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連休に日帰りで夫の故郷に行ってきた。ずっと前から行きたがっていたが、義実家自体が他県に引っ越しをしているので、今はその場所には知らない人が住んでいる。私はもちろん、夫自身も20年以上訪れていない場所だ同級生も今はほとんどいないようだが、夢に見るのはそこばかりだとずっと言われていた。医療用麻薬を飲み始めてから、夫は車の運転をやめたので計画の実行には遠出の運転に不慣れな私が頑張るしかない。苦手な夏の暑さもやわらいだのでようやく行く気になった。山を切り開いた新興住
桜という儚い春を目に焼け付けるべく、あちらの花、こちらの花とお出かけ三昧の日々を過ごしています。今年のソメイヨシノは開花から満開までがあっという間で、おまけに雨が容赦なく降ってくるし😢自分の体調、天気、花の様子。今年は本当になかなか合わなくて。頭痛がひどくて寝込んでしまうこともあったりで…。ゆえに体調のよい日の花見はすこぶるハッピー。木、金、土。見上げた桜は数しれずという感じ。3日金曜日の最終目的地は茂木の花の山。その前に少し腹ごしらえ。菓子処いい村さんで買ったこしあん草餅
膵癌が判明した翌日彼自身が勤務する病院に最初の入院をした。黄疸の改善を図るため、内視鏡的に胆道ステントを入れる処置をする。今回の入院治療はそこまで。膵癌に対してどこの病院で治療をするか、ここはまだ未定だった。年が明けて診療が始まってから動くことになる。入院時の診察で消化器内科の医師から、再度私も交えて前日に撮ったCTの結果を説明された。膵頭部癌周囲の傍大動脈リンパ節にも転移あり肺転移あり実際の画像を目にしても、これが本当に夫のものなのかと信じられない気
こんにちは。2025年12月に岡田先生にクリニックを継承していだだき4ヶ月が経過しました。11月以降は本当にたくさんの方から優しく温かいお言葉、勿体無いお心遣いを頂戴しました。このブログにもとてもたくさんの励ましのお言葉を頂戴しております。ほとんどの方にお返事ができておらず、多大な無礼をお許しください。本当に申し訳ありません。おかげ様で、本当に本当に本当に皆様のおかげ様でまだ生きています。事の発端は2024年11月下旬、起床後に尿の異常な黄染(黒っぽい黄色)に気づきまし
2025年1月30日MRI検査の結果を聞きに、人間ドックを受けたクリニックへ。なんとこれで4回目。人間ドック受けるだけと思って、家からは遠いけど短時間でたくさん検査できる都心のクリニックを選んだけど、こんなに何回も来ることになるとは思わなかったドキドキのMRI結果を聞きに診察室へ入ると、結果がまだ届いていないと!今日までには届くと言っていました、と言うと、事務室へ確認しに行って届いてました気を取り直して結果----------------------検査所見膵尾部に径
2025年3月3〜4日人間ドックから紹介された総合病院で、膵腫瘍の良悪性を見るため超音波内視鏡下穿刺吸引生検法(EUS-FNA)を受けることになりました。1泊2日の入院です。前日は21時までに消化しやすいものを食べて以後は絶食、飲水は可。当日は朝食抜き、少量の飲水は可。サプリ(更年期でヘバーデン結節の進行予防のためエクオールを飲んでいます)は入院中はNG。前夜飲んで、当日は飲まず、持ち込みもNG。3月3日10時。雨の中、小さいキャリーケースをガラガラ引いて病院へ行く。受付で
2025年1月22日腫瘍マーカーCA19-9の再検査の結果を聞きに、1週間後、人間ドックを受けたクリニックへ行きました。下がってて、風邪の影響だったのかなあ?みたいになるのがベストだったのですが、結果は、、、CA19-9239.5基準値37.0以下U/ml人間ドックの時74.7めちゃくちゃ上がってる先生は相変わらず深刻になりすぎないようにと言いながら、MRIを受けられる検査専門クリニックの紹介状を出してくれました。前回のブログに載せた表で言うと、
膵臓癌の術後、1〜2割の確率という膵液瘻が起こってしまったらしい。ドレーンを入れ替える処置をして、入院が1週間ほど延びることになりました。おかげで入院中に病理検査の速報を聞けることに、、、。2025年6月23日(月)術後10日目朝、主治医が来て「数値的にはもう一つ。早く帰りたければドレーンをつけたまま週半ば。ドレーン取ってとなると週末か週明けか」と退院の目処を教えてくれたので、「早く帰りたい、というのはない!ドレーン取ってから帰りたいです」とキッパリ。ドレーンつけたまま帰るなんて怖
オニバイドが始まってから、治療日にお昼の用意が必要になった始まったばかりの頃はダンピング症状がひどかったので血糖値が急上昇するものは食べられなかった息子のお弁当を作るのだからあなたにも作るよ!となり毎回お弁当を作るようにした。途中から辛い治療がほんの少しでも和めばいいなとそこにそっと小さいメッセージカードを毎回添えたそしたら帰宅後弁当箱を洗ったシンクの脇にお返事がそっと置かれるようになったお互いなんとなく照れるのであまりそこに触れる会話はしないが少し
ブログをお休みして1ヶ月経ってしまった季節はすっかり春になった桜も咲き終わり半袖でもいいような日すらあるこの1ヶ月いろんなことがあったが夫はとても頑張っている腹水がたまり、2回ほど抜いたでも腹膜播種がひどくて腹壁はどんどん固くなりもう次の機会は難しそうだ吐き気やいろんな種類の痛みと闘う毎日だ春休み、子供に囲まれる時間が長くなり独りきりで過ごす時間が減ったことは夫の大きな支えになったと思う私も繁忙期を乗り越えこの在宅介護の生活にも慣れ多少余裕が出てき
膵臓癌にかかったこと、これから抗癌剤治療で体調が不安定になること、手術のため入院することなど、子供たちには無事に話せました子供たちに話したときのことはコチラ『膵臓癌になったことを子供にどう伝えるか?』これまで夫にしか病気のことを伝えていなかったけど、抗癌剤治療で副作用が出たりする前に子供には何かしら伝えるべきだろうと思いました。が、小学生の子供にどこまで、…ameblo.jp次は両親など身近な人にどこまで伝えるか?両親、きょうだい、義母、友人など。悩んだ結果、私は下記のようにしました。
3月に膵尾部癌が確定し、術前抗癌剤治療を経て、いよいよ手術当日を迎えました。膵尾部&脾臓切除のロボット手術です。2025年6月13日6:30起床。歯磨き、洗顔してしっかり保湿。化粧はしない。コンタクトもつけずメガネのまま7:00から禁飲水。点滴スタート。8:30子供を学校へ送り出してから夫が来た。今日は万が一のため専用PHSを持たされて院内で待機。手術が終わるとPHSに連絡が入り、主治医から手術の報告を聞いてくれることになっている。術前説明のときにアドバイスされたと
この日は中途半端な大掃除の後、年末年始の食材の買い物に行った。ありふれた年末のスーパーの風景。家族連ればかり…みんな幸せそう。これが辛かった…この光景に我が家が来年混ざることは出来ないかもしれないということか…思考が全くまとまらず、買い物まで中途半端だった…ほんの2日前まではこんな自分全く想像していなかった。夜ご飯(もうどうやって作って何を食べた記憶が全くない…)の後、子供2人とテレビ見てカードゲームとかしてホントにいつもの家族団欒。キャッキャとふざけあって笑ってる。もうこれが出
久しぶりに高熱出してしまいました・・・。2025年5月19日(月):突然の39.4度!この日は朝からなんだかゾクゾクするなーと思っていたら、案の定、熱がある予感。体温計で測ってみると、なんと39.4度!いやー、久しぶりに見ました、この数字。寝る前からちょっと怪しいなとは思っていたんですが、まさかここまで上がるとは…。歩くのもフラフラで、正直かなりしんどかったです。ただでさえ、手術後で足の力が弱っていたので、余計に堪えましたね。午後になって、これはさすがに…と思い、近所のかかりつけ医へ。
人間ドックで腫瘍マーカーCA19-9が引っかかったことをきっかけに膵臓癌が見つかった私。家から近い病院に転院して、まずは術前抗癌剤治療(GS療法)をすることに。初診はベテランの部長先生でしたが、主治医はもう一人の肝胆膵専門の先生になりました。2025年4月8日いよいよ今日から抗癌剤治療が始まるということで、副作用で具合が悪くなったりすることも想定して、初めて夫も同行してくれた。朝イチで採血。結果が出るのを待って診察。初対面の主治医は、前の病院の肝胆膵内科の先生と似たような
夫の膵癌がわかってからたくさんの方のブログを読んでいろいろなことを考えさせられ力をもらってきた私たち夫婦の闘いをもう少し大きくなった子供に伝えたい書き出すことで自分の気持ちの整理をしたいそして、同じような状況の方にほんの少しでも力を分けられたらそんな思いで9月からマイペースに自分のブログも始めてみた辛くて辛くて仕方ないときもいいねや温かいコメントにたくさん励まされましたとてもとても感謝しています2月から在宅での緩和ケアに切り替わってからこれま
銀座みやこクリニック院長の濱元誠栄です膵臓がん患者さんの9割以上に、KRAS変異が見られます。そのKRAS変異の中でも約4割を占めるのが”G12D”という変異です。このKRASG12D変異を制することができれば、膵臓がん患者さんの4割近くの方が治療対象になるという、、、世界中で開発競争が盛んで、毎年のように学会で治験結果が発表されています。日本でも、第3相試験が始まりました。日本がん対策図鑑|【KRASG12D陽性膵管腺がん:一次治療(OS)】「セ
夫の切除不能膵癌が判明し、奈落の底に突き落とされたあの日から9ヶ月が過ぎ、もう少しで10ヶ月になろうとしている。とても長かったようででもあっという間だったような気もする怖すぎる(-_-;)この時間にこれまでの人生私はいかに幸せに生きてこられたか思い知らされた。両親、祖父母、妹、友人、たくさんの人に囲まれ穏やかな愛に包まれてきた。そして結婚してからは夫にそれは大事にしてもらってきた。忙しくておざなりになっていた部分はあれど、日々その愛は感じていた。可愛い子供2人を授
令和8年4月2日木曜日関東は雨予報の為、午前中は冷たい雨でしたが午後は晴れました通院による戦闘はチョー久し振り1月16日に緊急入院して、翌週退院後一週間で逆戻り。3週間入院して退院後また一週間で緊急入院…気がつけば冬から春ですよ実は前回の戦闘も半ばほぼ入院でしたよチトふらふらしてたのでそのまま塀の中へ連行されました→結局貧血でふらふらしてたみたい今回は無事、最初から最後まで通常戦闘できました✨朝の採血で猛者たちに「今日は緊急じゃないの?」(いや、緊急だよ)とノリツッコ
前回の続きです。掃除が一段落ついたときに「大丈夫?」とLINEをしたら、「心配かけてごめんね」との返答。それ以上のコメントはなかった。その後玄関周りの掃除をしていたら昼前に帰ってきた。一度出勤したら普通なら夕方まで帰ってくることはない。やはりおかしい…車を降りて出てきた表情を見て「あっ、やばいかも」と思った。嫌な予感を感じつつ「どうだったの?」としつこく聞いても「後で話す」と。それって絶対にまずいってことでしょ?しつこく聞き続けたら、「想定していた中で、最悪だった
1年前の3月初旬有給消化を終えて、正式に夫は休職に入った休職期間は1年だそろそろ言われるだろうとは思っていたが数日前に職場の総務課から連絡が来たでもよりによってこの時期か…「退職の書類一式を揃えるので再来週来て下さい」簡単に言ってくれるなと思った今は1日1日を生きている2週間も先なんて今の状態を保って外出できるかはかなり怪しい「郵送ではだめですか?」と聞いたら「確認してきますと」散々待たされしぶしぶ郵送でできることになった健康保険も切り替えが必要になるつまり私の扶養
先週退院したものの胆管炎の病み上がりにオニバイド11回目をやった影響か今回は今までになく副作用が辛そうです。。。あまり使用してこなかった吐き気止め2回くらい飲んでいた。食事量もあまり増えず寝ていることが増えた。絶食で体力筋力ともに落ちた中治療をしたのだからいたしかたないのだろうでもひっそりとレスキューを内服している回数が増えているのも知っている心配させまいと私に気づかれないようにしてくれていることも。。。どうか進行しての症状ではありませんようにと祈