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岐阜県各務原(かかみがはら)市の鵜沼城址は戦国時代にこの地の土豪・大沢次郎左衛門が城主だった城です。大河ドラマ・豊臣兄弟では松尾諭(まつおさとる)さんが演じました。さて、そんな鵜沼城ですが今まで地元でもあまり知られた城ではありませんでした。なぜかというと、孤立した岩山なのですが、現在は立入禁止になっており、城巡りが好きな人でも中に入ることはできません。でも大河ドラマ放送後、鵜沼城の前に看板が立ちました。周辺は市街地や県道になっており、堀や土塁の遺構は残っていません。看板に書
さて、新年度になりました!今年の春から、何か新しいことを始めたい方もいると思います。そんな方にオススメなのが愛知県の城巡りです。私が参加している愛知ウォーキング城巡りクラブは、愛知県内外の戦国好き、城好きの方が207名参加しています。もちろん、全員が毎回、全ての見学会に参加されるわけではないです。都合がつく時に参加してもらえばOK。平均年齢は50~60代くらいです。もしあなたが、王道の城巡りではなく、少しマニアックな城巡り、史跡巡りに興味があれば参加してみませんか?会員登録は個人情報の入
有料会員向けサービス朝刊・夕刊:日経電子版日本経済新聞の電子版。日経や日経BPの提供する経済、企業、国際、政治、マーケット、情報・通信、社会など各分野のニュース。ビジネス、マネー、IT、スポーツ、住宅、キャリアなどの専門情報も満載。www.nikkei.com同じアングルで昔と今を比べるというのが流行っているとTVで見ました。確かに昔の写真を見て、いまの風景を観た時に変わったなぁと感慨にふける気持ちはよく分かります。戦前と戦後の比較は、戦後復興の歴史を観るという視点もあれば、当
現地集合、解散で愛知県の城址や戦国時代の史跡を巡る、愛知ウォーキング城巡りクラブで名古屋市緑区の桶狭間古戦場に行ってきました。その中にある桶狭間神明社は、昔から桶狭間村の人々の祈りの場所です。名古屋市緑区桶狭間は、南北朝時代(1336~92)に南朝の落ち武者が開いた村といわれています。つまり桶狭間神明社は村の氏神です。永禄三年(1560)の桶狭間の戦い前、今川軍の先鋒隊・瀬名氏俊も戦勝祈願に訪れた記録が残っています。>>桶狭間神明社の地図森の中に残る異次元今では閑
その丘に立つ......やがて琉球の統一を成す父子の居城そう伝わる此処は、いつ訪ねても静か。手入れの手が足りていなさそうな今は旺盛な木々が海への視界を阻み少年が見つめていた青は、小さい。鬱蒼とした様子が時間が流れたのだと囁く少年は、やがて青年へ「統一」という野望?「ひとつに」という願い?或いは、夢。想像するだけで好奇心が疼く...春だね琉球王国”プチ”スピンオフ~尚巴志という「はじまり」の風を尋ねて~✿.*・✿
北海道中央部、ちょうど千歳~帯広の間にはかつては多くのアイヌ民族の史跡である「チャシ」が残されています。もっともその多くは自然へと還り、ヒグマが闊歩する危険地帯。既に人家の多い完全な人間の生活圏ですらヒグマが出没しているのに、ましてやヒグマのテリトリーとなっている大自然の中へと踏み入れるのはやはり命がけの覚悟が要求される時代となってきました。実際、車で行っても怖いし…そんな中で鉄道路線や高速道路からかなり離れた山奥にキチンと整備されたチャシ遺跡があるのをご存知でしょうか?北海道厚真町、苫小牧
奈良から帰ってすぐに今度は関西7城巡りというツアーに参加しました。元々こちらは昨年12月に早々と申し込んでいたもので、元々はひとり旅の予定でしたが今回も知人と一緒。彼女は後から申し込みしたので、お一人様2名です。7城(実際は8城に行きました)のうち、大阪城、姫路城、篠山城、明石城が今回のお目当て。もちろんスタンプを押すためです。実際ツアー参加者の半分くらいはスタンプ帳を携えてました笑これらはみな交通量の多い場所にあり、レンタカーで行くのは?と思ってましたので、これだ❗️と決めましたよ。
2日目、韓国から直行のひららさんが加わって、5人乗りですが後ろの座席はちょい窮屈。でも、ひららさんと雨女さんにぴったり挟まれたslopeさん。ハハハ…嬉しいでしょ🎵🎵なんて言いながら、最後までお二人プラス私の三人に突っ込まれて…ご苦労様でした(笑)全国各地にいらっしゃるslopegirlsの皆さん、慰めて上げてね2日目は城巡りが目的ですが、能登半島まで走ったので忙しかったです。お昼は、七尾市の能登食彩市場。能登食祭市場|石川県七尾市|道の駅・みなとオアシス|七尾フィッシャーマンズ
4月6日はしろの日🏯兵庫県姫路市が1991年日本三大名城の一つ姫路城を中心とした市の復興の為に制定お城巡りがしたい🏯お城巡りがしたい🏯お城巡りがしたい🏯お城巡りがしたい🏯お城巡りがしたい🏯吉岡淳『日本100名城no.60赤穂城』日本100名城no.60赤穂城国史跡赤穂城跡江戸時代の赤穂藩の居城別名加里屋国の史跡に指定されていて本丸庭園と二の丸庭園は名勝に指定されてます…ameblo.jp吉岡淳『日帰り彦根の旅』誕生日を迎えての日帰り旅へ
日立さくらまつり会場からちょっと離れて、日立駅からあまり遠くないところにある助川城跡を目指す。国道6号の1本西側の裏道を行く。人がほとんどいなくて歩き安い。道沿いに北海道のコンビニのセイコーマートがあった。北海道以外だと埼玉と茨城にあるとは聞いていたがまさか日立市にもあるとは。北海道のコレ、ありました。そして更に進む。歩いて来ている道、その名も助川城址通り。この丘が助川城。そして公園となっている助川城跡へ。助川城は戦国時代の城では無く、江戸時代後期に造られた城。異国船に備え
基本、私には収集癖はありません。それでも集めてると言えば…楽天ポイント。ポイントでお気に入りの高級宿、今年も狙ってます。後は、なんと言ってもマイルですよね。特典航空券ゲットしたいですから。それと、今更ながらJGCの為にLSPひたすら貯めてます(笑)そんな私に…YOUさんからお土産!と渡されたのがお城スタンプ帳強制的にお城スタンプ収集倶楽部加入ですえ…っ、行った事のある城、結構あるんだよね。また、行かなくちゃならないの…ブツブツ(笑)そんなこんなで…お城スタンプ収集始めま
3月29日(日)A.M1:00愛媛県に出発A.M9:00、目的の宇和島城(残存天守12城巡り)次は、松山市に移動ランチはイル・ポジターノランチの待ち時間がかなり有ったので周辺を散策です初めて北道後温泉人だかりを発見行ってみたら■坊ちゃんからくり時計小説坊ちゃんの登場人物が順に登場道後温泉本館建設100年周年記念事業の一環で1994年(平成6)建設休日は、30分に一度平日は、1時間に一度動きま
下堀城🏯『別名』下堀方形居館『所在地』神奈川県小田原市下堀201-1『城主』志村氏『遺構』土塁、堀跡『城郭形態』平城『駐車場』なし『歴史』下堀城の歴史については不詳ですが甲斐武田氏の家臣・志村氏が武田氏が滅亡した後に創建したと言われています。土塁と堀跡堀跡土塁
鶴沼チャシは石狩地方に残るアイヌのチャシ跡です。この辺りはかなりの森であり、しかも札沼線が廃止となったために行けるのは車でのみ。滝川からレンタカーを借りて訪問しました。当日はかなりの雨で北海道は肌寒い。そんな中でも道路は非常に広く、走り易かったのでありがたい。車は道の駅鶴沼に車を停めて、一旦浦臼神社を目指して歩いていきます。そのまま砂利道を高台の方へ向けて徒歩を進め高台を蛇行する登り道を進みます。一部かなりの土砂崩落した箇所あり。上へと上がっていくと一面広大な畑の光景が広がって
3月29日(日)A.M1:00愛媛県に出発深夜の高速道路3:00、四国に休憩、仮眠しながら380Km走破A.M8:00宇和島市に到着喫茶店でのモーニングが楽しみでしたが何処もお店が開いて無い(人が歩いて無い!)目的のお城は確認済コンビニで朝食を済ませお城に上がります。開門は、6:00ですが天守は、9:00!修理中の■藩老桑折氏武家長屋門ここから入ります。天守は標
ふらまつもと日本100名城の29番め松本市のきゃらアルプちゃんうちの兜もだそうかな(宇宙に持ち込まれたツツジらしひろいまわりきれない気が階段141段もあったのあとから気づくこと多し外人さん多し城のなかは窓があっても小さいこのなかで生活を天守が競売にかけられたとか地元のひとが買い戻したらし階段はかなり急二十六夜神様火事になっても天守は焼けなかったのは二十六夜神様のおかげだとだれだあとで(
今回の城巡りルート、完全に失敗しました。まず名古屋に着いたら、名古屋城ではなく岐阜城を目指すべきでした。妄想ベストルート↓①名古屋駅→JR東海道本線大垣行きに乗り20分で岐阜駅へ。そこからバスとロープウェイを乗り継ぎ岐阜城へ。②次に岐阜駅からJR高山本線で鵜沼駅へ。徒歩で新鵜沼駅に移動し名鉄犬山線で一駅、犬山遊園へ。ここから犬山城まで徒歩。岐阜駅から1時間弱で到着。こうするべきだったのに、土地勘全くない上に地理をちゃんと勉強してこなかったツケがまわってきた。岐阜城がこんなに近
能登半島地震が起きたのは2024年1月1日。1日も早く現地に行きたい気持ちはあったものの、僕のこの体では何ひとつお手伝いできるわけでもなく。ただ今回はそれがかなって、現地に降り立てただけでも大満足の旅となりました。今回の旅のきっかけは、昨年11月に埼玉県・大宮で開催されたアメブロ埼玉県人会(飲み部)だったそうです。そこで同会副会長のひららさんが、ゲストの〇子さんと熱い会話を交わし、石垣好きのひらら副会長が城スタンプ攻めのため北陸に向かうことになったとのこと。よくよく聞くと、
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)441城目は宇土城・宇土古城ですよぉ~島原からフェリーで熊本へ渡りまして至極至近距離にある2つの宇土城へ1048年築城の中世・宇土城1588年築城の近世・宇土城全く別物とはなりますがせっかくなので2城共々登城へまずは古城とされる中世版へ濠の痕跡も微かに残るも埋立工事が成され魅力半減復元城門くぐりますと千畳敷と呼ばれる城内一の広場へ掘立柱建物の痕跡と最低限予算で復元されたナニかがあるのみ
【日本百名城No.82丸亀城訪問記】「石の城」と称されるにふさわしい、圧巻の石垣を誇る丸亀城。日本一の高さを誇る総高60メートル以上の石垣は、下から仰ぎ見るとまるで空に突き刺さるような迫力です。大手門をくぐると、目の前に立ちはだかるのが**『見返り坂』。その名の通り、あまりの急勾配に何度も立ち止まって後ろを振り返ってしまいます。でも、坂の途中から見上げる『扇の勾配』の石垣**は、隅石が描く曲線美が実に見事で、疲れも忘れて見入ってしまいました。最大の見どころは、隅石(すみいし)が
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)440城目は日野江城ですよぉ~雲仙岳南麓の南島原市郊外に佇むキリシタン大名・有馬氏の居城跡御託はさておき早速登城しまーす最初のお出迎えは階段遺構その名のとおり幾段かに郭が形成され特徴的な形状が確認できます石垣跡もバッチリだわね経年劣化なのか自然災害なのか倒木等の破損ゾーンもあり三角コーンの先はガッツリ土砂崩れ明確な『立入禁止』注意書きも無いため恐る恐るブルーシート避けて進むと城郭エリア到達~
【日本百名城No.79今治城訪問記】築城の名手、藤堂高虎公によって築かれた日本屈指の海城・今治城。高松城、中津城と並ぶ「日本三大水城」の一つであり、三重の堀に海水を引き込んだ特異な構造は、平城ながらも鉄壁の守りを誇っています。最大の見どころは、やはり広大な「内堀」。今も海と繋がっているため、潮の満ち引きで水位が変わる様子が見て取れます。また、平成19年に木造復元された「鉄御門(くろがねごもん)」の重厚感も見事!門の至る所に鉄板が打ち付けられた頑丈な造りと、桝形(ますがた)に
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)439城目は梶谷城ですよぉ~桜シーズン中の山城散策醍醐味の1つが野良桜との予期せぬ出逢いつーワケで松浦市郊外の梶谷城へ駐車場&トイレが完備されパンフレットも常設される手厚さほな早速登っていくでね築城は1069年頃と推定され約1000年前の城跡がゆえ原型はほぼ留めておりませんが個人的には好みのタイプ築城から約1000年廃城から約400年経過するも壮大な石垣跡はご健在堪んないわね大
行ってみたい世界遺産は?▼本日限定!ブログスタンプおはようございます😊城巡り好きだよ
日本百名城No.80湯築城伊予(愛媛県)の守護、河野氏の本拠地で道後温泉のすぐ隣織田信長や豊臣秀吉の時代よりさらに前、中世の「土の城」の姿を残す貴重な史跡です土塁と堀:当時の姿をよく留めている二重の堀が見事武家屋敷と土塀:復元された屋敷内で、当時の暮らしを身近に感じられます
ようこそ、アラフィフ父こと真人-マコト-です。このブログは仕事や家庭など多くのタスクを抱えていた僕がほんの少しの独りの時間を旅に変えることで生きることが楽しくなり、人生を愉しくさせることができたその内容をお伝えしています。『人生は愉しんだもの勝ち❗』40代後半である僕が自分に言い聞かせている言葉であり、そのためのひとり旅が生きていく原動力にもなっています。その僕の思想、価値観、人生哲学、ノウハウ、実践などをブログでお伝えしていきますまた、それ以外でも日常の
行きたい所があったので本線を抜け山の方へ向かい安養寺へ途中にあった地蔵さんをパシャリ一路安養寺城址へと向かいますたどり着いたのはザ・山の中小川の向こうに見える林が安養寺城址のようですねこれで探訪は終わり、と思ったらとんでもないものを見つけてしまうヤバくないすか?まるで信州特集の旅行紀雑誌の写真を眺めているよう
〇この城を登る時に笑える?笑えない?笑路城は京都府亀岡市郊外にある山城です。「笑路」というとなんだかホッコリしそうになる字ですが、「わろうじ」と本当にそのままの読み方なのが、また一層ホッコリします。ただ、その一方でここはなかなか訪れにくい。その理由は京都府と大阪府の県境の山中にあること。ここはかつて丹波街道の道だったのですが、今では物流の中心から外れてしまっている。県境にあることで、公共交通機関でのアクセスは困難を極め、一方の車で来ようとすると駐車場が無いという致命的な欠点が…調べてみる
静岡旅行4日目この旅行最後の目的地です🏯大河ドラマを見ていたり歴史好きや私のような歴史初心者🔰でも聞いてすぐ分かる浜松城🏯📍静岡県浜松市中区元城町ここですか家康さんのお城は御城印スタンプこの日は2月にも関わらずあったかくていや暑いくらいでアウターは車内に置いてきて正解🙆♀️半袖でお城を見学されている方もいらっしゃいました静岡旅行はこれで終了〜城巡りを始めて3年と少し登城マップのアプリはこんな感じになりましたまだ
今日は休みでした給料日関係の諸々を片付け、安養寺~立野方面の探索へ途上、雪の融けた和泉城址を再度探訪しました雪が降っているとなかなか見えなかった堀や土塁?の跡がみれましたただ余湖さんが言ってた土塁の跡というのはどこ探しても見つけられませんでした