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🪷【はじめに】法華経には、「教えを人に伝える人」への深い尊敬と大いなる功徳が説かれています。今回はその【第3〜第5段】から、“仏の使い”として生きることの意味とそれに対する尊敬と警戒の大切さをやさしく解説します。📖【第三段:たった一人にでも法華経を語る人は、仏の使い】🪷「もし誰かが、たった一人に対してでも法華経の一言一句を語るならば、その人はまさに✨**“如来(仏)の使い”**である。それがもし、大勢の前で説かれるのならば、その人の徳は、なおさら尊い。」🌿つまり──
📜原文倩事の情を案ずるに、山川・谿谷・大海・江河・土地・草木一切何物か五戒の体に非ずと云ことなし。委くは提謂経を見るべし。地獄の衆生も五戒を持つ、餓鬼の衆生も五戒を持つ乃至云云。地獄等の衆生の所持不殺生戒も、仏菩薩の所持不殺生戒も、但不殺生戒は同じことなり。但し所持の法はかはりめなけれども、能持の人には差別あり。故に沈浮も有なり。然れども戒体に於ては只何れも一なり。爰を以て一業とは云なり。是体の謂れをば、法華経ならではえいはぬ事なり。法華経の開会の法門と申すは、此五戒を開会するなり。経文委く
小野龍海’s歴史塾このホームページでは歴史研究の成果を資料化して公表しています。ono-no-tatsumi.amebaownd.comなんだ、その怪しげなタイトルの本は?って思った方、同意見です。(笑)日本の國體と日蓮聖人『古神道密義』とは八幡書店から復刻されている本のタイトルで原本は『日本の國體と日蓮聖人』という至ってマジメな本のようです。目次に触れると、最初の目次はよくある皇国論のようです。この目次でも見知らぬモノは無さそうです。
さて、壮大な宝塔の場面が続く中で、釈迦牟尼仏は十方の仏たちに囲まれながら、未来の弟子たちへの大きなメッセージを語ります。それが、あの有名な「六難九易(ろくなん・くい)」です。六難(六つの難しいこと)仏はこう説きます。「世の中には、どれだけ修行を積んでも容易ではない行いがある。それは例えば――仏が滅度した後の悪世において、この経を説くこと膨大な経典を深く理解し、人々に正しく教えること仏が現れる前の時代に正しい法を説くこと迫害や中傷の多い世で大乗経典を広めること邪説や誤解を破り、
こんにちは🙂今回は『開目抄』の中でも、日蓮大聖人の自己省察と、末法における覚悟が赤裸々に示される極めて重要な御文を拝していきます📖✨ここは、👉「なぜ自分がこれほどの大難に遭うのか」👉「それでもなぜ法華経を弘めるのか」という問いに、大聖人ご自身が答えを出される場面です。◆原文(御書)此に日蓮案云世すでに末代に入て二百余年、辺土に生をうく。其上下賎、其上貧道の身なり。輪回六趣の間人天の大王と生て、万民をなびかす事、大風の小木の枝を吹がごとくせし時も仏にならず。大小乗経の外凡内凡の大
📜原文二、教主釈尊は住劫第九の減人寿百歳の時、師子頬王には孫、浄飯王には嫡子、童子悉達太子一切義成就菩薩これなり。御年十九の御出家、三十成道の世尊、始寂滅道場にして実報華王の儀式を示現して、十玄六相・法界円融・頓極微妙の大法を説給、十方の諸仏も顕現し、一切の菩薩も雲集せり。土といひ、機といひ、諸仏といひ、始といひ、何事につけてか大法を秘給べき。されば経文には顕現自在力為説円満経等[云云]。一部六十巻は一字一点もなく円満経なり。譬へば如意宝珠は一珠も無量珠も共に同。一珠も万宝を尽て雨、万珠も万
👑第八部:在家・出家のための懺悔法と菩薩戒の授受【原文】仏、阿難に告げたまわく、(中略)普く十方の諸天・世人の為に広く分別して説け。仏の滅度の後、仏の諸の弟子、若し方等経典を受持し、読誦し、解説することあらば、静処の若しは塚間、若しは樹下・阿練若処に於て、方等を読誦し、大乗の義を思うべし。(中略)但大乗方等経を誦するが故に、諸仏・菩薩、昼夜に是の持法の者を供養したまわん。(中略)此の行を行ずる者は真に是れ仏子なり。諸仏より生ず。(中略)菩薩戒を具足せる者と名く。羯磨を須いずして
📜原文日蓮案云二乗作仏すら猶爾前づよにをぼゆ。久遠実成は又にるべくもなき爾前づりなり。其の故は爾前法華相対するに猶爾前こわき(強)上、爾前のみならず迹門十四品一向に爾前に同ず。本門十四品も涌出・寿量の二品を除ては皆始成を存せり。双林最後大般涅槃経四十巻・其外の法華前後の諸大乗経に一字一句もなく、法身の無始無終はとけども応身報身の顕本はとかれず。いかんが広博の爾前・本迹・涅槃等の諸大乗経をばすてゝ、但涌出・寿量の二品には付べき。されば法相宗と申宗は西天仏滅後九百年に無著菩薩と申大論師有しき