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こんにちは、さくらです🌸最近は、抗がん剤の副作用が中々抜けず、体調が良くなったかと思ったら痛みや不快感でモヤモヤして、全然コメント返せなくてすみません(;_;)体調悪いとスマホ操作も難しいんですが、読む事は出来るので、みなさんの応援を見ながら踏ん張っています本当にありがとうございます今回の副作用も長期戦ですやっと、、、本当に、やっと吐き気はおさまってきましたが今は息切れが凄いですトイレに立つだけでも足元は子鹿の様にプルプルしていますでも、いい加減体が気持ち悪いので、気合いでお風
久しぶりのブログになります。しばらく更新出来ずでしたが私は、自宅で日常を過ごしています!いつもご心配をおかけして申し訳ありません。私の近況は、10月の終わり頃からますます身体の自由が利かなくなりここ3週間は、背中に根が生えたようにベッドに寝たきりの状態でした。いちばんの要因はお尻の腫瘍が脅威を増し痛みや熱を誘引していること。グロテスクなお尻のバケモノは皮膚表面に見えるだけでも20センチを超えてきています。まるでお尻の上に、立派なさつまいもが乗っかっているよう…そ
ズレ夫腹水穿刺3リットル。。主治医がチラッと、👨⚕️「今回は入院してもしなくても、どちらでもいい」と言っていたので、ズレ夫が入院を選ぶわけもなく、👨⚕️「訪問診療も訪問看護もあるし、今日は様子をみましょうか、来週また見せてください」と。そして主治医、身体をズレ夫のほうへ向き直し姿勢を正して真っ直ぐズレ夫を見ながら、、👨⚕️「○○さん、腹水が増えはじめて肝予備能がCに入ってしまいました。今までよく頑張っていただきましたが、この段階での肝細胞がんの治療は今後できません」との説明
ブログはかなりお久しぶりです。X(https://x.com/porcinodaisuki?s=21&t=7vhwyTRFYzdka_4fsUWagQ)の方に訪れてくださっているみなさん、ありがとうございます。あちらでは報告済みですが、治療を終了し、緩和ケアへ移りました。その後また色々経て、昨日受診し、検査結果や今の全身状態から、主治医のアドバイスもあり、決めました。最後にロンサーフに挑戦したものの、肝機能の数値が一気に悪化し、治療は続けられなくなりました。やはりブログを継続するのは難
ゆコテツは潜るの好きです。コテツ用の布団を上手に巻いてもぐることも。新聞かsnsの書評で知った緩和ケアの本、『無人島のふたり』読みました。こういうことか、と心に沁みる本でした。ステージ4の膵臓癌で治療方法がなくなり、緩和ケアを始めた小説家の亡くなる間際までの日記。これまで、医者や介護する方の書いた緩和ケアの本を読んだことはあったけれど、当事者本人が書いたものは初めて。さすが小説家、医療的なことを交えながら、当事者の気持ちがよく伝わりました。献身的に介護するご主人、信
ここ最近の夫の様子。やっと嘔吐が治まってきた。ずっと栄養点滴のみやったけど、今週から少しずつ「お粥」も食べられるようになった。1ヶ月以上ベッドから起き上がれんかったけど、理学療法士さんに支えてもらいながら歩けるようにもなってきた。痛みは医療用麻薬でコントロールしてもらってる。体調に波があるものの、気分がいいと以前のように饒舌になって本来の夫に戻っていくようで嬉しいと感じる瞬間もある。「やっぱり家に帰りたい」その願いを叶えるべく緩和チームの皆さんが、退院へと
12月19日金曜日2回目の化学療法パクリタキセルとアバスチン投与する抗がん剤の量は通常の30%トータル1時間半程で、点滴をしながら温熱療法(ハイパーサーミア)をします。ハイパーサーミアは患部を中心に一対の電極盤で身体を挟んで、電極間に高周波を流すことで熱を発生させて患部の温度を上昇させる仕組み。温熱療法は7回目。最初のうちは痛くて痛くて、なかなか出力が上げられず500〜600Wくらいだったのですが、毎回汗は大量にかきながら、徐々に出力を上げられるようになり、今回
皆様、ご機嫌いかがでしょう北海道札幌の井上美智代です大腸がんステージ4(肝転移、腹膜播種、肺転移、坐骨転移など…)水腎症になってしまい、腎瘻手術をしてオストメイトスーパーストロングみちよ号に進化しました抗がん剤治療は11年目になりましたが今回、長年お世話になった病院を転院して緩和病棟に入院することになり緩和での治療になりました1人で歩く事もなかなか難しくなり、幼馴染の友人に車椅子を押してもらい本日、明るく綺麗なお部屋に入院しましたお部屋のトイレも広くてゆっくりできますお昼ご
2026年4月22日(水)17時07分永眠しました。享年60。私自身の備忘録を兼ねて今までの経緯をざっくり以下に記します。そのときどきの詳細は過去記事をご参照ください。2024年9月:胆のう癌発覚。肝臓、リンパ節転移あり。ステージⅣで手術不可。延命目的で抗がん剤治療(免疫チェックポイント阻害薬+シスプラチン+ゲムシタビン)開始。2025年4月:抗がん剤治療8サイクル終了時の画像診断で、画期的な奏功を確認。原発胆のう癌の著しい縮退。肝臓転移の縮退。リンパ節転
福岡市内の公園の新緑2025年春私の母が癌宣告を受け、抗癌治療はしない方が良いと主治医から言われ、いわゆる癌難民になってからの経過は以下のグラフととても良く似てる母は終末期までは結構健康に見えた。お陰で全く介護度がつかずに困ったものだった。とは言え、数々の不安な兆候は出ていた。以下は死の半年前の介護記録だ。----------------------2025年2月18日母は先週もなんとか2キロ歩いたし、ジムで筋トレもやったし、まーまー元気と言えるかな?まだ平均寿命生きていないのに死ぬ
夫が5/2に亡くなり昨日は二七日(ふたなのか)でした。位牌を持ってお寺に行きお経をあげてもらいました。四十九日まで毎週行きます。さて、私の仕事なのですが…とある会社の本社で、受付事務職をしています。今は介護休職中。ちなみに立場は夫の扶養内でのパートです。去年12月に夫の肺がんが分かり、抗がん剤や放射線治療を受けるのに入院しても、通院しながら自分の仕事は続けていました。しかし2月末に脊椎転移による完全下半身不随になったのを境に、夫婦で在宅緩和ケアを選択。私も3月~5月の丸
もうすぐ年末ですねお久しぶりですみなさまいかがおすごしですか?わがやのじょしーばたちこまちは13歳に、ひまりはもうすぐ3歳になります大切にすごしていますわたしも色々考えて悩み。。。ようやくまとまりつつありますもう少しなやみもうすこし迷いまた記しますだれもが後悔すくなくいきるためにだれでも自分の人生は自分のものなのだからさむさにおきをつけてみなさまゆるりとお過ごしくださいませ
私、三連休だった。最近のズレ夫の様子がよくわかった。生活リズムが…益々リズムになってない。声掛ければ覚醒はする。起きて、ほんの数口(極小🍙、もしくは500円玉大のあんドーナツ、またはワッフル)、1個食べる。お薬カレンダーにセットしてある薬を飲む。アミノレバン顆粒溶液(シャカシャカ)を作って飲む。時間にして10分掛からない。これ終わったらすぐ寝る。すぐにイビキをかき始まる。昼も夜もこんな感じ。たぶん起こさないと起きてないな。でも夜は🧔♂️「眠れない」と眠剤飲む悪循環。
みなさんおはようございますおかんが入院してから早いもんでちょうど1ヶ月たちました〜肺の血栓での入院だったから1週間の予定だったのにもう1ヶ月そろそろお別れが近いからと言われ24時間付き添ってからもうすぐ3週間わいはと言うとコンビニ飯(主にフライドチキン)食いすぎて太りました昔、栄養士の資格を持ってる友達がカロリーが高ければ高いほど食いもんは旨いんだよって言ってたけどほんとにそうよね高カロリー高脂質最強まだまだ何が起こるかわからん闘病生活引き続きよろしくお願いいたします05/06
人間【絶対】と言えるのは、ただ一つだと思います。【人間絶対に死ぬ】縁起の悪い事を言わないでと言われる方が多いと思います。医学がいくら進歩したといっても、死の苦しみは簡単に和らぐものではありません。そんな折週刊現代に医者が明かす「痛い死に方ランキング」ワースト50なる記事が掲載されていた事を思い出し調べてみました。そもそも論ですが、痛感等は個人差があり医師は何を根拠にこんな順位を付けられるのだろう?そこで何らかのエビデンスに基づきデータを掲載しているのか調べてみました。と言っ
こんばんは初発乳がんステージ4と診断を受けたるーです。たくさんの方に読んで頂きまして、ありがとうございます。とても、励みになっております。私は、病気になって、2年半で、18キロも太ってしまった。私の体型は、どんどん変わっていった夜になると、無性に食べたくなり、夜中の2時や3時頃、キッチンに来ては冷蔵庫を開けて、ゼリーを食べたり、お菓子、果物を食べていた自分でも、これではいけないと思っても、止められないのだ買い物に自分で行けた時は🚗💨甘いものをたくさん買って
03/28今日は午前中から春本番の陽気あったけーぜって事でついに冬の間、蔵にしまってあった植物達を外に出す事にいつの間にか芽吹いとるやないか〜い🌱水をぶっかけてやりましたそして色々な方法で越冬に臨んだ福神草…『2025/11/18福神草』11/18りんごは丸かじり派でしたが最近は皮をピーラーで剥くようになったわいです美しいですね…ameblo.jp植木鉢のまま越冬にチャレンジした1番小さいやつを試しに1つだけ掘り起こしてみましたおぉ~越冬成功や急いでコメリさ
74歳の夫(シニア再婚7年目)2024.9膠芽腫発症(左前頭葉7cm大の腫瘍)余命半年〜1年の告知2024.10在宅介護開始2025.3退院後2回目のMRI腫瘍見られず、血液検査、尿検査正常値2025.63回目のMRI再発(昨年9月とほぼ同じ大きさ)アバスチン10回で終了テモゾロミド9回で終了現在、無治療、緩和ケアのみ。右手右脚動作せず。自力排泄無理。食事(ペースト食)介助必
今週木曜日の退院に向けて諸々準備をしております。夫は私の寝床を1階に移すなど、大がかりな自宅の部屋のレイアウト変更などしてくれてます。私の方の準備としては、とにかく体調を安定させることでしょうか。入院中は皮下点滴でモルヒネを体内に取り入れていましたが、退院に向けて飲み薬のタイプにかえて、様子をみています。今のところ効果もほぼ同じように感じますし、特に問題なく過ごすことができています。とにかく、管が外れるっていうのは素晴らしいですね!この開放感だけでQOL、爆上がりであります。
おはようございます昨日はあまりに疲れて22:00前に寝てしまってましたしかも服のまま…そういえば昨日お見舞いに行った時に夫が真っ直ぐ歩けてる事に感動入院前は腹水+痛みで真っ直ぐ歩けなくてずっと前かがみだったんだよね…。夫はすごく姿勢のいい人で立ち姿とかカッコよかったな…と思い出しました。だから普通に立って歩けてることに感動もう感動の大安売り状態です。ただケモをするにはいいんだけどFORFIRINOX強いからさぁまた副作用とかでヨボヨボにならないか…心配してたけど
久しぶりにこちらを開きました日々の記録はnoteにしようか迷い中…タイトルの通り年末年始から今日までの事を書きますね年末年始は酷い下痢に悩まされていました「想像を絶する下痢」です…もちろんレンビマは中止ニボルマブ(オプジーボ)も中止緩和ケアの先生が処方してくれた下痢止めが運良く効いて(ウンだけに)どうにかこうにか、普通に生活できるまでになりましたレンビマとニボルマブを中止して2ヶ月後、PET検査を受けました本当なら無治療で2ヶ月も生きられないよね…未分化癌だものそこは約3年
慌ただしい年の瀬に(しかも大晦日…)ブログUPを失礼致します。前回記事でお伝えしたように私の人生ラストになるであろうMerryXmas2025をあきらめて緩和病院に入院していましたが、すでに退院しており自宅での年越しを叶えています。あ〜、うれしい今回の入院に至った背景は師走に入った頃から喉の閉塞感がすごく気になっていて何かが詰まっているような?少しずつなら、食べたり飲んだりはできるけど今までとは違う息苦しさや、胸焼け、胃のあたりの圧迫感に不気味な不安を感じるよ
こんばんは😃ご訪問下さり、ありがとうございます🙇今日は、寒い日でした。午前中から緩和ケアセンターのボランティアに出かけました。今日は、看護学校時代の同級生も、一緒です。ご遺族の方々の、お集まりの会でのボランティアでした。まーるさんは、トリミングの先生のところで、ショートステイです🐶身近な大切な命を亡くしたことを、忘れる必要はなく、見守られて、生きていると、思っていくことを、学びました。母のことを、今でも、毎日、思い出します。それは、決してよくないことではなく……ソバに居てく
まーちゃんが市立病院を退院して自宅に帰って来ました。帰りの車の中でまーちゃんが「またパーちゃんの運転する車に乗れるとは思わんかった」と言ってました。それだけまーちゃんも覚悟してたんでしょうね家に帰り、みーちゃんと会えてまーちゃんは大喜びみーちゃんもめいっぱいまーちゃんに抱きついて甘えていました。同時にスーテントを飲み始めて約2週間、まーちゃんに副作用が現れ始めました。先ずは👅舌口内炎とベロのザラザラが無くなりツルツルに!更に味覚が鈍化し大雑把な味しか分からなくなってしまいました!
6月25日(水)副作用立ち眩みふらつき手足先の痺れ食欲不振リフレッシュ入院東京は朝から雨模様☔いつもの様にタクシーで病院に向かうがタクシー運転手が最後直進する所を左に曲がってしまい慌てて😱😱😱『メーター切りますねここで精算させて下さい』と到着して無いのに精算慌ててるね〜😁早目に出てるし問題無いよまあまあ遠回りして🏥無事到着!いつもより安かった🤣コンビニにも寄って(海老もち買った)病棟に着いたのが9時まずはルーティンの食事メニューを写真撮る後
いつかはこういう日が来ること頭ではわかっていたでも現実になると驚くほど呆気なくて絶望を通り過ぎて言葉も涙も出なかった結局FOLFOXは1回限りだった…昨日の夜夫とたくさん話したギリギリの状態で粘っているのは分かっていた臨時受診をし、画像を再評価し、胃管を入れるこれをやりに行くことは同時に治療が終了になることを意味しているだから夫が決めるまで私から受診しようとは言えなかったあなたの気持ちと決定を尊重するとずっと伝えた話す中で彼は決めた今日受診して
2026年4月29日先日ポストにある封筒が入っていました。それは在宅ケアのクリニックからの封筒でした。在宅ケアのクリニックというのは息子が大学病院の放射線治療が終わり自宅療養になるタイミングで病院から提案があり紹介されたクリニックです。「これからは緩和ケアも必要です」放射線治療が終わった時に大学病院の先生から告げられました。今後は痛みを和らげたり、息子の身体に変化が起こった時にすぐに対応できる環境が必要で、痛みを緩和するという側面から息子を支えて、大学病院の先生とも連
現在(2026年4月17日)の様子を記しておく。入院前から痛みとだるさ、そして食べられなくなり、吐き気も訴えるようになってた夫。入院時の検査で、新たな転移もみつかった。「原発」前立腺現状維持「他臓器転移」肺転移現状維持肝臓転移増大「骨転移」仙骨転移(告知時)脊柱管転移頚椎転移「脳転移」小脳転移大脳に播種性転移癌性髄膜炎。癌細胞が脳内髄液に乗って脳のヒダを這うように広がる。これは進行が速い。今回、転移箇所に照射はする。でもまた転移する。と
緩和ケア病院への緊急入院から一夜あけました。なんとか今日も無事、目を覚ますことができました。夕べは暑くて何度か目を覚ましました。どうやら熱が出ていた模様。今朝の体温は38.1度でした。起きたばかりだと、やはりまだ咳がゴホゴホと出てきて肺が悲鳴を上げているように感じる。それでも昨日よりはだいぶ咳も減り、ラクになりました。24時間皮下点滴によって流されるモルヒネが効いているようです。朝食は半分ほど食べることができました。朝食後、先生がやってくる。「
4/24夜20時30分ちろるは永眠した3/21日に倒れてからずっと手足がこわばり27日からは寝たきりとなった最期は2、3回小さく咳をしたので抱き起こすと硬直していた体から一切の力が抜けていって瞳孔が開ききったまん丸におめめを見開いた時、その瞳のあまりの美しさに一瞬みとれてしまった*イメージ画像(らせん星雲)魂が抜けた瞬間に立ち会ったと感じたし、これでまた柔らかな猫らしい姿に戻ったとも感じたオムツも濡れていた振り返ると、21日刺激になるかな?とごはん