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4月が始まりました。でも、雪が降る地域もあるのだとか。根雪を見ることはあっても、雪が降るのは珍しいのではないでしょうか。仙台もグーンと気温が下がっております。春の気配を感じていたちょっと前が嘘のようです。ダウンのコートを再び出して着たり、マフラーを首に巻いたりと、夜には防寒対策が必要かも知れません。それでも、4月を迎えました。間もなく桜の季節となりましょう。花には酒です。日本酒も美味しいところがたくさん到着しております。おすすめの2銘柄は、こちらです。
創業は明治31年(1898年)のことです。現在の従業員は10名、7名の蔵人により500石ほどの生産量の蔵元さんです。立谷川の伏流水と地場のお米で醸しています。この仕込み水は硬水です。適度なミネラルを含み、銘刀の切れ味とも称されるキレの良い味に特徴が出てきます。全量槽搾りで、丁寧な造りが行われております。「山形正宗純米吟醸酒未来」使用米酒未来(山形県産)100%精米歩合50%アルコール度数16「山形正宗純米吟醸山田錦」使用米山田錦(兵庫
送別会で賑わう先週末のようでした。ご来店も多くいただきましたし、ご予約のお問い合わせもたくさん頂戴しました。金曜日を休みにすると、4連休の方もいらっしゃり、国分町に足を運ばれた方も多かったことでしょう。当店では、先週末に大学時代の同期が集まりました。学生時代は北海道でしたので、仙台にはあまりゆかりのない面々です。卒業生の多くは、首都圏を始めとした大都市圏へ就職していますので、仙台にはご縁がなかったりします。東京や北海道、山形、石川と各地からご来店いただきました。思ったより多くの
美味しいお店教えます・・・今回は茶寮仙台国分町店さんです仙台といえば国分町でしょって引っ越してくる前に言われたことがありました。その国分町にある肉まん屋さんですテイクアウト専門店。近くまでくると湯気が肉まんは、コンビニから専門店、中華街、高級中華のお店までどこのお店のものも大好きで必ず頼みます。大阪の551も大好きで、USJに行った時は2泊でも何回も食べます仙台にはいいお店がないかなぁと探していたら国分町に国分町の通りはあまり普段歩きませんが肉まんのために昼
以前好評だった地域限定うまい棒会津バージョン。それに続きまして、今回は岩手編です。岩手だと何が思い浮かぶでしょう。日本酒の呑み手であれば、南部杜氏のふるさとだなぁ~と、食べ物は?前沢牛、あまちゃんの故郷でもあるなぁ、と。雲丹ですね。それもうに丼味。うに丼味って、想像し難いかも知れません。うに味ではなく、うに丼味です。パッケージの絵が可愛らしいので、ちょっと食べたくなりませんか?うまい棒風の、うに丼味棒です。呑んだ後の駄菓子をお楽しみください。さて、次は
関東では桜開花のニュースも耳にしました。暑かったり、寒かったり、夏日を記録したり、雪が降ったりしましたが、いつもと変わらないタイミングの開花だったのではないでしょうか。いつも通りにやって来る、そいういうものもあるのだなと考えておりました。仙台も間もなく桜の季節となりましょう。入学式の時季に、丁度満開の記憶です。高校入学の時は、桜の花びらが舞い込む教室にて、怖い応援団からの歌唱指導がありました。1週間ほどで10曲もの歌を覚えさせらました。そんなの無理だと思えば無理なのでしょうけれ
令和7年3月31日~営業日のお知らせ3月31日(月)~4月5日(土)は、18時開店の通常営業です。4月6日(日)は定休日でございます。次週は、新年度の始まりの方も多いでしょう。新しい環境、新しい場所、新しい人間関係、いろいろ節目となりましょう。4月の上旬は、概ね閑散とした傾向です。いつもと変わらない日常の方、いつものようにお待ちしております。ご来店、お問い合わせ、ご予約をお待ちしております。お電話は、022-217-3105メールでのお問い合わせは、こちらから。
元々の醸造元さんは、落合酒造店でした。創業は、明治18年(1885年)のことです。道南の森町に蔵を構え、最盛期には一升瓶換算で、3万本を醸造していました。戦時下の昭和18年(1943年)に、その歴史に幕を閉じなければならなくなりました。「もり酒の会」が発足したのは、昭和61年(1986年)のことです。日本酒を通じての森町文化向上を目的のひとつとして活動していました。その2年後には、森町開基130年記念事業として、200本限定「森正宗」復古事業を興します。こうした流れから、ま
雨音が聞こえます。寒い冬ならば、雪が舞うのに音はしないことでしょう。寒さが緩み、暖かくなっている証だと、雨を歓迎しても良いかもと考えたりします。街は送別会真っ盛りの様相です。限界まで呑まされたのではないかと見受けられる人もちらほらと。今年の当店での送別会は1月より動き出していましたので、分散傾向があるのか、この時期なのにそれらしい人は少ない印象です。貸切でのご宴会も増えるの月なのですが、最近の貸切ご宴会では、大暴れする人はほとんどいらっしゃらず、マナー良くお楽しみいいただいて
創業は、大正6年(1917年)のことです。初代後藤宗左衛門氏が35歳の時に、久米の里にある酒蔵が廃業することを知り、その蔵を買い取ったことが創業とされています。創業以来、家族経営の小さな酒蔵です。久米の里とは、桑名市の西部に位置し、桑名市民に飲み水を供給する員弁川のほとりにある里山地域を指します。壬申の乱で、大海人皇子(天武天皇)が吉野を脱出し、伊勢国桑名に布陣した際、手助けをした功によって、北伊勢地方は天武天皇より酒造りを始めとした醸造技術が授けられました。以降、古代朝廷の醸造に
岩手県遠野市で100年以上続く民宿とおのの4代目となる佐々木要太郎氏が醸すどぶろくです。宿泊は1日1組限定で、一棟貸切の民宿です。ご主人である佐々木要太郎氏は、料理人であり、米農家であり、どぶろく醸造家であり、発酵のプロでもあります。こうした複数の顔を持ちますが、どぶろく醸造を本格的に始めたのは、平成17年(2005年)からです。素朴な味わいと評され、で田舎くさいと捉えられるどぶろくを、エレガントで洗練された味わいのどぶろくの醸造への成功を導いています。日本酒醸造元での修行など、1
元々の醸造元である最上川酒造さんの創業は、大正7年(1918年)のことです。銘柄名「最上川」は、日本三大急流のひとつである河川「最上川」に由来します。厳寒な環境の中、先人たちの伝統ある手造りと、新しい技術によって、じっくり醸されていました。「最上川とろり」は、長期冷温貯蔵の大吟醸酒をベースに、本醸造をブレンドした秘蔵原酒です。廃業となったのは、平成21年(2009年)6月30日です。廃業により、山形県新庄市の日本酒醸造元は無くなりました。銘柄「最上川」は、近隣の日本酒醸造
創業は、安永7年(1778年)の江戸時代中期のことです。戦国武将である加藤清正公を祖としています。元々天領であったこの地で、親戚筋から酒株を購入し、4代目となる加茂屋専之助有恒氏が酒銘「冨士」で創業しました。昭和30年代(1955年~)の初めに「栄光」を冠するようになります。蔵を構える鶴岡市の大山は、かつての宿場町です。日本酒蔵も60ほどあったこともあり、東の灘と称された時代がありました。山形県内でも先駆けて、自社精米を実施しています。酒米の種類が多い山形県の特徴を生か
創業は、明治10年(1877年)のことです。初代小山新七氏が28歳の時に、生家である埼玉県大宮市において代々続く酒屋である小山酒造本家から独立したのが始まりです。その際は、既に廃業していた埼玉県の蔵を買い取り、東京都北区に移転してきたとされています。蔵のある指扇の水は上質で、灘の宮水にも劣らない程だったため、この地への移転を決めたといわれております。銘柄名「丸眞正宗」は、まるまる本物という意味を込めて命名されました。平成30年(2018年)2月28日限りで、清酒製造事業から撤退