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本日(2月12日)が議員会館の退出期限でした。多くの皆さまのご協力により、なんとか片付けと撤収作業を終えることができました。当選していれば、選挙直後のこの時期は挨拶回りをしているはずなのですが、落選すると引越しという過酷な作業が待っています。午後には片付けのメドがついたので、党の内外でお世話になった議員の事務所にお礼のご挨拶に回りました。議員としての取り組みは、一人でできるものではなく、多くの議員と力を合わせて進めてきました。一緒に取り組んできた議員からは、「また戻ってきて、一緒にやり
曾祖父・田村秢祖父・兄田村元祖父・弟田村憲司父・田村憲久=母・田村圭子|長女田村真子田村真子(たむらまこ)1996年2月3日-TBSテレビのアナウンサー。生まれ:1996年2月3日(年齢29歳),三重県学歴:上智大学四谷キャンパス、高田学苑高田中学校・高等学校両親:田村憲久、田村圭子祖父母:田村憲司身長:156cmTBSアナウンサー田村真子陽がのぼるほうへ[田村真子]楽天市場田村憲久(たむらのりひさ)
おめでとう!よくやった!惨敗落選の安住ざまぁ!こいつの高圧的で傲慢な態度、人を小馬鹿にしたような物言いが腹立たしかったので、めちゃくちゃスカッとした!
六男・父・梶山静六=母・梶山春江長男・梶山弘志=梶山由可子梶山弘志(かじやまひろし)1955年〈昭和30年〉10月18日-政治家自由民主党所属の衆議院議員(9期)自由民主党国会対策委員長(第61代)経済産業大臣(第25-26代)内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)・産業競争力担当大臣・国際博覧会担当大臣・ロシア経済分野協力担当大臣・原子力経済被害担当大臣(第4次安倍第2次改造内閣・菅義偉内閣)内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革)・まち・ひと・し
岐阜県庁と対面する感じで、椅子に腰掛けた人物像がある。武藤嘉門(むとうかもん)翁像とあるが全く存じない方です。近づくとより大きく感じる。この方は元岐阜県知事で衆議院議員で名誉県民であるお方です。1947年から1958年にかけて岐阜県知事を務め、1963年に92歳で生涯を終えている。70代後半になって県知事に立候補するなんて当時の平均寿命からして考えられないことだが、当選して11年も務められたのは立派なことだ。その息子の嘉一、嘉文と現在の衆議院議員である容治まで4代続く
木原稔=木原由紀子木原稔(きはらみのる)1969年〈昭和44年〉8月12日-政治家自由民主党所属の衆議院議員(6期)自由民主党安全保障調査会長防衛大臣(第25代)内閣総理大臣補佐官(国家安全保障に関する重要政策担当)(第4次安倍第2次改造内閣・菅義偉内閣)財務副大臣(第3次安倍第2次改造内閣・第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)防衛大臣政務官(第2次安倍内閣)衆議院国土交通委員長自由民主党憲法改正実現本部幹事長同「こども・若者」輝く未来実現会議座長同
岩手県出身の「平民宰相」原敬差出のハガキです。内務大臣だった原敬が、立憲政友会の同士であった秋田県湯沢出身の故「衆議院議員・武石敬冶」の建碑除幕式に対する返事のようです。全て自筆ですが、気になるのは月日が空欄になっていることです。筆跡鑑定ができないので盛岡市にある原敬記念館で鑑定してもらおうかと思っています。次に「明治39年1月1日」差出の年賀状があります。内務大臣時代の原敬差出の年賀状です。よくある年嗣等印刷されたですが、気になるのは表面に軍隊所属(第八師団工兵第八大隊
2/13【午前中】は、金澤ゆい衆議院議員の事務所にご挨拶に伺いました。→内部打合せや決裁などの執務→大相撲藤沢場所実行委員長より福祉チケット受領→打合せや決裁などの執務→記者会見リハーサル【午後】は、広域大和斎場組合議会→打合せや決裁などの執務→県消防協会高座支部・出初式反省会への参加。という1日でした。大相撲藤沢場所ではいつも献血をして下さっており、実行委員長が熱心で精力的に動いて下さっております。→https://www.fujisawabasyo.com/春巡業大相撲藤沢場所
本日(10月20日)は、超党派の地熱発電普及推進議員連盟の活動として、午前には岩手県の松尾八幡平地熱発電所を視察し、午後には地熱シンポジウムin岩手に出席しました。桜井シュウは、国際協力銀行(JBIC:JapanBankforInternationalCooperation)に勤務していたときにインドネシアの地熱発電所の新規建設事業の融資を担当しました。インドネシアでは地熱発電がドンドン建設されていて、しかも地熱発電用の発電機は日本製です。当時は、日本の3メーカー(富士電機、東