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内宮磐座(いわくら)と呼ばれることもあります。伊勢神宮内宮、荒祭宮の北、600mのところ。人家も近くにあります。江戸時代までの参宮道で、朝熊登山道が始まるところです。宇治橋がないころは、こちらが主要道だったのでしょうか。神宮司庁の駐車場の隣で神宮の所有地なのかもわかりません。――――PSここにある石の道標が、この場所がかつて主要道の分岐点であったことを示しています。・二見道、五十鈴川を下っていくと二見。かつては、二見から五十鈴川沿いに神宮に向かうのが主流だったのでは。
こんばんは、わたしです。GWも気付かぬうちに終わりましたね。おそらくコロナがかなり落ち着いてきて、自由に行き来しても白い目で見られなくなった時期ですし、色んなところへ旅行ができた充実した休日になったのではないでしょうか。みなさんは無事仕事に、学業に戻れたでしょうか。なに、戻れなかった人もいる頑張ってくださいね(GW仕事だった勢)まぁまぁひとまず上皇陛下の関西行幸の安寧を祈りつつ、今回も神社紹介に参りたいと思います無格社多祁伊奈太伎佐耶布
小野神社:長野県塩尻市北小野175-1矢彦神社:長野県上伊那郡辰野町小野3267昨年は七年に一度の諏訪大社御柱祭、善光寺御開帳の年だった。僕は四月には下社の山出し、五月には里曳きを見たのだが、暮れも迫ってあの熱狂がなんだか懐かしくなり、諏訪を再訪することにした。この地は何度訪れても新たな発見のあるところで、今回は諏訪大社に加えて以前から気になっていた天竜川流域の神社に足を延ばしてみた。小野神社、矢彦神社はどちらも信濃国二之宮である。二之宮が二社あるというのも変なのだが、同じ場所にそ
弁財天(「亀石」、南朝玉川宮伝承地)紀伊国伊都郡和歌山県伊都郡九度山町大字丹生川(詳細住所不明、丹生神社から西へ50mほど)(P無し、丹生神社の社前に停め置き歩きました)■祭神弁財天「丹生川」沿いの山間部集落、大字「丹生川」に鎮座する社。10世帯、27人(平成22年度国勢調査データ)の過疎地。◎「亀石」と称せられる巨石の上に小祠が設けられ、弁財天が祀られています。◎社頭案内には、「(第98代)長慶天皇の叔母明●●●弥尼公(後醍醐天皇皇女)がこの地に草庵を営み、明●●と称せら
休みと称して、セミナー後に出張へ行きました。場所は岡山県。トラフの続きです。2枚目の写真の場所で三叉路になるのですが、立て札を見ていたら後ろから視線を感じ、振り返ると、カメラを持った少し年上かな?と思われる男性に(吉備津神社側から来たのでしょうね)じーっと見られていて(うーん、、これはマズイ、面倒だ。)と直感で引くも進むも、鬼が出るか蛇が出るかの状況。磐座へ続く道へと入って、かなり急足で登りました。この時、周囲に他の人の気配はなし。
愛してやまない神が坐す杜を写真家気取りでパシャパシャと写真に収めるシリーズ。第8社目は石上神社。(本編記事はこちら)※本編と一部重複する写真があります。今さら…というほど幾度となく訪れている社。近くて。手軽に行けて。まさに聖地と呼ぶに相応しい場所。あまり知られたくない聖地。ほとんど訪れる人も無く、いつもこの肌で直に感じる神氣を一人で満喫しています。この奥地の「桃尾の滝」は、修験道やら何やら知らぬ輩たちにすっかり穢されてしまっています。マナーは悪いは…露店を出していかがわし
伊太祁曾神社境内社(氣生神社/祇園神社・磐座/御井神社/櫛磐間戸神社/蛭子神社)紀伊国名草郡和歌山市伊太祁曽558(伊太祁曾神社境内)(20台ほどのP有)多くはないものの紀伊国一ノ宮伊太祁曾神社は境内社を抱えています(写真は過去数年にわたる参拝時のものが混在しています)。◎氣生神社(きしょうじんじゃ)(祭神/五十猛命荒魂)ご本殿脇、瑞籬外に祀られる社。創建年代等不詳。社名から鑑みて「氣生根」、つまり「氣」が「生」じる「根」源かと思われます。山城国の貴船神社(記事未作成)の社
昨年(2024年)の11月19日のことです。この日は、まず、佐賀県佐賀市に御鎮座の輿止日女神社(よどひめじんじゃ)を参拝しました参拝後に向かったのは、福岡県太宰府市太宰府天満宮の稲荷神社、天開稲荷神社(てんかいいなりじんじゃ)ですおぉ~立派な鳥居ですこちらのブログの続きです『福岡県太宰府天満宮の天開稲荷神社その②アプローチ』昨年(2024年)の11月19日のことです。この日は、まず、佐賀県佐賀市に御鎮座の輿止日女神社(よどひめじんじゃ)
北伊勢の旅から、今回は標記神社のご紹介です。2日間の神社巡りにおいて、個人的に最も好きだったのが当社です。今のところ、今年1番のお気に入り神社です。境内風景を山ほど撮影しました。掲載したい写真が多いため、記事は2回に分けて公開したいと思います。今回:本宮・別宮・磐座など次回:境内社・上げ馬神事など式内社(名神大)国幣大社伊勢国二宮多度大社たどたいしゃ『延喜式』に記された正式な社号→多度神社たとのかみのやしろ神体山=多度山(標高403m)の山麓斜
神魂神社:島根県松江市大庭町563大庭宮山(出雲大神宮):島根県松江市大庭町(立正大学淞南高等学校内)出雲口伝というものがある。古代出雲王朝に口述で伝えられた古史とされ、近年は書籍にもなっている。史料価値を云々するほど当方に知識はないが、古代史ファンにとってはなにかと取り沙汰したくなるテーマらしい。司馬遼太郎の「生きている出雲王朝」というエッセイにも、彼が新聞記者であった時の同僚、W氏がこの口伝を伝える話が出てくる。先祖が大国主命だというW氏は、ただ一系統だけ残った出雲族の末裔と称し、「
生まれ育った土地に住んでますと、家業を継いでる小学校の頃の友達がいて、ほんと久しぶりに会うと本人かわからんくらい顔が変わってしまってるので、確認してやっと面影が残ってるのに気づくことがあります。お互い様なんですけどね。何年ぶりやろうと考えたら40年ぶりとかで、ゾッとしますわ。そりゃ老けるわけです。ふと、古今亭寿輔師の老人天国という落語を思い出しました。化粧品会社のCMで『美しく老いる』なんてフレーズがあるけれど、そういう『オイル』があるのかと思いましたよ。美しく老いる訳ないでしょう。
神谷神社(神谷太刀宮)(かみたにじんじゃ)丹後国熊野郡京都府京丹後市久美浜町1314(境内に駐車可)■延喜式神名帳神谷神社の比定社■旧社格郷社■祭神丹波道主命[配祀]八千戈神天神玉命(アメノイクタマノミコト)天種子命久美浜湾の底、海に近い久美浜町の市街地に鎮座する社。「久美谷川」の河口部に位置します。◎当社の出色は丹波道主命を主祭神として祀る稀有な社(全国唯一とも)ということと、なんと言っても迫力ある「神谷磐座群」。◎丹波道主命は崇神天皇により四道将軍として丹
日本屈指のパワースポットともいわれる大神(おおみわ)神社です。三輪山(みわやま)をご神体として祀る神社で、祭神は大物主大神(おおものぬし)だといいます。この祭神がだれなのかは諸説あるそうですが、ホツマツタヱからすると2代目大物主クシヒコでしょう。クシヒコが身罷ったという三諸山(みもろやま)は三輪山の旧名といいます。大和(おおやまと)神社で祀られている倭大國魂(やまとのおおくにたま)おなじ方ですね。大物主は役職名であり、いってしまえば、右
☆神谷磐座群丹後国熊野郡京都府京丹後市久美浜町1314(神谷太刀宮境内に駐車可)神谷太刀宮(現在記事改定作業中、リンクには飛びません)の神域内に座する磐座群。久美浜湾の底、市街地の西端に位置します。「八幡山」の山裾に巨石が密集。末社である八幡社が鎮座。神谷太刀宮のご本殿が建つ所はかつて海中だったでしょうか。神谷太刀宮は崇神天皇の御宇、丹波道主命が武運長久を願い、出雲から八千矛神を迎え「神谷(かんだに)」の地で創祀、丹波道主命薨去後に「久美」(当地)に佩刀「国見剣」を神宝に創建したとさ
早瀧比咩神社:岡山県玉野市滝773・774穴門山神社:岡山県倉敷市真備町妹895こと磐座については「汲めども尽きぬ」といった形容に相応しい地域の一つが備州である。地質の関係もあるだろうが、これだけ広域に様々な形状の磐座が多数分布する地域は珍しいのではないか。当地は大和朝廷成立以前の四大王権の一角であり、古墳も数多い。巨石を巡る祭祀も一様ではなく、さまざまに営まれていたと思われる。本稿では神社を二社紹介するがいずれも巨大な磐座を擁し、その祭祀の源には龍穴との関係が見え隠れしていた。岡山市内か
太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)より1キロほど南へ、筑波女学園大学の裏にあるのが、石穴(いしあな)稲荷神社です。九州三大稲荷のひとつともいわれるここは、磐座(いわくら)信仰のあとを現在にのこす聖地でした。太宰府天満宮の天開(てんかい)稲荷とおなじく、菅原道真(すがわらみちざね)公をお守りするために京都の伏見(ふしみ)稲荷から勧請したようです。しかし、由緒が消失しており、詳しいことはわからないといいます。五穀豊穣や商売繁盛の神として博多商人をは
ここ数日、やたらと眠いんです夜もしっかり寝てるのに朝もシャキッっと起きてるのに何故か眠い😪夕方、、そうこの時間ぐらいがMAX眠くて目を開けているのに必死ですなんでだろう・・・こんばんは味醂です{只今の時刻はpm18:00さて、眠気覚ましにブログの記事でも更新しよう10月17日(日)に行った奈良県天川村洞川の寺社めぐりの続きです龍泉寺のライトアップを見る事にしたのが夕方3時を少しまわった頃で・・『何処か近くで行った事無い場所とか・・天河とか』『あっみりんさん、行
前回のブログ『㊺今、強く感じる事と、新春の球磨盆地と旧久米村』より続きますhttps://ameblo.jp/hirom0211/entry-12720079623.html2022/01/1412:18再々投稿2022/01/1223:23投稿の拙ブログ、すでにご覧頂いた方々に心から感謝申し上げます。これから、お読み頂く方、拙ブログに興味を抱いて下さりありがとうございます。以下、追記であります。今回のブログ内で書いた重要な「言葉」神託に随ってとは神の
昨年の奥多摩の御岳神社のリトリート、そして今年の湯殿山開山式でご一緒させていただいた、出羽三山の山伏、星野先達。羽黒山伏・星野先達からのメッセージ「春、新たな門出を迎える君へ」山形仕事図鑑#85-ヤマガタ未来Lab.羽黒山伏・大聖坊十三代目星野文紘氏スペシャルインタビュー羽黒山伏の星野文紘先達(※先達…修験道で山に入る際mirailab.info先日紹介したこちらの本にも星野先達が載ってました。銀龍(ワイタハ)から金龍(ヤマト)へAmazon(アマゾン)
妻戸神社:新潟県長岡市寺泊野積越後一之宮、弥彦神社を訪れるのは二十三年振りになる。前回は新潟の温泉巡りの途上、岩室温泉に宿を取った翌朝だった。平日の朝ゆえか参拝者も殆どおらず、弥彦山の麓の広大な社叢の中、清新な空気を身に纏いながら参道を上っていったことをよく覚えている。古色蒼然、ひっそりとしたそのさまは、正に神住まう荘厳な杜であり、神社にはさして関心のなかった頃だったが少なからぬ感興を覚えた。今回も同じ趣を期待して行ったのだが、三連休の最終日、とにかく人出が多く、広大な駐車場
世界の終末を告げるオノゴロ島「隠岐」の謎その64◆「隠岐」の封印が解かれるとき…歴代の天皇は必ず一生に一度、隠岐に行くならわしがあるという。これが近い将来、必ず実行される。ラストエンペラーたる天皇徳仁陛下は、隠岐に「契約の聖櫃アーク」を運び込み、日本を終わらせる最後の神事を行う。かくして、最後の扉が開かれ、隠岐の封印が全て解かれたとき、隠岐は動く。大山鳴動し、日本のみならず、世界が激変に見舞われる。飛鳥昭雄氏は、漢波羅秘密組織「八咫烏」が語った言葉を綴っている。
20171.28関東磐座MAP公開!!みなさま旧暦新年明けましておめでとう御座います。龍の転生記憶をもつ男龍同一性障害のワイトワーカー本庄範光です。どうも。古代の聖地を集めた磐座map関東版シェア公開させていただきます。御利用御活用ください。上記地図の右上の鍵カッコをクリックして出てくる拡大版へダイレクトはこちらhttps://www.google.com/maps/d/embed?mid=1WmK6V3ov9jfc
こんにちは(*^^*)手相&タロット占いカウンセラーの鈴蘭です🍁✨皆さんは、『ホツマツタエ』という言葉を聞いたことがありますか?『ホツマツタエ』は、古事記、日本書紀よりも古くからあり、ヲシテ文字という神代文字を使って全編五七調で書かれている書物で、神々の様々な教えや歴史が記されている一大叙事詩なのです✨✨✨その研究をされている、神話伝承研究家の大江幸久先生とともに、数名で瀬織津姫(せおりつひめ)の御神霊の宿る磐座、六甲比命神社(ろっこうひめじんじゃ)へ行って参りました〜^_^六甲山
湯次神社:岡山県瀬戸内市長船町磯上3277この神社の背後の山腹に「りゅうごん様」という龍穴があって、日本三大龍穴の一つとされている。あとの二つは奈良の室生にある吉祥龍穴、京都の貴船神社奥宮の本殿下である。かねてから関心を寄せていたのだが、昨年秋の旅でやっと訪れる機会を得た。当社の西南部には五世紀から六世紀に造られた比較的規模の大きな前方後円墳が数基あり、弥生時代後期から古墳時代に懸けて地方豪族が群雄割拠していたことがわかる。本稿の前編では龍穴と磐座のこと、後編では当初の目的にはなかった、素晴ら
大神神社(おおみわじんじゃ)大和国城上郡奈良県桜井市三輪1422(P有)■延喜式神名帳大神大物主神社名神大月次相嘗新嘗の比定社■社格等旧官弊大社大和国一宮二十二社(中七社)現在は別表神社■祭神大物主大神[配祀]大己貴神少彦名神「三輪山」(三諸山)をご神体とする日本最古とも考えられる神社。「三輪山」は神宿る山、美しい三角錘の典型的な神奈備で、その代表とも言える山です。大和盆地中央から見ると東に「三輪山」、西に「二上山」があり、古代人の感覚からすると「三輪山」
一昨日はお隣の岡山に出かけてきました磐座が好きで、時々会いに行きたくなります。正面から撮らなかったな大きな岩〜友人がすぐそばに住んでいる場所だったので声をけてみると、地元の詳しい人に案内してもらえるようにしてみる!ということで、解説付きでした古墳の多い所で、今年ももう8基新しく発見しているとか。この辺りはいのししの風呂場があると教えてくれたり、多趣味な色んな話が聞けて楽しかったです。私ももっと色々楽しまなくっちゃ!と思った。好きなことに全力で打ち込んでる人
六甲山の上美術館『六甲山の上美術館訪れて分かること』六甲比女神社『六甲比命神社への行き方』六甲比命神社やっと参拝出来ました✨色んな記事を読んでいてもどうやって行けばいいのかな?本当に行けるのかな?と🤔色んな情…ameblo.jpの続き越木岩神社訪れた日(8月19日)は甑不動明王献灯祭でした。ライトアップ🏮夜もいいですね。鳥居をくぐって少〜しだけ進むと眼の前に私の身長より高い階段が現れます気持ちのいい参道。丸い木漏れ日✨手水舎拝殿御祭神…蛭子大神西宮
*神の庭*都祁山口神社~御社尾の磐座愛してやまない「神が坐す杜」を写真家気取りでパシャパシャと写真に収めるシリーズ。今回は都祁山口神社。18社目かな?延べ27社目。実は…同名社が2社ありまして…「都祁小山戸町」の方を。もう一社の都祁山口神社の方もなかなかに神氣の籠るお社ですが、如何せん社域が狭い!このテーマ記事に耐え得るほどのボリュームに乏しい!こちらは奥山の磐座や祖神の霊石もまとめると、逆に削ることを考えねば…なほど。謎に満ちた都祁氏(ツゲノウジ、闘鶏氏・都介氏とも表
兵庫県芦屋(あしや)市にある岩園天(いわぞのてん)神社です。かつては、このあたりを「岩ヶ平(いわがひら)」といったらしく岩ヶ平(いわがひら)神社ともいうようです。岩園地区の氏神として崇敬されているようですね。「岩」園や「岩」ヶ平というように「岩」にゆかりのある神社さんだといいます。六甲山(ろっこうさん)周辺は巨石文化圏といっていいほど磐座(いわくら)信仰のさかんな地だったようです。六甲比命(ろっこうひめ)神社や越木岩(こしきいわ)神社をはじめ六甲山の周
四天王寺近辺の散策はまだまだ続きまして、久保神社です。手水舎伊勢遥拝所拝殿凛々しい系狛犬境内摂社は白玉稲荷神社そしてこの二社、方除神社と白龍神社そしてお目当ての大岩小岩大明神こちらが大岩大明神こちらが小岩大明神頭脳の神を祀る御神座だそうです。磐座ですね。そしてこちらが願成就宮聖徳太子信仰が根本にあるのだそうです。