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御教歌遊んでもせいを出しても一日ぞさればいづれを徳とかはしる遊んで暮らすのも、一生懸命に励み骨折るのも同じ一日である。さればどちらの方が徳となるのかは、いずれ知ることとなる。このように仰せの御教歌です。江戸時代では、夜灯(とも)す明かりに行灯(あんどん)と呼ばれるものが使われていました。この行灯に使う油を売る商人は、当時の生活に欠かせない必要な職種だったようで、この商人は、各家を回ってマスを使って量り売りをしていた
さて、壮大な宝塔の場面が続く中で、釈迦牟尼仏は十方の仏たちに囲まれながら、未来の弟子たちへの大きなメッセージを語ります。それが、あの有名な「六難九易(ろくなん・くい)」です。六難(六つの難しいこと)仏はこう説きます。「世の中には、どれだけ修行を積んでも容易ではない行いがある。それは例えば――仏が滅度した後の悪世において、この経を説くこと膨大な経典を深く理解し、人々に正しく教えること仏が現れる前の時代に正しい法を説くこと迫害や中傷の多い世で大乗経典を広めること邪説や誤解を破り、
人としてこの世に生まれ、人間にしか出来ない、最も甲斐のある生き方が、仏の道と教えていただきます。人は必ず死ぬ。その限られた時間の中で、「これだけは本当に尊かった」「これこそが生きた証」と言えるご奉公を「今生人界の思い出」と言います。それは今世の成功や地位や名誉、毀誉褒貶とは隔絶し、自己愛の思い込みでも、仲間内のお世辞でもなく、御法の定規に照らした賞罰、時空を超えた信心の世界にある「思い出」です。日蓮聖人は『持妙法華問答抄』の結びに、「願くば、現世安穏、後生善処の妙法を持つのみこそ、今生の
鎌倉ちょい歩き鶴岡八幡宮一の鳥居~小町大路古寺を巡るその3本覚寺~大巧寺~蛭子神社●鎌倉ちょい歩き鶴岡八幡宮一の鳥居~小町大路の古寺を歩くその1:鎌倉駅~一の鳥居~延命寺その2:延命寺~妙本寺その3で妙本寺から小町大路へ引き返し「滑川・夷堂橋」を渡って本覚寺~大巧寺~蛭子神社~日蓮聖人辻説法跡へと歩きました。日蓮聖人辻説法跡から「若宮大路二の鳥居」を見ながら鎌倉駅方面へ。■本覚寺=日蓮宗=~俗に「東身延」と呼ばれる~妙厳山(みょうげんざん)本覚寺と号
「怒るは地獄。」という言葉は日蓮聖人が説いた言葉です。怒りっぽい人は誰からも助けてもらえなくなり孤独となるから地獄にいるのと同じだという意味だそうです。多くの人は、怒りっぽい人にはあまり近づきたくないと思うのではないでしょうか?怒りたくて怒っているのではないという人もいるでしょう。京都蓮久寺の三木住職は言います。「怒」は奴の心と書きます。「あいつのせいで」「あいつが〇〇だから」と他人の責任だと考えるから怒りになるのだと。怒りは自分の意見にほかならない。他者の行動を嘆かわしいとみなす判
皆さま、南無妙法蓮華経。寂而山常照寺住職の大原孝宣でございます。本日は、一人の親として、そして法華経の行者として、この春に賜りました大きな「功徳」について記させていただきます。この度、私の次女が無事に大阪大学への合格を勝ち取ることができました。しかし、その合格への道筋は、まさに絶体絶命とも言える過酷なハプニングとの戦いでした。試験会場で起きた「不条理」二次試験の当日、娘が苦手としていた科目の試験中に予期せぬ事態が起こりました。同じ教室の受験生が体調不良を訴え、試験が一時中断。全受
こんにちは🙂今回は『開目抄』の中でも、日蓮大聖人の自己省察と、末法における覚悟が赤裸々に示される極めて重要な御文を拝していきます📖✨ここは、👉「なぜ自分がこれほどの大難に遭うのか」👉「それでもなぜ法華経を弘めるのか」という問いに、大聖人ご自身が答えを出される場面です。◆原文(御書)此に日蓮案云世すでに末代に入て二百余年、辺土に生をうく。其上下賎、其上貧道の身なり。輪回六趣の間人天の大王と生て、万民をなびかす事、大風の小木の枝を吹がごとくせし時も仏にならず。大小乗経の外凡内凡の大
こんにちは若女将です。今日は予報どおり朝から雨降りの身延山。気温的には少しずつ春らしくなってきましたが朝晩はまだ冷えますね。ロビーのストーブ撤収はもう少しお預けです。さて昨夜は「住職認証式」に出席される寺院団体様と認証する側の日蓮宗宗務院担当者様でフル回転でした。新住職の皆さま誠におめでとうございました春はなにかと忙しい身延山。今月はまだまだ行事ありです!*****************************************************
【原文】📜(全文)季札といゐし者は心のやくそくをたがへじと、王の重宝たる剣を徐君が塚にかく。王寿と云人は河の水を飲て金の鷲目を水に入、公胤といゐし人は腹をさいて主君の肝を入。此等は賢人なり。恩をほうずるなるべし。況舎利弗・迦葉等の大聖は二百五十戒三千の威儀一もかけず、見思を断じ三界を離たる聖人也。梵帝諸天の導師、一切衆生の眼目なり。而に四十余年が間、永不成仏と嫌すてはてられてありしが、法華経の不死の良薬をなめて燋種の生、破石の合、枯木華菓なんどせるがごとく、仏になるべしと許ていまだ八相をとな
🔶【原文】爾の時に薬王菩薩、即ち座より起って偏に右の肩を袒にし、合掌し仏に向いたてまつりて、仏に白して言さく、世尊、若し善男子・善女人の能く法華経を受持することあらん者、若しは読誦・通利し、若しは経巻を書写せんに、幾所の福をか得ん。仏、薬王に告げたまわく、若し善男子・善女人あって、八百万億那由陀恒河沙等の諸仏を供養せん。汝が意に於て云何、其の所得の福、寧ろ多しと為んや不や。甚だ多し、世尊。仏の言わく、若し善男子・善女人能く是の経に於て、乃至一四句偈を受持し、読誦し、解義し、説の如く修
📖現代語訳(冒頭〜中盤)そのとき、仏は菩薩や大衆に告げられました。「善き男子たちよ、あなたがたは如来の真実の言葉を信じなさい。」仏は三度にわたって繰り返し説かれ、大衆は弥勒菩薩を先頭に合掌して答えました。「世尊よ、どうか説いてください。私たちは必ずその言葉を信じ受けます。」三度の懇願を受けて、釈尊は言われました。「よく聞きなさい。これが如来の秘密・神通の力である。人々は、釈迦牟尼仏は釈氏の家を出て、伽耶城の道場で成道して以来、まだ遠くないと思っている。しかし実際には、私が成仏して
あるとき、釈迦牟尼仏の前に、突然――✨七つの宝で作られた巨大な塔✨が現れました。その高さは500由旬(とてつもなく高い!)、幅は250由旬もあります。この宝塔は地面から湧き上がるように現れ、宙に浮かびました。金・銀・瑠璃(るり)・真珠などの七宝で飾られ、五千もの欄干と、数えきれない龕室(がんしつ=仏像を安置する小部屋)があります。宝の鈴や幡(はた)、香炉からは多摩羅跋栴檀(たまらばせんだん)の香りが漂い、世界中を満たしました。塔の高さはなんと四天王の宮殿に届きます。🌸天