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涙の戦闘隊部隊全滅日本陸軍飛行第78戦隊記録(11)涙の戦闘隊部隊全滅(日本陸軍飛行第78戦隊記録)平塚勝著、平塚滋編集WrittenbyHiratsukaMasaru,JapanArmy78FREditedbyHiratsukaShigeru(C)2024-暁の奇襲1944.01.14暁の奇襲。敵の寝込を襲い地上撃破尠(せん)とも40機の戦果を挙ぐ。未曾有の戦闘機を以ってする大挙夜間攻撃に我奇(く)しくも参加する機会を得たり。
この写真、特攻にご興味をお持ちの方なら一度はご覧になったことがあるのではないかと思いますPhoto:Wikipedia昭和20年5月26日昼下がり鹿児島・陸軍万世飛行場第72振武隊5人の少年飛行兵朝日新聞社の記者が捉えたこの写真は「子犬を抱いた少年飛行兵」として有名ですね子犬を抱いた荒木幸雄伍長はこの時17歳2ヶ月(本記事では出撃前の階級で記します)少年飛行兵たちの笑顔に関しては、過去記事で一度触れましたが『その笑顔は【洗脳】だったのか
陸軍中野学校に興味があって、意を決して読みました。『陸軍中野学校全史』全627ページの大作・・・大変だった。ヒ〜筆者の斎藤充功さんはノンフィクション作家で、週刊誌で陸軍登戸研究所の取材をしたことで、中野学校のことに興味を抱いたようです。登戸と中野は連携が深いからね。陸軍中野学校は昭和13年に開かれた諜報活動をする工作員養成のための学校です。終戦までのたった7年しか開校していませんでしたが、総数2131名の諜報員を養成し、卒業生は軍服ではなく長髪・背広といういで立ちで一般人に紛
監督:山田敏久2025年主な登場人物(俳優)役柄【「雪風」乗組員】寺澤一利(竹野内豊)「雪風」の艦長。早瀬幸平(玉木宏)下士官・兵を束ねる先任伍長。井上壮太(奥平大兼)水雷員。ミッドウェー海戦で「雪風」に救出され、その後「雪風」の乗組員となる。有馬岩男(藤本隆宏)砲術長。中川義人(三浦誠己)航海長。佐々木伊織(山内圭哉)水雷長。藤井道郎(川口貴弘)機関長。読書が趣味。佐藤捨造(中林大樹)主計長。【海軍】伊藤整一(中井貴一)海軍第二艦隊司令長官。古庄俊之(石丸幹二)軍令
8月9日から17日までお盆休みなんですが…11日にお墓参りに行って12日に旦那とご飯を食べに行ってから体調が優れず…どこにも行けてません寝てばっかり…普段睡眠時間は短い方なんですが具合が悪いと寝れるもんです【閲覧注意!】⛔⛔⛔昨日たまたま見たワイドショーにこの作者が出演してました。読んでないんですけどねワイドショーの中身は大まかにこんな感じでした。①日本人は第二次世界大戦は真珠湾攻撃から始まったと思っている②日本は戦争に纏わる近現代史が教科書
掩体壕(えんたいごう)こんにちは、よっこん日記のよっこんです。今回は、松山市内の太平戦争の歴史を今に伝える遺物を見に行ってきたので、紹介します。太平洋戦争(第二次世界大戦の局面)の戦時中、愛媛県松山市北吉田町一帯に、松山海軍航空隊の飛行場がありました。その歴史を今に伝える、石碑が2つあります。「松山海軍航空隊跡」の石碑(1つ目)愛媛県松山市北吉田町(伊予鉄バス金比羅前バス停近く)ちょうど2つの石碑の間に、北吉田公園があります。
これは彼が昭和19年3月27日熊谷陸軍飛行学校を巣立つときの寄せ書き寄せ書きの右側に、このブログ内の物語「快翔萬里〜空の果て遥か」のタイトルにもなった彼の言葉が見えますそして中央「一機當千中隊長藤井中尉」操縦士としての彼を育てた藤井教官の名が記されています満州・白城子で彼の出陣を見送った彼の同期、髙橋良雄さん(復員されましたがすでに他界されています)その髙橋さんのご遺族からお預かりした遺品の中に偶然にも、この藤井中隊長(中尉)にまつわる新聞記事
この本は本屋さんで見かけて少し前から気にはなっていたのです。戦前から戦後までの昭和を描いた時代小説ですと。しかし分厚い。しかも三部作。まだ最後の巻までは出ていないし、これは読み終えるまで長くかかりそうだ・・・と引けていたところ、思い切って読み始めました。けっこう書評とかで評判なんですよね評判の通り、面白い!スルスルと進みます。続きが気になって読んじゃう。これはおすすめ本です。今、第一部を読み終わったところで、ひとまず感想を書きます。まずは物語の設定なんですが
ブログ主です。当ブログへのご訪問ありがとうございます。先日、台風15号が列島を縦断しかなり強い風雨で各地には大きな被害が発生しました。特に私の母の実家がある静岡県では大きな被害が起き、牧之原市など4つの市と町で突風の被害が相次ぎ、突風により大きな被害があった牧之原市では住宅731棟が損傷し、自動車は横転し、電柱が複数なぎ倒され停電も起こって未だに復旧の見込みが無い。母の実家付近でも冠水で車が水に浸かったりの被害があったようだ。母の実家の田んぼではもう新米の刈り取りは終わって被害はな
太平洋戦争が始まってすぐの頃、坂井はオランダ軍の輸送機が飛行しているのを偶然発見したことがあった。輸送機といえど、敵の重要人物が搭乗しているかもしれず、拿捕、もしくは撃墜せよという命令が出ていた。坂井はオランダ軍の輸送機に近づいていった。「護衛はいないようだな・・・」坂井は周囲に目をくばりながらつぶやいた。撃墜すべきか警告射撃をすべきか、思案しながら近寄ることにする。用心のため太陽の方角から接近した。近寄ると、機体は陽光にギラギラ輝いている。窓があって多くの顔が自分に向けられているようだ
こんにちは。だいぶ久しぶりの投稿になってしまいました。先週、父が亡くなりまして、葬儀やら何やらでバタバタしておりました。しばらく前から闘病していましたので、心の準備はできていたのですが・・・なんだか自由な時間になるとボーッとするというか、ぽっかりと穴が空いたようです。犬は逝くし、父は逝くし、今年は何かしら自分の節目なんだなあと。年内はのんびりしながら色々と片付けていこうかなと思っています。さてこの映画、随分前から公開を楽しみにしていたので、行ってきました。お客さんガラガラだ
公式ハッシュタグ令和7年3月11日骨董品ランキング3位83年前の昭和17年3月4日,日本海軍は,全長27メートル超,航続距離7000キロを超える性能を持つ二式大型飛行艇2機でハワイの真珠湾を再空襲した。この二機はマーシャル群島のウオッゼ基地から出撃してフレンチフリゲート礁に着水。待機していた潜水艦から燃料補給を受けると直ちに離水し,ハワイオアフ島の真珠湾を空襲したのだった。戦争を肯定したり美化したりするわけではない。気宇壮大なこの作戦は,今の私達を元気にしてくれるの
いつもエコノミライ研究所のブログをご覧下さり、ありがとうございます。今年は午(うま)年何事もスムーズに駆け抜けることができるならば、素晴らしいことです。ウィキペディアはじめ、様々な文献や記録に残っている、近代国家として歩み始めた「日の本(ひのもと)」が、地球上の人類社会でトップグループを維持するために必要とされた「投資」物件である、戦艦をはじめとする、海上艦艇の歴史を紐解くシリーズを始めさせて戴いています。1945年8月14日をもって無力化されたとはいえ、21世紀に
いつもエコノミライ研究所のブログをご覧下さり、ありがとうございます。ウィキペディアはじめ、様々な文献や記録に残っている、近代国家として歩み始めた「日の本(ひのもと)」が、地球上の人類社会でトップグループを維持するために必要とされた「投資」物件である、戦艦をはじめとする、海上艦艇の歴史を紐解くシリーズを始めさせて戴いています。1945年8月14日をもって無力化されたとはいえ、21世紀に入っても、「イージスアショア」計画が頓挫(とんざ)し、再び、イージス艦計画の延長線上に組み込まれ
『日本に“食人”の風習ってあったの?』こんにちは、裏世界担当・丸こめゴンザレスです。今日のテーマは……ちょっとディープ。「え?日本にも“食人”ってあったの?」はい。これはフィクションでも都市伝説でもなく、一部歴史資料に“そうした痕跡”が記録として残っています。🧾そもそも“食人”とは?文化人類学的には「カニバリズム(人肉嗜食)」と呼ばれ、宗教的・儀礼的・戦利品として・飢餓時の生存手段など、世界中で様々な理由で行われてきました。🗾日本での事例は?①飢饉の時代:江戸〜明治以前の
これは2025年8月中旬現在の情報だ。それ以外の時期に読むと全く価値のない話になる可能性がおおいにあることに留意せよ。まず第一にエセックスの改造。エンプラと並んでホイホイ配布されてる気がするので入手難度は低めだが、人類社会における到達点の一つと呼ぶべき傑作空母がエセックスだからな。「現在も存在している空母の原型」がエセックス級空母なのです。なのでアズレン的にも戦3爆3攻2で140/130/120という、露骨に高難度海域適性のある装備構成をしている強
先週末から、これまで投稿してきたブログ記事が900件を超えたことから、自分でもこれまでどんな記事を書いたか見直すのに時間がかかるようになったので、記事をテーマ別に区分する作業をしています。通知が大量に上がってしまった方には、大変申し訳なくお詫びいたします。あと500件ほど仕分けをしていきますので、ご勘弁ください。今日は、奥様は仕事がなく一日フリーです。ということで、今回は二人でお出かけ。行先は、先日ひとりで訪問した「橿原神宮」です。帰った後、奥様が「私も行きたい!」と言っ
太平洋戦争末期、日本海軍の象徴ともいえる戦艦「大和」は沖縄特攻作戦で撃沈され、今も鹿児島県坊ノ岬沖の海底約350メートルに眠っています。しかしなぜ、技術の進歩した現代においても、その引き上げが実現していないのでしょうか?この記事では、戦艦大和が引き上げられない3つの大きな理由をわかりやすく解説します。\お得に旅行するチャンス/>楽天トラベルで割引クーポンを見てみる技術的・財政的な限界戦艦大和は全長263メートル、排水量約6万5千トンにもおよぶ超巨大
☆☆1941年(昭和16年)12月8日☆☆太平洋戦争は、1941年(昭和16年)12月8日から1945年(昭和20年)9月2日まで日本と連合国との間で行われた戦争です。第二次世界大戦の局面の一つで、日本が太平洋とその周辺でアメリカ、イギリス、中国、ソ連などの連合国と戦いました。原因は日本の中国への侵攻とそれによるアメリカの制裁の輸出規制太平洋戦争の発端は、1941年12月8日
7月下旬、テレビを見ているとユーキャンのコマーシャルが流れました。詳しくは明日の新聞チラシで。久し振りに見たコマーシャルは、太平洋戦争。今年は、大東亜戦争が終結して80年。祖父や祖母、父や母が体験した大東亜戦争。新聞チラシDVD全10巻特典付き付録付きいまから約15年位前に購入しました。自分が購入した時の特典・付録は何だったかな?1巻が約60分になっています。10巻を通しで観ると10時間、さすがに大変でした。近年は8月になると終戦の日迄に1日1巻を観るようにしています。
いま手元にある司馬さんの未公開公演録の本の中に、元陸軍伍長の方からの手紙の一部が載っている。この方は満州の最前線でソ連軍と戦った経験があり、その手紙文はそのときのことを書いている。おそらく小松原師団長が、日本の兵隊さんは強いから何とかなる、と言っていた兵隊さんの実相の一つがこれであろう。我が分隊十八名の所持する兵器と言えば、役立たずの照空灯・聴音機・発電自動車の外には、明治三八年式の小銃六丁に拳銃一丁、それに各自の銃剣だけ、おまけに小銃弾は一発も有りませんでした。中隊長が言うには、「お前
その人が幼い頃に味わった屈辱感は、その人のその後の世界に対する態度を決める大きな要因だと思う。そのような人は、過去に受けた屈辱感を決して忘れず、それをバネとして生き、場合によっては自分にその屈辱感を与えた相手に対して一矢報いたいと思うにちがいない。わたしは中産階級の普通の家庭に育ったので、必ずしも大きな屈辱感を味わった過去を持っているわけではないが、それでも様々な場所で受けた小さな屈辱感をバネとして生きてきたから、そういう人の気持ちを想像することはできる。ところで、日本政府の外交は弱腰であるこ
総選挙は自民党の地滑り的勝利となりました。これは紛れもなく現在の民意なのでしょう。単なる勝利というのではなく、高市人気による国民的な「熱狂」を感じました。自民党本部の候補者ボードがまたたく間に薔薇の赤で染まる光景にそれが凝縮されていました。熱狂‥‥。どこかで見聞きしたような光景に少し戸惑っています。それはかつての悲惨な戦争の光景です。戦前、戦中に「右向け右」とばかりに一方向に向かった際の国民の熱狂と重なるものがあるのです。見聞きと記述しましたが、私は60代の戦後世代で戦争を経験しており
東條英機は精神論者であった、とよく評されます。東條の言行録ここに東條のそうした性格を示すいくつかの記録が残されています昭和19年3月11日この日の朝、名古屋を出発した東條は伊勢神宮で参拝そのあと明野飛行学校の視察に訪れました秘書官だった廣橋眞光がこの時の様子をメモに記しています約二時間半に亘り徹底的に明野飛行学校を視察の折明野飛行学校は学校であるとの観念で決戦下物足らなさがある。部隊であるとの観念でなければならないといふ御気持ちで左の如き問
御影石の零戦太平洋戦争中、茨城県には日本海軍航空隊の基地が複数置かれていましたが、その一つが谷田部海軍航空隊。もともと霞ヶ浦海軍航空隊の補助隊でありました。訓練部隊でしたが、戦況悪化につれ、昭和19年2月から実戦部隊に。そして特攻隊「昭和隊」も編成されます。谷田部は、今はつくば市になっています。秋葉原駅からつくばエクスプレスで、みどりの駅までピュー。みどりの駅から筑波学園病院までバスで30分程度。この筑波学園病院あたりの界隈が、かって谷田部海軍航空隊があった場所です。筑波学園
ネット上では映画「雪風YUKIKAZE」の評価が賛否両論に分かれているようですね~。みなさんの感想を読んでいると、戦史に詳しい人ほど厳しい評価、あまり詳しくないor知らない方たちからは高評価となっているようです。ということは、ドラマ性、メッセージ性としては良い作品だけど、史実を描いた映画としてはマイナス点が多い・・・ということになるんでしょうか。確かに実際の戦争を描いた映画としてはフィクション多めでしたよね。※以下ネタバレおおいに有り
熱を出して寝込んでいる時は、なぜかいかつい映画が観たくなります・・・なんか変なホルモンとか出てるんでしょうか?これもそんな感じで。1998年公開、極東国際軍事裁判(東京裁判)を描いた映画です。この年は極東国際軍事裁判結審の50周年記念だったそうで。1948年結審ですか。中心人物となるのは東條英機です。東條英機って、教科書的にはめちゃくちゃ極悪人のような扱いで習ってきた記憶がある・・・教えてくれた先生がそういう思想の人だったんかな。今になって色々自分で読むように
アジアの国々に対する日本人の歴史観は酷いもので、私の住むフィリピンに対しても「日本がアメリカの植民地支配から解放してあげた」などという「美しい😓歴史」を信じる人も多数います。今回はフィリピンについてはそのようなおバカな歴史観は捨てていただきたく、戦前のフィリピンと戦争について紹介します。日本軍が侵攻した1941年12月8日当時、フィリピンは1946年7月4日の独立が決まっており、独立準備政府が統治していました。また戦前のフィリピンは発展しており、1930年代のマニラの一人当たり所得は日
JamesSetoushi2025.9.4ティム・オブライエン『ニュークリア・エイジ』村上春樹訳文春文庫(再掲)TimO’brien〝TheNuclearAge〟1ティム・オブライエン(1946~)ミネソタ州生まれ。ベトナム戦争に歩兵として従軍。著書『ぼくが戦場で死んだら』『カチアートを追跡して』『本当の戦争の話をしよう』『世界のすべての七月』『失踪』『ニュークリア・エイジ』など。(文庫の作者紹介から)2『ニュークリア・エイジ』核時