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こんにちは。ご訪問くださり、ありがとうございます。このたび、千日回峰行者の光永圓道大阿闍梨様のお寺である覚性律庵(かくしょうりつあん)と、光永圓道阿闍梨様の師匠で、同じく千日回峰行者の光永覚道大阿闍梨様のお寺、南善坊(なんぜんぼう)にお参りして、御護摩とお加持をしていただいて参りましたので、概要についてご紹介いたします。【光永圓道大阿闍梨様について】戦後12人目として、2009年に千日回峰行を満行された大阿闍梨様です。2017年から、仰木にある覚性律庵というお寺の住職
酒井雄哉大阿闍梨の世界二十赤山苦行を始める少し前に、とんでもないことで足をケガしちゃったの。この不動堂の近くで猪がふいに現われて、追っかけられて、滝の水源の溝に猪と一緒に落っこちたんだ。その時に石か木に足をぶつけてしまったの。回峰が始まって、草鞋をはいた時、何か紙みたいな物が指にはさまってる感じだったんだ。ところが、だんだんと足の指が憧れてきて、しばらく経つと、もう歩けない状態になってしまった。その時が千日回峰の中で一番つらかったね。『酒井雄哉大阿闍梨の世界十九』酒井雄哉大阿闍梨の
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者59「相撲でいえば、肝心の足をやられているから、もう痛いのをこらえて必死な思いだよ。ふんばって声をだして、知らん顔してお加持したんだ。そいでまた、涼しい顔してお堂をお詣りして、大勢いるところではボロ見せないで赤山を出たんだよ。ところが、赤山が見えなくなって、誰もいなくなった所で腰が抜けて、ぐらぐらと倒れてしまった。十分くらいうずくまっていたかな、それから立ちあがって、雲母坂を登ってきた。ほんとあのときだけは、歩き
こんばんは。ご訪問くださり、ありがとうございます。今日は、御加持(おかじ。adhiṣṭhānaの訳で、手印・真言呪・観想などの方法で加護を衆生に与えること※出典WIkipedia)をしていただける、京都のお寺についてご紹介します。1比叡山無動寺谷明王堂毎日11時からの護摩祈祷に参列(随喜)すると、護摩の終了後に、不動明王の化身である生き仏様、と言われている千日回峰行者の大阿闍梨様から、数珠で頭や肩を叩いていただく御加持が受けられます。大阿闍梨様の法力で厄除け開運、諸願成就する
おはようございます♪くりたまです。昭和23年生まれの柳澤眞悟(やなぎさわしんご)大行満は、若くして大峯山百日回峰行(おおみねさんひゃくにちかいほうぎょう)に二回挑戦されています。大峯山百日回峰行とは、吉野金峯山寺の蔵王堂から大峯山頂の本堂まで片道24キロ、標高差1350mの道のりを百日間の期間、毎日往復する、という山岳修行です。肉体の限界を超えて、1回目の百日回峰行を満行された結果、「仏の境地に入ることもできず、ただ自信を失っただけだった」と振り返っておられます。そして、ま
京阪「坂本駅」から、日吉大社の表参道を「ケーブル坂本駅」の方へ向かうと、右手に穴太衆積の石垣が見えてきます。この見事な石垣の壁に囲まれているのが「律院」の山門です。元々は比叡山横川の総里坊であった松禅院があった場所で、明治以降、荒廃していたこの地に昭和24年、戦後初の千日回峰行者、叡南祖賢(えなみそけん)師が再興しました。秀吉の側室、淀殿が早世した鶴松の菩提を弔って建てた、貴重な桃山時代の建造物です。律院中興の祖ともいうべき叡南祖賢師の像は本堂の脇に建てられ、その横には「祖師堂」が建立さ
以前クレイジージャーニーというヤラセ問題勃発ながらも素晴しい番組に、塩沼亮潤さんという僧侶が出演していた。彼は1300年もの歴史の中で2人しか成し遂げてない千日回峰行を成し遂げた方。とても穏やかな印象で、その時彼が話していた内容が印象的だった。うる覚えでなので100%彼の言った通りではないが、『修行中、最初の3ヶ月は悪霊のような怖いものを見た。次の3ヶ月は天女、神のような美しいものを見た。そしてそれから全く何も見なかった。』と言っていた。それがすごくこの世界と真理をついてる
成分献血福島献血ルーム#106回目2025/02/06
修験本宗総本山「金峯山寺」奈良県吉野山まっぷるトラベルガイド編集部静岡に移転してくる前、奈良県桜井市で4~5年ほど発酵水の原液づくりをしていました。吉野山がわりと近くでしたので、ドライブがてら結構行きましたが、「金峯山寺」にも何度も立ち寄りました。でも残念ながら、修験道のことなどに全く知識を持ち合わせていなかったので、門前でUターンしてきていました。奈良在住の折は、仕事、仕事で明け暮れ、心に全く余裕がなくて楽しむことを知りませんでした。近いうちに奈良を訪れたいと思っていま