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こんにちは。5月2日、明治座にて、ミュージカル「アイ・ラブ・坊っちゃん」を観劇してきました。前回の「大地の子」に続き、今回もお弁当を予約。とても美味しいし、すぐ食べられるし、右も左も分からない田舎者には大変助かります。これからも明治座で観劇するときは毎回予約するかも・・・。さて「アイ・ラブ・坊っちゃん」。このなんともレトロ感のあるタイトル。夏目漱石とか坊っちゃんとか・・・なんとなく地味そう・・・?いや、芳雄さんが出るからには観には行くけれども・・!と
\アメトピ掲載されました!/賞味期限5秒の炭酸せんべい|山崎エマのプロフィール|離婚後のリアル50代主婦&夫と息子と3人暮らしのさとりんご(元はちこ)です!“くうねるあそぶ”を楽しみながら、あさイチの情報をヒントに暮らしがちょっと楽しくなるつぶやきを発信しています🌿こんにちは、さとりんごです😊7月31日の「あさイチ」でプレミアムトークに登場する夏川草介さん。『神様のカルテ』の作者で現役のお医者さんでもある夏川さんについて、放送前にいろいろ調べてみま
おはようございます♪本日はこちら⬇︎その前に昨日はいい天気でしたのでこの子達の日光浴夫の実家で瀕死だったシャコバサボテン救出して植えかえてから2年今年も咲きました日曜日に放送されたこころネタバレなし・日本映画専門チャンネルですいい作品でした泣けちゃったょ夏目漱石のこころからの着想なのだそう⬆︎原作未読最近のBL作品とは違って苦しくて儚いこのふたりの手触れそうで触れてない⬇︎これがすべてを物語っている気がします草川拓弥が私で樋口幸平があなたという設定でその間に
鶴巻西町会会員の皆様、地域の皆様、鶴巻図書館、漱石山房記念館から、イベントのお知らせです。発表120年記念『坊ちゃん』観覧ツアー・講座:開催11月7日(土)10:30から12:30会場:漱石山房記念館関心のある方は、是非、ご参加ください。(申し込みは、鶴巻図書館まで)受付開始は、10月9日(金)(受付中)詳しくは、下記ポスターをご覧ください。引き続き、地域の図書館の積極的な利用を
①の続きです『明治村に行ってきました』日帰りで、明治村に行ってきました〜着いたら、チケットを購入するために列が出来ていて、チケット購入してからも入場まで並ぶという……ameblo.jp森鷗外・夏目漱石住宅森鴎外さん『文づかひ』夏目漱石さん『吾輩は猫である』を執筆された頃、奇しくも相次いで借家されていた和風住宅を見学して来ました猫ちゃんもいたよ夏目漱石さんの書斎も見学できましたその後は、お腹が空いたのでレストラン『浪漫亭』に行ってきました〜オムライス&グリル浪漫亭昼のピー
こんにちはクレールドゥリュヌです私は本屋さんに行ったらこれよさそうだなぁと思う本を適当に選んで買って読むのですが、最近本当に素敵な本に出会いましたいちいち感動しながらあっという間に読み終わりました私は思い込みの力は本当に怖いと思っていて、昔の人が早くに亡くなっていたのは、50前後で皆が死ぬというのが当たり前の常識になっていたからもあるのではないかと思っています少し話はそれますが、私は夏目漱石の家に行って「吾輩は猫であるそのままの家じゃん!」と感動してから、猫と夏目漱石がずっと色んな所
ワタクシメなにしろ活字中毒なので興味を持ったものは、すぐに活字の世界へ繋げたがります。この春から通い始めた小石川植物園は歴史が古いので文学作品にも登場しているのでは?調べてみたら、まず最初に寺田寅彦の名前が明治38年4月ホトトギスに発表した「どんぐり」という随筆です。これは岩波文庫の寺田寅彦随筆集の第1巻に収録されていました。若き日の寺田寅彦が、病身で身重の妻と冬のある日、小石川植物園へ散歩に行った話です。読んでみると小石川植物園の情景が今とさほど変わっていない
皆さん、こんにちわ。初代です。この前からブログの更新が途絶えていましたが、鑑定が立て込んでおりまして・・・初代・・燃え尽きていました。初代の鑑定を依頼していただきました相談者様には、この場を持って御礼申し上げます。今回は、奇門遁甲の真髄とも呼べるものと、初めて「風水」も駆使してアドバイスさせていただきました。ちょっとでも「運の底上げ」になりましたら幸いです。これからのブログ記事の計画は、初代流「奇門遁甲(きもんとんこう)」風水のお話もしていきたいと思います。
私が今、最もハマっている「物書き」が居る。それが、「書評家」「文芸評論家」として、ベストセラーを連発している、三宅香帆(みやけ・かほ)という書き手である。私はここ最近、三宅香帆が今まで書いて来た本を片っ端から読んでみたが、どれも大変面白かった。そこで、今度はこの私が、大変僭越ではあるが、三宅香帆が書いた本の「書評」を書き、「三宅香帆本」の魅力を、皆様にご紹介したいと思い、このような記事を書かせて頂いている。『書評家・三宅香帆の本の面白さを語る②~「書評・文芸評論編(2)」
昨日、仕事で富士山の青木ヶ原樹海に行った。6時頃に新宿に戻ってこられたので、東京や銀座あたりが見たいというお客様のために中央線に乗ったところ、英語のアルクの吊り広告に、明治維新期の偉人たちの写真が使われていた。上右から津田梅子、大河ドラマにもなった渋沢栄一、上左は誰かと思ったら高峰譲吉という薬学者であった。消化薬ジアスターゼを開発し、アドレナリンを発見したとのこと。下段右は名前はすごく有名な高橋是清、お札にもなった新渡戸稲造、右端は金子堅太郎。ハーバードの法科を出て、憲法の起草に関わった法律
こんばんは♪お越しいただきましてありがとうございます今回は読書感想です!結構前に読み終えてはいたのですが、記事にする時間がなかなか取れずでしたちなみに前回の読書感想はこちら!↓『【読書感想】世界の国旗「つながり」図鑑』こんにちは♪お越しいただきましてありがとうございます今回は読書感想と言えるほどのものではないのですが、子ども向けの面白い本を買いましたので、そちらのご紹介です…ameblo.jpあと、最近、一番読まれている読書感想は、こちらです。(オーディブルなので、読んだ
「吾輩は大きな甕の中に落ちている。」吾輩がビールを飲み過ぎ、酩酊の果てに陥ったからである。かくして吾輩はみかんの木箱に詰められ、庭先の桜の木の下に土葬された。明治41(1908)年9月13日のことである。白木の墓標が建てられ、「この下に稲妻起こる宵あらん」という夏目漱石の句が添えられた。漱石の死後、猫の13回忌に供養塔が建てられたが、その後空襲で破壊され、残って居た欠片で復元された。現存する猫の墓(漱石山房記念館に於いて)さて、この漱石の猫の埋葬法に就いて、私は衛生新
中ノ川通り湊町松山市の街中を流れる中ノ川は…松山城の築城時に整備されたものです石手川の分流で城の外堀を兼ねていた三津浜港まで続いており…江戸期には重要な水運路でした一帯は湊町と言い…まさに松山城下町の「みなと」だった子規生い立ちの家跡中ノ川通りの中央緑地帯沿いに正岡子規の生い立ちの家跡があります子規は2歳から17歳までここで育ちました屋敷地の広さは約180坪。跡には子規の歌碑が建てられている「くれなゐの梅散るなへに故郷につくしつみ
北九州の小学校と中学の運動会の最大のイベントは「騎馬戦」やった。不思議だけど、北九州では、騎馬戦を「川中島」と言った。今にして思えば、そのころ(昭和)の教育委員会のえらいさんなどに、「煎茶趣味」(川中島の吟は、頼山陽がつくった)の人がいたり(小倉は小笠原藩の影響があり、煎茶を嗜む人がたくさんいた)、頼山陽と親交の深かった田能村竹田が、大分にいた、ということも大きい。ふたりの親交の書簡のやりとりが「亦復一楽帖(またまたいちらくちょう)」といい、国宝になっている。日常茶飯の諸事を「また