ブログ記事13,085件
立ち尽くしている私に、医師が「多分、もう、無理だと思いますが、救命救急センターに再搬送して、開頭手術をしますので、一旦、待合室に行って救急車が来るまで待ってて下さい。」待合室には、近所の老人達が談笑していたり、親子連れだったり、大勢の人がいました。周りの声が遠くなり、頭も身体もグルグル回っているような、フワフワ浮いているような不思議な感覚に陥り、何が何だか分からない状況の中、端の方で立っていました。何をすればいい?夫は死んでしまうの?これからどうすればいい?なんなの?現実なの?もうダメって
朝。目覚めました。まだまだ娘が夜中に起きる時期。こんなに深く眠れたのは久々ですっきりと目覚めました6時半まではお水を飲んで良いと。そこから8時までは待機です待機していると麻酔科の先生がきました。若い女性。…手が震えてる!術前の説明に来たのですが、紙を持つ手が震えてます。怖いやんけなるべく緊張をほぐそうと、笑顔で話しましたが彼女の紙を持つ手は止まりません。震えが止まらないまま、去りました。あの人やだなー時間がきました。(お腹減った。)手術着になり、待っていると看護
負の感情にどん底まで浸ればあとは這い上がるだけ。生まれてから縁のある数字がある。初診から検査日、部屋番号、そして今日もその数字だった。手術室へ行く前の家族への電話は10分間もらえたので、意外とゆっくり話せた。点滴台を引きながら、手術室へ向かう。処刑日までカウントダウンをするような気持ちでいたけれど、取り乱すことはなかった。手術室に入ると今日はよろしくお願いします主治医が一礼をした。優しい眼差しで緊張してる?大丈夫だよ瞳の奥にある穏やかさに、肩の力が抜けた
見送ってきました。今日は手術の件数が多いみたいで手術室の前でいろんな家族が「いってらっしゃい」とか「がんばってね」とか一言伝えてから手術室に入っていく中旦那は迷いなく手術室に入っていこうとするので看護士さんも「えっ」って反応してました。「ちょっとー!何か一言ないの?」ときくと「どうせ寝てるうちに終わるんだからー」と少し笑って行ってしまいました。
ついにこの日が来た!!!!!朝から、今度は下痢ピーピーが始まり、お腹も痛いし手術までトイレとベッドの往復を何回したのだろう。結局、手術室にいくギリギリまでトイレにいるっていう、なんとも緊張感のないスタートだった。そして、手術室につき旦那としばしのお別れ。。。そして、記憶がなくなり起きたら病室。。。先生が言うには、首から栄養点滴ができるポートを作った。お腹の中のがんは思っていたほどの広がりではなかったが、大腸もがんになっていた。下痢はこの大腸癌からくるものだろう。。。で、お腹から直
今回は手術の体験談を書いていきます。が、中には何も知らないまま手術を受けたほうが怖くないタイプの方もいると思うので、知りたくなければ今回のは読み飛ばしてもらったほうがいいと思います。かくいう私もよくわからないまま受けたから乗り越えられた部分もありますでも「いや、できるだけ予測が立ってたほうが怖くない!」という方もいらっしゃると思うので、覚えているかぎり詳しく書いていこうと思います。手術室に入るとスタッフの方が3人くらいと、大高先生。部屋には有線放送なのか、普通のJ-POPみ
2024.4.26(金)手術当日消灯してからすぐ寝たものの、看護師さんが1~2時間ごとに入ってくる度に目が覚めてしまいました⋯朝6時頃に「点滴入れますね~」と言われたのでびっくり👀お昼前に入れると言われていたので心の準備をしておらず、先にトイレに行かせてもらいました💨(いよいよ自由がきかなくなる(°_°;))太めの針を入れられたので少し痛い💦(苦手)手術時間は13時頃の予定ですが、前の方が終わり次第になるとのこと点滴を入れられてからいよいよ病人じみてしまった(´・ω・
無事手術終わりました!!投稿出来るぐらい元気です昨日のことから少し昨日16:00手術の時に行われるセンチネルリンパ節生検のための事前注射💉少しでも痛み緩和のために冷やしてくれましたが…(多分時間が短い、耳のピアス開けるときみたいに、キンキンに冷やしてもらえばマシだったかも)全く効果なし💦💦痛みに耐えれず足バタバタベットの上で乳腺外科の女医さんが注射してくれたんやけど、👩⚕️女医さんほんとにみなさんいつもすごい痛そうで。すごい痛いんやなぁと思ってます。笑顔でいうなぁ!!
ガン告知から2週間後に手術となりました。手術前日に、手術室のスタッフが来て説明を受けました。去年の子宮全摘手術の時も同じ病院だったけど、今回新しく聞かれた事があります。『手術中に音楽を流せますが、流して欲しい曲はありますか?無ければJポップやクラシックなどがありますよ。』え〜そんな事してくれるんだ〜!!って驚きました〜!!だから、迷いなく『BTSが良いです』と答えました。『大丈夫ですよ〜』と了承いただけました少し楽しみ手術の2時間前くらいに、鼻から胃までチューブを
手術2時間前から書けてなかった手術前後のこと。もうとにかく怖くて…ずっと薬師如来様のお守りを握ってました。14時過ぎ、いよいよ看護師さんから声がかかりました。腰痛絶好調で硬膜外麻酔のとき上手く丸まれるかめちゃくちゃ不安…でも行くしかないんだよね。歩いて手術室へ向かう。ご主人もどうぞーと看護師さんに言われて、途中のドアまで主人も一緒に歩く。手術室に入ると、入院前に麻酔の説明をしてくれた看護師さんが笑顔で挨拶してくれた。麻酔科の先生ともう1人看護師さんはなにやら雑談してた。恐々台に寝ると
早いもので…今日で手術からちょうど1ヶ月です。怖い、不安、どうなるんだろう…。あの日々からもう1ヶ月以上。今も更年期症状への恐怖はありますが、それはまた別の機会に。最近は鎮痛剤をまったく飲まない日も。調子が良い日は結構歩き回れるようにもなりました。傷は上の方が時々痛みます。でも想像してたより綺麗な傷痕で医師に感謝🥲ここで少し手術の振り返り…看護師さんと一緒に歩いて手術室へ。ナースステーションで執刀医が真剣な顔でパソコンを見つめていました。病棟は4階でしたが手術室は3階とい
5:40起床。最近は年齢のせいか目覚めるのが早いので通常通り。夜中にいちどトイレに起きましたが、普通に眠れました。スッキリとはいかずともダルくもない、普通の目覚めです。6:00検温・血圧測定。体温も低く、血圧も低い(通常通り)。「あら、低い」と驚く看護師さんに「いつも通りです」と返す。8:00ナースステーション横の処置室でH先生の診察。手術の確認。切り間違いを防ぐため、手術側の手の甲にマジックで印。遠慮がちに小さく、でも綺麗な丸。H先生の優しい人柄や指先の器用さが出
実際の術前状況の続きです。手術当日の朝、当時の主治医〇〇医師(過失医)が病室まで来てくださり、不安そうにしていた母に「退院する頃にはスタスタ歩いて帰れますからね!」と笑顔でお声掛けくださったことを今でも鮮明に覚えています。私としては母がスタスタ歩くほど劇的に良くならなかったとしても、手術することで腰痛が緩和され、何よりも人工透析を避けられるなら・・・と思っていました。しかし、母は「スタスタ歩けるように」という力強い言葉に励まされたようで、私は上機嫌になった母を見て少しほっと
多職種カンファレンスの違和感の続きです。あり得ない〇〇医師(過失医)の言動から、母に対して誠実に治療してくださっているようには思えず、あまりにも無責任ではないか、医療過誤までもなかったことにしようとしているのではないかと悩み、2020年4月13日、私から医療安全推進室に面談を求めました。1月の医療事故から3ヶ月弱が経過していましたが、医療安全推進室からご連絡いただいたことは一度もなく、面談はこの日が初めてでした。私からは主に以下のことをお伝えしました。・多職種カンファレンスで
ゴールデンウィーク明けに予定通り入院しました。入院した日はシャワー浴びたり、歯石を取って貰ったり、麻酔科の説明があったり、センチネル注射したりして夕食まではちょこちょこ予定がありました。センチネル注射ですが胸にするのですがめっちゃ痛い!私は手術より痛かったです😭😭😭注射終わってからも1時間近くは痛みました😭😭😭この時は注射でこんなに痛いんだから明日の手術どうなるの?と思ってました😅手術前日は寝れないと思ってたのですが、思ったより寝れました。朝1番の手術だったので、9時前に手術室に入り
示談までの流れについての説明の続きです。2020年7月21日、医療課の〇〇課長(当時)より示談までの流れについてのご説明を受けた後、医療安全推進室の責任者の〇〇さんに母の医療事故を把握した時期についてご質問させていただきました。「〇〇さん(母)の場合は後になってわかったことなので、だいぶん経ってから。報告自体あがってきたのが時間が経ってからだったので・・・」(私:母の件ですか?)「お母さんの件も他の件も。ちょっと問題があった事例に関しても。」(私:母の手術の日ではない
手術についてです。8月お盆に手術を受けました。コロナで面会ができず、手術前の執刀医と麻酔科の先生からの説明に行った時に見た夫は、入院前からさらに痩せていました説明の際、入院ギリギリまでタバコを吸っていたことや夫のまるで他人事のような感じに、思わず先生も誰の言うのとも聞かないタイプだよね〜と少し笑いながら話せたことで心配が和らぎました手術当日、朝8時半までに来るよう言われました。コロナで待機は1人だけど言われ、夫と一緒に手術室に向かいました。後に聞いたのですが、な
今回の一時帰国は往復共にジェットスター。そして日本帰国便はケアンズ乗り換えでしたジェットスターの国際線搭乗の場合、カウンターは3時間前にオープンするようです。で、今回の乗り換え時間は3時間10分。(チケットはジェットスター公式で取りました。)いくら公式で購入したとはいえ、度々遅延やキャンセルのあるジェットスターコレ、乗り遅れたりしないと少し不安でしたなんせジェットスターの場合、ケアンズ空港で1.出発地からの預け入れ荷物を受け取る2.国内線ターミナルから国際線ターミナルに自
このあたりは、うっすら覚えてます😅呼吸器がついていたこと、その管を抜いたこと、抜いたとき咳き込んだら、頭?に激痛が走り、力が入らなかったこと、、、など、前後バラバラな記憶でしかないです💦面会ですよーと言われ、旦那と両親がICUに入ってくるのが見えました。私は『終わったみたい〰』って思ったくらい『よくがんばったね』旦那が言ったのはわかります。旦那と母が、うるうる(T^T)していた気がするのは、予期せぬ手術だったからでしょうかなにもわからない私は、手術前で時間がとまってい
7月3日朝8時50分手術室へ車椅子で向う。ドキドキしながら手術台の上へ。担当医の先生と握手。力強く握手してくれて、すごいエネルギーをもらった。看護師さんに手を握ってもらい、終始元気をもらいながら、手術が始まった。ドキドキしていたが、看護師さんが心拍安定とのこと手術台の上で胎児の様に丸くなった。麻酔科のベテラン先生が、優しく硬膜外麻酔の説明をしながら背中に注射した。「歯医者さんの麻酔の注射くらいの痛さかな」との説明。チクリと背中に痛みはあったが、歯医者さんより痛くない!「先生最高!歯
オペ室までは車椅子を押してもらいながら到着。入り口で『名前、生年月日、子宮体癌の疑いのための子宮内膜全面掻爬術です。』と言わされました。笑自分で言うとなかなか内容が重い人生3度目の手術室。(帝王切開、子供の骨折の手術、今回)手術台には自分で登り、仰向けになって、あれこれ位置調整。意識も感覚もある中で、下着を脱がされ、足を開いて固定されて、しかも、その足の向こうには研修医さんが2人も見学中。私は緊張してるせいか、肩がすごい上がっていたらしく『緊張してる?肩がす
*記事は2022年5月のものです。小次郎の芸も現在では幅が広がり手で作った「まる」の中に鼻を入れてくるという悶絶するようなかわゆい芸も覚えた。人生に潤い。これ、大事。しかし、柴特有のツンデレが彼にもあり「おいで」をなかなかせず、じれじれと恥じらいを見せたのち様子を見計らってやってくる。そこもまたかわゆいのではあるが、脱走されると2度と会えない危険がまだありそうです。報告終わり。**********************豆柴小次郎がうちに
結局よく眠れずに起床となりましたわたし以外の3人は早産の心配がある人のようでした。出産まで入院しなくてはならないと聞きました。辛すぎますよね‥‥手術は午後からでしたがお昼前には点滴を始めました。夫も来ましたが、特別変わった様子はありません。心配している感じでも無いそれどころか『予定より早く終わるかな?』なんてわたしに聞いて来ました。‥‥知らんがな‥⬆️使い方合ってますか??なんだか予定があるみたいな言い方ですよね?イラッとしたわたしは『もう、何回も説明したけ
求職中の50代もすけです。賃貸一戸建て一人暮らしです。料理と旅行と副業が生きがいです。日々の生活でいい事、ダメな事を記事にしています。読んでくれると励みになります。こんばんは!もすけです。いよいよ手術体験を記事にします。順番が最後の方でしたので2時間ぐらいで僕の順番が来ました。担当看護師さんが2人付きます。手術担当の方と病室担当の方です。手術担当の看護師さんに呼ばれて手術室前に行くとパジャマの上から手術着を付けられ顔を消毒されて目も洗われます。手術する目を大きく広
5月10日の朝手術の順番1番ですいよいよだ〜〜普通の何気ない日々がどんなに貴重なのか退院したら感謝しながら過ごして行こう朝の準備終わり手術室に行くのを待ってます(ハワイの検索もしてます)支えてくださった皆様への感謝を持って行ってきますお腹空いた……(º﹃º`)コーヒー飲みたいです
東京は朝から寒く、先程は霰が降りました。朝は晴れていたのに、今はかなり曇っています。黄斑前膜の手術からひとつきが過ぎて、すこしずつ制限されていたことができるようです。ところで。11月の17日午前、私は翌日の黄斑前膜の手術にそなえてS病院に入院しました。娘も息子も夫も仕事があるので、ひとり、海外旅行用のスーツケースサムソナイトの1週間分用に荷物をつめて向かいました。家を出たときには、出勤する夫と一緒だったのですが、それを近所の方に見られてしまいました。もしかしたらGoTo
朝いちばんの手術だったのでロビーに8時集合。7時には術衣に着替え、血栓防止用ハイソックスを装着し、準備しておかなければならないが、最後の最後に浣腸される。昨日出し切ったのに、まだ出せと。特に指示はなかったけれど、ICU用にティッシュと歯磨きセット、眼鏡ケースを用意して、ダヤンの巾着に入れわかりやすいようテーブルの上に置いておく。後、着替え一式と下着2セット、念のためおむつも大き目の巾着に入れてこれは椅子の上に。スマホと貴重品は鍵のかかる引き出しに入れて鍵は病棟看護師に預ける
2023年11月29日子宮全摘の手術の日。昨日は夜中3時過ぎには眠れて朝は5時半くらいに目が覚めました。病院は6時起床なのでそれまでベッドでスマホを見たりしていました。結局2時間半くらいしか眠れませんでした。6時になり看護師さんがきて血圧などを測ってくれました。もう絶食、水分も取ってはいけないので、朝ごはんもきません。9時から手術。後3時間。洗顔や歯磨きしたり、時間を潰していましたがそわそわして落ち着きませんでした。夜中に便が出たため浣腸はしなくて済みましたホッ旦那が8時半ごろに来
昨日、無事終了しました。若干腫れや痛みや動かしにくさはあるものの、何より顔面麻痺がない(たぶん)なのが、まずは嬉しいです!ありがとう〜先生!耳下腺腫瘍の手術実績は、それほどでない病院です。全国でも指折りの実績があるところにしようかと迷ったのですが、ランキングを鵜呑みしたくもなかったので、かかりつけ医が勧める地元の病院で正解でした。帰りもタクシーでラクラクですものね〜。前日の0時より絶食、当日7時より絶飲8時30分にお迎え。歯磨き、排尿を済ませ、弾性ストッキングと下着一枚の上に手術着替
副鼻腔炎の手術日が決まって、これもまたスムーズに手術前検査も終えて、絶対手術日当日まで風邪ひかんとってね!!!と、言われつつ子供たちの春休みと、新学期のバタバタで時は流れあっという間に手術日前日に。毎日が忙しくって、手術怖いとか緊張とか感じなかったわ。人生初めての全身麻酔だけど、なんも感じずに前日入院→絶食スタートして翌朝、目を覚まして、しばらくしたらさっさと手術室に連れていかれた。余談だが、担当になった看護師さん、次男のこと覚えてくれていた・・