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これまでの弊ブログで、現在の日本の歴史の問題点とされている「邪馬台国」、及び、「魏志倭人伝」に書かれているそこへのルート等について、書いてきた。今回は、邪馬台国の位置=畿内説に書いてみよう。話題の原点は魏志倭人伝にある記述をどう解釈するかだ:つまり、南至投馬國水行二十日官日彌彌副日彌彌那利可五萬餘戸南至邪馬壹國女王之所都水行十日陸行一月南へ水行20日で、投馬国に至る。ーーーーーー。南に水行10日と陸行1月で女王の都のある邪馬台国に至る。記
これまでの弊ブログで、「魏志倭人伝」に書かれている、朝鮮半島の「帯方郡」から「邪馬台国」へ至るルート(通過する国々の方角と距離(または日数))と共に、「後漢書の東夷伝」(卷八五列傳卷七五東夷伝」➡こちら)に記述がある、倭の「奴国」(福岡県春日市?)が漢に朝貢を行い「金印」を授かった内容などについて書いた。しかし、現在の日本の歴史の問題点は、「邪馬台国」の位置、「魏志倭人伝」に書かれているそこへのルート、特に—「投馬国」から「邪馬台国」までの記述です。不弥国から南へ、投馬国(とうまこく