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仕事が忙しかった現役の頃は、頻繁に故郷に帰ることはできなかった。しかし、60歳を過ぎ仕事の最前線から退くと休暇も取りやすくなり、毎年故郷の鹿児島に帰れるようになった。実家と先祖代々の墓を長年守ってきた長兄が亡くなるまでは、帰省すると長兄の家族らと談笑したり、故郷で暮す小・中学校時代、高校時代の仲間と旧交を温めてきた。しかし、その後は私自身が高齢になってきたこともあるが、長兄もいなくなり帰省の頻度も落ちてきた。・・・ところで、故郷に帰るとい
曲水の庭曲水の庭から、山道を下がって行くと、山の斜面に何やら整然と石組みされた古い遺跡のようなものがあった。水力発電用ダム跡これは、忠義が築かせた送発電用貯水槽跡で1892年(明治25)からはこの電力を使って就成所や園内の照明に利用していた。水力発電用ダム跡さすが明君の島津斉彬の後継者だと、感心して解説を読んでいた。ここを下って行くと、今度も何か意味深な苔生した構造物を発見。