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出張終わりの週末の市場/漁港食堂巡り。ちょうど1年ぶりくらいに和歌山エリアを探索。今回(2025/6/21)の目的地は大きく二つ。それは和歌山県唯一の中央卸売市場と、運良く予約が取れた漁港近くの隠れ家的料理屋さん。南海の「堺駅」を7時20分に出る「特急サザン」で、和歌山港駅に着いたのが8時14分。当初はここから和歌山市中央卸売市場まで歩こうと思っていたのだけれど・・・改札を出てふと目に入ったのが、この時刻表の閑散さ!!2時間に1本の電車に合わせていたらとても予定が立たなくなる
大変長らくお待たせいたしました。2025年5月17日に催行した京都ツアーレポートの記事を公開致します。今回のツアーのキッカケとなったのは昨年11月に『鎌倉逃げ上手の若君ツアーレポート2024秋の章』『逃げ上手の若君アニメ化記念!鎌倉南北朝ツアーレポート』2022年から開始した本ブログ管理人による城巡りツアーもいよいよ3回目。「前回よりも参加者が…ameblo.jpでの与力さんと一緒に鎌倉ツアーで念願の南北朝のラスボス…じゃないや室町幕府初代将軍足利尊氏の墓所がある長寿寺を詣
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)420城目は鷺山城ですよぉ~加納城跡から約20分鷺山城公園駐車場へピットイン1185年に築城~1556年廃城となった鷺山一帯に置かれた山城も現世ではお約束の公園化。。。遺構は段々状の形状で残っておりただ廃城から数百年経た城址遺構としては不自然過ぎるほど整ったビジュアル石垣も確実に後世に積まれたものではて、これホンマに城跡なのかしらと疑念( ̄▽ ̄)つーワケで妄想タイムに切り替えまして遠く岐阜城を拝
名古屋市中村区に残る中村遊廓跡の散策会に参加しました。中村遊廓は大正十二年(1923)に大須の旭遊郭から移転されてきた遊郭で、昭和十二年(1937)に最盛期を迎え、その賑わいは吉原を越えるものだったといわれています。昭和三十三年(1958)の売春防止法の施行により中村遊廓は終焉を迎え、現在では住宅地や商業地になっています。大河ドラマ・べらぼうで世間の遊郭への関心が高まっている中、名古屋に残る遊郭跡の見学ということで行ってきました。見るものは多く残っている中村遊廓の
定年退職を期に何か自分の趣味を持とうと考える人は多いです。そんな中、私的には城巡りや歴史史跡巡りがオススメです。別に定年後ではなく30代、40代、50代の現役バリバリ世代にもオススメの理由はたくさんあります。また愛知県や名古屋市に住んでいる方は特に、個人的に大きなポイントと思うのは以下の4つの理由です。(1)戦国武将ネタが豊富(2)名城が多い(3)経済的(4)知識・経験が積み重なるこれ以外にも基本的に歩くし、足腰が丈夫になるというのもありますが、面白い趣味ですよね。
ここまで紹介してきた北信濃地域の数々の城館の中では一番来たかったのが今回紹介する牧之島城。ここは少し他の城に比べると少し離れた位置にあります。長野市の西部にあるのですが、ここは一昔前でもバスの本数が少なく、とてもではないが公共交通機関でのアクセスは非常に困難でした。それでも何としてでも行きたいと思った理由は武田流築城術の丸馬出と三日月堀が見事に現存しているもうこれだけでも長野県でも屈指の素晴らしさを誇ります。それだけに行きたいのだが、何度も言うように現在では車以外では行くことは不可能
神辺古城の行き方ですご登城の方は必ずお読みください!航空地図を参考にしてください●車でお越しの方地図内の駐車場と書かれたところは高屋川土手下になり車を止めることができますが指定の駐車場ではなく河川の場所を利用した一時的に車を止められる場所になりますので、神辺古城を見た後は速やかに移動をよろしくお願いします徒歩や車でお越しの方(車の方含めて)神辺古城の入り口は必ず西側の方から上がってください古城八幡宮の鳥居と階段が西側にありますのでここから上がってください北側の
〇山形県民にとっての重要な歴史的合戦:長谷堂城の戦い「長谷堂城」この城自体は規模の小さな山城…というよりは丘城のような現代なら15分もあれば、登れるような城です。しかし、この城は山形県民にとっては重要な歴史的舞台の場所になりました。それこそが慶長5年(1600)の長谷堂城の戦いです。関ケ原戦役によって日本全国の大名達は天下を二分する大合戦に否応なく巻き込まれます。西軍方となった会津の上杉景勝は背後の安全を確保するために出羽における東軍方であった最上義光の山形城に向けての侵攻を重臣の直江
万博ネタの隙間にライフワークの博物館や遺跡ネタを結構前に訪れた和歌山県!まずは県立博物館で和歌山の歴史を勉強して『和歌山県立博物館がさすがでした。』結構前に訪れた和歌山県立博物館。和歌山県立博物館県立博物館では、和歌山県における原始・古代から近現代までの3万年の歴史を紹介する「常設展」をはじめ「屋外展示…ameblo.jp続いて訪れたのは博物館のお隣りにある和歌山城!紀州徳川家のお城ですねー!秘かにお城マニアな母といつか行ってみたいね〜と話していたお城。お城自体にはあまり
「御城印帳って、どれを選べばいいの?」「お城に行かないと買えないのかな?」「通販で買って失敗しないか不安…」そんな悩みを持つ方へ、まず結論からお伝えします。御城印帳は、初心者の方ほど「通販で定番タイプを1冊」用意するのがいちばん安心です。理由はとてもシンプルで、種類が豊富で、比較しながら選べる売り切れや在庫切れの心配が少ないサイズ・形式・収納枚数を事前に確認できるからです。御城印集めは「始めてみたいな」と思ったタイミングがいちばん楽しい時期。最初の1冊でつま
新潟県長岡市の代表的城郭と言えば、「長岡城」…は今となっては影も形もありませんが、実はもう一つ長岡市内に「城」があります。新潟県を流れる大河川・信濃川沿いに位置する場所にあり、その場所からも容易に想像できますが、まさに水運交通の要衝でした。元々ここ信濃川東岸にある蔵王の地は信濃川両岸を結ぶ渡しの他、信濃川舟運の河港として栄える水上交通の要衝でした。そしてこの蔵王こそが中越の代表的都市・長岡の起源です。今回はそんな長岡市内に残る貴重な城跡をご紹介しましょう。ここは信越本線の北長岡駅から徒歩で
西尾市文化交流センター内に少しかわったガチャがあります。それが三河湾の刻印石や矢穴石を集めたガチャです。刻印石といえば愛知県では名古屋城が有名ですが、なぜ遠く離れた三河の西尾市にあるのか?それには深い理由がありました。>>西尾市文化交流センターの地図三河に採石場があった名古屋城は徳川家康の命令によって西国の20家の大名によって築かれました。そこで石垣の石は、現在の西尾市や蒲郡(がまごおり)市といった三河湾沿岸部から、多く切り出されたのです。それらの石は船で熱田
甲冑も展示されています。武者走りです。中央の部屋を囲む構造で、戦闘時に武士が素早く移動したり、壁の狭間(銃眼)から敵を攻撃したりする「戦う城」としての機能を持った空間です。石落としの間です。付櫓から張り出した部分が石落としで、この床を開いて石垣に迫った敵を攻撃します。現在は床はふさいであるそうです。外側から見るとこの部分です。上段の間です。上段の間は、一段高い畳敷きの床、床の間、違い棚を備え