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アイビーブログ読者の皆さまへアイビーの娘です。今年4月21日14時22分、母が空へと旅立ちました。個別に連絡できた方もいたのですが、やはりブログでしっかりとご報告しなければと思い、四九日でひと段落したこのタイミングでお知らせいたします。母を心配してくださっていた方々には、ご報告が遅れてしまい申し訳ない気持ちです…。何度も下書きをしていたのですが、何を書けばいいのか気持ちがまとまらず、結局こんなに時間が経ってしまいました。母は亡くなる直前、抗がん剤の影響でほとんど食べることがで
亡き母との最後のお別れ2011年、母が54歳で亡くなった。膵臓がんだった。両親は離婚しており、父親は音信不通。私はすぐに葬儀の段取りをし通夜を終え、いよいよ告別式の日が訪れる。その日は晴れ渡り、世間はクリスマスイブという明るい雰囲気に包まれていた。しかし、我が家では静かな空気の中で母との最後の別れが静かに、そしてあっけなく迫っていた。心の中では、告別式という現実をどう受け入れてよいのか、わからなかった。お別れの時が来ること自体が、信じられなかったし、どこかでその時が来てほしく
昨日ふと、母が作り置きしてくれていたおかずを母のそばで食べていた、なんでもなかったその時間の記憶が蘇り、懐かしくなりました。卵焼き、生姜焼き、おでんの残り。ご馳走なんかなくていい。食卓を囲んでなんでもない話をしながら普通にただ過ごすだけ。一緒にそばでテレビを見てるだけ。新聞を広げる母のそばで私は携帯触ってるだけ。コーヒー飲む?と母がコーヒーを淹れてくれ、一緒にお菓子を食べたり。あの普通の時間がどれほど幸せだったかなんて、母が生きてくれていた時は気づくことができなかった。でも
気づけばあっという間に月日が経ち最後にブログを書いてから1ヶ月も空いてしまいました頑張って続きを書こうとは思うのですがなかなか筆が進まないというかキーボードが叩けないというのも、これから先の話は母が死に向かっていく内容なので正直思い出すのがとても辛くて当時の私の選択は間違っていたのではあの時、ああしていれば母はまだ生きていたかもそんな気持ちと、在宅
ずっとやりたいと思っていること。「娘」の気持ち。母を想う気持ち。《母を亡くした娘たちのコミュニティ》「お母さんを亡くした」って話ができる(それが“誰かの共感”になる)子どもや夫の話じゃなくて、「私の悲しみ」「私の生活」を語れる“独身で一人”だからこそ、誰にも代わってもらえなかった現実をわかってくれる「元気出して」って言われなくていいただ話して、ただ聞いて、「わかる」って言い合える場所オンラインだけでつながる場所。顔出し不要。聞いているだけでも発言してもいい。誰からも
3月26日水曜の昼頃に朝日生命の担当の方から電話がかかり明日にての給付金の払込みのお知らせを受けた。振込額も伝えられたのであとは通帳記入して確かめるだけだがいつにしようか迷っていた💦今日31日月曜は定時で仕事が終わったので帰り際にゆうちょ銀行に寄り通帳記入してきた。☝️通帳記入してみると確かに3月27日付けで母の個人年金保険による死亡給付金3,832,173円が私の元へ入金された。帰宅すると朝日生命から保険金の明細書が届いていて振込み金額が一致してる事を確認👀入金までのいきさつを簡単に
ねる「てち…」てちもまたみんなと同じように死のうとした、私から離れようとした、、それは私に対して裏切り行為なのに…でも私はてちに梨加ちゃんを殺させようとした私もてちを何度も殺しかけた私も裏切っているのと同じ事をしている…ねる「私は何がしたいんだろうね…」ねるは本当は自分がどうしたいのかわからなくなっていたねるの行動は心の歪みと同様にグチャグチャだったねるは自分でも気づかないうちに、平手以上に強い依存を平手に向けていたのだ。ねる「てち…てち…」ねるは徐ろに立ち上がると平手に
恐らく明日のレッスンを気にしていただいているのだろうとm(__)m突然母が他界いたしました2026年1月3日2時19分本当に突然過ぎて心の準備ができておらずもう人間やっていく自信ないレベルの出来事でしたが、、通夜葬儀火葬まで滞りなく終える事ができました。。明日レッスンする自信がなく夕方スタジオで確認してみました。。泣いてしまうかなと思ったけど大丈夫でした。。母親が生きていたら明日仕事頑張れ!!と、言うだろう。。母の事はまた改めて語らせてください明
小林政広監督による日本のドラマ映画。出演は小林優斗、柄本時生、田中隆三。<あらすじ>母子家庭の少年・亮は病弱の母を抱えながら自身の生活さえままならない日々を送っている。バイト先での万引きが発覚してクビになり、母の死もひとりひっそりと海へ葬るしか術がなかった。そんななか父との再会を決心しひとり東京へ向かうが、亮を待っていた現実とは…。<雑感>母が死んで途方に暮れた少年が父を頼るものの、父もそれほど頼りにならないとわかって、完全に詰んでしまう。そのあと父子が抱き合うシーン
こんにちはメープルです。母が亡くなる1ケ月くらい前の話。この先どうなるんだろう?とずっと思っていました。母の介護・同居いていた時。無職?⇒仕事をやめたくてたまらないけど無職になるのは怖い。独身⇒これは自分の選択なのでOK介護⇒ガン闘病だけど、老化現象も伴って、1日中、何かと母の世話をすることはある…。自分ってどうなるんだろう?という将来の不安と、「介護同居している自分」とは何なのかというアイデンティティ喪失のような感じでした。早く自由になりた
早いといっても、イロイロだと思いますが…少なくとも自分が想像してた年齢より、ずっと早くに母を亡くしたと思っています。母:74歳私:42歳母は75歳の誕生日を迎える2ケ月前でした。こんなに早く…という気持ばかりで、余計後悔も大きいです。後期高齢者になったら…という話もよくしていたので。きっと私の中で想像していた年齢は自分が50代後半で、母が80代後半くらいで「終わり」を迎えるんじゃないかなぁと。それなら、ある意味、仕方ないと思えていたかも…と思ったから。
頭のおかしい人としか付き合いたくない!魂の奇人変人狂人(笑)の井上祐宏であります\(^o^)/さてさて、ついに年の瀬!今朝、私、初めて茅野倫理法人会の朝の講話に参加して参りました!わが盟友!同志!中山繁雄さんの晴れの舞台に馳せ参じないわけにはいかない!との思いで、昨晩30日に埼玉県の自宅から車を走らせた私は、ふと、その途中で我が魂友・長谷川ひろ子監督の自宅に乱入することを思いつき、電話をしてみたところ、快諾!(笑)そこで展開した笑えるドラマについては、またの機会に!そして諏訪の