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最近母が可愛い〜と思う時があります少し前までは本当に憎たらしい母認知症からくる暴言が多く動きも活発なので危なくて目が離せずちょっと注意すると余計に興奮状態になるし憎たらしいとしか言いようがないくらい憎たらしかったですそれが寝たきりをきっかけに今は大人しくなりましたそして動作やしゃべり方がちょっと可愛いらしいなにかすると「ありがと」とか「ごめんねぇ」とか言ってくれてその言い方が可愛らしいのです寝たきりになる前の母は朝起こしに行くとだいたい機嫌が悪く「
今年も早いものでもう大晦日ですね全然、年末年始という感じがしませんスーパーへ行きそういえばお正月なのか…と思いだすくらいですさて、最近の母は水分摂取量が少なくなってきたので点滴をしたいとお願いしてました前回の話↓『介護が辛くなる日々』認知症母の自宅介護を要介護1から始まり要介護5の現在もしています今までもイライラや怒りや悲しみや大変で辛い時はたくさんありましたそして今もとても辛いですなにが…ameblo.jp点滴は静脈からではなく皮下からで自宅でも比較的難
2026.01.26(月)夫入院4106日目ちょうど1年前に誤嚥性肺炎で救急搬送された父リハビリ病院への転院そこでまさかの脱水からの腎盂炎悪化元の救急病院へ転院介護度が2→5他の病院へ転院この時点で半年経過自宅介護が困難と病院に言われその病院の老健へ一旦入所父の場合相部屋はダメと判断しずっと個室です友達のお母さんがここの緩和ケア病棟におられた時とても良かったと聞いていたので期待して入所して貰いましたが緩和ケア病棟と老健は別物期待していたのもダメでした手厚
救急車が到着するまでの8分間、オペレーターの指示は完璧だった。わたしは固定電話から119をダイヤルした。『【母が緊急入院】その①』母が特養の施設から夕方帰宅した。預けてから10日が経っていた。途中、転倒事故で整形外科を受診していた。結果、骨折等はないはずだった。だが、母は明らかにおかしい…ameblo.jpその方が、わが家の特定が楽ではないかと思ったからだ。周知の通り、『火事ですか?救急ですか?』『救急です!』で始まった。『8分で到着しますよ』と言いながら救急車の手配を終えたオペレー
孫4人のうち、3人が1月生まれです。というわけで、今月次々に、誕生日を迎えて6歳、孫娘、孫息子4歳、孫娘、3歳、孫息子になりました。いつの間にかベビーと呼べる年齢をすぎあっという間に幼児が4人。賑やかですそして孫息子3歳の誕生日に母が、来月からお世話になる「看護小規模多機能型居宅介護」の施設の方が来られて登録の手続きをしました。手続きの書類が多くて、日付をその度書いたので、孫息子の誕生日に書いたこと忘れなさそうです。実は、急な展開
おはようございます。こんにちは。こんばんは。いつ以来の投稿なのかも確認しておりませんが、ご無沙汰しております。現状の体調と付き合って行く方法が見つかりそうなので、ハンチントン病や自宅介護についてのブログや情報発信を年明けから再開したいと思います。特に、ハンチントン病の治療薬として報道された件についても続報含めて、当事者の妻に付き添った私なりの印象を交えた発信が出来ればと思います。嫁っちが自分で食事が出来ていた時から通うお店。私一人になった今でも通っています。心の
前回のブログの続きです。シボリーⅡは脆い10月16日の朝、シボリーⅡの根元が折れた。訪問看護師さんにメールした。「半固形ラコールをくるくると絞る棒(シボリー)が壊れました。手持ちがあったら次回の訪問時に持ってきて貰えませんか?」シボリーⅡとの付き合いを簡単に書くと2018年の春に胃ろうに。最初は液体ラコールが栄養剤でした。訪問看護師さんから半固形ラコールを勧められてから液体を辞めて半固形ラコールに。最初はシ
1月も半分が過ぎ、色々動き出した感じがします。水曜日も朝から打合せがあり、午後からは母の施設の打合せ。お正月も母はコロナだったので12月の退院、私は再診以来1か月以上も会っていませんでした。誤嚥性肺炎、帯状疱疹、コロナと1か月の間に3つも病気になってしまったので、覚悟の再会でした。行ってみると、びっくり、元気に復活しました。自宅介護にしようかな?の面会だったので、年末年始を本当に平和にのんびり過ごした私としては、いよいよ公私共に忙しくなっていくことを乗り越えることが出来るのかな?と
もし「転機」と言うものがあるとしたら、私にとっての「2016年1月25日」はトップクラスの「転機」弟の家にいた両親のうち父が前年に亡くなり、その直後から「母に認知症」という話が出ます。それまで無責任で自堕落な生活をしていた私でも、流石に「長男がこれではいけない」と思い、一緒に暮らし始めた日なんです。その同居も「たったの3年」で終わってしまうのですが、その間で私の生活は大きく変わりました。なにしろ認知症(母の場合は「レビー小体型認知症」)ですので目が離せません。仕事に
この投稿は、きのこがつぶやく《縁側だより》日常編です。出逢いと別れは人生に何をもたらすか、、、,母に会いに行く。自宅介護11年から、施設にお世話になり7年目になる。自宅から、母が離れて7年。今日の母との面会は、母はウトウトだから、わたしも目をつむる。母と手をつないでただ、生きている時間20分の面会のために1時間かけて来る。かけがえのない静かな時間と空間。こんな時が来ようとは、想像すらできなかった…苦しかった時期もある。今は、母幸子さんが大好きで、可愛くて愛お
1月24日今年に入ってからも続いた、親族や知り合いの病気や事故などのニュースは、改めて、私にこの国の60%近くを占める貧困層の厳しい医療の現実を私に思い出させています。私は2018年に、突然、末期癌にて余命宣告された日本の妻の自宅介護を、亡くなる迄の6ヵ月間した経験があり、また現役時代に医薬品メ-カ-のMRとして、多くの病院、Drを通じて、医療の現場を見て来ました。また私自身が種々の理由から自身の寿命を65歳迄と定めて生きて来た事もあり、ブログを書き始めてから、余命宣告された方達や難病の方