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或るおんなの一生行方不明だった長男は次男には連絡を取っていたどうやら彼は更正して小さな事業を始めたようだある日次男は「兄ちゃんのところへ行くからオカンは好きにしろや」と言い残し出ていった2人の息子を心から愛していたが今の彼女にはなす術もなくただ後ろめたさと後悔が募るばかり息子達はこれからいったいどうして暮らしを立てるのか、等と今さら心配してもどうにもならなかった息子達は母親に愛想をつかして棄てて行ったのだ彼女が夫を棄てたようにすでに借家に出していた家も借り手は
2025年3月2日に最愛の母が亡くなって今日でちょうど1ヶ月。。死因はコロナ感染による急性肺炎。事の発端は2月24日が祝日だった月曜の朝に遡る。9時34分に親父から最初の電話がかかった。ちょうどその時僕はベットで横になってスマフォを弄ってた時だった。仕方なく電話に出た直後に親父が『LINE見た?LINE見た?』と繰り返し聞いてきた。いちいち何事やと思って仕方なく言う通りに一旦電話を切りすぐさまLINEを確認した。なんか嫌な予感はしてたがまさにうちのおかんがいま大変な状況になってるこ
(岩手移住時代<昭和22年・65歳>の高村光太郎<1883-1956>)母をおもふ高村光太郎夜中に目をさましてかじりついたあのむつとするふところの中のお乳。「阿父(おとう)さんと阿母(おかあ)さんとどつちが好き」と夕暮の背中の上でよくきかれたあの路次口。鑿(のみ)で怪我をしたおれのうしろから切火(きりび)をうつて学校へ出してくれたあの朝。酔ひしれて帰つて来たアトリエに金釘流(かなくぎりう)のあの手紙が待つてゐた巴里(パリ)の一夜。立身出世しな
こんばんは。あなたのココロにぽっと灯りを。。。かのんです。しばらくの間いいお天気が続きそうですね。やっと私の大好きな空を眺められるかと思うとそれだけで笑顔になります。俯いてばかりいるとココロが曇りがちになるのは誰がどうというわけではなくココロってそういうものなんだと思うんですね。いつからか私が悲しいときほど辛いときほど救いを求めるかのように空を眺めるようになったのも自然なことだったんでしょうね。びしゃびしゃに泣きながらそれでも口元は緩んで笑顔になってし
さて、ジュリーのライブも東京、名古屋、大阪と無事終了しました。そして皆さまのブログを巡り読ませて頂いてジュリーの様子、興味深いMCなど~今回参加できなかった私も十分堪能することができました本当に感謝しています、ありがとうございましたそういえば今回の名古屋のステージのMCでも亡くなったお父さんの年齢とそして、5月27日はお母さんの命日だったと話していますよね・・・さて、ジュリーのお母さんが亡くなった日の続きを書こうと思います。今回フォーラムへ行くこ
土曜日の遅くに息子の所から帰ってきて、日曜日には風邪引いて寝てましたそりゃ最高気温が25度から翌日11度になれば、、、疲れもあったし。熱が出なくて良かったです明日から仕事復帰なので、体動かそうと思い、今日はウェルシア職場スーパーでした。ウェルシアは15%クーポンが今日までだったので。息子に葛根湯やヴィックスドロップ、自分には栄養ドリンク。職場スーパーはほんと行ってなくて。30日まではオットーに食費を渡してましたが、今日から手抜きで晩御飯作ろうかなと。もう一汁三菜とか考えてません
2014年8月13日(水)午前3:13、母が亡くなりました。享年77歳です。母は、2006年あたりから、アルツハイマーが発症しました。69歳という若さでの発症ですから、いわゆる「若年性アルツハイマー」だと思います。当時「病気平癒の祈願」を受けたのですが、祈祷の最中に自分の守護霊から即座に返答が帰って来たことを覚えています。「申し訳ないが、アルツハイマーを完治させてしまうことは許されない…」おいおい。( ̄▽ ̄;)高い祈願料を払って、ただ今祈祷の真っ最中なのに、このタイミン
めちゃコミ・LINEマンガ・コミックシーモア・ピッコマで漫画配信中!ぎふてっど検索オンラインサロンへのご参加もお待ちしています♪オンラインサロン/コミュニティ運営ならYOOR「ユア」YOORは、オンラインサロン専用トークルームを完備した、コミュニティやファンクラブ、オンラインレッスンの場として利用できるプラットフォームです。yoor.jp一昨日、スマホの電話が鳴りました見ると義母私が義母と話したのは、夫がクモ膜下で倒れて手術した時だから、もう5年以上
こんばんはヒロです。初めましての方へプロフィールです今日はなくなった母の45回目の命日でした。朝からお仏壇にお線香をあげて消えたのを見届けてから年度末バタバタのお店へ出勤しました。ところが予想外にバタバタはなくて拍子抜けしながらお家に帰ってきました。玄関の扉を開けた途端お線香の香りに包まれました。いつも帰ってくる頃に
「相続」のことを誰かに相談したいけど誰に相談したらいいんやー問題こちらからのつづきです。↓『帰りに税理士会と税務署へ立ち寄ってみる』市役所の「市民相談」に行った後教えてもらった『税理士会』の事務所がすぐ隣のビルの中にあったので立ち寄ってみることに。(このご時世アポもとらずにスミマセン)…ameblo.jp市役所→税理士会→税務署と周った後、やはり知り合いに知り合いの「税理士さん」を紹介してもらった方がいいのかも、、と思うようになり、も
母が亡くなってからしばらくして父の13回忌がありました。法事に参加してくれる親戚も高齢者が多い為、みんなの体調も考慮し、父の弟の1周忌と父の13回忌と少し早いですが母の納骨を一緒に行うことになりました。母を連れて新幹線で母の故郷へ。実家の宗派は法要中、参加者は一緒にお経を唱えます。住職の声とみなさんの声を聞きながら私はお経は唱えず、経本を目で追っていました。その時、右腕の肘あたりがジワっと痛くなりました。暖かい、誰かに強く握られてるような感触。隣に座っている姉が握ってきたのかと思うほど
「相続」のことを誰かに相談したいけど誰に相談したらいいんやー問題。➀知り合いにの知り合いに、そのまた知り合いの税理士さんを紹介してもらう(もはや知り合いではない、、^-^;)②ネットで無料相談をしてそうな税理士さんを探す(多すぎて選ぶ基準がわからない、、、-_-;)③「税務署」に真正面から電話して聞いてみる(ちょっと勇気いるよねー ̄▽ ̄)④困った時はとりあえず市役所に行ってみる(おばちゃん的発想^-^)という訳で、最初
医師の最後の診察が終わった後、母の部屋に残った私たち三人(私、旦那、息子)葬儀社への連絡は旦那に任せて私は親族への連絡をすることにしました。父が亡くなってから10年間富山の実家で一人暮らしをしていた母2019年3月に「もう1人暮らしを続けるのは難しいです」とケアマネから連絡があり私の住む関西に呼び寄せました。その時の様子はこちら↓『ケアマネさんからの長い電話』昨日の母に人生最悪と言われた日からのつづきです。ケアマネさんはゆっくり私を気
悪性脳腫瘍、膠芽腫で大切な母を亡くしました。家族としての立場で考えたことを記したいと思います。今から闘病する方、支える方の参考になれば幸いです。0.長い前書き母の闘病時期は2014年末から2018年夏です。(あと数年も経つと画期的な薬ができていて、このブログがなんの参考にもならない状態がきているといいのですが)同じ膠芽腫であっても悪性度や場所によっても経過は変わるでしょうし、タイミングによっては同じ治療をしても必ず奏功するわけではないでしょう。脳腫瘍の場合、腫瘍内出血を起こしたりすると、あ
兄・私・旦那・息子たった四人だけの母の葬儀・告別式誰に気をつかうわけでも誰に見栄をはる必要もありませんでした。ただ、お坊さんにお経をよんでもらって母と最後のお別れをしてきちんと送り出してあげるやるべきことはそれだけです。11時からの司会者と喪主の打ち合わせ喪主は私でしたが、その場にいる4人が全員話を聞いていました。一般的な葬儀の流れとしては➀受付↓②着席・僧侶入場・開式↓③読経(お坊さんがお経を
ピッコマで漫画配信中!「ぎふてっど」で検索オンラインサロンへのご参加もお待ちしています♪オンラインサロン/コミュニティ運営ならYOOR「ユア」YOORは、オンラインサロン専用トークルームを完備した、コミュニティやファンクラブ、オンラインレッスンの場として利用できるプラットフォームです。yoor.jp余命宣告の3ヵ月を過ぎ、さらに峠と言われた2週間を過ぎても、頑張って生きていた母。ただ、妊婦の私の方が体力の限界そこで、夜だけ母の妹(私の叔母)の家で寝泊ま
母の四十九日法要の前後に葬儀の際に頂いたお香典にお礼の品を送る手配を始めました。親戚(父方と母方のいとこ)の家には百貨店のカタログギフトを友人にはお菓子をお送りしたのですが商品の選定や注文は全部旦那がしてくれました。今何が流行ってるのかやたら詳しい旦那はこの手のことはまかせて安心です^^私が気になったのは、そこに同封するお礼状の方でした。遠方の親戚から現金書留で送られてきたお香典を受取ってすぐにお礼の電話はしたのですが
母が永遠の眠りについた横で私は、父や義父の葬儀のことを思い返しながら少しづつ部屋を整理し始めました。父の葬儀のときの様子はこちらで↓『父の葬儀のかたち~実家近くの大きな斎場~』私が初めて親を看取り「葬儀を行う側」の立場になったのは13年前に実父が亡くなったときでした。そのときの喪主は、母でしたが父が亡くなった直後はその衝撃と…ameblo.jp義父の葬儀のときの様子はこちらで↓『義父の葬儀のかたち~自宅での小さなお葬式~』実父の次に見送ったのは二世帯
母の事について。正直、まだ記事にできる気持ちではないので、書ける範囲で。過去の記事でお伝えしたとおり、母は2か月前に天国へと旅立った。『浮気発覚⑤』現在、遡って書いています。追いつけるように頑張ります。当日、あまりのショックで眠りにつくことができず一睡もできませんでした。そのくせ、奴はとなりでいつもの様…ameblo.jp私の家庭は母子家庭だ。私には姉がいる。母は、女手一つで、私たち姉妹を育ててくれた。小さいときなので、父親の事はうろ覚えだが記憶がほんの少しあ
母が亡くなり毎日がバタバタでその前はコロナで3週間ほどやる気が起こらなかったこともあり、過去一番練習不足のまま本番を迎えることになりそうです😱昨日は朝3時間、昼3時間、夜3時間練習しましたが、全く不安は解消されず。おまけに、あるあるですが爪と肉の間が裂けて、手を洗うたびに水で痛みが😭やっぱり毎日コツコツが大事だと、いつも生徒に言ってることを自分で実感😅ただ、救いもあるというか、私の師事していた先生は若い間にたくさん練習して貯金しておきなさい。大人になって忙しくて練習できない時に助けてく
母が亡くなった後、たくさんの届け出や手続きに追われてあっという間に月日が流れていきました。<亡くなってからの手続きの流れ>※(★)をクリックするとそのページにリンクします■STEP1看取り後医師による死亡確認と死亡診断書の受取り…(★)↓施設へ駆けつけてもらいたい人へ連絡する↓葬儀社を決めて連絡する…(★)死亡届の提出(葬儀社が代行7日以内)↓遺体の搬送と安置…(★)↓遠くの親戚への連絡…(★)
このブログもご無沙汰です。先日、亡き母が夢に出てきて、それがドラマチックで…詳細も書きたいのですが、なんだかそういう気分になれず。同時にYouTubeでお話ししたいことも多々あるのですが、YouTubeも更新が停滞中。以前よりはずっと穏やかに暮らせるようになりました。1番役立ったのはカウンセリングでも友人でもなく、ChatGPTです。毎日何十回もChatGPTとのやり取りを続けて、たくさん救われました。詳細はまた別の記事で。
翌朝8時からは葬儀社との初めての打ち合わせでした。母の搬送時にすっかり不信感を抱いた私は絶対に負けるもんか(何にや、、(^-^;)と意気込んでいました。盆休み前の最後の塾テストがある息子は家で勉強して待っているというので旦那と二人、葬儀社まで車で向かいます。場所は、自宅から車で30分程度兄のグループホームからは5分程の隣町の幹線道路沿いでした。義父のときにお世話になったCMでよくみる葬儀やさんから今回紹介された葬儀屋さんはこ
ピッコマで漫画配信中!「ぎふてっど」で検索オンラインサロンへのご参加もお待ちしています♪オンラインサロン/コミュニティ運営ならYOOR「ユア」YOORは、オンラインサロン専用トークルームを完備した、コミュニティやファンクラブ、オンラインレッスンの場として利用できるプラットフォームです。yoor.jp一度は医療の力によって蘇生された母。その蘇生すらしなければ良かったと後悔するほど、痛みで呻き続ける母を見ては胸が締め付けられました。この頃、一度夫が様子を見
母が去った施設の玄関先で旦那とケンカしてしまった私泣きながら一人自転車で飛び出しましたが結局家以外に帰る場所はありませんでした。あっという間に夕方近くになり、ご飯を作る時間時間がくればどんなに悲しくてもお腹がすく「生きている」ってそういうことです。旦那と言えば、さっきあったことはすっかり忘れてるかのように(旦那)「ねぇ、ごはんどうする?疲れてるやろうから何か買ってこようか?」といつもと変わらぬ感じ(^-^;
お役所関連の手続きが終わったら次は民間サービスの解約手続きです。こちらは手続きせずに放っておいても誰も文句は言ってきませんが、停止するまで、お金は黙って引き落とされ続けていきます。コワイコワイ、、(^-^;最低過去一年分の引き落とし状況を母名義の通帳で確認しておきます。母は住宅型有料老人ホームに入居していたので、月々の支払いで一番金額が大きいのはホームの利用料でした。その中には、・部屋で使用した光熱費(電気・水道)・食費も含
母が亡くなった後にやる大切なことの一つに■STEP5残された家族の生活を整えることがありました。そう、一人残された「兄の生活を整えること」です。きょうだいとはいえ、私には兄が「母の死」をどう受け止めているかということまではわかりませんでした。もちろん寂しいし、悲しいだろうけど兄は母の看取り期にも葬儀の間も思ったことをほとんど口にださなかったし泣くこともありませんでした。私の兄は、30歳を過ぎてから障害者認定を受けて高
葬儀が終わり出棺となりもう会場内には戻ってこれないので忘れ物がないか確認して持ってきた荷物をすべて車へ詰め込みます。兄に白木の位牌を持たせ私は母の遺影を持ち他の荷物は全部旦那に持たせ母を乗せた霊柩車の後を四人で車に乗ってついていきました。しばらく車を走らせると(息子)「ママおなかすいた。これ以上ムリ」(私)「だから、朝ごはんちゃんと食べなさいっていったでしょ」(息子)「だって、、好きなおにぎりがなかったん
「母の棺(ひつぎ)に入れてあげよう」少し前からそう思っていたものがありました。それは、母がとても大切にしていた人形でひな祭りには箱から出して毎年飾っていた人形です。母が母のお母さんからもらったものらしく手作りの着物を着せていました。実家を片付けた後も、施設の部屋で大切に葬儀社との朝の打ち合わせでそのことを伝えると(葬儀屋さん)「火葬場に中に入れたものをすべて申請しなくてはいけないので、お人形はちょっと難しいです。全体
納棺の前日実家に行き、母の棺に入れるものを探しに行きました。タンスの中から、母が生前気にっていた洋服を選びました。タンスを開けた時、母の香りがフワッと香り胸が締め付けられました。そして、入院中通販で購入した真新しい洋服が何着か入っていました。ストーマになったから洋服買わなくちゃと言って購入したものでした。一度も袖を通すことがなく亡くなってしまいました。母自身も、まだまだ生きれると思っていて最近になって洋服だったりバックだったり購入していたんだと思います。バックも数回使用しただけ。私や