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抜き書きの続き。われわれはサトリをひらくために修行するのではない。サトリにひきずりまわざれて修行するのである。(p.93)何かの目的を持って能動的に行うということは、作為があるということ。無為な心持ちで修行をするというのは、何かに引かれているという受動的なことである。修行してサトル――これは世間の考えである。しかしどのお経を見てもそうではない。どの仏も修行して仏になるのではなく、はじめから仏だったのである。(p.96)本来成仏。修業(ネルケ無方師によると、この場合「修行」とは書
思う存分親近できる良縁に恵まれることは稀である『第十六行持上』完16-22-3shobougenzo.blogspot.com
悟りとは『本来の面目』中この文章は長くなりアメーバーサイトには一度に掲載出来ませんので分けます。まだ『上』を読んでいない読者の方々にはそこから読んで戴きたいです。私達は『誰』ではなく『何』でしょうか。禅語の『本来の面目』とは悟りそのものです。『本来の面目』さて、私は先の文章で思考を常に『肯定』としての『現在形』にしないと悟れないと書きましたがこれは禅で言う『方便』です。悟りとは言葉では表せません。不可能です。よって方便を使い何とか悟りに近いものをこうであると伝える方法しかあり
ビーフカツを求め全国各地を彷徨う超変人の超マニアックなブログです。今回はスピンオフ編。ビーフカツやその他の食べ物からは離れ、これまでの国内外の旅などで印象に残っているスポットなどをご紹介します。今日は5月1日(金)の記事の続編で『麟祥院#02麟祥禅院』です。『麟祥院』の概要及びアクセスはこちらをご覧ください。前回は春日局の墓所を中心にご紹介しましたが今回は座禅の場である『麟祥座禅院』の前庭をリポートします。前回ご紹介した春日局の墓所への参道の途中に小さな
勝泉寺の枝垂れ桜いなべ市北勢町西貝野199番地ここの枝垂れ桜が見たくて交通機関で行く行き方を考えてみました。大阪から近鉄電車で桑名駅下車。三岐鉄道方勢線、西桑名駅まで歩き乗車。阿下喜駅下車。(西桑名駅から約49分間)阿下喜から徒歩約40分。美しい枝垂れ桜を見たくて歩こうと思っていました。ですが縁あって連れて行ってもらう事になり、本当にラッキーでした。歩くのはかなり遠い道のりだと車に乗って実感しました(´༎ຶོρ༎ຶོ`)これは入り口にある枝垂れ桜。初めはこれが有名なものかと
日課の坐禅は、毎朝、30分続けている。しかし、これはやると決めている習慣であるから、惰性的に続けているだけで、最近ではいっそ辞めてしまっても良いのではないかと思うこともある。去年の8月上旬から1日も休まずに続けているから、それを途切れさせるのがもったいないと感じているだけで、仮に1日乃至数日、坐禅をしないとしても、私が未来永劫坐禅を辞めてしまうということは考えにくい。また坐禅をする時は必ず来る。要するに、「継続は力なり」のようなこだわりで記録を途絶えさせたくないというだけで、実際には、それが
Zenギャザリング🌏早朝波乗りからスタートする1日は気持ちいい😍毎朝オンラインで坐禅している仲間と鎌倉で集合❣️バリリトリートでご一緒したみえさんの素敵なご自宅は、植物園の中の猫カフェみたいで癒されました💖ご近所のカフェでランチして、ビーチを散歩して、釜揚げしらすを持ち帰りして、楽しい時間でした😊🌸🌸🌸プライベートサロンbeingyouリニューアルオープン記念❤️セッション料金を割引価格で提供します❣️詳しいメニューは公式LINEまたはDMにてメッセージ下さい❤️↓h
大人に出来て子供には出来ないことがあるように、子供にできて大人に出来ないことがある。宗峰妙超を知ったのは2、3年前で、一休以外に横目の頂相を遺した人物がいる、と。その人は悟りを開いてなお、橋の下で乞食の集団の中で20年修行したという。これは飛び切り偉い人物に決まっている。建長寺の展示が終わったら作ろうと決めていた。さらに何をおいても励め、自分とは何かを追求するものだけが我が弟子である。に打たれて、亡くなった時の遷化図まで作ることにした。ところが宗祖臨済も〝自己を究明せよ‘’道元も〝仏道をなら
名古屋市にて、ヨガ教室「HATI-YOGA」を主宰してます。思春期から大人までのヨガ講師、クリスタルボウル奏者、時に歌う🎤asacoです新緑と坐禅の旅💖家族にお願いして、1人旅してきました。誰かも言ってたけど、私も名古屋に来てから(20年)ずーっと突っ走ってきて、去年から色々あって、自分も歳を重ねてきて、こりゃ生き方改革しないと壊れるなって思う様になりました。大切なもの。手放していいもの。難しいけど。1人になって、キラキラした新
学ぼうとしても、師が得られない悲しみがある『第十六行持』16-22-2shobougenzo.blogspot.com
手放しのすすめって聞くけどもともと手放すものがないの手放せないっていう思いが湧いてるだけなんです
ゴールデンウィーク中の3日間、円覚寺で法話会・坐禅会が開催されます。「功徳林」(くどくりん)とは、善い行いを積み重ねる場という意味。場所は宿龍殿(正続院の客殿)。開催期間中は、正続院にある国宝舎利殿も特別公開されています。円覚寺の拝観料大人500円小中学生200円舎利殿拝観料大人300円小中学生100円法話・坐禅会参加料(各回)大人500円小中学生300円
マインドフルネスとは、今この瞬間の体験に意図的に意識を向け、判断せずにただ観察する実践です。呼吸に集中したり、感覚を丁寧に感じたりすることで、心身のバランスを整える効果が期待できます。特に注目されているのが、自律神経への働きかけです。ストレスや緊張状態では交感神経が優位になり、心拍数の上昇や筋肉の緊張が生じます。マインドフルネス瞑想によってゆっくりとした深い呼吸を意識すると、副交感神経が活性化され、心拍数が落ち着き、筋肉の緊張がほぐれていきます。この自律神経のバランス調整が、ストレスの軽減
細長いカツ作ったよねお坊さんが坐禅中に肩を叩くやつ、警策(けいさく)って言うんだって⚫︎豚こまカツ⚫︎カボチャグリル⚫︎春雨サラダ⚫︎ピーマン塩昆布おかか和え⚫︎桜大根
曹洞宗安泰寺5代目住職であった師の言った言葉を集めた本です。公案のような意味不明の言葉もありましたが、少し考えて分からなければそのまま先に進んでとにかく読了。ゆっくり読んでいく中で、心に響くものを拾っていけば良かろうと思って読みました。歯切れがよく「なぜ」なしの厳しい老師の言葉を咀嚼して自己を反省すると、あらためて日々凡夫の生活をしていることに気付かされ、叱られっ放しのような気がしました。彼のおっしゃっていることを、頭では理解できても真には分かっていない。その証拠が今の自分の生活であ
座禅開始から40分ほど経ったら、直堂は警策を持つのを止め、とあるお経を挙経します。普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)または正法眼蔵坐禅儀(しょうぼうげんぞうざぜんぎ)というお経を読みます。どちらも曹洞宗開祖・道元禅師様によって書かれたものです。特に重視されるのは前者の普勧坐禅儀。非常に長いお経なので、偉い方がこっちを読むぞ、と指示したときに読まれます。どちらも非常にゆっくり読むので、めちゃめちゃ時間が掛かります。速く読もうとすると、役寮さんからマジ切れを喰らいます。また、夜
もう連休の方も多いのでしょうか?連休ってどこかにお出かけするって方も多いでしょうし帰省される方も多いでしょうしまぁ、どこに行っても混んでますから僕としてはじっとしておきたい(大の人混み嫌い🤣)連休は今まで出来なかったことや何かやってなかったことをやるチャンスかもしれません☺どなたかが連休中は大掃除をする、これがめちゃくちゃはかどる(年末はバタバタしてるから出来ないので)なんてことを話していました☺️なるほどー人それぞれでの連休の過ごし方があるんですよね🐱あ、1日デジタル
戦場において百万人に勝つよりも、唯だ一つの自己に克つ者こそ、じつに最上の勝利者である。(中村元訳『ダンマパダ』103)五月に入り少し憂鬱さを感じるときは、坐禅でも組んで自分を見つめ直すことで、改めて自らの立ち位置と進むべき道筋を、しっかりと確認していきたいものです。
5月の仙台禅道会は通常通り2日間の開催となります。尚、都合により5月のみ開始が30分遅れ、17:30からとなりますのでよろしくお願いいたします。5月9日(土)午後5時30分より提唱(碧巌録瑞巌寺住職起雲軒老大師)5月10日(日)午後5時30分より提唱(碧巌録瑞巌寺住職起雲軒老大師)となります。当日は1時間前の16時30分より随坐として自由に来て坐って頂けます。坐禅に興味がある方、初心者の方もお気軽にご参加下さい。椅子での参加も可能です。細く長く続けて頂ける方歓迎して
箱根湯本にあるお寺で日本文化体験しませんか?WouldyouliketoexperienceJapanesecultureinHakone?HAKONEFUKUJYUIN☎︎0460-85-5991書道体験Japanesecalligraphyart所要時間1時間程度1hourお一人様5,000円1person5,000yen坐禅ZAZEN所要時間1時間程度1hourお一人様2,000円1person2,000yen茶道体験
大阪天王寺区にある坐禅の寺天正寺です。4月の講座「中村天風と禅」を3回に分けて行いました。そのほんの一部分を紹介します。中村天風は喉の癌になった。権威ある医者にすぐ手術をしなければいけない。もう、声が出ない可能性が高いと言われた。中村天風は先生に「がんもトンビもあるか」と言い、手術はしなかった。以下は中村天風の言葉いつまで生きようとは思っていない今ある命に感謝して今日を生きるだけなんだ。死ぬ事は決まっているんだから死について考える必要はないこの様な絶対
道元の正法眼蔵を読み解くと、相対的自己と絶対的自己を区別していることが分かる。相対的自己は、すべてが相互の関係性で成り立っていると理解し、その関係性の中に埋め込まれた自己である。子は親がいなければ生まれないが、子がいなければ親になれない、無があるから有がある、といった話しが良く知られている。縁起のことで、生態系の考え方に通じる。絶対的自己は、こうした一切の対象とそれらとの関わりを超えて、世界そのものと同一になった自己だと言う。言葉にもならない。認識主体も霧散していて、悟りを得たという次
不思議な「運命」、道元和尚は、8歳の冬に、「生母の死」から「観無常」に!「如浄」禅師の「中国天台宗の教家」から「中国禅」に変わったその「特異点・二面性」で、・「道元」和尚から見える面と・「懐奘」禅師「義介」から見える面とが「異なる」ようになり、異なったものが、繋がる様になった。「瑩山」禅師の教団が「カプセル」となって、現在まで、届けれれた。現在は、「思想の系譜」という、客観的な「学問」が発達して、「道元」和尚の宗教と「瑩山」禅師の宗教とは、異なっているこ
先日、円覚寺で坐禅をした🧘♀️静かな時間✨鳥の声🐦鐘の音🔔心が整う体験だった💕坐禅の前に、お坊さんの説教を聞いた📝禅の考え方が、めちゃくちゃ気になる🤭「発心」この言葉が心に残った💕私は、何か気になると、本から入る派📚ネットじゃなく、本📝活字が好き💕早速、図書館へ🏃♀️禅の本、2冊借りてきた✨①「クセになる禅問答」②『心配ごとや不安が消える「心の整理術」を1冊にまとめてみた』どちらも気になった本💕まだ読んでないけど、読むのが楽しみ📚どんなことが書いてある
この度、光明寺におきまして「写経とお香の会」を開催する運びとなりました。先月は香道の菟道竈門(とどうかまど)の堀之内先生とのご縁によるコラボ企画『坐禅と塗香の会』が開催されましたが、今回は坐禅ではなく写経と香道のコラボとなります。写経だけでなく、普段接することの少ない香道の世界に触れられる貴重な機会です。堀之内先生秘蔵の数々のお香と共に、ゆったりとした午後のひと時を味わってください。檀信徒の皆様に限らず、あらゆる皆様方のふるっての御参加お待ちしております。お申し込みは住職か、菟道
99机の上に並ぶ二つの返信。滝川勇斗風間賢二それぞれの言葉は、異なる領域から同じ現象を照らしていた。「意味処理の迂回」「固定の緩み」椎名優子は、その二つのフレーズをノートに書き写した。ペン先が、優子にそのロジックを届ける。(なるほど……)理論としては、納得できる。言語を意味として処理せず、音として反復する。それにより通常の認知回路が一時的に外れ、既存の思考パターンが緩む。(だから、変化が起こる)筋は通っている。だが――優子は、ペンを置い
5月・1日(金):午前8時~市内托鉢・14日(木):午前8時半~おかげさま清掃・24日(日):午前7時~ZENかふぇ・29日(金):午前8時半~おかげさま清掃※今月のZENかふぇは、第四日曜日となります!
即位の後も、昼夜に坐禅した『第十六行持』16-21-3shobougenzo.blogspot.com
幸運!道元が、最後まで「懐奘、義介」に嗣法を許さなかった。むしろ、二人とも「嗣法」しなかった!だから、「瑩山」禅師は、直接、「如浄」禅師に「嗣法」した。『如浄禅師語録』『宝慶記』の教えを、正しく「嗣法」した。その内容は、「南宋」の「中国禅」であった。それに「助証」として「日本達磨宗」の「嗣法」を加えた。「道元」和尚の「正伝の仏法=原始仏教」は完全に封印された。~~~~~~~~~~~~~~先ず大谷哲夫先生のP302の「豁然、大悟の物語」は、事
以前からずっと気になってた、北鎌倉の円覚寺✨日曜説教と坐禅、行ってきました🤭坐禅って、目をつぶるものだとずっと思ってた💦でも、実際は、半眼。うっすら開けたまま、前を見る。知らなかった😂新しいことを知る瞬間って、好き⭕️静かな空間の中で、ただ、座る✨余計なことを考えようとしても不思議と、すっと落ち着いてくる。日常の中にない時間だった💕洪鐘弁財天では、御朱印と鳥居ストラップもいただいた🙏御朱印は書き置きのみだったけど、木みたいな感じがして好きだった💕次回は、かつ(警策)を