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魏志倭人伝を素直に読めば、魏の使者は朝鮮半島から対馬、壱岐と渡ってきて、末盧国(ほぼ間違いなく北九州の松浦半島)に上陸し、そこからチョコチョコといろんな国を訪ね、最期に邪馬台国に行き着いています。もし邪馬台国が畿内だとしても、北九州の諸国が邪馬台国の支配下にないなら、少なくとも同盟・従属関係にないなら、魏の使節は北九州に上陸できませんし、する理由もありません。そもそも北九州の衛星国をひとつづつ丁寧に訪問していた使節団が、そのあとドーンとトバシていきなり奈良まで行っちゃうのは、おかしかないか?
長田大塚古墳は「卑弥呼の墓」ではないかと言われています。福岡県朝倉市にあります。九州横断自動車道の山田サービスエリア(上り)に隣接しています。山田サービスエリアから歩いて30秒で古墳の案内板の所に行けます。長田大塚古墳は以前は直径80mの円墳と思われていましたが、最近の調査で、本来の基底部は145mあることが分かりました。そうなると文句なく全国1位の円墳となります。それだけでなく、直径145mの円墳となると、魏志倭人伝に記述された「卑弥呼の墓」のサイズ