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病院の室内にカメラを設置してから、早いもので1週間が過ぎた。私とYくんは約束の時間に間に合う様、北條病院へ向かって車を走らせている。「ちゃんと撮れてるっすかねぇ…」「バカ、縁起でもない事言うなよ。万一トラブルで撮れていなければ1週間がパーになってしまうからな!」カメラ任せの仕事は、いつもとまた違った緊張感がある。滅多な事では無いが、相手が機械なだけに、必ずしも1週間全ての録画が遂行されているとも限らない。万一、施設の停電や、その他トラブルでハードディスクがストップしてしまえば、
「ほぅ…御社の技術はそんなに進んでいるのですか…」行きがかり上嘘をついてしまったとはいえ、何だか心が痛い。しかし、狩野弁護士からの特命を果たすにはそれしかなかった事も確かだ。「はい。そうしておけば万にひとつ映像を盗まれる心配も無いですから」川北氏は満足そうな顔で「うん、うん」と2度、頷いた。「ちなみに次の日曜日、カメラを回収されたとして、私達に映像を頂けるのはいつ頃になるのでしょうか?」「映像をお渡しするだけであれば…そうですね。最短で火曜日にはお持ち出来ると思いま
「マズい!誰か来たぞ!!」「!!」今まで静まり返っていた廊下に靴の音が響いてくる。私とYくんは、慌てて部屋の中で右往左往してしまう。内田氏だけが何事も無かったように相変わらず半身天井の中に突っ込んだまま作業を続けていた。急にドアを開放して誰が来たのか顔を覗かせるのはあまりに不自然だ。音が聞こえる様に挟んでおいた靴をすぐに取った私はドアを再び閉めた。いっそドアの鍵を閉めてしまおうかとも考えたが、それはそれで不自然極まりない。今出来る事は、なるだけ怪しまれない様に私もYくんも
こうなってしまった以上、もう1台カメラを設置する案を中止する事も頭に過りはしたが、狩野弁護士の指示はまた別の話だ。とは言え、2台カメラがあれば事足りるこの2つの部屋で一体どこにカメラを仕掛ければいい…「梅木さんー!」「はい?」「カメラのレンズだけだったら、ほんの数ミリですから天井どこでもいけますよー!」「あ、はい…そうですね。でも穴を開けなきゃダメでしょう?」「余程視力のいい人でもわかりゃしませんよー!それに終わったらちょこちょっとボードの裏からパテ埋めしますからー見た目に
「あの…それと梅木さん」「はい?」川北氏はカメラを手に取って眺めながら不意にそう呟いた。「これで撮影した映像なのですが…」「はい」「先日御社に頂いた見積りでは、この映像を見てチェックして頂く作業も入っていましたよね?」「はい。入れさせて頂きましたが…」「その作業なのですが…経費がかかり過ぎるという事で上からの決裁が下りませんでした。映像を1週間分、こちらに頂く事は可能でしょうか?」「……全部ですか?」「はい。お願い出来れば」突然の申し出に少し驚いてしま
「毎度お世話になります…梅木電業です」「どうぞ、お入り下さい…」通用口に備え付けられているインターフォン越しに私とYくん、内田さんは、各々脚立や工具箱、配線を脇に抱えて北條病院の前にいる。今夜は監視カメラを設置する日だ。「こんばんは。お待ちしておりました…」通用口のドアロックを解除して顔を覗かせた北條氏も、前回とは違っていて、柔らかい笑みを浮かべている。私達は軽く会釈した後、院内へと揃って入っていった。「また物と金が無くなったようです」「え!?本当ですか?」
「そんな盲点って言ったって…」あまりの無茶振りを聞いて困惑してしまう私に先生はまた、いつもの温厚な声に戻ってヒントを出した。「もし、横領の犯人が複数いたとしたらどうする?」「はぁ!?」狩野省吾弁護士は、調査をその辺の安っぽいミステリー小説か何かと勘違いしているのではないかと思ってしまうくらいに謎めいた言葉しか言ってはくれない。もしも、この発言がYくん発信だったら、「葉巻」と偽り、口にダイナマイトを突っ込んで火を着けたいくらいだ。「どういう事ですか?一体…」
「実はね。院側にも伝えずに、もうひとつ監視カメラを仕掛けられないか?」「は!?」あまりに突拍子もない狩野省吾弁護士の言葉に思わず「?」が頭の中で何度も過ってしまう。ともすれば、院側への「背任」と取られても仕方が無い。「え…え…どうしてですか?」今回の依頼は今、思えばいつもと何もかもが違っている。通常、私達は先生から連絡は受けても、その後依頼者を紹介されるだけで、実際の契約を先生と取り交わした事は1度も無い。しかし、今回は狩野先生自らが調査費用を一旦全て建て替え、その後院
誰もいない事務所へ帰り、現場の状況を聞く為にYくんへと電話を掛ける。「っす!」「お疲れ様。どうだ?」「結果、今夜は空振りっすね…」「そうか…分かった。明日もあるし里美さんも疲れただろう。適当な所で止めて上がってくれよ」「今からそうするっす!」「分かった…」電話を切ってパソコンの電源ボタンを押す。特に何がある訳でも無いのだが、各案件のフォルダを覗いて何か忘れていなかったかをチェックしていくのだ。そう言えば大袈裟に聞こえるが、ほとんど暇つぶしに等しい。「そう言え
「あの…事務長、撮影終わりました」「如何ですか?設置出来そうですか?」ひと通り見終えた後、私は再び川北氏を呼び出し調査の詳しい説明をしている。手前のデスクの上と奥のテーブルの上にある煙感知器を、佐賀のあいざわ調査室にお願いしてカメラに加工してもらったものに置き換える方法だ。もっとも、煙感知器としての機能も果たしているので消防法上は何も問題無いだろう。「大丈夫だと思います。後は次の日曜日に設置して録画を1週間、続けるだけです。もっとも、その後の映像チェックの方が時間かかります
持ってきた脚立を抱え、再び部屋に向かう途中、川北氏は溜息交じりに呟いた。「まぁ、それは仕方ないでしょう。焦って悟られても何の意味もありませんから」「確かに仰る通りですね…」今まで出てきた被害を止める事が目的なのだ。勿論、証拠を掴む為には更なる被害が必要不可欠な部分もある。そんな話をしながら、私は天井に取り付けてある「煙感知器」に目を付けていた。「あの…事務長」「何でしょう?」「天井裏を拝見します」「どうぞ…では、私は一度自分の部屋に戻りますので、終わられたら呼んで下
「どうして食材も含めて横領していると分かったのですか?」スマホで室内の構造を撮影しながら、私は川北氏に尋ねた。「最初は受付の職員から聞いた噂話でした。仕事を上がる時の方が荷物が多いって。私も正直、食材なんてって半信半疑だったんですよ。しかし、塵も積もればと言う訳ではありませんが、食材を仕入れるペースが過去と比較して段違いに早いのです」「なるほど」そう捲し立てる川北氏の言葉を聞いていて、その管理栄養士が食材を持ち帰っている事は思い過ごし等ではなく事実なのだろうと思えた。監視カ
医療法人北条会、北條病院は、県南に所在している総合病院だ。主に内科と皮膚科、そして糖尿病の治療を専門で行っていて、診療時間中は年配の患者でごった返しているらしい。川北氏と待ち合わせていたのは日曜日の夜だったので、病院自体はシンと静まり返っていたが、入院患者がいるからか、3階建ての建物の2階から上には、まだ煌々と灯りが付いている。結局、予定していた調査は、Yくんと鈴木さん2人に任せて、私が現地を見に行く事になったのだった。正面玄関は既に閉まっていて、建物の脇に夜間通用口がある。インター
狩野省吾弁護士と話をした2日後の昼に、知らない番号からの着信に気付く。「はい、梅木です」「あの…狩野先生から御紹介を受けました。私、北條病院の川北と申します」「はい、お話は伺っております。お世話になります」丁寧なその口調を聞いて、昨日狩野先生が話していた北條病院の事務長だと気付いた。「早速ですが…うちの問題を梅木さんはお聞きになられましたか?」「はい、概要は狩野先生から伺いましたが…」「ありがとうございます。何か梅木さんはカメラを設置する為に院内を見てみたいと仰って
「隠しカメラって…何だか穏やかではないですね…」「うん…そうなんだよ…」私は狩野省吾弁護士と2人で、煙草の煙を燻らせながらビルの非常階段で会話を交わしている。「医療法人北条会って知ってるかい?」「いえ、存じ上げませんが…」「県南に北條病院ってあるんだけど、そこの一室に隠しカメラを仕掛けられないかと思っているんだ」「そうなんですね?」「あぁ、疑惑の職員が1人、どうも医療費の一部を横領をしているらしい。私に院側から、そんな相談があったんだよ」「なるほど…」聞
いつも弊社のブログをご覧頂き誠にありがとうございます。GWに入ったと言っても良いのでしょうが、皆様は楽しんでいらっしゃるでしょうか?私は楽しんでいる人の車が渋滞していて、ちっとも楽しくありません今日は今まで2件のご相談を受けていました。これからの時間は現場がスタートします。それに伴い、どうにも今日中に書く時間が確保出来そうもないので、お休みを頂きたいと思います。熊本は天気も良さそうなので、きっと様々な行楽地や観光地も賑わうのでしょうね。私達からしてみれば恨めしい以外の何者でもあ
コーヒーカップを握って視線はそこへ落としたまま、狩野省吾弁護士は口角を上げ、無言の笑みを浮かべている。どんな仕事が待っているのか分からないが、私は次の言葉を待っていた。「梅ちゃん」「はい?」「煙草…吸うかい?」「あ、…はい…」そう言うと狩野先生はスッと立ち上がって初めて私に指示を出した。「煙草を取ってくる。梅ちゃんは先に階段へ行って待ってて」「はぁ…」何だかはぐらかされたみたいでガッカリしたが、逆に緊張は少しだけ解れた気がして、私は相談室のドアを開け再び事
何度ここへ来ても、やはり私は緊張してしまう。勿論、それは狩野省吾弁護士事務所の事だ。広い駐車場の中で「狩野省吾弁護士事務所」とプレートの張られたスペースへ車を停め、裏口からビルの中へと進んでいく。途中、管理人室へ駐留している警備員に「こんにちは」と声を掛けると、制帽を被った男性は黙って会釈した。エレベーターに乗り込み、1番上のフロアへと上がると、いつもの事ながら廊下は静まり返っていて、まるで人の気配を感じない。あくまで思い込みに過ぎないのだろうが、まるで私などお呼びで無いようにすら感
「っす!」そんな私の心配を他所に、ヤツは能天気な顔をして事務所の中へと入ってくる。その表情を見た瞬間、一瞬イラっともしたが、すぐに私の頭の中に住んでいる悪魔が…そんな気持ちを拭い去ってくれる。『よぉ~し…ヤツが鈴木里美の事をすっごく気に入っているのは間違いないだろう…ヤツの態度を見ればそれは絶対に間違いない…きっとどこかで手を出そうと試みる筈だから、そのうちやんわりフラれたタイミングを見計らって、思いっきり笑ってやろう(´艸`)』←(心の声)「おっ!?里美ちゃん来てたっす
「鈴木さん、ちょっといいですか?」「はい?」「私もYくんも、鈴木さんからしてみれば見知った人間には違いないでしょうが、どちらかと言えばYくんとコンビを組んでもらった方が気を遣わなくて済むんじゃないでしょうか?」鈴木里美はチラリと黒眼を上に向け、暫く時間を置いた後、照れ臭そうに答える。「…まぁ、仰る通りそんな感じですね…」Yくんが出社するのを待っている間、いくつか仕事に必要な事を伝えながら、彼女の緊張を解そうと試みて会話を交わしている。調査で彼女の家に上がらせてもらっ
「結局、狩野先生は何だったすか?」帰る道すがら、車の中で助手席から不意にYくんは私へそう尋ねてくる。「分かんないよ。先生は電話で内容を話す事は無いからな…」「そうっすか…」たったの一言二言で会話は終わってしまうが、私も確かに内容が気にはなっている。最近の傾向として、先生の事務所から受ける案件は企業ものが多い。今回もそうなのだろうか…「そりゃそうと、里美ちゃん張り切ってたっすね!」「あぁ…そうだな…」気のない返事でそう答えたが、早速明日、一の宮から会社へ
本日の「新緑の頃」は訳あってお休みしま―――――す!読んで頂いている皆様にはご迷惑をおかけします明日お会いしましょう(ごめんなさい)㈱OTS探偵社ホームページあいざわ調査室ネットショップ←(騙されたと思って押してみよう)にほんブログ村←(もう一度♡)にほんブログ村弊社は情報を管理する会社である都合上、上記のお話だけに限らずブログ内、全ての「グダグダ小説」は全て「フィクション」です。実在する人
狩野省吾弁護士との電話を切ると、鈴木里美が目を輝かせて私に尋ねた。「ね!ね!社長!新しい依頼ですか?」張り切る気持ちは分かるが、採用の返事はこれからだし、何よりうちで勤務する為には、まず引っ越しが先だろう。今日明日からでも即戦力という訳にはいかない。「はい。新しい仕事ですが、鈴木さんはまだこれからですよ。そんなに慌てなくても、これからどうするかじっくりとお話しましょう。今日はその為に来たのですから…」彼女を宥める為にそう言ってはみたが、余計に不貞腐れた表情を見せた。
「なるほど…鈴木さんの熱意は私にも伝わりました。後は住まいの件ですが…」私が一番気になっていたのは、彼女がどうやって出勤するかの問題だった。まさか阿蘇の一の宮から毎日出勤してくるのは現実的では無いし、かと言って、今すぐ彼女を他のスタッフと同じ待遇で雇い入れる訳にもいかない。そう思っていた矢先、彼女の横に座っていた真田先生が私に問いかける。「あの、梅木さん。お話の途中で申し訳ありません。ちょっと宜しいですか?」「……はい?」「梅木さんの会社は中央区の新屋敷あたりですよね?」
鈴木里美を面接する当日、彼女の家に上がらせてもらうと、そこには何故だか真田先生も来ていのがすぐに分かった。少々驚いたが前回、柿原さんの件では大変世話になったのですぐに挨拶をする。「真田先生お久しぶりです。先日は大変お世話になりました…」「いえ、こちらこそ。あの時は非常に為になりました。私こそ感謝しています」「先生はどうしてここへ?」「いやね、里美さんがどうしても御社に入りたいって言ってたのは知っていましたが、まさか面接まで漕ぎ着けたとは驚きだったので、保護者がてら寄らせて貰いまし
「Yくん、マジな話だが…彼女は本気で働きたいって言ってたのか?」再びヤツにそう尋ねる。すると、Yくんは私の方を向いて答えた。「結構マジっすよ。だって、わざわざ何度も聞いてくるくらいっすから」「そうか…」私は「う~ん…」と1人で唸りながら、椅子の背もたれに身体を深く預けて考え込んだ。今まで求人などした事の無かった会社なので、社員1人1人の出会いは様々だ。意図して誰かを引き入れた事も無く、ひょんなことから出会った人間を流れに任せてただ、預かってきた。さすがに案件の協力
今年はいつもより開花の遅かった桜も、4月の10日を過ぎた頃には、すっかり葉桜となってしまっている。毎年の事なのだが、運転中、通り過ぎる道すがらに見る桜はあっても、敷物を広げ花見弁当を食べたり少しばかりの酒を飲んだりといった宴には一切参加した事が無い。そんな事を考えながら私はいつもの様に事務所へ出勤した。「おつかれ」「っす!」事務所へ入ったと同時に、問い合わせの電話が鳴り、私は対応に追われている。そんな私に一切構う事無く、YくんはPCでタイプを続けていた。今月末から
いつも弊社のブログにお越し頂き誠にありがとうございます。早速今日から新しいお話を…と意気込んでおりましたが急な現場で書けずタイトル決まらずで本日はお休みさせて頂きます。どうぞ明日こそ(多分)始める予定(未定)ですので、改めてお越し頂きます様宜しくお願い致します㈱OTS探偵社ホームページあいざわ調査室ネットショップ←(騙されたと思って押してみよう)にほんブログ村←(もう一度♡)にほんブログ村弊社は情報を管理する会社である都合上、上記
いつも弊社の拙い書き物を読んで頂いている皆様には心から感謝申し上げますやっと「春は未だ遠く」が終わりました。最近テレビやネットの記事でも「昭和100年」というフレーズを目にする機会が増えた事もあり、それに因んで書いてみたお話でした。「昭和100年」と聞けば、何だかすごく昭和という過ぎ去った時代が素晴らしかったようにも聞こえてしまいますが、やはり「戦争」という大きな出来事を考えずして昭和は語れないと思っています。私は昭和45年、今行われている大阪万博が前回行われていた年に生まれま
柿原恵子は暫くすると、酷く泣き疲れた様子で息子に促されるまま、ベッドに横になった後、すぐに眠りについた。私はそれを見届けて、息子さんに調査報告書を手渡し帰る事にした。「残念な結果しかご報告出来ませんでしたが、長い間調査をさせて頂きありがとうございました…」「いえ、驚きました。ハッキリした事は分かりませんが、母の認知症が一時的に戻った様にしか思えないんです。彼女が目を覚ました後、それを覚えているかどうかも分かりませんが…」「私にもそう思えました。柿原さんがずっとお元気で、少しでも進行