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これまでの弊ブログで、現在の日本の歴史の問題点とされている「邪馬台国」、及び、「魏志倭人伝」に書かれているそこへのルート等について、書いてきた。今回は、邪馬台国の位置=畿内説に書いてみよう。話題の原点は魏志倭人伝にある記述をどう解釈するかだ:つまり、南至投馬國水行二十日官日彌彌副日彌彌那利可五萬餘戸南至邪馬壹國女王之所都水行十日陸行一月南へ水行20日で、投馬国に至る。ーーーーーー。南に水行10日と陸行1月で女王の都のある邪馬台国に至る。記
○前回、ブログ『卑弥呼とは誰か?』を書いて、卑弥呼が大山祇神であることを案内した。ブログの最後に、次のように記している。・結果、卑弥呼とは誰か?と問われたら、邪馬台国の女王だと答えるしかない。その邪馬台国は薩摩半島である。その薩摩半島を象徴するのが、次の邪馬台国三山になる。・うねびやま=霧島山(1700m)・かぐやま=桜島山(1111m)・みみなしやま=開聞岳(924m)・これらの山々を領知する神が卑弥呼の正体になる。それを「古事
前回の弊ブログ空白の4世紀で、邪馬台国・卑弥呼の話などを書いたが、いろいろ疑問を思い出した。まずは、子供のころ、学んだ内容:邪馬台国は九州にあった、いや、近畿にあったと、昔から議論されてきて、結論は出ていない。この問題について、ふりかえってみよう。まずは、「邪馬台国」の読み=やまと国:現在「邪馬台国」は一般に「やまたいこく」とされている。しかし、この「やまたいこく」という読みは、江戸時代の新井白石が通詞今村英生の発音する当時(江戸時代中期)の中国語に基づいて音読したものであるた