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【マカダチ/海神オオワダツミの住む宮にいる従者】『古事記』において海神オオワタツミの娘トヨタマヒメの従者として登場するのがマカダチ(侍婢)です。このマカダチは個人名ではなく貴人に仕える従者の役職名です。山幸彦(ホオリ、ヒコホホデミ)は兄の海幸彦(ホデリ)の釣り針を無くしてしまい途方に暮れていましたが、そこにシオツチノカミが現われ次のように助言をしました。「間无勝間(まなしかつま)の小舟に乗って海神ワタツミの宮に行き、女神トヨタマヒメと会いなさい」山幸彦がシオツチノカミから
続きです。『【神戸】12月親子旅①南京町&カフェタイム』息子と神戸・淡路島・鳴門へ行ってきました。2025年12月Day1名古屋~神戸🚗3時間くらい神戸(大ゴッホ展・南京町)淡路島(伊弉諾神宮)鳴門Day…ameblo.jp神戸を出発して、淡路島へ。淡路ハイウェイオアシスに行くのが通常だろうけど、淡路ハイウェイオアシス·〒656-2401兵庫県淡路市岩屋大林2674−3★★★★☆·ショッピングモールmaps.app.goo.gl無視して、高速を降ります。
『60-④朝ごはんはバターコーヒーとフレンチトースト』『60-③内宮参拝。個人手なお願いはなぜ荒祭宮なのか?前編』『60-②外宮参拝。外宮の話』『60-①8年前の誕生日旅行の話まずは二見興玉神社』本日は…ameblo.jp神社参拝旅再開!次は猿田彦神社紅葉が綺麗でした。みちひらきの大神猿田彦神社www.sarutahikojinja.or.jpこの頃はまだ、その後猿田彦大神と家の事で大きなご縁を頂く事になるとはわかってなかったのですが猿田彦大神にとても興味が
【アメノウズメ/岩戸の前で裸踊りをし神々を喜ばせた芸能の女神】アメノウズメはアマテラスが籠った天岩戸(あまのいわと)の前で華麗に舞い踊り、高天原の神々を楽しませた芸達者な舞の女神で、芸能の祖神として信仰されています。『古事記』の「岩戸隠れ」では、アマテラスが弟スサノオの傍若無人ぶりに心を痛め、天岩戸に隠れてしまいます。太陽神が隠れたことで高天原や地上は闇に包まれ、様々な災いが起こりました。一大事に対して神々は天の安河原(あめのやすかわら)に集まり緊急会議を開くことになります。
🌸変動する王権―北陸集団の台頭⛳古市集団の復権☆大王の死後、大王として周囲が認める人物*同集団から現れなかったことは確実である☆5世紀末の王権状況*王位墓奪者の血脈が途絶える展開であった*墓奪された王位が正当な継承者に戻る*王の帰還というかたちをとる☆史実としては、百舌鳥集団の急速な衰退と*古市集団への大王の回帰があった⛳銘文が記す史実(継体天皇のヤマトの拠点)☆即位前の継体天皇が百済と交流を行っていた☆古市集団による大王位の回復は*馬
【アマテラス/燦燦と天地を照らす太陽の神】アマテラスは、太陽を司る太陽神であり、天皇、皇族の祖神、そして伊勢神宮内宮のご祭神でもあります。日本において神様とは、恵みを与える「和魂(にぎみたま)」と、災いをもたらす「荒魂(あらにたま)」この相反する二面性が混在します。その他にも奇魂(くしみたま)、幸魂(さちみたま)と一つの神様に四つの側面があると考えられてきました。これを一霊四魂(いちれいしこん)と呼び、「和魂」と「荒魂」は相対的にとらえられ、「和魂」は「幸魂」「奇魂」の総称と
こんにちは私が意図している海人族・海洋民族ですが、その大元は、ラピタ人(Lapitapeople)と呼ばれる古代の人だと思っています。ラピタ文化LapitaCulture今から3300年ぐらい前の新石器文化で、東南アジアの島々を起源とする。ラピタ土器の発見をきっかけに、その存在が知られることとなった。イモ類を中心とした根菜栽培や家畜飼育をおこない、刺青や航海術など文化の総体で、ポリネシア文化へとつながる。一次移動今から5万年前の海面は現在よりも低く、多くが陸続き
さらにおかしな点を日本書紀(日本書紀(下)全現代語訳.宇治谷孟.講談社学術文庫,1988)の記述の中から追加で筆者のほうでピックアップしておく。⑧鎌足の身分と出自についてである。鎌足は神祇祭祀を家職とする中臣氏の出身とされているが、臣下でしかも無官位の身分の者が、企てを成し遂げえる盟主を求めるにあたり、王族に次々に接触し直接面談などできるであろうか。王族の軽皇子の宮に参上し、鎌足は軽皇子と対等の口を聞いている。軽皇子は鎌足を懇切丁重にもてなしているが、無官の臣下に対して王族が接待など
鳥居の元形は秀真(ホツマ)文字「ゐ.ヰ」の形状を模して作成された!…日本の国生み【オノコロ島】での伊弉諾(イザナギ)尊と、伊弉冉(イザナミ)尊とのミトノマグワイで、天照ON(オン)カミの幼名ウヒルキ(大日霊杵)が誕生したとする、ヤマト(日ノ本)のカミ代の物語。その、「イザナギ・イザナミ」の御名のルーツは…『旧約聖書』に記す聖書地名「ON=オン」(古代エジプトのイウヌ・ギリシア語ヘリオポリス=太陽の町)と記す、イザヤ書19・18~19…そのイザヤ書の「イザヤ」が語元であった~!…【山王鳥
皆様こんにちは。沙貴誉(さきほまれ)です。びっくりしました。AERAがこんな記事を出すなんて。皇統譜(旧譜)が明かす「双系」・「女系」継承の事実天壌無窮の神勅は「女系」継承(AERADIGITAL)-Yahoo!ニュース■「男系」継承ではなく「双系」継承説を採用『古事記』・『日本書紀』(以下、記紀と略記)が記す神話の内容と、情報公開請求によってこの度開示された「旧譜」(全五冊)の第一冊の記載とを突き合わせると、news.yahoo.co.jp2026
血がつながっている証拠もない。なぜなら神武天皇(仮)が正体不明な上、実在を裏付ける証拠はほとんどゼロだから。神武天皇なるフィクションへの盲信やら、遺伝子という科学的認識論や系図上の擬制やらがごちゃ混ぜな長尾某さん。【中国5000年の歴史】と変わらないレベルの盲信。ダンケーカルトって、つくづく頭おかしいのしかいないのか。学術の学の字すらかすってなないダンケーカルトの嘘。天皇制が学術的に確認できるのは、精々1500年。他は神話や伝承、フィクションの類い。>冒頭は神話だから全部フィクションと誤解す
(1)日本書紀の神武~開化『日本書紀』は日本の皇統を干支の年次も付して記載され、寿命127歳などという倭国王の寿命等を信じた場合には、倭国王の歴史は紀元前660年までさかのぼることになる(今から2686年前)。しかしこの紀元前約六百年から紀元後約二百年の間には倭国王実在の考古学的な根拠は見出されていない。『日本書紀』が編纂されたのは天武天皇の時代で、唐軍が筑紫に駐留する時代に倭国の王統が正当であると主張するために創作された、編年体の歴史書の体裁をとった神話の書である。神武の次の綏靖~開化の
ご訪問ありがとうございます。実は次回の継体天皇の出自について30年ぶりくらいに岡田精司氏の「継体天皇の出自とその背景」を読み返しましたところ、「上宮記逸文」の分析において、同じ論旨になっているところが多々ありましたので、前回と前々回にその点を加筆致しました。ご了承を御願い申し上げます。さて、前回の凡牟都和希王がめちゃくちゃ難問でしたので、今回はさらりと(^^;)目次「上宮記逸文」の検証母々㤙己麻和加中比賣雄略天皇の母系一族「上宮記逸文」の検証まずは読み下し文を再掲します。前
大生院の王塚(王古墳)王神社の北方西寄りに位置す。昔はこの一帯が王神社の境内だったかも、知れない雑用地の放棄地のように見える。最近は、キョロキョロしてそれらしい小山を探している自分に気付く。大和(古墳)時代の横穴式円墳、現在見た目8メートルクラス過去に古墳を掘った人が盲目になったと伝わる。ピラミッドみたい。王神社の祭神は「本知命(ほむちのみこと)」先程の王塚に埋葬されているそうな。伊予国に地方開拓の任を受けた「武国凝別命(たけくにこりわけのみこと)」の一族である「本知命」その人。
実は山海經に八咫烏と思われる記述があります。遠くに〇〇という山があり、上に巨大な扶桑が。谷は温源谷とか湯谷と呼ばれ、そこにも扶桑が。1つの太陽が扶桑に戻ると、もう1つが扶桑から上っていく。2つの太陽は(三本足の)烏の上に乗っている。〇〇という地名、説文解字で発音を調べたところ、setyouundiみたいな発音かな、ということで、摂州とか摂津とかいう感じかなと思い、摂州の山で検索したら熊野が。熊野、ゆやとも読むそうですね。烏という字は、あくまでカラスという意味だと説文解
昔の人は当たり前に『独神』を知っていたのだろうか?神を知らないアタシに独神を教えてくれたのはいったい誰なのだろう…?神様はみんな夫婦なのにアタシは一人だとジタバタ駄々をこねていたら天之常立神を教えてくれたw調べたら独神と出てきたあの時アタシは1人じゃないと知ったんだアタシを見てみんな笑ってる気がしたから…2024年3月だったっけ…そして靖國に行くだけでは意味がないとも…あれはご先祖様か守護霊様だと勝手に思っていたのだけど『独神』は昔の人なら誰でも知っていたのだろうか?それ