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食べず、話さなくなってから、4〜5日目。前日仕事を1日休んで、この日は夜勤。なんとか用意をしていく気にはなっているみたいだけど、結局いつも家を出る時間には出られない。いつもは駅まで歩いていくけど車で送って行った。夫は、いつも通り仕事ができるのだろうか、、、本当に、本当に、心配、、この後の仕事中のことはわからないけど、後から同僚の人に聞くと「あきらかに様子はおかしかった。食べるのが異様に遅かった」と。。。なんか、変なことをして会社の人に迷惑
毎日を心豊かなありがたい日々にするためにはやりたいことをやり行きたいところへ行き出会いと起こる出来事に日々感謝することですそうすると感謝で溢れる現実が創られていき毎日が心豊かでありがたい日々となりますこれからの時代自立が必須!経済的、社会的に自由になってこそ、真の自立であり、奴隷から抜け出せるシステムなのだ!〜師のブログより抜粋させていただきました〜師ルシーター・クィーンのブログです!宇宙の真実を書いてくださっています!『あなたは真の自由を掴めるか?!シン
2022年12月パパの病気が分かりました闘病中は自分の心を整理する為にそして健忘録の為にブログを書いていましたパパは約8カ月の闘病の末旅立ちましたいま振り返ってみると少し違って書いてしまっていたり書いてなかった出来事や症状もあると思うので記憶にあるうちに振り返りながら書き留めておきたいと思います話は少し戻ります2023年2月1日医師に言われた言葉「3月3日に治療が全て終わり当院で出来る事は無くなります」同時に伝えられたこと退院後は2週間おきに投薬の
夫が食べず、話さなくなってから、15日目。2023年2月27日近所のメンタルクリニックの初診が翌週末に取れましたが、そこまで待てず少し遠いところにある精神科のある病院へ連れて行くことになった。夫の両親が来てくれてなんとか着替えさせる。以前、便失禁があった時(こちらのブログ→ベッド脇に便失禁)以来、リハパンを履かせていることを、ご両親に伝えた。夫の手を引いて玄関まで連れて行く。私は自分のカバンと上着をとりに一旦部屋へ戻る。夫は玄関で私が来るま
ご訪問ありがとうございます😊いいねやコメントもありがとうございます✨感謝しています💖🙏🍀スズランの赤ちゃんby実家とんちゃんとばあちゃんのこと🍀水曜日4/17娘ファミリーと実家に行った時にばあちゃん(私の母)先日81歳になりました認知症、今年からほぼ寝たきり食事、排泄、清拭など全介助、話す言葉もなにかわからない意味不明…😢食事の時すらほぼ目を閉じている時々、単語がフッと出てきたりするそんな状態昨年秋に生まれたとんちゃんじいちゃんばあちゃんにとっては6人目
父、一人介護2度目の木曜日。11時半に訪看さんが来る予定なので安心していた。お昼すぎに父からLINEで「母、またうんち失敗。自分でおむつを引っ張り出してしまった。」と連絡が・・・10時半頃、母は左手で便のついたオムツを引っ張って外してしまったらしい。父ではどうにもできず訪看さんに電話をし予定より早めに来てもらいオムツの処理から汚れたシーツの取り換えまですべて行ってもらったそうだ。すべて終わって安心して家族LINEで連絡してきたようだ。母も汚れたオムツを取り換えてもらえず相当気持ち
こちらは要介護度5の実母の病気や入院生活、自宅介護などについてつづっていたブログです。母は2021年10月に心不全で亡くなりましたが、現在もときどき母の介護の振り返り記事等を載せております。母、2017年の初夏に脳出血を発症。★脳出血の話は急性期病院リハビリ病院そして2019年の晩秋に脳梗塞を発症。★脳梗塞の話は急性期病院リハビリ病院夫の実家のトイレ改修の件、今月下旬に着手できそうです。先日は、介護保険に加えて障害福祉の住宅改修の助成を使わせてもらう
はじめまして。じゃすみんといいます。夫が2023年2月末に自宅で倒れ、グリオブラストーマ(膠芽腫グレード4)、余命14ヶ月と診断を受けました。主人の病状は、手術後重度の認知障害を発症。要介護5。寝たきり、胃ろう、暴言、せん妄あり。それから半年後の8月から自宅介護を開始しました。現在は在宅介護を始めて7ヶ月が経とうとしています。夫はまだ懸命に生きています。当時の様子を振り返りながらその様子をリアルにブログで残したいと思います。振り返りの記録が現在に追いつきましたら、自分の心の整
こんにちは、今日は朝イチで乳腺外科へ行ってきました。市民検診の乳がん検診でまたひっかかってしまって‥石灰化が集中しているという‥でもしこりもないし、エコーでも今のところ大丈夫という診断を受け、半年後に石灰化が増えているかをまた見るという結果でした。去年と別のところやったので去年と比較ができんのがあれやな、次の半年後が大事や。帰ったらカレンダーに予約かいとこ。にしても、こういう、自分のことに気を使えるようになったの本当にありがたい。自分を上にみているわけではないけどちょこまる家わたし
羊水検査日を決めるため産院を受診した。胎児が生きている状態のエコーを最後に夫にも見せたいと思い、夫に付き添ってもらった。経腹エコー:胎児の大きさは13w4dで週数ぴったり。元気に動いていた。首の後ろのむくみがあった。むくみは2.7mmでそこまで厚くはないけど胎児がのけぞった姿勢をしているため正確に測れないと言われた。10〜13週頃にできる絨毛検査を希望していたがこの産院では実施していない。羊水検査ができるのは16週以降で結果は4週間後と言われた。となると20週以降での中期中
食べず、話さなくなってから、3日目。夜勤明けの休みの日も、結局ほとんど何も口にせず、何もしゃべらず、ゴロゴロとしているか寝ていた。私は一日中「うつ病」を検索。上の娘は、そんなパパを少し心配そうな感じ。夜勤明けの休みが明けたこの日、朝から出勤の予定だったが、起きられず用意ができなかった休みの連絡を会社に入れた。久しぶりに聞く夫の声。割としっかり喋っている。少し安心した。この日は1日中寝ていて、全く何も口にしなかった。
夫が食べず、話さなくなってから、10日目。2023年2月22日この話はわたし的には本当に衝撃で悲しく、書くことを躊躇しましたが、脳腫瘍の人の症状として「こういうこともあるよ」とお伝えするべきだと思ったので、包み隠さず書きます。〜〜〜〜〜〜夫はこの日も仕事を休み、リビングで何も話さず食べずゴロゴロとしていたが、夜は早めにベッドへ向かった。22時ごろ、物音がしたので様子を見にベッドのある二階へ。部屋に近づくにつれ、猛烈な匂いがする
こんばんは、kazuです。来月になったら、オカンをバラ園に連れて行こうと計画中!ワタシ、ブログのタイトルにしてるけど【親孝行したい時に親はなし】後悔しない生き方をしたい!正直ね、親孝行って、なんやろ?って時々まじめに考える。親の為に!って何かをしてあげる事も親孝行やろうし親に心配かけないように!って自立するのも親孝行やろうし何が正解なんか?は、きっと誰にも分からんね。きっと、その家、その家でも違うやろうし、親子関
中絶は殺人。殺人を犯したくない。なんの罪もない命を罪だらけの私が殺すのか、、、産んだらかわいいだろうし一生懸命育てるだろう。私と夫が生きていて、可能な限り。働いていた施設でダウン症の入居者がいた。施設入居するまでは高齢の母親が自宅介護していたが自宅介護困難になり施設入居となった。入居してしばらくは母親が恋しくて毎日泣いていた。認知症の進行も早く数年で寝たきり車椅子になった。高齢の母親も施設入居し、面会には来れなくなった。50代で入居して60代前半で亡くなられた。体はふ
私の人生ってなんだったんだろう?鏡に映る自分の顔が大嫌いから大好きになる!人生が激変する魔法の美肌ケア!アトピーでボロボロだった顔が1か月で褒められ美肌に大変身!鏡を見るたびに自信が湧き出る美肌作りで人間関係・仕事力まで好転失った美と人生を取り戻す!褒められ美肌育成コーチ八木田よしえプロフィールはこちらですこんにちは✨✨✨褒められ美肌育成コーチ八木田よしえです。幸せホルモンのオキシトシンを知っていますか?最近よく聞きますよね!大好きなメイクア
食べず、話さなくなってから、2日目結婚してからほぼ毎年作っていた、夫の大好きなティラミス。その年も、夫が夜勤の日にこっそりサプライズで作っていましただけど、結局1口も口にしませんでしたそれどころか、この日以来、まるで食べる意欲を失ったかのように何も飲まず食べようともしなくなりました。さすがにそれでは身体に悪いので、スポーツ飲料や飲むゼリーなどを無理やり口へ持っていき、なんとか1〜3口ほど摂取できる、、というような状況でした。ただ、こたつでぼー
うちの夫の場合、前兆はこれと言って思い当たることがありませんでした。2023年2月13日、あの日は夜勤明けで小雨が降っていたので、夫を車で駅まで迎えにいきました。前日、夜勤へ出勤する時はいたって普通、、、だったような気がします。しいて言えば、電車に乗る前に珍しく財布を忘れたと電話があり、駅へ届けに行ったぐらい。今思えば、それが前兆、、、??夜勤が終わり、迎えの車の中で夫は無口。最近口内炎ができしゃべりずらそうにしていたし、疲れているのかな、と思いましたが、
夫が食べず、話さなくなってから、6日目病気になる前の夫はかなりのキャンプ好きでテントもギアも揃えて、毎月ファミリーキャンプ&ソロキャンを楽しんでいました。〜〜〜〜〜〜〜2023年2月18日(土)この土日の連休は、6歳の息子と二人でキャンプに行く予定にしていた。私と14歳の娘は試験勉強があるのでお留守番の予定。前日に引き続き、さすがに様子がおかしい夫を行かせるのは心配で、ずっとずっと夫に「やめたら」と言っていたけど、「大丈夫」と言って荷物を車に詰め込み、結局出
しばらく書いてなかったら、何書いていいのか分からなくなってました(笑)先日誕生日を迎え、節目の年ということもあり子供たちからたくさんプレゼントをもらいました。兄さんは母の日も合わせてということで。最近高くて鰻食べてないーという言葉を覚えていてくれてありがとう(笑)このマッサージガンは欲しかったやつー。娘はこまごましたものをくれました。一応赤いやつね(笑)また健康に気をつけて、1年いい年にしたいなと思います。その日はころんのトリミングあり、友達が遊びに来てくれたりとバタバタで終わり
訪問いただき、ありがとうございます義父による自宅介護生活が始まって5ヶ月と3週間がたちました義父(要支援2)80歳足と腰がわるいです義母(要介護5)80歳歩けない、寝たきり食事は自分で食べる肝臓がん腹水あり*****14日(日)2週間ぶりに義理実家へ行ってきました。義父の様子冬服をたくさん干していました。クリーニングには出さないで自分で干してしまうと節約だからなぁとのこと「200円しかない」と言っていました財布に20
母は意識がはっきりしてきて苦痛が出てきたのかしきりに頭や耳を押さえる仕草をする。こちらから聞けば「痛い」「右の耳が聞こえない」と声を出して答えられるようになった。言葉で答えられるようになったのは嬉しいが、苦痛があるのは可哀そうなので初めて処方されていたカロナールの座薬を入れてみることに。事前に訪看さんに教えてもらっていたが実際にやるのはなかなか難しかった。なんとか挿入に成功し、痛みが和らいだ母はウトウトし始めた。状態が安定しているようなので私は一度自宅へ戻り、大晦日は妹に任せて元旦
こんにちは!KIKIですブログ、ひさしぶりすぎますーーー笑今やブログ(テキスト)をどれだけの方が読んでくれるのかわからないけど記録として残しておきたいこと(シェアしたいこと)をタラタラ書いておくツールとしてはやっぱり便利♡母、突然の入院さて2023年に大腸癌で施術をして、2024年2月に全身に転移していることがわかってから日に日に体力がなくなっていきました(泣)4月になり、いよいよ私生活も困難になり我が家で迎え入れようと話していた矢先に転倒してしまい、頭部を打
手術の同意書にサインし提出をした翌日、父から「大切な話がある。お母さんはやはり手術は受けない。同意書は撤回できるとあるので撤回を申し出る。」とLINEがくる。はあ!?と思っているところで病院から着信。担当医だった。「お母さんと再度よく話をしたが手術はやはり受けないとのことだった。最後は本人の希望が一番なので無理強いはできない。手術、治療をしないということであれば入院している必要はない。明日、自分は出張でいないが同じチームの別の医師と話しをした後退院してもらって構わない。」というような話だった
姉妹のどちらかが実家にいられない日は父にLINEで状況を教えてもらうようにした。「相談室」からバトンタッチされた「高齢者サポートセンター」の職員の方から連絡があり介護保険調査員との面談日が12/15に決まる。まだ介護認定はされていないが介護用品のレンタル等は先に借りられるので何かあれば連絡を。と高齢者サポートセンターの方に教えてもらう。母が料理をできなくなってしまったのでおかずを少し作って2日ぶりに実家へ寄る。母はおととい会った時より会話がスムーズにいかない。何か言おうとするのだが言
ご無沙汰しております。執事です。DOUBLEも執事も元気にしています😊今日は、ご存知の方がいたら教えていただきたい事があります。今、父上が利用している看護小規模多機能施設では本人が望むようなリハビリがありませんと言ってもですねこちらの地域の施設では父上が望むようなリハビリをしてくれる施設なんてありません父上〜どんなリハビリご希望ですか〜🤣要介護認定4今現状の父上の身体の状態・状況年齢などを考えても父上が望むようなリハビリを受けられる施設はどこにも無いと思いますこ
夫が食べず、話さなくなってから、11〜14日目。2023年2月23〜26日仕事はしばらくお休みさせてもらっていた。相変わらず話さず食べずで、寝ている時間が多かったが、日中はテレビを見させたり積極的に話しかけた。食事は水分補給ゼリーを無理やり飲ませる。トイレにも自発的に行かなくなったので、こちらから促して連れて行った。トイレの中でどうしたら良いのかわからないような時もあった。45歳の夫がこんなに急激に認知症のような感じになって、私も本当に戸惑
夫が食べず、話さなくなってから、7日目。昨日、キャンプに行く前に夫に無理やりおにぎりを1つ食べさせた。それ以外は何も飲まず食わず。身体が本当に心配しかもテントの準備片付けには人一倍詳しく口うるさい夫が、今日はテントのたたみ方がわからない結局中途半端に畳んで受付の方に返した。私たちが片付けをしている間、息子は周辺の子供たちとお友達になって遊んでいた。夫が突然「息子は上の子と下の子の間でうまいことやりながら遊んでいる。中間管理職向きだなっ」と笑いながら冗談を言
はじめまして。都内に夫と猫と住む50代です。2023年11月の終わりに母親に悪性の脳腫瘍(膠芽腫)が見つかりあれよあれよと介護生活に突入。進行の早い腫瘍によって母の病状が日に日に変わっていく中、介護サービスを利用しながら家族3人(父、妹、私)で悪戦苦闘して自宅での看取りまで行いました。介護生活は3か月と短かったのですが色々なことが濃縮されたような日々でした。母の脳に聞いたことがない膠芽腫という病が発覚したとき、ご本人やご家族に同様の病をお持ちの方のブログや体験談を探して読ませて
12/4にMRI検査を受けた母。入院している間に家族のグループLINEにメッセージを入れてくるのだがなんとなく様子がおかしい。内容は帰りたいということと家の事務的な事の連絡なのだがなぜか「ですます」調。あと、意味は何となく通じるが言葉の選び方がおかしい。「退院する時」を「辞める時」と表現したり。母の腫瘍は左脳にできており、左脳は言語を司るのでまず言語に障害が出ると後で言われていた。今思えばこのころから失語症の症状が出ていたのだろう。検査結果が出るまでの数日、母のいない実家で父と色々話
夫が食べず、話さなくなってから、9日目。2023年2月21日この頃私はネットでずっと「うつ病」のことを検索していた。うつ病になると「一日中寝ている。眠りたいだけ寝させておけば良い」「認知症のような症状が出ることがある」などの情報を見て、夫は絶対にうつ病なんだと思っていた。もしそうだとすれば3ヶ月ほど会社を休めばまたいつもの日常が戻ってくる、と信じていた。午前中に近くの心療内科の予約が取れたので、夫の両親と連れて行き血液検査をする。これまでのことを一通り話す。「おそら