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前回の弊ブログ空白の4世紀で、邪馬台国・卑弥呼の話などを書いたが、いろいろ疑問を思い出した。まずは、子供のころ、学んだ内容:邪馬台国は九州にあった、いや、近畿にあったと、昔から議論されてきて、結論は出ていない。この問題について、ふりかえってみよう。まずは、「邪馬台国」の読み=やまと国:現在「邪馬台国」は一般に「やまたいこく」とされている。しかし、この「やまたいこく」という読みは、江戸時代の新井白石が通詞今村英生の発音する当時(江戸時代中期)の中国語に基づいて音読したものであるた
熊本県山鹿市に「方保田」という地域がある。熊本県民でもなかなか読めない難解地名として知られる。「かとうだ」と読む。「かとうだ」と検索しても文字変換さえできない難解地名である。古くは「片保田」と書いていた記録もあり、「かたほだ」と呼んでいたのだろう。「かたほだ」の「たほ・taho」が「toh・とう」に変化したものだろうか?ここに「方保田東原遺跡」というものが存在するが、「邪馬台国」にも比定されようかという遺跡だが、発掘は全体の5%ほどだとされる。出土品は国の「重要文化財」に指定される貴重な品で
祖先の旅・特別編仮説構築編――タニハから美濃へすべては、DNA検査から始まった。2025年2月、自分のルーツを知りたいという軽い気持ちから受けたDNA検査。その後、自分の父から、そのまた父へと受け継がれてきたY染色体ハプログループを詳しく調べ始めたことから、「祖先の旅」は始まった。最初に分かっていたのは、ほとんどそれだけだった。Y染色体の系統を示すキーワードを一つずつ検索していくと、やがて中国・新疆ウイグル自治区のイリ地方へたどり着いた。さらに調べていくうちに、モ
卑弥呼について魏志倭人伝は次のように記している。女王卑弥呼が死ぬと径百余歩範囲に多数の塚を作り、奴婢百余人を殉葬した。後継者として男王が立った。ところが男王を不服として国が内乱状態となり、当時千余人が誅殺し合った。改めて卑弥呼の宗女である台与を13歳の女王として立てた結果、倭国は遂に安定した卑弥呼が死ぬと大きな塚を造り生贄として百余人を殉葬した。箸墓古墳がそれだとする人たちがいるが、日本書記では大物主神の妻であり孝霊天皇(7代)の皇女・倭迹迹日百襲姫命がその主だとしている。(崇