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自然豊かな隠岐諸島も巻き込まれた「戦争」の姿~その②前回は、『海士町史』と『西郷町誌』に記録されたアジア・太平洋戦争の隠岐の島の様子についてお伝えしました。隠岐と本土との連絡手段は、当時は汽船航路だけでした。『隠岐航路史』と『100年の航跡~創立100周年記念誌』には、戦争末期の隠岐と本土との輸送を担った隠岐汽船の様子が記録されています。・石油や石炭の配給制度が施行され、燃料入手が困難になる。・機帆船(一二丸43t)を購入して石炭運搬船とし、燃料確保に利用する。・昭和16年1
戦後二十年、生も死もすべてが幻化した中年男の病んだ心象風景を描く梅崎春生は1915年(大正4年)福岡県に男6人兄弟の次男として生まれました。32年(昭和7年)熊本第五高等学校に、36年(昭和11年)東京帝国大学文学部国文学科に入学しています。しかし怠け癖や軽いうつ病などでほとんど講義には出ず、梶井基次郎を気取って市井を彷徨したりしていたようです。そして38年(昭和13年)、初の短編小説『風宴』を書き上げました。これは自分と直接には何の関わりもない、友人天願氏の下宿屋の娘の通夜に付き合うとい
【日本伝統の和紙と戦争~爆弾に使われた和紙その①】アジア太平洋戦争中には、政府が戦争遂行のためあらゆる物品や価格の統制を行いました。それによって、企業や生産者は自由な生産や販売、価格設定も厳しく制限されました。日本古来からの伝統品のひとつである「和紙」も統制の対象となりました。2月2日のブログ記事「この世は「金太郎飴」のような…?」の中で紹介した中脇初枝著『伝言』に登場する「風船爆弾」の大量生産のため、気球用の生紙を生産する命令がいくつかの和紙生産地に出されました。〔2月2
斐川へ集団疎開した大阪の子ども達12月20日(土)、出雲市斐川町にある荒神谷博物館で第240回定例講演会が開催されます。内容は「斐川と学童集団疎開について」の演題で、『斐川と学童集団疎開~二十一世紀に伝えたい貴重な証言』の企画編集執筆者のお一人である星野美枝氏による講演会です。書籍『斐川と学童集団疎開~二十一世紀に伝えたい貴重な証言』は、斐川町合併45周年記念事業として平成13年3月に発刊されました。内容は、【第一部】が大阪市からの集団疎開の概要解説。【第二部】は疎開学童・引率教
昨日の12月26日(金)に放映された「探偵ナイトスクープ」番組の惹句では「亡き娘と“匂い”で繋がりたいと願う両親の依頼から、立ちションしたい女性まで、今回のラインナップは180度のふり幅!?」今週の特命局長は藤岡弘、竹山隆範が局長補助テロップには藤岡弘、きちんと、がついていましたね、、、①田村裕探偵の「お宝発掘!?夫の軍物コレクション」栃木県の女性(60)から。夫は昔から古いモノを集めるのが趣味で、江戸時代から昭和初期のモノまでコレクションで溢れている。2年前には、