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【幡による供養】寺院での法要においては、経文の記された「幡」を掲げる・祀る・供えることがあり、これも尊い供養のひとつであります。『法華経』の10番目「法師品ほっしほん」には、「十種供養じっしゅくよう」といわれる10種類の供養が説かれています。①華け②香こう③瓔珞ようらく④抹香まっこう⑤塗香ずこう⑥焼香しょうこう⑦繒蓋ぞうがい⑧幢幡どうばん⑨衣服えぶく➉伎楽ぎがく8番目には「幡」とあり、幡をもって供養を捧げることが説か
📜原文此に予愚見をもて前四十余年と後八年との相違をかんがへみるに、其相違多といえども、先世間の学者もゆるし、我が身にもさもやとうちをぼうる事は二乗作仏・久遠実成なるべし。法華経の現文を拝見するに、舎利弗華光如来、迦葉光明如来、須菩提名相如来、迦旃延閻浮那提金光如来、目連多摩羅跋栴檀香仏、富楼那法明如来、阿難山海慧自在通王仏、羅睺羅蹈七宝華如来、五百・七百普明如来、学無学二千人宝相如来、摩訶波闍波提比丘尼耶輸陀羅比丘尼等は、一切衆生喜見如来、具足千万光相如来等なり。此等の人々は法華経
🌞二月氏の外道―仏に先立つ九十五種の道―『日蓮聖人御書』(537~538頁より)【原文】二月氏の外道。三目八臂摩醯首羅天・毘紐天、此二天をば一切衆生の慈父悲母、又天尊主君と号。迦毘羅・漚楼僧佉・勒娑婆、此三人をば三仙となづく。此等仏前八百年已前已後の仙人なり。此三仙の所説を四韋陀と号。六万蔵あり。乃至仏出世に当て、六師外道此外経を習伝して五天竺の王の師となる。支流九十五六等にもなれり。一一に流流多して、我慢の幢高こと非想天にもすぎ、執心の心の堅こと金石にも超たり。其の見の深こ
【原文】📜而に四十余年の経々をば東春の大日輪寒氷を消滅するがごとく、無量の草露を大風の零落するがごとく、一言一時に未顕真実と打けし、大風の黒雲をまき、大虚に満月の処がごとく、青天に日輪の懸給がごとく、世尊法久後要当説真実と照させ給て、華光如来・光明如来等と舎利弗・迦葉等を赫々たる日輪明々たる月輪のごとく、鳳文にしるし亀鏡に浮べられて候へばこそ、如来滅後の人天の諸檀那等には仏陀のごとくは仰れ給しか。水すまば月影ををしむべからず。風ふかば草木なびかざるべしや。法華経の行者あるならば、此等の聖者は
【小湊山誕生寺…日蓮聖人の生家跡に日蓮誕生寺として建立された日蓮宗の大本山】【千葉県・鴨川市】鎌倉時代の建治二年(1276)、日蓮の弟子の日家が、日蓮聖人の小湊の生家跡に高光山日蓮誕生寺として建立したのが始まり。室町時代の明応七年(1498)の大地震・大津波に遭って堂宇坊舎を全て流出したので、祓崎の南端から現在地に移転。更に、江戸時代の元禄十六年(1703)の房総沖を震源地とする大地震・大津波に遭い、支院十坊と門前の人家百余戸が流失、僧俗408名が溺死する大災害に見舞われた。その後、水戸の徳川
📜開目抄(つづき)三には大覚世尊。此一切衆生の大導師・大眼目・大橋梁・大船師・大福田等なり。外典外道の四聖三仙、其の名は聖なりといえども実には三惑未断の凡夫、其の名は賢なりといえども実に因果を弁ざる事嬰児のごとし。彼を船として生死の大海をわたるべしや。彼を橋として六道の巷こゑがたし。我大師は変易猶をわたり給へり。況分段生死をや。元品無明の根本猶をかたぶけ給へり。況見思枝葉の麁惑をや。此仏陀は三十成道より八十御入滅にいたるまで、五十年が間一代の聖教を説給へり。一字一句皆真言なり。一