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【2025.03.29】3月は21日が結婚記念日ということで毎年春分の日を絡めてお休みをいただき、子供達にも学校を休ませて記念日旅行をするのがここ数年だったんやけど今年は地元の三木町で「筍イベント」があったので少し日程をズラし29日の土曜日にお出かけ向かった先は「元伊勢籠神社」籠神社https://www.motoise.jp/現在は、伊勢神宮に天照大神(内宮)と豊受大神(外宮)がお祀りされていますがお伊勢さんに移られる前に祀
令和5年5月3日参拝成相山を降りて籠神社へ向かいます。天橋立を真横に望む海沿いの国道を車で走ります。江戸時代には籠神社を目指す参詣者が天橋立を行き交ったと伝えられますが、車を使っても周辺を巡るの一日かかるのに、歩いて目指した当時の人々にとっては気軽な旅ではなかったでしょう!時刻は15時近く、やや慌ただしい参拝になります。めちゃくちゃ混んでますが第3駐車場まで整備されてるので駐車には困らなそう。籠神社境内は撮影禁止ということで思い出はココロの中に。拝殿の向こう側に籠神社式狛犬がいまし
大成古墳群展望台より現在の京都府京丹後市~亀岡市、兵庫県の篠山市辺りは古くは「丹波」「丹後」と呼ばれていました。しかしその呼称は和銅6年(713年)以降のものだそうです。「続日本紀」和銅6年の記述に「丹波国の五郡を割きて、はじめて丹後国を置く」とあるからです。つまり「丹後」という地名は和銅6年以前はなかったということになります。記紀によればこの地域は「旦波」「丹波」と表記されていましたが読みは「タニハ」だったと推定されているようです。
飯役社(いひやくのやしろ)丹後国与謝郡京都府宮津市中野217(P有)■祭神御食津命籠神社の一の鳥居より西方500mほど、「阿蘇海」(天橋立の西側の内海)に面して鎮座する社。かつての「府中村」(現在は宮津市中野)。◎「飯役社」は元々は「印鑰社(いんやくのやしろ)」のことであったとされます。当地の辺りは丹後国の国府があったとされる地。その国衙(役所)の「印」と「鑰(カギ)」が収納され、それをもって在庁官人の守護神として祀られたのが「印鑰社」。◎丹後国は和銅六年(713年)に丹波国よ