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2024年4月21日(日)6:25(二週間前)千葉県君津市草川原初めてご当地のお宿に宿泊させて頂き、よく眠れ、良い朝を迎えていました。少々寝ぼけつつ、階下で朝食を頂きます。左上から出来立てハムエッグ&ソーセージ&ほうれん草のソテー、野菜サラダ、生玉子、中央には鯵かな?脂の乗った美味しい干物の焼き魚と、右脇には嬉しいヨーグルトと納豆と海苔!ご飯と味噌汁と共に美味しく頂き満足なのだ。玉子2つあったね。茶色い殻の生玉子は見た目からして美味しくて、納豆と一緒に頂きました。全て地
店の外に出てみると素敵なプリウスの方々が戻ってきておられましたよ~オッサンは手首に大袈裟な数珠付けたいかにもなベタなオッサンで、オバンは「ごっつええかんじ」のヤヤこしいオバンみたいなん近くまで寄ってパパラッチしていたら気づいていたようですが、そのまま行っちゃいましたね~後ろに私のスポーツスターがあり、とっても出にくそうだったので何か言ってくるかな?と数珠オジンにアイコンタクトを送りましたが何も言ってこず。こんな場所に前進駐車するような方なので怒鳴られたらどうしようかなとビクビクしていまし
<長澤の手掘りトンネルと薄木隧道>淡路島の淡路市には、隧道ファンがよく訪れる素掘り隧道が2ヶ所ある。一つは地形図にも記載されている長澤地区の通称「長澤の手掘りトンネル」(以後「長澤隧道」と称する)。もう一つの中田地区の隧道は私道故、通称もなく、ネットでは「中田隧道」等と称されているが、開削者兼、利用者名を取り、「薄木隧道」と呼称したい。両方共明治期に造られた手掘りトンネルで、現代の車は通行困難。後者は昭和中期頃、360CCの軽四が通れる位に内部を拡幅したが、素掘りの雰囲気は変わっていな
↑↑↑たくさんのクリックをいただきありがとうございます!(^^)!2024年2月11日(日)の記録です。では先に見てきた円形の構造物上部に向かって登っていきます。ところどころ穴が開いておりますので、注意しないといけません。円形シックナーです。きれいに残っておりますが、落ちないように気を付けましょう~では見えていたトンネルへもう一度。こちら、トロッコカルバートと呼ばれる隧道でした。今では半分ほどが
【福井市側】より続く。鯖江市側に回る際に、当然のごとく新トンネルを通ることになったがこーんな快走路(笑)。遠くに見える新トンネル、旧トンネルはあの直上奥あたりに開口していた。で、これが新トンネル。さすがに立派ですな。銘板によると、2013年10月完成となっている。通常、完成して即供用ってわけではないことを考えれば、旧道はまだ一線を退いて一年も経ってなかったと思う。ところで、「戸口」かあ。戸「の」口じゃないのね。
2020年9月22日、謹慎明け東濃~中濃徘徊の2日目。この日のネタで記事にしているのは、二つのメインターゲットである朝イチの白川付知林道シデノキ旧廃道とその周辺と、午後の飛水峡の飛騨川右岸歩道。今宵と明日に分けてご紹介するのは、飛水峡の飛騨川右岸歩道探索の直前に訪ねたところ。業界(謎)ではかなりの有名物件なので、すでに多くの訪問レポートが存在するが、近いうちに(というか既に)この一帯に「大きな動き」があるという情報を得たので、ならばわたくしも今のうちに、と急遽記事にしておく。
2016年6月11日、「HTK2016、久々OFFもあるよツアー(仮)」初日。この日のネタで記事にしているのは、相谷トンネル、境隧道、メインターゲットであった田河内隧道、まぢトンネル、見返橋。今宵ご紹介するのは、まぢトンネルの次にやってきたトンネル。地図で見ると林道的な道に描かれた長そうなトンネル表記、ちょっと楽しみに現地へやってきたのだが…おおっ!殺風景なポータルだが、予想にたがわぬ長さじゃないの!現在地コチラ。地図のポイント位置でわかる通り、志子部側か
大阪と奈良を結ぶJR関西本線であるが、その建設は私鉄である旧大阪鉄道が行っていた。明治21年に免許を得たのちに建設に着手し、明治25年には大阪から奈良までを完成させている。そして、明治33年には関西鉄道(かんさいてつどう)と合併(吸収)し、大阪鉄道としての名前は立ち上げからわずか12年で消滅することになった。私鉄の関西鉄道と名を変えてからも7年後の明治40年には、鉄道国有化法によって官鉄として生まれ変わっている。JRまで含むと事業主体が4回変更している路線である。旧亀ノ瀬隧道は、昔の関西
先月のロンツー時に寄った3本のトンネル達です!東海道の要衛の地であった宇津ノ谷峠にあるトンネル!明治~大正~昭和~平成と近代に掘られたトンネルの内、平成を除く3本を通ってきました!先ずは昭和トンネル!1959(昭和34)年開通の新宇津ノ谷隧道(通称昭和のトンネル)は全長844m、幅9.0m、高さ6.6mで、国道1号上りのトンネルです!そして大正トンネル!大正トンネルの宇津ノ谷隧道は1930(昭和5)年開通。長さ227m、幅7.3m、高さ4
房総半島、上総と安房の國境でしょうか、三島湖あたりを南北に隔てる山地を貫通したのが奥米隧道。ここに接続する奥米橋が1953年に架けられ、奥米隧道は1955年に開通している。過去にトンネル真ん中あたりが崩落しています(クルマが数台停まっているあたり)、やはり岩質が脆弱なのですね、通過時は気をつけたほうが良さそうです。・・何を気をつけるんだ?というのはありますが、重そうなクルマについて入っていかないぐらいですかね、2トンぐらいありますから最近のミニバンは。引き起こす低周波振動はかなりのレベル
探索日2014/05/02切り替えは1972年6月12日新線は山側を1,710mの真鶴トンネルで通過この先が真鶴駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてくる分岐後、新旧両線トンネルに入る左は現在線真鶴トンネル、右は旧線長坂山トンネル神戸方口さすが天下の東海道本線、石積みで複線型や「隧道」だけは読み取れる坑門前から真鶴駅方面を見る674mもあるけど、直線なので向こう口の光が見える東京駅まで94km
呉市広町黒瀬川右岸白糸川白糸の滝落差5.11m+38.1m別名/小滝国道375号線の町田橋交差点を北上すること1.2kmにある芳渕隧道を抜けてすぐに左の脇道に進みます。堤防上の道を500m行くと小滝橋が見えてきます。橋の袂の辺りに駐車して、小滝橋を渡ります。(2024.03.16撮影)黒瀬川を渡ります。橋を渡った後、そのまま道なりに舗装された道路を歩いて行きます。途中、地蔵さんの祀られた祠があります。そして、東広島・呉自動車道の下をくぐります。
以前に入口前まで見に行ったことのある堀之内軌道の佐栗谷隧道ですが、最近になってTwitterで閉塞している御前崎市側が崩れて開口したという情報を入手しました。ここは2019年1月に遠目で見ていて、2021年1月に開口している菊川市側の入口前まで見に行ってますが、簡単な説明はそこで書いてあるので今回は省略します。ここは県道37号の旧道で、写真のトンネルは「佐栗谷トンネル」。このトンネルの方は県道の旧道で、今回の目的である隧道は鉄道隧道だったので新旧道の関係ではないです。トンネル左側
【4】より続く。蕪坂隧道の反対側に到達した。市街地側を後にしてから44分経っていた。2枚の看板含めて概ね同じような雰囲気だが、細かく見ると市街地側にはあった扁額スペース的な出っ張りがない(ならばあれはやはり扁額だったのではないかと)。それとポータル上のコンクリ土留めのサイズや、水抜き穴の存在などが相違点かな。余談だが、抗口前の電柱脇に立っていたポールは、電電公社のものだった。珍しいものなのかどうかは不明。では再び…お邪魔しまっすー(
2021年9月25日、初の長州遠征初日。この日のネタで記事にしているのは、坂折隧道、夜打原取水堰堤のコンクリート円弧橋、夜打原の吊り橋、尾無隧道、平安橋。今宵から何回かに分けてご紹介するのは、この日のメインターゲット。地理院地図で見て気になりすぎていた物件である。まずはその地理院地図からどうぞ。中央の「蕪坂峠」という文字のところに描かれた、明らかな隧道。どの道路は点線表記である。石見の小京都と呼ばれる観光地・津和野の市街地から至近のこの道、この隧道は、いったいどういうお姿なのか
2月4日(土)たかさんのお誘いで、静岡県の袋井市と掛川市を走る隧道巡りライドをしてきました。🚴♂️袋井市の集合場所へ向かう途中、新東名高速道路の長篠設楽原PAへ立ち寄ってトイレ休憩。🚻長篠の戦いの決戦地を一望できるパーキングエリアで日の出を迎えました。🌅8時半に袋井市のめだか公園に集合してスタートしました。とても良い天気です。以下、隧道の写真ばかりなので、先に走ったコースを紹介しておきます。🚴♂️GoogleMAPで『隧道』で検索すると隧道の場所を知ることができますよ。
もう秋ですねー。廃道シーズンもはじまりますねー。週末19日は秋田市にぎわい交流館で開催される「羽州街道交流会・秋田市大会」にヨッキれんと共に登壇します。普段とは少し趣向を変えての対談です。お申込み下さった方々、乞うご期待。さて、今年も相変わらずバタバタしてますが、春はけっこう廃道に行ってました。一人で超マイナーな北関東の林鉄を歩いたり、合調でちょっと難易度の高い廃道にアタックしたり。猫の目のように回る毎日で、楽しかった思い出も流されてしまうので、忘備録として、ちょっと今
前置き2018年に「廃道を歩く」を洋泉社から上梓しました。が、洋泉社が解散し、絶版。けっこうな部数刷っていたので、解散時にもどこかに在庫があったと思うのですが、行方はわからずじまい。いままで寄稿はいくつかしていましたが、「廃道を歩く」は初の単著でした。なので、この世のどこかに在庫があれば嬉しいと思いますが、おそらくは裁断され溶かされて消滅しているでしょう。というわけで、いま出回っているのは中古しかなく、先日中古サイトを見たら定価の倍額くらいの値付けになっていて驚きました。これはなぁ。契
【2】より続く。すでに大きく「聞こえ」始めていた、アレ。ここへきてその姿を見せ始めた。そう、聞こえていたのは大量のこうもりの囀り。その数が尋常じゃないことが、囀りの大きさで感じ取れる。ここのはまだおとなしくぶら下がってるが…。うーむ。経験を重ねるにつれ、こうもりがだんだん苦手になってきたという珍しいパターン(なのか?)なわたくし。そのものが怖いというより、フンにヒストプラズマ症のリスクがあることを知らなかった内は無邪気だった、って感じが正確かな。このままおとなし
【19年4月27日探索・10月24日公開】現在地はここ現道を迂回し、反対側に行く事にする。ここは小さな峠を越えたあたりだ。以前なら掛川市から大東町に入ったあたりになる。50mほど先に何か看板のようなものがある。何だろう?それはまさに風吹トンネル由来が書かれた看板だった。要約すると、「地域の住人・青野卯吉が遠江国報徳社の岡田良一郎社長に資金支援を受け、明治35年に3本の隧道を完成させた。隧道はその後の昭和6年と昭和32年に改修され、平成11年に新道開通により使命を果たし
【22年12月11日探索・24年4月20日公開】現在地はこの辺千葉県茂原市押日ここまで舗装路が続いていたんだが、この先は心細い感じの未舗装路になる。その、細い未舗装路を進むともう1回分岐がある。これを右に進むと・・・ほどなく、隧道が現れた。林隧道、探索時は完全素掘りだったんだが、昨年改修され、今は入り口付近のみコンクリ吹付になっているようだ。内部だ。房総ではよく見かけるタイプだ。反対側に進むにつれ少し坂になっていた。
ここ数日は寒暖の差が激しい、これを越えれば春です※始めに・・・今回も魚の画像無いからね、(今回は探検だから・・・)さて、先週に続き一迫川の支流を釣り場探索しに行きました、今日は天気は良さそうとの予報ですが?現地はやはり山の天気です、目的に近づくにつれ雪が降ってる、風が強く吹いていてチョッとした吹雪き❗気温は朝七時で4~5℃と言ったところですか、この情況にしては寒くないですね、やはり冬とは違いますな((⛄))仙台藩花山村寒湯番所跡、この
2021年10月30日、家族で東京に行った際の自由行動(笑)で最後に訪ねた物件をご紹介。飛鳥山下跨線人道橋などいくつか訪問後、ズズズーイと移動しまして、東急東横線多摩川駅で下車。現在地はこちら。2.3mの高さ制限標識に反応した。まずは前菜登場~。そのまま線路沿いを進むと…あったー。こちらが今宵のお題、沼部隧道。実際は東京都道・神奈川県道2号東京丸子横浜線の下を抜ける暗渠または架道橋的な構造物なのだが、「隧道」と呼ばれている。ま
【前篇】より続く。「第二隧道」を抜けてしばし、明るい場所へ出た。取り残された「幅員狭小」標識があった。左上の柵は、県道現道路肩のもの。ここからしばらくは、現道最接近パートとなるが、このように高低差が。谷筋を隧道でクリアした旧道に対し、現道は山を切り開いて高度を上げていく、そんな構図。少し進んで右カーブしたところでは、現道擁壁が迫って切り通しのようになっているところがあった。結論から言えば、どうやらここに隧道があったようだ。三本のうちの真ん中
2010年11月20日、摺子OFF前日の奈良県徘徊。この日のネタで記事にしてるのは…なんと参陵隧道だけだった!いろいろ行ってるのに。今宵ご紹介するのは、当日昼過ぎに訪ねた物件。予備知識もなく、特に何か期待してたわけではなかったのだが・・・。ここは天川村洞川(どろがわ)地区の外れ。県道48号洞川下市線で、ターゲットのある小南峠を目指すのだが、確か何ヶ所かにあった、香ばしい看板。曰く、大淀・橿原方面幅員狭く対向困難国道309号をご利用下さい
1月2日、ペンションをチェックアウトすると雨が降っていたのですが、まだ小雨だったので一応ダメ元でとある廃道区間へ向かってみました。場所はだいたいここら辺、静岡県賀茂郡東伊豆町白田。R135の旧道に該当する道で、道端には国道時代の道路情報板が壊れた状態で残っています。右上にガードレールと車が写ってるのがR135現道です。最初のうちは建物が何軒かあるのですが、その先を進んで行くとこんな雰囲気(振り返って撮ってます)になります。そこで向き直ると、舗装路面は笹薮にぶつかって道が消え
【3】より続く。明るい雰囲気でスタートを切った、蕪坂越えの反対側。先に何やら見えてきた。接近してみれば、市街地側でも見た「この先走行注意」だった。まあ「この先」を見るに、やっぱり「注意」レベルじゃなさそうなんだが。こいつの登場を合図としたかのように、ここまでうっすらと残っていた轍が消えた。けど依然として、古道の香りがしない。なんだろうなあ、いまいち盛り上がらない感じ。この景、一瞬だけオッ
続きですキッチン313カミユゲで美味しいベーグルサンドを食べた後は移動して弓削港ひだまり公園に此処にもユメシマサイクルのモニュメント弓削大橋をバックにアップで撮って弓削大橋も別に撮って立石港に向かう前に対岸の造船所に見慣れない船を発見よく見たら船名がサンフラワーかむいと書かれてたのでフェリーの様でしたちょっとかっこいい船体立石港に到着立石港務所で切符を買って乗船後土生港へ約5分の船旅因島に上陸後今回の目的の一つへ此方の右側の駐車場に車を停めて徒歩で鳥居から直ぐの
4月27日は2015年に、北鎌倉洞門が閉じられた日でした。フェンスの隙間から光くん撮影=先月
「なんだこれは・・・」山武地方誌に目を引く写真が載っていた。ガッチガチに固められた長い掘割、そしてその真ん中に土被りがほとんどない隧道がある。どういうことなんだ。道路でも鉄路でも異様としか思えないその大掘割と隧道は、かつて外房線の土気駅から大網駅の間にあったもので”土気トンネル”といい、いまは現在は埋め立てられているという。こんな不思議な景色が存在していたとは。痕跡でもなんでもいいから見たいと思い、ある日の休日、夜明けとともに土気に向かった。土気駅は外房線の中では1番標