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2011年1月9日、志摩半島方面探索。この日のネタで記事にしているのは、城山トンネル(Q地図様により名称判明)、黒崎トンネル旧廃道、迫間隧道、アリカタバス停、変な廃車(?)。今宵ご紹介するのは、城山トンネルの前、この日の最序盤に訪ねた隧道。いきなり、ドン。ここは国道42号、伊勢市二見町地内。現在地こちら。めっちゃわかりやすく並列する二本の隧道、右側が国道現道、左側の旧道は自転車・歩行者道となっている。いずれも「トンネル」よりは「隧道」が似合う風格を醸しつつある感。
2010年7月18日、第四次房総探索。この日のネタで記事にしているのは、観音隧道、諸崩隧道、四町作第一隧道、西日笠の謎の狭隘区間、蔵玉隧道、大沢港隧道、行川アイランドのトンネル。今宵ご紹介するのは、大沢港隧道の前に訪ねた物件。いきなり、ドン。現在地こちら。この道は国道128号の旧道。房総でこういう本格的ロックシェッドを備えた隧道って、さほど多くない(気がする)。撮影枚数が少なかった当時、洞内の様子もろくに撮ってなかったのだが、この隧道にまつわり美点は、なんといっ
苔むした記事に、さりげなく書いている不気味なトンネルについてですが、あのトンネル、鳥取市の方はご存知かもしれませんが、鳥取東部地区では有名な心霊スポット。↑本谷隧道は、急勾配な狭い町道を頂上付近まで上がった場所にあります。まったくもって若桜町の諸鹿集落とは別の谷にあるトンネル。わかりやすく言うと、お菓子で有名な八頭町の大江の郷の前の道を山奥に走って行く感じ。よく、船岡トンネルやら大江隧道やら呼ばれてますが、本谷隧道が正解。八頭町の大江谷~八頭町の志子部谷を結ぶ673mの手掘りの隧道。
【19年4月27日探索・8月2日公開】現在地はここ静岡県掛川市上張県道38号掛川大東線だ。この先、左が旧道で右が現道だ。私は当然左を進んでいくんだが、一応現トンネルも見ておこう。これが新トンネルである新青田トンネルだ。扁額に昭和48年10月竣工と刻まれていた。新トンネルと言っても歩道は無いし、既にそれなりの年季が入っている。先ほどの分岐に戻り、旧道を進む。ちなみに右側はお茶畑だ。そして現れたのが青田隧道・明治28年(1895)竣工だという
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!対馬は本日が行動最終日となり、この旅のメイン物件を探索してきました。それは対馬市美津島町尾崎の山中にございます、3つの砲台跡となります。ほとんど訪れる人はおらず、あまり知られていない砲台なので、今日は1日かけて、この物件だけに絞っております。3砲台とは樫岳砲台、多功崎砲台、郷山砲台の3つで、ほかに多功崎の海岸に遺構が残っており、飛岳には砲兵司令所などの遺構が残っ
神の釣隧道(じんのつるずいどう)大分県日田市天瀬町工法:素掘り工法一部コンクリート造総延長:87.00m幅員:4.50m竣工:1921年(大正10年)日田市街地から国道210号線を天ヶ瀬温泉方面に玖珠川沿いに走って来ると、玖珠川に架かる湯園橋の手前右側に旧道が有ります。現在は廃道ですが、入り口にこの「神の釣隧道」があります。湯園橋の銘板に竣工年がないので、この旧道がいつまで現役だったかは不明です。天ヶ瀬温泉寄りのポータル傍に「ホテルとんねる」があったそうですが、神の釣隧道が
こんにちは。では早速。県道93号は下仁田臼田線といって群馬県下仁田町と佐久市臼田地区を結ぶ県道です。この県道はほとんどの区間が山間部で山間部は酷い険道となっています。険道区間はガードレールもあまりなく0.5車線幅でヘアピンカーブの連続、さらにカーブの数では国道18号碓氷峠旧道のカーブ数をはるかに超え長野県内だけでも170以上もカーブが存在しています。そして隧道もあり、0.5車線かつ出たとたん急カーブで速度を出せば崖下へ真っ逆さまです。またこの県道冬季閉鎖が周辺の県道と違い劣悪な
砂ヶ洞トンネルの次にもう1か所可児市内にある廃隧道を見に行こうと思いました。参考にしたサイト様に載せてある地図は場所を特定できる目印を省いたものなので、私も地図リンクは貼らないことにします。マピオン地図の該当部分を見てみると、このように普通に通れるトンネルのように描かれているのですが…。Q地図様には載ってません。上の地図の「墓地」と書かれた側に来てみました。通って来た道を振り返って撮影です。地元民以外はまず通らなさそうに見えます。そこから振り返ると、一応道は続いています
外房線土気駅と大網駅間の残る旧線の痕跡中編の続き大網駅までの間、開けている部分にはほとんど旧線の痕跡は残っていない。ただ、南玉不動尊(嵯峨天皇時代の812年に建立されたという南玉不動尊清岸寺)の裏山にほんの少しだけ、短いがインパクトは強力な景色があった。参拝をすませて社殿の裏の斜面に取りつき適当なところを登る。早朝でよかった、これは他人に見られたら気まずい。不動尊までの細い道に犬の散歩するおじさんはいたけど、きっとここまでは来ない…来ないでねと願いつつ、腰以上ある藪を掻き分
「なんだこれは・・・」山武地方誌に目を引く写真が載っていた。ガッチガチに固められた長い掘割、そしてその真ん中に土被りがほとんどない隧道がある。どういうことなんだ。道路でも鉄路でも異様としか思えないその大掘割と隧道は、かつて外房線の土気駅から大網駅の間にあったもので”土気トンネル”といい、いまは現在は埋め立てられているという。こんな不思議な景色が存在していたとは。痕跡でもなんでもいいから見たいと思い、ある日の休日、夜明けとともに土気に向かった。土気駅は外房線の中では1番標
小泊海岸森林鉄道第2回探索日2024.08.17公開日2025.01.29所在地青森県北津軽郡中泊町崩れたスイッチバック軌道2024/8/1712:55片刈石沢にかかる橋の先は廃道と化し、他を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。もともとはかつてかの吉田松陰が津軽海峡の防衛検分のために歩いた道であり、みちのく松陰道として整備されていた道だった。その場に林鉄ができ、時代とともに消えていったのだ。ちなみに一応林道として整備されていたため、かつては車での走
外房線土気駅と大網駅間の残る旧線の痕跡前編の続き戸建て住宅が途切れた先には福祉施設があった。ここまで大掘割は完全に埋められている。福祉施設を通り過ぎると見覚えのある山門が現れた。山武地方誌の写真に写っていたあの山門だ。(右上)ということは、隧道は福祉施設の真下あたりに埋まっているということになる。むむむ、残念。山門の他にもう一つ、写真に写っているものが残っていた。山門の横にある跨線橋がそれだ。あいにく跨線橋の親柱の扁額は外されている。完全に埋めたわけ
まだまだ近場に興味深い場所ないかな~なんて思いながらGoogleMapを眺めているときに「榛原隧道」という文字を発見!しかも、場所はかなりの近場と言っていいような場所…ということで見に行ってみることにしました。「あぶない!」「はいってはいけません!」確かに柵の向こう側に見える水量が豊富で、ここ越えたら危険でしょう。この奥から水が流れてきているようです。場所はこの辺、静岡県牧之原市坂部。近づいてみますが、来る季節を完全に間違えた…葉っぱに隠れてほとんど様子がわかりません。
広島県庄原市の帝釈峡あたりは、近隣地域のレジャースポットだそうだ。たしかにキャンプ場はあるし、帝釈川沿いでは渓谷美を楽しめる。世界三大自然石橋である雄橋もあるし。紅葉シーズンの神竜湖も荒々しい周辺の絶壁と湖がとてもよかった。その観光地帯の中に帝釈川ダムというのがある。そのダムサイトにトロッコの痕跡が残されているという話を地元の方に聞いた。おそらく工事用のトロッコと思われるが、ネット上にも文献にも何の情報もなかった。ただ、そのトロッコの線路を一部分撤去した人に直接聞いたので間違いないだろう。一部
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2021年1月31日(日)の記録です。3回に分けてお伝えしますが、中途半端な終わり方になりますのでご了承ください。愛知県東北部に、開かずの県道429号線、古真立佐久間線というのがあります。ずいぶん前に伺っているのだが、通行止めというのは全く知らずに、その後の行程を大きく迂回させられ、随分回り道をしたことを記憶している。また終点は橋の部分だけが静岡県で、県道
続きです。読み返すとショボい。謎の穴を見つけたものの、この時はまだこの場所の凄まじさにまったく気がついていませんでした。では、着替えをして再び柿下隧道へ…。お邪魔しま~す。上の写真の方がわかりやすいけど、くっきりと轍が残っています。何らかの用途で利用されてるんでしょうか?でも出口の明かりは全然見えないんですよね。右上は電線か何かでしょうか?最初からなんとなく見えてたけど、この先で広くなってるみたいですね。蛍光灯もあるみたいだし、待避所ですかね?えっ?
奈良県吉野郡天川村に五代松鉱山跡地があるらしい。主に磁鉄鉱を採掘していたが、今から36年前の1981年に閉山となった。地元の人(まあ、飲み屋の親父)から、プチ探検にはちょうどいいよとの情報があったので、でかけてみた。ネットで検索したがはっきりとした情報は無い。ゴロゴロ水の採取場の近くみたいなので、そこに行ってみる。ゴロゴロ水の採取場所は駐車場がメチャ広い。山奥の一大観光地だ。ただ、そこは駐車料金が500円もする。こら、ぼったくりやわ。そこで、先に進む。その先に、廃墟らしき建物を発見。や
国道163号線は、大阪の都心部である梅田新道から、木津市を経由して三重県津市に至る幹線道路です。その歴史は古代にまで遡るようですが、官道として整備されたのは江戸時代の様です。特に、藤堂高虎公が伊勢と伊賀の二か国を収めるようになってからは、両国を結ぶ主要幹線道路として本格的に整備されたと記されています。海側からは海産物や塩が運ばれ、山側からは綿などの伊賀の特産物が運ばれており、経済や生活の両面で重要な街道になっていったと思われます。特に、伊賀から津にかけての道を”伊賀街道”と呼んでおり、現在の
前置き2018年に「廃道を歩く」を洋泉社から上梓しました。が、洋泉社が解散し、絶版。けっこうな部数刷っていたので、解散時にもどこかに在庫があったと思うのですが、行方はわからずじまい。いままで寄稿はいくつかしていましたが、「廃道を歩く」は初の単著でした。なので、この世のどこかに在庫があれば嬉しいと思いますが、おそらくは裁断され溶かされて消滅しているでしょう。というわけで、いま出回っているのは中古しかなく、先日中古サイトを見たら定価の倍額くらいの値付けになっていて驚きました。これはなぁ。契
ここ最近、武骨なコンクリートトンネルの魅力を再発見中でしてね。そんなとこで思い出したのが今宵のネタ。シンプルな記事ですよ(笑)。2011年3月25日、三重県西部~奈良県東部を徘徊した際に訪問した物件。この日のネタで記事にしているのは、狭戸トンネル旧廃道と掛の沈下橋。タメなく、ドン。のっけから無愛想極まりない(笑)。場所はコチラ。お名前は、鹿路トンネル。「ろくろ」と読む。「奈良県知事奥田良三書」と、揮毫者も刻まれている。
堀切隧道群堀切隧道(ほりきりずいどう)熊本県菊池市幅:-m長さ:-m竣工:不明熊本県菊池市と山鹿市との市境に、100年以上前に掘削された素掘りの隧道が6基残されています。ここでは1基づつ紹介していきます。第3堀切隧道手前を鋭角に斜面を山側に進む道があります。地元の方の話では、この道路が番所に行く本来の道だそうです。現在は予算がつかず、隧道先の峠道は手つかずの状態だそうです。この日はお話を聞いた方が先週草刈りをされていたので、堀切隧道までは容易に行
10\3朝から大雨昼頃に起きたら雨も止んでいたので少し散歩に行きます。明石市大久保町の駅近くに洋館の廃墟があります。JRの車窓からもよく見えます。この洋館は大正8年(1919)に地元出身の実業家で大久保宿本陣の当主の家系である安藤新太郎が建築した石造の洋館。設計は東大寺大仏殿の保存などを担当した加護谷祐太郎。完成直前に新太郎が亡くなってしまった為に、葬儀に使用されただけで放置された。旧安藤家住宅洋館大久保駅から旧西国街道を少し東側に歩くと洋館の廃墟が見えてくる。明石市唯一の洋館である
【22年5月8日探索・9月22日公開】神奈川県横須賀市走水県道209号観音崎循環線だ。この区間は2008年に訪問していたが、久しぶりに通ってみようと思う。この道は現在一方通行だ。昭和の時代には対面通行だった記憶もあるが・・・鳥居がある場所の少し先に・・・この隧道が現れた。元々は煉瓦造りのポータルだったはずなんだが、今はカモフラージュされていた。それでも周りの擁壁などの石造りはなかなかのものだ。解説板があった。明治16年までには素掘りから現在の姿(
堀切隧道群第1堀切隧道(だいいちほりきりずいどう)熊本県菊池市幅:3.30m長さ:17.00m、竣工:1900年(明治33年)熊本県菊池市と山鹿市との市境に、100年以上前に掘削された素掘りの隧道が6基残されています。ここでは1基づつ紹介していきます。菊地市街地から県道18号を北上して菊地ふれあい交流センターから左折して木野神社方面に進みます。木野神社の手前から菊池市木野と山鹿市黒蛭を結ぶ市道へ左折して進みます。この地域には2基あり現役です。訪問日:2018
房総半島旅行3日目、レンタカーで三島ダムまでやってきました。時系列的に正木1号橋の続きになります。目的地はこの先にあるようです。ここに着いた時、この手前に車が2台ほど停まってまして、先客がいるのかなと思いました。けっこう有名スポットのようなので、誰かいてもおかしくないですし。ただ、その車の持ち主を含むと思われる数人の人は見かけましたが、隧道の”中”では人に会わなかったのでダム見学に来てた人なのかこの周辺のお宅を訪問していた方なのか、隧道の見学を終えて別の場所を歩き回っていた人たちなの
【自宅に居ながらライブカメラで霊をチェック】愛媛県四国中央市にある、待避所(9ヶ所)以外は対向車との離合ができない一車線の法皇トンネルと、トンネルを南に出て、下って行った所の長野地区にある人道の素掘りの長野隧道は心霊スポットになっている。前者は昭和35年竣工の全長1,663mのトンネルだが、竣工時は自治体の財政の関係で3分の2ほどが素掘りのままだった。全てがコンクリートになったのは昭和43年。昭和49年4月に市道から県道に移管される(現在は国道319号に格上げ)までは通行料が徴収されてい
はいどーもこんばんわ。11月です。今年もあと二ヶ月です。「復興元年」と言われた割には被災地では何も進んでいない気がするのは、やはり政府が無能だからでしょうか?解散しろ、しない、で審議すらできていない政治家、というのは一体何なんでしょうか?閑話休題。旧国道散策記事。今回はまたこちら。久慈渓流沿いの旧道です。実は6月頃に訪問していたのですが、アップするのをすってんと忘れてたので、今回紹介します。まずは久慈市側から「山口トンネル」。現国道は単純にぐるっと川沿いの道をトン
2009年9月11日、わたくしは京都~大津間あたりの東海道本線沿線をうろうろしていた。この日のネタで記事にしているのは、今熊野の古レール跨線橋、東山隧道、琵琶湖第一疏水第一竪坑。今宵ご紹介するのは、第一竪坑に行く前に立ち寄った…っていうのか、なんていうのか(笑)。いきなり、こんな写真。これはJR東海道本線山科駅の東方にある跨線橋。場所はコチラ→https://www.its-mo.com/z-125973778-489001417-14.htmもちろ
こんにちは。では早速。県道303号は会田西条停車場線といって松本市会田地区と筑北村西条駅までを結ぶ路線です。この県道は松本市と筑北村の険しい境を2車線で越える珍しい県道です。周辺には長野自動車道や、篠ノ井線など電車や高速が走っていますがどちらもトンネルで境を越えており、国道403号も旧道までトンネルがあり酷道として有名な143号ですら隧道で峠を越えています。そもそも周辺に道が少ないため交通量はまあまあ多くなっています。松本市では、善光寺街道にもなっているため1車線ですが、それ以
どうも。わらびです。今回は鹿児島市の団地の一つ、皇徳寺団地が造成される以前に存在した隧道(トンネル)の跡地を探索しました。地図赤線の左下側、赤文字で記載してあるのが今回探索した隧道跡です。隧道は元々山田と山之田地区を結ぶ旧道の一部として存在しました。正式な名称などは一切資料が無いため分かりません。現在は皇徳寺団地の造成に伴い前後の旧道と共に地形ごと消失しています。地図内の貯水池の上あたりから探索を開始します。撮影地は隧道のあった尾根の西側の高台で、ちょうど写真中央付近に隧道は