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昨年(2024年)の11月19日のことです。この日は、まず、佐賀県佐賀市に御鎮座の輿止日女神社(よどひめじんじゃ)を参拝しました参拝後に向かったのは、福岡県太宰府市太宰府天満宮の稲荷神社、天開稲荷神社(てんかいいなりじんじゃ)ですおぉ~立派な鳥居ですこちらのブログの続きです『福岡県太宰府天満宮の天開稲荷神社その②アプローチ』昨年(2024年)の11月19日のことです。この日は、まず、佐賀県佐賀市に御鎮座の輿止日女神社(よどひめじんじゃ)
三月四月の神示は、取り次いであるのですが、老化の為、その清書が段々遅れておる中、この令和(霊和)の世は、人類が体主霊従、利己主義の強い者勝ちの世から、元の霊主体従の道へ帰らねばならぬ時代となり、その中でも重要な五六七(みろく)の年の七年の五月、大事な神業が行われた。その五月の神示を先に出せとの神命により、五月神示を三月四月より、先に出す事を了承して下さい。この五月の五日、六日、七日は、旧暦の四月八日九日、十日となり、八九十の道-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽
瀧蔵神社大和国城上郡奈良県桜井市瀧蔵600(通行困難な箇所は無いものの、狭小道路が多く対向は非常に困難)(P有)■旧社格村社■祭神[右殿]伊弉册尊[中殿]伊弉諾尊[左殿]速玉命[合祀]毘沙門天疱瘡神「與喜山」から連なる「瀧蔵山」山中に鎮座する社。標高は430mほど。一帯が長谷寺に奪われてからはその影響が強く、式内社となっていないのはそのせいでしょうか。◎創建年代は不詳。延喜二十年(921年)の神階授与があることから、それ以前からの鎮座であることが窺えます。◎
生まれも育ちも奈良県のみくるです。奈良県桜井市の「大神神社(おおみわじんじゃ)」には何度も参拝していたのに、今回あらためて調べてみて、驚いたことがあります。それは、「三輪山には、古代から信仰の対象とされてきた磐座が三段階に分かれて存在する」ということです。三輪山には山頂に「奥津(おきつ)磐座」、中腹に「中津(なかつ)磐座」、山麓に「辺津(へつ)磐座」と称する磐座があり、それぞれに大物主大神、大己貴神、少彦名神が祀られていると古い縁起書に記されているそうです。磐座は神様をお招きして祭りを行
2025.05.03人混みが苦手な我が家は毎年GWはのんびりして、他で連休とって遊びに行くんだけど今年は、ふと思い立ち思い立ったまま、京都へ日帰り旅昔はよく行ってた京都けど最近はインバウンド関連でどこに行っても、平日に行ったとしても多そうで…避けてたんだけどある本を読んでいる中で出雲大社も伊勢神宮と同じように今の場所ではなく、元々お祀りされていた神社があるということを知りその神社のことを見てみると京都でも街中から一つ山を挟んだ「亀岡」にあることを
前回のお話はこちら『不思議体験シリーズ3隠された磐座天河大辨財天社後編』前回のお話はこちら『隠れた磐座天河大辨財天社前編』鎮魂社手水鎮魂社キラキラ✨天河大辨財天の手水献酒隠れた磐座天河大辨財天社(不思議シリーズの続…ameblo.jp+・+・+2025年3月8日(土)~9日(日)での1泊2日でした。8日の午前中はセミナーを開催し、お昼過ぎから岡山県へ出発。1日目は移動だけで終わるであろうことは分かっていましたので、早めのチェックインを済ませ、翌日に
ネットニュースに、『なんでも鑑定団』で「幻の隕石」が出てくる⁉️なんてのを見つけて、興味津々でオンエアを楽しみにしてたら、やっぱり、すごかったです😆❣️❣️小城(おぎ)隕石🪨備前佐賀藩の支藩である小城藩鍋島家おー、佐賀藩鍋島家と言えば保江邦夫先生が、佐賀藩のことを、いろいろおっしゃっていました。当主が大変頭がよい方だったこと。昔、長崎を押さえていたので、外国に唯一門戸を開いていたので、香港、琉球とかの貿易で豊富な資金を持ち、最先端の情報や技術を取り入れていたこと。
かなまろんですブログにお越しくださってありがとうございます授業も終わった7月末お参り旅で京都に行ってきました前回の続きです『779しゃくねつ京都旅2~伏見稲荷大社~』かなまろんですブログにお越しくださってありがとうございます授業も終わった7月末お参り旅で京都に行ってきましたお盆休みですることがないとかえってボンヤリ…ameblo.jp東寺で毎朝おこなわれる生身供に参加したくて東寺近くのお宿に泊まりお参り三昧してきました1
伏姫籠穴:千葉県南房総市合戸平館天神社:千葉県南房総市千倉町平舘292前二稿では古代神話に連なる安房の開拓神について書いてみたが、番外編として少し毛色の変わった聖地を紹介したい。一つは物語上の聖地、もう一つは神話以前から存在したと思われる聖地だ。創作上の聖地は伏姫籠穴という。最初、房総半島に龍穴が存在するのかと色めき立ったが、こちらは「籠穴」である。曲亭馬琴の戯作「南総里見八犬伝」の冒頭には、この洞窟が登場する。その部分のあらすじを記しておこう。物語は、結城の戦いに敗れた若武者里見義実(
こんにちは。いつもとなりのかがわさんをお読みくださり、ありがとうございます。朝は穏やかでしたが、午後から気温が上がり、少し強い風が吹いてきました。週末から続く良いお天気で、今日も雨の心配はなさそうです。マルナカの紙クーポン昨日マルナカへ行った際、「5%OFF」のクーポンを使おうとしたら店員さんは怪訝な顔。「あれ?期限が過ぎていた?」「いや、これは、このお店では使えないんですよ…」わあ、間違った、屋島の3店舗って書いてある!「すみませんでした…」「いえいえ、このクー
いきなりですがTVのニュースを見ていたらどうやら梅雨明けしたみたいですね毎日毎日暑い日が続いているので職場も家も冷房がフル稼働中てか、年々暑さが増してるの実感する。。その内、マジで気温50℃とか、海外みたくなるんちゃうかな死んじまうあっこんばんわ味醂です{出かけるのは早朝が良きですな。。さて、前回の続きここは岡山県玉野市🗾天空の鳥居から車で移動やって来たのは多分、この道で合ってる筈あっ見えてきました注連石何となく葛城っぽいそんな細い道を進ん
1月31日、土曜日。少し時期が早いかと思いましたが、宍粟市にあるコヤスの社庭園へバイカオウレンの開花状況を見に行ってみました。その前に先に食事を済ませておこうと「ご飯とちょっと三杯渡邉」へ行くことにしました。今回初めて行くお店です。道中、巖石神社に寄り道。急な階段を登った先には、社殿がありその背後には、10mもの巨大な磐座が聳え立ち、社殿を守護するように夫婦ヒノキ(左)とスギ(右)が控えています。何度か見に来た事がありますが、いつ見ても、その迫力
◆「大神神社史」より~16【大神神社の鎭座6】今回は「祭神」の第五回目として書かれている、三輪氏(大神氏)について。私自身もこの氏族について考えるようになったのはごく最近のこと。この氏族についての論及があまり多くはないことが原因かと。大和の古族であり名族でも。にもかかわらず祭祀に特化していたためか、或いは奈良時代頃より主だった政治的実績に乏しいためか。それとも…原始の様子が不鮮明であるためか…。ところが近年は纏向地方の発掘調査の進展が目覚ましく、また鈴木正信氏等が精力的にこの氏
早瀧比咩神社:岡山県玉野市滝773・774穴門山神社:岡山県倉敷市真備町妹895こと磐座については「汲めども尽きぬ」といった形容に相応しい地域の一つが備州である。地質の関係もあるだろうが、これだけ広域に様々な形状の磐座が多数分布する地域は珍しいのではないか。当地は大和朝廷成立以前の四大王権の一角であり、古墳も数多い。巨石を巡る祭祀も一様ではなく、さまざまに営まれていたと思われる。本稿では神社を二社紹介するがいずれも巨大な磐座を擁し、その祭祀の源には龍穴との関係が見え隠れしていた。岡山市内か
獅子窟寺:大阪府交野市私市2387星田妙見宮(小松神社):大阪府交野市星田9丁目60天田神社:大阪府交野市私市1丁目30−11先日「日本の道教遺跡を歩く」という本を読んでいて、久しぶりに星田妙見宮の名を目にした。そういえば交野を訪れてから早や六年近くになる。大阪での会合が日曜の夕方にあって前乗りで行けるところはないかと探していたのだ。当地は物部氏の祖、饒速日尊のお膝元であり、一帯には磐座も多い。当時撮った写真を眺めながら関連することを調べていくと新たな興味が湧いてきた。枚方といえば「ひら
こんにちは、イマココです。関西中心に神社巡りをしています。奈良の神社が続いていましたが、今日は初めて地元県の神社さんのお話です。越木岩神社越木岩神社(こしきいわじんじゃ)の鳥居をくぐると、その境内は山手の住宅街にあるとは思えない自然のエネルギーが感じられます。境内に天然記念物・越木岩神社社叢林があるのもありますが、なんといっても奥にある磐座(いわくら)のエネルギーが特別なんだと思います。御本殿のご祭神はえびす様として親しまれている『蛭子大神(ひるこおおかみ)
伊勢山皇大神宮は、明治三年に神奈川県によって、港を見渡せる丘の上に創建されました。(HPより)現在の本殿は数えて三代目となるもので、平成三十年の秋に竣功しました。(初代は明治四年、二代目は昭和二年の竣功、三年の遷座)この本殿は、平成二十五年の秋まで伊勢の神宮において、内宮の西宝殿として用いられていました(HPより)奈良県の三輪明神大神神社の御分霊です。通常見られるような社殿は設けず、磐座と呼ばれる古代の祭祀場を再現しております。令和6年3月に境内整備を行い、新たに三ツ鳥居を建てまし
『八ヶ岳南麓の自然豊かな清緑の地に鎮座する身曾岐神社へ参拝に』『禊の滝行の場で有名な九頭龍の滝へ』少し間が開きましたが『東京檜原村最西の社★九頭龍神社へ参拝に』『瓊瓊杵尊の母神様が祀られている母の白滝神社へ参拝に』『富士…ameblo.jp上記からの続きです。身曾岐神社から大滝神社に向かうまでの道沿いにあった磐座車の中から写したので綺麗には撮れてないけど。神共石と言うらしい。北杜市小淵沢に鎮座する大滝神社へ今回の冨士山周辺の女神様を巡るスピツアーで最後にご挨拶をさせて頂く
旅に出ました2025年9月28日から30日までの2泊3日、島根県に行きました。旅の2日目の、一社目は、広島県山県郡北広島町の龍山八幡神社でした。二社目は、島根県邑智郡(おおちぐん)邑南町(おおなんちょう)岩屋に鎮座されます志都岩屋神社(しずのいわやじんじゃ)数年前から行きたかった神社です。島根県と広島県の県境に近い内陸なので、なかなか行けませんでした。ついでに立ち寄るんじゃなく、行く覚悟をして、今回はやっと参拝できました。グーグルナビの案内では、狭い坂道を登って
今日も暑い必死に稼働しとる古びた冷房に1日までどうか頑張って動いてくれと喝を入れております・・・そう。冷房が限界で買い替えたのですが設置が1か月待ちでやっと1日にしてくれるそうな今止まったら死人が出るあっこんばんわ味醂です{まだ逝くわけにはゆかぬ!!さて、前回の続きコチラは玉比咩神社(たまひめじんじゃ)の奥宮にあたる臥龍稲荷神社(がりゅういなりじんじゃ)鳥居大概暑いから、もう帰ろうと思ったのですが次、いつ来れるか分からんのに見過ごすわけに
神様が依りつくものを依代(よりしろ)という。木の場合・・・ご神木(しんぼく)、神籬(ひもろぎ)岩の場合・・・磐座(いわくら)、磐境(いわさか)山の場合・・・神体山(しんたいざん)、神奈備(かんなび)※神奈備は山に限らず、島や岬も含め、神様の鎮まる場所すべてを総称していう。昔々は、お祭りのときには、そういった木や岩、山などに祭壇を設けて神様をお迎えし、終わると神様をお送りしました。その祭壇が、臨時の建物に変化します。その建物は、かつてはお祭りごとに撤去されていましたが、や
▼著作権フリーの画像法弁の読経が続きました。大王(てんち)崩御と、大海人皇子へ連絡が届きました。大友皇子「叔父が兵を出して、吉野から襲ってくる」と言って、焦りました。連絡はハリマのもとへ届きました。猿田「きっと大赦があるにちがいまい」ハリマ「そんなに甘くない。この里の神々の災いはまだ続く」ハリマは磐座のところへいました。やがて、マリモが脇に来ました。「この国へ来た時を思い返していました。たった一つの影を思い求めている自分を・・・」2人は抱き合いました。蘇我果安たちが「犬
2025年4月24日~26日、京都府北部と滋賀県で神社巡りしました。今回は、籠神社の奥宮編です。①陸の奥宮:眞名井神社②海の奥宮:冠島&沓島をご紹介します。「元伊勢」(4)①眞名井神社まないじんじゃ眞名井神社の歴史は神代まで遡ります。籠神社の宮司=海部家の祖先である彦火明命(ひこほあかりのみこと)が、籠神社の海の奥宮である冠島に降臨。その後、当地に眞名井神社(=匏宮よさのみや)を立て、豊受大神を祀ったのが始まりといわれています。by宮津市役所◇鎮座地:京都府宮津
令和8年3月春彼岸施餓鬼法要配布資料【往生院六萬寺の歴史】「岩瀧山」の磐座と河内「六萬寺」について近年、往生院六萬寺の歴史について再調査研究していく中で、色々な新しい発見がありました。その一つに、お寺の山号である「岩瀧山」(いわたきさん)の山頂には、複数群の「磐座」(いわくら)があり、その東の背後にある三間石山(夫婦岩)とともに、古代祭祀の遺跡であることが分かってきました。その創祀は、今から2185年ほど前、紀元前160年頃に、出雲王国・出雲族の移動に伴うものであったことが考えら