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≪本シリーズで毎回お伝えしていること≫2019年5月、長野県長野市松代町にある松代大本営地下壕へ行ってきました。太平洋戦争末期、日本本土各地がアメリカの無差別爆撃を受ける中に、戦争の最高司令部である大本営を東京から松代へ移す計画がありました。そこでは実際に、大本営を移動・設置するべく地下壕が作られ、それが今も残っているのです。「一億総玉砕」をスローガンに徹底抗戦するという狂気の中、本部の人たちはその「一億総玉砕」には参加せず、自ら戦場へ行って戦うこともなく「安全な場所へ避難す
≪このシリーズで毎回お伝えしてること≫私は毎年1回、広島へ撮影旅に行きたくて、行ってます。例年、桜の咲くころに行っていたのですが、今年はなんだか日程が合わず...9月にどうにかねじ込んで行って参りました「広島撮影旅2025」シリーズとして、お伝えさせていただいてます常楽撮影旅シリーズリンク広島撮影旅、2日目、広島瓦斯㈱原爆犠牲者追憶之碑に祈りを捧げ、元安川沿いをさらに北へと進みます。今日は㉕です。■ガンディー像元安川沿いに進むと「イン
※防衛大学校の関連記事です!挑戦しなかった事を後悔するというけども…挑戦してしまった後悔もあるんじゃないですか!?防衛大学校の経験から大学を中退する意外な理由文民統制の問題点平和学習の問題点防衛大か、一般大か防衛大学校を辞めた理由防衛大学校の生活は丸で異世界転生!!!流石自衛隊!一般大学とは桁違い!防衛大学校の入校式【軍歌】【作業用】着いただけじゃ終らない防衛大学校の着校防衛大学校入校前の心境防衛大学校受験大学校とは風呂上りに人生が変りますその他の記
先週の話です。ペリリュー楽園のゲルニカという戦争映画を見たい!と娘に言われて行ってきました。沖縄で平和学習したり、戦争について色々と学んでいたので、内容がすっと入っていく感じがしました。しかし戦争映画なので、アニメでもかなり血や戦闘シーンが多くて見終わった頃には体がカチコチでした。私はその夜も映画のシーンが思い出されてなかなか眠れませんでした。息子も一緒に行きました。彼にはどんな風に感じたのか、銃がカッコいいと言って、自分で段ボールや木で銃を作っていたので、良い機会だと思って一緒に見ました
11月22日孫の参観日でした久しぶりに学校に行きました作品を見ました俳句?将来の私花屋さんらしいですホントかな😊習字修学旅行の思い出修学旅行の平和学習の発表会がありましたその後公演会がありましたこれは、教室ですこの世界では、有名になったみたいですその後、外に出て見ました子供たちも、盛り上がってました子供たちとハイタッチして終了しました好きな事で生きていくのは、大変な努力と継続する力が必要です好きな事だから頑張れると言われてました頑張れる好きな事を見つける事
≪このシリーズで毎回お伝えしてること≫私は毎年1回、広島へ撮影旅に行きたくて、行ってます。例年、桜の咲くころに行っていたのですが、今年はなんだか日程が合わず...9月にどうにかねじ込んで行って参りました「広島撮影旅2025」シリーズとして、お伝えさせていただいてます常楽撮影旅シリーズリンク広島撮影旅、2日目、広島県農業会原爆物故者慰霊碑に祈りを捧げてから、さらに元安川沿いを北へと進みます。今日は㉔です。■平和の火広島瓦斯㈱原爆犠牲者追憶
≪このシリーズで毎回お伝えしてること≫私は毎年1回、広島へ撮影旅に行きたくて、行ってます。例年、桜の咲くころに行っていたのですが、今年はなんだか日程が合わず...9月にどうにかねじ込んで行って参りました「広島撮影旅2025」シリーズとして、お伝えさせていただいてます常楽撮影旅シリーズリンク広島撮影旅、2日目です。未明にすごい雨が降ったようで、路面が濡れてる朝です。今日は㉓です。■広島県農業会原爆物故者慰霊碑滞在しているホテルを出て元
【全く異なる2つの事実にある共通性に触れて】その事実との出会いは、2025年12月16日付の山陰中央新報を読んでいた時でした。ふと、並んで掲載されていた2つの記事に目が留まりました。そのひとつは、「拉致問題の解決へ「自分事」として捉えて」拉致被害者家族連絡会の横田拓也代表を招いた集会が江津市内で開催された記事。全ての拉致被害者の即時一括帰国の実現を目指す取組の現状と訴えを紹介していました。もうひとつが、「被爆者遺髪鑑定で身元判明」身元不明の原爆犠牲者の遺髪が、13歳で
≪本シリーズで毎回お伝えしていること≫2019年5月、長野県長野市松代町にある松代大本営地下壕へ行ってきました。太平洋戦争末期、日本本土各地がアメリカの無差別爆撃を受ける中に、戦争の最高司令部である大本営を東京から松代へ移す計画がありました。そこでは実際に、大本営を移動・設置するべく地下壕が作られ、それが今も残っているのです。「一億総玉砕」をスローガンに徹底抗戦するという狂気の中、本部の人たちはその「一億総玉砕」には参加せず、自ら戦場へ行って戦うこともなく「安全な場所へ避
≪このシリーズで毎回お伝えしてること≫私は毎年1回、広島へ撮影旅に行きたくて、行ってます。例年、桜の咲くころに行っていたのですが、今年はなんだか日程が合わず...9月にどうにかねじ込んで行って参りました「広島撮影旅2025」シリーズとして、お伝えさせていただいてます常楽撮影旅シリーズリンク前回より引き続き、平和記念資料館の常設展示を見ています。今日は㉒です。■広島の歩み東館3階の「核兵器の危険性」の展示を見終えると、次は階段を降りて2
沖縄から戦争を語る――私は、戦争のない世界を本気で希求しているナハ・スネーク(カテゴリー:沖縄から戦争を語る)はじめに――私は立場を隠すために匿名になるのではないまず、これだけは明確にしておきたい。私は、戦争のない世界を本気で希求している。だから、こうして書いている。これは告発でも、政治的主張でもない。切実な希求であり、思考の出発点である。私は、この連載をナハ・スネークという名前で書く。それは、責任から逃げるためではない。問いを純粋な形で差し出すため
≪このシリーズで毎回お伝えしてること≫私は毎年1回、広島へ撮影旅に行きたくて、行ってます。例年、桜の咲くころに行っていたのですが、今年はなんだか日程が合わず...9月にどうにかねじ込んで行って参りました「広島撮影旅2025」シリーズとして、お伝えさせていただいてます常楽撮影旅シリーズリンク前回より引き続き、平和記念資料館の常設展示を見ています。今日は㉑です。■核兵器の危険性本館での展示を終えて、次に東館の展示へと進みます。途中にこ
Yahooニュースより転載。「修学旅行で平和学習を」礎を築いた教師17歳で長崎で被爆被爆者に証言を直接依頼8/8(金)20:30あす8月9日は、長崎原爆の日です。修学旅行で平和学習を行うことがいまや当たり前になっていますが、その継承活動のきっかけとなった長崎の被爆者の思いに迫ります。広島市中区の平和公園。原爆資料館の入館者が過去最多となる中、大勢の修学旅行生も、平和学習に訪れています。その中には被爆者の証言に耳を傾ける時間を設ける学校も多くあります。広島を訪れ、平和
≪このシリーズで毎回お伝えしてること≫私は毎年1回、広島へ撮影旅に行きたくて、行ってます。例年、桜の咲くころに行っていたのですが、今年はなんだか日程が合わず...9月にどうにかねじ込んで行って参りました「広島撮影旅2025」シリーズとして、お伝えさせていただいてます常楽撮影旅シリーズリンク前回より引き続き、平和記念資料館の常設展示を見ています。今日は⑳です。■生きるアメリカの原子爆弾による攻撃を受けても生き残った人々がいます。・黒
≪このシリーズで毎回お伝えしてること≫私は毎年1回、広島へ撮影旅に行きたくて、行ってます。例年、桜の咲くころに行っていたのですが、今年はなんだか日程が合わず...9月にどうにかねじ込んで行って参りました「広島撮影旅2025」シリーズとして、お伝えさせていただいてます常楽撮影旅シリーズリンク前回より引き続き、平和記念資料館の常設展示を見ています。今日は⑲です。■被爆者・故郷を離れた地でアメリカによる原子爆弾の攻撃は広島の人々を無差別に襲い
≪このシリーズで毎回お伝えしてること≫私は毎年1回、広島へ撮影旅に行きたくて、行ってます。例年、桜の咲くころに行っていたのですが、今年はなんだか日程が合わず...9月にどうにかねじ込んで行って参りました「広島撮影旅2025」シリーズとして、お伝えさせていただいてます常楽撮影旅シリーズリンク前回より引き続き、平和記念資料館の常設展示を見ています。今日は⑱です。■被爆者・絵筆に込めてアメリカが原子爆弾で広島を攻撃した1945(昭和20)年8
【谷川俊太郎の「こころを平和にする」呼びかけに】絵本『おにいちゃん、死んじゃった~イラクの子どもたちとせんそう』(教育画劇・2004年刊)を読みました。そこには、2003年3月から始まったイラク戦争で傷つき、命を奪われた子どもたちの叫びや願いを、詩人・谷川俊太郎がイラクの子ども達が描いた絵と共に訴えています。読み終わりかけた時、巻末に掲載されている谷川俊太郎の「こころを平和にする」というタイトルの「あとがき」が目にとまりました。それを読むと、人間はずっと昔から戦争を繰り返
昭和16年12月8日真珠湾攻撃の日太平洋戦争が始まった日その日とジョンレノンの命日が同じそれもあって、特別な日なのです平和について考える日は皆さんそれぞれですよね東京大空襲の日かも知れない沖縄が日本に復帰した日かも知れない知覧に行って特攻隊員だった方の手紙を読んだ日かも知れないいつの時代にタイムスリップすれば原爆は投下されなかったんだろうかと考えます戦争の始まりはいつなのかそれはわかりませんけれども、始まるかも知れない危うい方向に進んでいる
■はじめに2019年5月、長野県長野市松代町にある松代大本営地下壕へ行ってきました。太平洋戦争末期、日本本土各地がアメリカの無差別爆撃を受ける中に、戦争の最高司令部である大本営を東京から松代へ移す計画があったのを、ご存知ですか?そこでは実際に、大本営を移動・設置するべく地下壕が作られ、それが今も残っているのです。最初に知ったときは、驚愕しました。戦況が圧倒的不利な中「なるべく有利な降伏」を考えているのかと思っていたら、まだ戦おうとしている人がいたとわかった
十二月八日。80年前のこの日、日本は戦争を始めてしまいました。80年たった今、日本の戦後ははたして続いているのでしょうか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ようやく、今年の秋・冬公演のご報告の最後となりました。先月、私たちは松本正さんとともに横浜市立都田西小学校に行ってまいりました。実は、夏に地元で開催された平和に関するイベントに参加した際に、都田西小学校の先生方も参加されていて、そこで校長先生と知り合いになり、お声をかけていただいたのでした。
【出雲市灘分コミセン主催「平和の集い」に参加して】2025年11月29日(土)、出雲市灘分コミュニティセンターで、「平和の集い~こだまする優しいまなざし~」が開催されました。集いの内容は、3つに分かれており、【発表の部】オープニングは光幼児園年長組有志によるダンス発表でした。「平和の集いでダンス?」と一瞬感じましたが、自分の身体全体を力いっぱい使い、全員笑顔で表現する園児たちの姿こそ、まさに平和な世の中ならではの場面でした。そして、たくさんの保護者の方々に見守られての発表場面は、現在
こんばんは🌙いよいよ修学旅行⛴️🚌一緒に準備するも、TV観ながらやるから捗らない、捗らない‼️何回も声かけては何回も、ドキドキ💓で準備やり直しするし進まない🤣で、20時に寝るつもりが20時半に。バックは、次女のを…黒が良かった…と言うも、ないからねとりあえず、名前を付けてみた!合宿で何回も荷造りしてるのにドキドキ💓合宿とは。また違うよう…お土産品、調べたらめっちゃ値段上がってるー!無事に、楽しんで、欲しいもの買えますように✨
↓【ブログランキング●位なんです】↓にほんブログ村↑このボタンorリンクをクリックすると僕の順位がわかります♪(=⌒▽⌒=)次女(高2)が3泊4日の沖縄修学旅行から帰ってきました。一生の思い出ができたようです。今回の沖縄修学旅行のテーマは、平和学習。ひめゆりの塔にも行きました。ちょうど次女と同い年の子たちが、命を落としました。次女は霊感が昔から強いのですが、ガマに入った途端、激しい頭痛に襲われ、しんどかったようです。僕もひめゆりの塔には行ったことがありますが、一種独特の雰囲
今日は「長崎原爆を知る」の61です。🌿このシリーズで毎回お伝えしていること人が生活している場所めがけて原爆を落とされた国は、私たちの住む日本だけです。1945(昭和20)年、アメリカ軍は8月6日に広島に原爆を落としました。その3日後8月9日には長崎にも原爆を落としました。この事実を、もっと知ろうと思えば知れる、そのためには現地に行ってみることがよいと思い、広島へ、長崎へ、撮影旅をしました。本シリーズは長崎編です。写真の撮影は2019年ですが、今の解釈で現像しています。この当時
おはようございます、常楽です。競泳の大会で腕をよく動かしたからなのか、今朝はひどい肩こりでした。肩こり対策ヨガをやったら、すごくスッキリやっぱり、ヨガ、すごいです。今日もよい仕事ができそうです≪このシリーズで毎回お伝えしてること≫私は毎年1回、広島へ撮影旅に行きたくて、行ってます。例年、桜の咲くころに行っていたのですが、今年はなんだか日程が合わず...9月にどうにかねじ込んで行って参りました「広島撮影旅2025」シリーズとして、お伝えさせていただいてます
【「今どき」の中高生の姿とは?②】出雲市灘分コミュニティセンターでは、まちづくり部・健康福祉部・灘分地区青少年育成協議会の共催で、平田高校2年生の「総合的な探究の時間」の探究課題として「防災」と「平和」をテーマ提案し、地域と高校との協働学習を進めています。このテーマに関心を持った高校生達が、コミュニティセンターを学びの場として、地域と連携した学習が進められています。この協働学習では、つぎのような具体的取り組みがこれまでにありました。10月22日(水)…授業「ヒロシマと島根とのか
おはようございます、常楽です競泳の大会から一夜明けて...身体バキバキです競泳は主に腕を使うので、腕回りがとくにバキバキです。泳ぐ時間は1分とか25秒とかだけなのに、このバキバキ感を感じると、全力で身体を使うことはすごい負荷がかかったのだと感じます。これからは12月のマラソン大会に向けて、調整を進めていきます。そのための第一歩の今日は、たっぷり身体を休めます≪このシリーズで毎回お伝えしてること≫私は毎年1回、広島へ撮影旅に行きたくて、行ってます。例年、
広島から戻ってすぐ11月の公演が続きました。まず、松本正さんの被爆証言。横浜市の小学校からご依頼をいただきました。小学5年生担任のK先生は、前の学校で聞いた松本正さんの被爆証言を覚えていて、松本さんが今も証言を続けていることを知り、松本さんにぜひお願いしたいと言ってきてくださったのでした。K先生と電話で打ち合わせをしている際に、となりで聞いていたという小学6年生担当の先生が「そんな貴重な機会はなかなかない、6年生にも聞かせたい」と言ってくださり、小学5・6年生全クラス、約300名が
おはようございます、常楽です。今日はマスターズ水泳の大会に行ってきます。参加人数が2000人以上だそうで、とにかく待ち時間が長いので、その対策もしてきました💡お弁当も久しぶりに作りました🍙「本番」を練習する日として、楽しみ尽くしてきます!😄✨≪このシリーズで毎回お伝えしてること≫私は毎年1回、広島へ撮影旅に行きたくて、行ってます。例年、桜の咲くころに行っていたのですが、今年はなんだか日程が合わず...9月にどうにかねじ込んで行って参りました
【「今どき」の中高生の姿とは?】2025年11月14日付の山陰中央新報に、戦後80年関連記事として「戦争絶対避けて96歳の思い」が掲載されました。貴重な銃後体験を証言されたのは、今年96歳を迎えられた出雲市在住の勝部禮子さん。特に、終戦を迎える昭和20(1945)年の体験は印象深い内容でした。当時、今市高等女学校〔現在の出雲高校〕3年生だった勝部さん。生徒は陸軍の軍属となり、軍服縫製工場にかわった女学校で、毎日シャツの手縫い作業を行っていました。昭和20年7月28日に発生し