ブログ記事8,490件
明日の2月11日は、「建国記念の日」。「建国記念の日」とは「初代・神武天皇が即位した日を記念した祭日」が元になっている祝日です。…という歴史は、ワタクシもこのブログでいつの年にかやっていて……と思ったら、まさかのやっていませんでした(汗)明治5年12月2日(1872年)、明治政府は「これまでの暦(天保暦)を廃止して、新しい暦(グレゴリオ暦)に改めます!」として、「改暦ノ布告」を施行。「明治5年」は残り30日を切り上げて終了し、新たに「明治6年正月元日」となりました(「明治
宮崎県中北部の港町、美々津。藩政時代には交易の要として栄え、往時を偲ぶ町並みが重伝建として選定されている町。<旅の行程>1日目:青島→日南→宮崎2日目:宮崎→都農→美々津→延岡3日目:高千穂4日目:延岡そんな町並みの端に佇むお社へお参り。◆立磐神社◆*読みは"タテイワジンジャ"美々津は神武東征の船出の地と伝わり、この立磐神社も神武天皇ゆかりのお社です。注連縄が掛けられた霊石があちこちに。神武天皇御腰懸之磐神武天皇が腰掛けたとされる岩が
【綏靖天皇】「人食い天皇」の伝説と「欠史八代」。綏靖天皇の真実。謎の日本古代史続編②日本の歴史は、世界最古です。欠史八代(けっしはちだい)の考え方だと、日本の歴史は崇神天皇(すじんてんのう)から始まります。崇神天皇は、3世紀後半から、4世紀前半に実在した天皇だと考えられています。すると、国家が300年から始まったとなると、約1千年はずれてしまうのです。でも、この考え方は違います。日本の建国は、古事記に書かれている通りです。神武東征から、日本の歴史は始まっているのです。
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。今回は日本神話の天照大神から神武天皇に至る系譜について見ていきたいと思います。日本神話、面白いんですよね(´Д`)。ぶたさんは『古事記』や『日本書紀』を読むのが大好きです。まあ白状すると、原文だと読めないんですけどね(´Д`)。ここで注意点です(´Д`)!今回の系図は史実というわけではなく、あくまでも日本神
磐余神社(いわれじんじゃ)大和国高市郡奈良県橿原市中曽司町521(P有)■旧社格村社■祭神神日本磐余比古命(カムヤマトイワレヒコノミコト)旧高市郡「曽我村」の北西端、現在の橿原市「中曽司町」の端に鎮座する社。すぐ近くに「曽我川」が流れています。「中曽司」の読みは「なかぞし」ですが、地元では旧村は「なかぞうし」、新興地は「なかそじ」と使い分けています。◎創建年代、由緒ともに不詳。神日本磐余比古命も原初から祀られていたのかどうかも疑いの余地はあるかと。当地においての所縁がまったく
消された古代日本!?謎多き欠史八代とは?『日本建国の謎に迫る』続編①今回は、『日本建国の謎に迫る』の続編です。日本の古代史は、全く分かっていません。分かっていることは、神武天皇といわれる、神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)という人物が、東征して日本を統一したことです。このように言われています。年代は、約2800年前です。キリストが生まれたのが、今から2000年前です。キリストの生まれた日を西暦元年としているのです。それからさらに800年もさかのぼり、日本の建
記録日記blogです(時季月遅れです)2月の雪雪遊びのニノ(笑)出勤する(朝5時半)時の空の月2月11日建国記念の日日本のはじまり紀元節新月の旧1月1日神武天皇が「日本国を建国した」日恵みの雨が降る皇紀2686年…………………………日本橋にあります手水舎福徳神社(芽吹神社)⛩️御祭神主祭神倉稲魂命愛殿神天穂日命·大己貴命少名彦名命·事代主命三穂津媛命合祀神太田道灌·弁財天徳川家康(東照大権現)ニノくんも参拝久しぶりに来ましたがお
今回の一番の目的は高千穂に行くことでした。宮崎県ですが、熊本空港からのアクセスが便利なので、今回は熊本空港からレンタカーで移動。道中はひたすら山に向かって行きます。いつも北海道を走っていますが、二人で九州を車で移動するのは初めてです。高千穂までは約70㎞、約1時間30分のドライブです。最初の訪問は「高千穂神社」です。平日の午後でしたが、参拝客も少なく静かでした。高千穂神社は約1900年前に創建され、神武天皇のお兄さんである「ミケヌノミコト」一族を祀っています。「手水舎
ご訪問ありがとうございます。前回は、竹取物語の「かぐや姫」は宇宙人?という話を紹介させていただきました。『竹取物語の主人公「かぐや姫」は宇宙人なの?』ご訪問ありがとうございます。謎の女神「瀬織津姫」について、様々な説があることをご紹介してきました。まだまだ紹介したりないことがありますが、その点は後々追加で…ameblo.jp今回は、私が大好きな「むっちゃん先生(故竹内睦泰)」こと第73世武内宿禰が、生前に私達に伝えてくださった「正統竹内文書」に隠された「かぐや姫」のヒン
『古事記』や『日本書紀』に記された天孫降臨神話の舞台となった高千穂峰(標高1,573m)は鹿児島、宮崎県の県境に位置し、高千穂峰を取り囲むように霧島六所権現と総称される神社があります。前回までは霧島神宮、東霧島神社、霧島岑神社を紹介しましたが今回は狭野神社(さのじんじゃ)を紹介します。狭野神社は、宮城県高原町南西部に鎮座し、霧島神宮などと共に霧島六所権現の1つと数えられています。今から2400年程前、第五代考昭(こうしょう)天皇の御代に神武天皇の生誕地に創建されたと伝えられていま
ピリ辛の沖縄ランチを頂きその後は丹生川上神社•中社へ中社はまゆちゃんと「吉野に泊まりで行こう」って初めて旅行に行った時に行った神社『奈良の南を満喫する旅①』奈良県の南の方は天川村以外は若い頃に行ったきりで行けてない奈良好きオバハンとしてはそんなことで「奈良好き」と語ってええんか?ってことでまゆみちゃんと一緒に『椅…ameblo.jp『奈良の南を満喫する旅②』お腹を満たした後は足の長い狛犬に迎えられ吉野水分神社吉野山からの風景車で奥千本辺まで行き金峯神社義経の隠れ塔兄・頼朝に
12月13日から15日、美月と大和国の神社仏閣を遊行して来ました。旅程は慣れたもので、朝5時30分に家を出て東名高速に乗り、新東名、伊勢湾岸道、東名阪道、名阪国道を通って、昼過ぎには奈良県桜井市の豊山長谷寺に到着しました。長谷寺は新義真言宗の流れをくむ真言宗豊山派の総本山で、西国三十三所の第八番札所となっており、山の斜面を這うようにつくられた登廊(重文)が有名です。(重文で「シェー」をするとは不届き者!)しかし西国三十三所を巡る上で忘れてならないのは番外札所で、長谷寺の塔頭である法起院に
スピリチュアルは、風俗病❗まあ、そういうこと。。。風俗です❗キモっ‼️大阪では、こういうキモいゲテモノのことをゲテモンといいますね。。。上品なフリして、ゲテモノの人もいたはりますから、結構、気持ち悪いです。自分で気がついたら、自省のしようもありますが、気がついてもやめられないのがゲテモノなんです。次に、いくつか改善方法をあげてみましょう。※※※その前に。。。中国気功は、風俗とちがいますからね❗キモイみなさん❗また、日本の手かざし療法みたいなものと混同しないでください、
15時30分からは球場の外にてサインを貰いますよ~。今回は自転車組が通る、飲食ブース裏の狭い場所に陣取りました。(笑)隣の方とかと情報交換しながら待ってると、正面階段辺りでサインしてるとの事。荷物置いて色紙だけ持って行くとそこには高橋昂也投手が~。ありがとうございます。お次は自転車に乗って高太一投手。おばちゃんと世間話しながら書いてましたよ。(笑)そしてギャルが数人追いかけてたので、おっさんの私も追いかけて・・・(笑)イケメンの久保修からサイン貰いました。そして、何と栗林投手が
等彌神社(とみじんじゃ)大和国城上郡奈良県桜井市桜井1109(P有)■延喜式神名帳等彌神社の比定社■旧社格県社■祭神[上津尾社]天照皇大神[下津尾社](右殿八幡社)磐余明神品陀和気命(左殿春日社)高皇産霊神天児屋根命桜井市「桜井」の霊峰「鳥見山」(標高245m)西麓に鎮座する社。当社より概ね西側の橿原市東部にかかる一帯は「磐余(いわれ)」と称され、神武天皇所縁の地。「神名帳」編纂時(延長五年・927年)には城上郡に属していたものの、遅くとも明治以降は「十
「古事記や日本書紀に出てくる天皇や英雄は、どこまでが神話(架空)で、どこからが歴史(実在)なのか?」そういう二分法のような発想が、間違いのもとです。天照大御神や神武天皇の物語が「神話」なのは言うまでもないですが、じゃあそこに書いてあることは全部が空想、捏造、嘘八百なのか、ていえば、それはまた別の話です。モデルになる生身の誰かがいたかも知れないし、その事績には何がしか実際にあった事柄が反映されているかも知れません。それを全部「ここは歴史ではなく、神話だから」と切り捨てて顧みないのは、物凄く勿
※奈良県橿原市に佇む橿原神宮は、単なる歴史ある神社ではありません。ここは、日本の「はじまり」のエネルギーが息づく、特別な場所。私たちが日々を力強く生き抜くためのインスピレーションと癒しを与えてくれる、まさに究極のパワースポットなのです。【神武天皇が礎を築いた日本の夜明け】橿原神宮は、今からおよそ2600年以上前、初代天皇である**神武天皇が即位された「日本建国の地」**に創建されました。これは、『日本書紀』にも記されている、まさしく日本の歴史の原点。この聖地は、明治時代に入り、国民の強
本日2月23日は天皇誕生日。そんな日に送る皇統の創始の記事です。皇紀2686年2月11日、建国記念の日。初代天皇である神武天皇が日向から苦難の末に奈良に渡り、橿原宮で即位をした日です。戦前までは紀元節として、1年で最大最重要な日として祝されましたが、戦後、GHQにより廃止されてしまい、それが建国記念の日として復興したのが昭和41年(1966)のこと。戦後レジームや左翼により穢された、建国の歴史と日本人の想い。日本人が日本人として、日本の建国と歴史を誇れる日々が
一昨日3月3日は桃の節句でもありましたが、空では皆既月食の天体ショーが見られるハズの日でした・・・が~しかし、雨でしたので全く観察出来ませんでしたね。で、これは翌3月4日の夜です~ほぼほぼ満月の月でも見ようと外に出ましたけど・・・ちょうど20時20分ころ、昨日ならいよいよ皆既月食の時間に近いところですけどね。こんな感じです・・・こりゃあ今日だったとしても無理やったな~って思いましたが、雲の動きが速くて少し開いている雲のすき間から、見える時も無きにしも非ずだ~とほんの少しの期待を持