者に電話したら、今日は満員で予約取れずてことは、今日はブログ書くのに集中できますね、うん、大丈夫さて。ダイジョーブダイジョーブダイジョーブ...ウウウ.
昨日ふと、中東は、ユダヤ人とアラブ人がともに暮らす国になる、というようなイメージが浮かび、「大イスラエル帝国」とか「大アブラハム帝国」という言葉も浮かぶため・・そのことについて考えていました。だれかが、イスラエル(ユダヤ人)とアラブ人の間をとりもって、幸せに暮らすようになるんでしょうか?間を取り持つのは、トランプ大統領チーム?アメリカ?日本?パキスタン?インド?ロシア?神の教えを説いたり儀式をするのは日本人なのかも。妄想かもしれません。ちなみに、「大イスラ
前記事ブログのつづきでかたりべ玉川宏氏から聴いた話18※東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)を51年研究している玉川宏氏のお話をブログ記事用に編集して連載しています📝【東日流(つがる)の古代聖地「石塔山」】聖なる地は二重三重どころか四重なのです‼️‼️1.津保化(つぼけ)族の聖地✨2.日之本国(ひのもとのくに)の聖地✨3.修験宗(しゅげんしゅう)の聖地✨(役小角)4.安倍・安東一族の聖地✨今日は玉川氏が語ってくれた👨🏫《4.安倍・安東一族の聖地について》のお話です🎤
今回は日本建国と神道に関する話題です。日本書紀では原初の地上に造化三神と呼ばれる男神が生まれ、その後に神代七代と呼ばれる男女ペアの神が生まれたとされます。この造化三神はキリスト教における三位一体(神、キリスト、精霊)に相当し、神世七代は旧約聖書における天地創造の7日間に相当するという説があります。神代七代の最後に生まれたのがイザナギとイザナミであり、天地創造の7日間の最後に生まれたのがアダムとイブです。またイザナギとイザナミによる国造りのエピソードは東南アジアに見られる神話に似ており、天
八紘一宇と八紘為宇この二つは、ただ文字が違うだけではありません。本来の表現は、「八紘為宇(はっこういう)」です。「表現」と言いますの、はこれは『日本書紀』に記された漢文の一節からの引用だからです。【日本書紀原文】然後、兼六合以開都、掩八紘而爲宇、不亦可乎。【書き下し文】然(しこう)して後に、六合(くにのうち)を兼ねて都を開き、八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いえ)にせむこと、亦(また)可(よ)からずや。【現代語訳】そうし
明治元年(1868)3月14日、「五箇条の御誓文」が発せられました。これは、明治天皇が京都御所の南殿に神々を祭り、公卿諸侯などとともに、この神々に対して誓いを立て、明治新政府の基本方針を示したものです。日本人にとってとても大切な日です。神武天皇の建国の言葉として伝わる「八紘一宇」。更にそれから1260年後の「十七条憲法」の”和を以て貴うして為し”。更に更にそれから1260年後、その精神を受け継ぐように「五箇条の御誓文」によって日本国の方向性が示さ