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【25年11月16日探索・26年8月14日公開】現在地はこの辺立岩隧道の出口が見えてきた。そして隧道を出た先も、しばらくはシェルターが続いているようだ。ワナが立ててある??普通に設置されているものもあった。その先には、ボート・・・??その先、右側に謎の構造物があるのが見えた。通り過ぎてから振り返ったが、何だかはわからない。地図で照らし合わせると、玉原ダムとの水路がこの下にあるようなので、その関連物か?先に
第二次奥羽本線矢立峠攻略作戦第8回探索日2025.05.04公開日2026.07.22所在地秋田県大館市矢立第五隧道2025/5/0412:35《現在地》煉瓦隧道。やはり石造りよりもお洒落度がぐんと上がるな。坑口のど真ん中に生えている気が邪魔だが、これがこの隧道が放置されてからの年月を語っている。それでは、いざ入洞!洞内は当初の予想に反してこれまでの隧道と同じ下部をコンクリートで巻き立てたものだった。坑口付近は
【1】より続く。今回のエゴサーチ、おおまかに設問はあらかじめ決めてたんだけど、いくつか思い付きで質問したことがある。その一つが「5回以上にわたる連載記事ってあったりする?」っていうもの。チャッピー君、どの程度しっかり見てんのかな?って試す意味で聞いたと思う。すると、「あります。しかもかなりあります」とのこと。調べてもらうと…・10回・14回・17回・23回級・そして25回……。23回級ってなんやねん。チョイチョイこういう「?」が出てくる。そして25回。こ
山北町のお客様に「ユーシン渓谷への道が復旧して通れるようになったから行ってみな」と言われたのが去年の事でした。復旧したとなるとみるみるうちにSNSで話題になっています。僕は家から近いし何時でも行けるからなぁと傍観していました。でもいつでも行けると思っているうちにまた通行止めになったら困るなぁ。思い直し意を決して歩きに行って来ました。朝食を7-11のホットドッグと野菜ジュースで済ませ、神奈川県山北町に向かいます。山歩きの時は朝食はしっかりと食べないとね。小田原市から広域農道を走っ
【25年11月16日探索・26年8月13日公開】現在地はこの辺この旧道は通行するために解放されているのではないのではないか?という疑念が大きくなってきた。ほら、また看板が放置されている。しかもここは元々のこの道路の管理者に割り当てられた場所になているし。また看板が多数あった。左側には元々設置されていた看板が残っていた。「トンネル内先入車優先」要はトンネルは狭いという事か。そのトンネルが見えてきた。やはり、トンネルは狭いようだ。どう見
感動の場所へ2井の内隧道大分県佐伯市宇目-本匠竣工:1914年(大正3年)12月改修:1945年(昭和20年)延長:32.80m巾員:4.30アーチ高:4.82〜5.23m+測定器0.85m=5.67〜6.08m石工:大野仲吉氏隧道の所在地は、隧道紀念碑に刻まれた「南海部郡因尾村上津川※引受宮」から大分県佐伯市本匠因尾(ほんじょういんび)上津川(こうづがわ)になります。※引受宮は石碑が欠損していて推測です。意味も分かりませんでした。南海部郡因尾村に
昨日釣り仲間のY・Iさんと鬼怒川大渡周辺を見て来ましたまず大渡橋袂にある青木屋さんにこんな鮎塩焼き定食+鮎フライ付きを頂きまして久しぶりに親父さんとも話して来ました手術何回もしたそうですが元気に鮎焼きしてました私と同じ癌友です。目の前を流れる鬼怒川の清流を見て今年は、なんとこの前で大きな鮎がたくさん釣れたそうです。この辺りは鮎の放流はほとんど無いのでいないはずなんですがなんと今年この少し下流にある佐貫の堰堤を超えてきた?この堰堤から隧道を通って西鬼怒になって行
隧道レポ田代隧道前編探索日2024.11.03公開日2025.09.24所在地青森県上北郡七戸町“神風”鉱山の隧道青森にはかつて”神風鉱山”と呼ばれた鉱山が存在した。上北鉱山は第二次世界大戦のさなか、まさに戦況に神風をもたらすように発掘され、もともとは硫化鉄鉱を産出するために開発された。硫化鉄鉱は窒素肥料の原料になるため食糧増産の達しが出ていた当時、とても重宝された。そのかいもあってか上北鉱山は急ピッチで開発がすすめられ、発見から2年程で豊富な銅鉱脈にたどり着き、月
月に2回だけ、「第一土曜日と第三土曜日のみ」しかスタンプが押せない難関ポイントのひとつ「湊川隧道」。偶然今回は晴天で行けそうだったので行ってきました!まずは入り口のところでスタンプをペタり。この文字はかつて隧道から繋がる橋に書かれていた文字ですね☝️せっかくなので、久しぶりに中を見に行くことに。ここでは湊川隧道の歴史が壁一面に貼られていてめっちゃ勉強になります。こちらが実際に湊川隧道で使われていたレンガ🧱このレンガには長いものと短いものとの2種類あり、長いののみを組み合わせたものが「
香川ネタは、この物件から参りましょ~。2026年5月22日、初の香川!とちょこっと愛媛徘徊の2日目、11時すぎ。この日のメインターゲット(のひとつ)のアプローチに到着した。ちょっと徒歩偵察したものの、車での進入は断念。転回して広いところに停めさせていただき、身支度を整えて進軍開始。すぐに現れるのが、車を諦めた理由である獣害除けのフェンス。これを越えて進む。結果的に、これさえなければ車で現場まで乗り付けることが可能な路面状況だった。溜め
昨日からはや師走となりました。恒例の朔日参りは日吉大社、その後京阪線で大谷駅へ。大谷は’おおたに’と普通に読みます。大谷は逢坂の関のあったところ。百人一首でお馴染みの蝉丸が隠遁した場所と言われてます蝉丸神社があります。蝉丸神社大津市に3社もあります。その3社を大谷駅から浜大津まで歩き、訪ねました。大谷から順に蝉丸神社、関蝉丸神社上社、関蝉丸神社下社です。今日は最後の関蝉丸神社下社の様子からアップします。鉄道遺産逢坂山隧道関蝉丸神社上社を後にして逢坂山を下
先週の土曜日に行ったUFOライン東側の方から入りました。この東側からUFOラインへ行く際に確か何本かの隧道があります。(動画を確認すると7本です…🤔)ドラレコより入り口には「○○隧道」って書いてありますが「隧道」と「トンネル」の違いって何?って、つい不思議になってしまいました。「8」って何?どれも中は暗くて狭い😩monty的には「隧道」って狭くて暗いイメージがつきまといます。中は石がむき出しでコンクリート塗装されておらず電灯もないそんな感じが隧道かなあ?な
2017年5月6日、深遠なる紀伊半島彷徨3日目最終日。この日のネタで記事にしているのは、朝イチのメインターゲットである林道白川又線、その後行者還トンネル、神童子出合の吊り橋、ジノムネ谷出合の吊り橋、長谷の木製方杖橋、風呂橋、庚申堂橋、京都府道62号木屋峠。今宵ご紹介するのは、ジノムネ谷出合の吊り橋を後にしてわずか数分で通りかかった隧道。はい、これ。元は素掘り隧道だったと思われるが、全面改修されてこのようなポータルに。場所はこちら。ところで、左上になんか見えるの、おわかりだろう
おはようございます☀️今日の道の駅は、あの歌で有名な地です。さっそく参りましょう。静岡県の道の駅No.7「天城越え」1998年登録静岡県伊豆市湯ヶ島892-6「天城越え」とは、伊豆市湯ケ島と賀茂郡河津町の間にある「天城峠」を越えることを意味します。まだ車がないころは、伊豆半島の先端部にある下田と、付け根にある三島を結ぶ「下田街道(天城街道とも)」に立ちはだかる難所でした。ここが有名になったのは、川端康成の小説「伊豆の踊子」、松本清張の「天城越え」ではないでしょうか。えっ?石
こんにちは。では早速。今回は国道152号線を探索してきました。国道152号は、分断区間を二つ抱える日本屈指の酷道で、今回はその二つあるうちの一つ兵越峠へと行ってきました。新東名高速を降りてから、兵越峠を越えるまでの見どころが多い区間を探索してきたので、是非見てください新東名高速を降りるとすぐ国道152号に乗れます。インター近くは、交通量も多いです。2車線ではありますが、4車線化できるほどの用地が確保されています。天竜川を渡ります。飛竜大橋という橋で、ここから完全な2車線
お盆休みの旅行で寄ったというか、通りかかったというか…。適当に写真を撮っただけになってしまったので、あとから写真を見るとまともな写真が1枚もなかったので没レベルの小ネタです。場所はこの辺、長野県塩尻市芦ノ田。Q地図様によると「観音路隧道」「1951年(昭和26年)生まれ」という隧道です。松本にしばらく住んでたことがあるけど、この辺りにはまったく来たことがなかった(と思う)ので全然知らなかったです。扁額をアップ…「観音道”逐”道」になってません?軽くググってみたけど、心霊スポッ
👻八徳山八葉寺からの帰り道、久しぶりに“あの場所”を通ってきました…。姫路では心霊スポットとして有名な相坂隧道😱夕方だったこともあり、トンネル周辺はかなり薄暗く、しかも今回はバイクで通過🏍️💨エンジン音だけが響く空間は、マジで雰囲気ありすぎ…。久しぶりに通ったんやけど、落書きがかなり増えていて、その異様な雰囲気が余計に怖さを増幅させてるがな💦昼間でもちょっと不気味やのに、これ夏の夜に肝試ししたら、マジ
【25年3月2日探索・8月22日公開】現在地はこの辺(中心位置)進行方向に見えているのは曽我浦片隧道2号だ。本来なら土木遺産になっていたんだと思うが、廃道になってしまった事でいまだに一部のマニアしか訪問しない。振り返ると1号隧道の坑口が見える。まったく目立たないが、石垣もなかなかいい。2号隧道は1号よりも短く、30mほどか。保存するなら今やらないと、という感じだ。柱の下部は鉄筋が錆びてコンクリは膨張し、その鉄筋がむき出しになっている。次回、訪問す
【序】より続く。分岐を左へ…ていうか、さしかかったと同時にいらっしゃいました~。隧道!接近して、正対。のっぺりとしたコンクリートポータルで、鉄扉でしっかりと封鎖されている。廃隧道か…と、この時点ではそう思っていた。扁額をチェック。「至●通天」。達筆で一見「体」っぽく見える二文字目、実は「誠」の変体仮名。至誠通天とは「誠を尽くせば、願いは天に通じる」という意味で、孟子の思想に由来する言葉だそう。その下に小さな文字で重
はいどうも!北陸からの帰り道、飛騨市と高山市を通るので、ご当地グルメをと・・・まず飛騨牛を安価で提供している、焼肉かをるに!お昼も1時過ぎて空いているかなぁと・・・甘かった!すんげ~人人人!サクッと断念して次に!もう高山ラーメンしか無いかと!穴場と言われている?お店に行くと・・・駐車場満車&行列と!サクッと断念して、市街地中心は観光客でごった返していて、ラーメン屋さんは行列が!最後の賭けに!このお店がやってなかったら諦めて、長野で山賊焼きだと思いながら市街地から抜けると・
3泊4日上海旅行⑯から続いています。外灘観光トンネル入り口に到着です。浦東と外灘を海底トンネルで結ぶトラムに乗ります。チケット売り場です。50元でチケットを購入しました。Alipayで支払いしました。トラム乗り場まで進みましょう一人で独占できました。出発ですカラフルなイルミネーションと音響演出が続き、SFアトラクションのような体験ができます。
【1】より続く。気を取り直して、改めて隧道鑑賞に向かう。忘れろ、忘れるんだ…時がお前を癒してくれるさ…歩くこと2分ほどで、最初の隧道、見えてきた。地理院地図にも描かれていないし、正直、こんなところに隧道があるなんてまったく知らなかった。ここもまた、ひとえにQ地図様のおかげで発見できた。深謝。しかしながらこの隧道…というか、それを含んだ道は意外と知られているようで、ネット上やGoogleマップでも訪問記録が多々ある。この点で、同じくQ地図様で初めて知り得
先日、ふとしたきっかけで、自分のブログについてちょっとAIに調べてもらったんである。いわゆる、ブログ版エゴサーチっていうのか。するとけっこう面白かったので、改めてお盆特別企画(お盆関係ないやん)としてやってみたら、超大ボリュームになってしまった。ほんとはやりとりをノーカットで掲載しようと思ったんだが、長すぎだろってチャッピー君に冷静に止められたので(笑)、取り急ぎ実際のやり取りとは多少前後したエディット版で記事にする。でも、もしその気になったら、ノーカット完全版で記事にするかも。膨大なノー
さて、5月5日ドライブ記事の続きです国道425号線走行の旅【最終編】となりますこれまでの走行記事『酷道425号線の旅十津川村〜龍神村』普段ならなるべく避けたい道をあえて通ってみよう国道425号は、一般国道でありながらとっても険しい道で有名です三重県尾鷲市を起点とし、和歌山県御坊市を終点とする…ameblo.jp国道425号線とは一般国道でありながら、かなり曲がりくねった細い道がなが〜〜〜く続く日本3大酷道で知られている道。『酷道425号線十津川〜下北山村』『酷道425号
11/30かねてから訪れたかった地図に載らなかった幻の「数坂隧道」へ行く時が来たーー沼田市から福島県会津若松市をつなぐ重要な道として使われていた「会津街道」峠は北から栗生(くりゅう)峠数坂(かっさか)峠椎坂(しいさか)峠とありますが数坂は完全に廃道です江戸時代前よりも前からあったというこの数坂峠は多くの人々の往来があったそうだそんなロマンを感じながらスタートするよ椎坂峠の途中から入ります藪漕ぎスタート中に入ると道っぽい所に熊のふん明治時代に入り数坂峠に造られ始
田代隧道後編探索日2024.11.03公開日2025.10.01所在地青森県青森市人の気配2024/11/0314:43《現在地》二本目の分岐を右に曲がり、険道242号線から離れていく。隧道まではこの道を700メートルほどの道なりなのだが今でも人の出入りがあるのか、路盤は良く締まっており落ち葉にも轍が形成されていた。正直砂利道の県道242号線よりも走りやすそうだ。急に右側が開けたと思ったらそこには八甲田の山々が神々しくそびえ立っていた。