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あけましておめでとうございます!!スタルペスです。今年もよろしくお願いします。昨年12月、テレビのローカルニュースで、あさぎり町の才園古墳(さいぞんこふん)から出土した、金メッキされた銅鏡「鎏金獣帯鏡(ときんじゅうたいきょう)」が、あさぎり町に里帰りしたというニュースを見て、鎏金獣帯鏡を見学することにしました。今回の特別展示は、あさぎり町の須恵文化ホールでの展示です。※あさぎり町須恵文化ホールメイン展示は免田式土器のようですが、私の中では、「鎏金獣帯鏡」がメイ
前回の弊ブログ空白の4世紀で、邪馬台国・卑弥呼の話などを書いたが、いろいろ疑問を思い出した。まずは、子供のころ、学んだ内容:邪馬台国は九州にあった、いや、近畿にあったと、昔から議論されてきて、結論は出ていない。この問題について、ふりかえってみよう。まずは、「邪馬台国」の読み=やまと国:現在「邪馬台国」は一般に「やまたいこく」とされている。しかし、この「やまたいこく」という読みは、江戸時代の新井白石が通詞今村英生の発音する当時(江戸時代中期)の中国語に基づいて音読したものであるた
ブログランキング参加しました。『ブログランキング』と『にほんブログ村』の2つです。よろしければクリックお願いします。歴史ランキングにほんブログ村いつも応援ありがとうございます。【歴史】現皇室の世襲は6世紀から?「継体天皇」が「始祖王」か関東学院大・河内春人教授「日本書紀は記述にバイアスがある」古事記には、神武東征のところで紀元前後までしか存在しなかった河内湖(河内湾)に関する記述があるそうです。大阪湾が現在と違い東(内陸側)に大きく入り込んで形成された湾で、時代と共に湾の入り口
晩秋の令和7年10月26日壱岐島は遠いことから見合わせていたが磯田道史の「英雄たちの選択」で島が紹介され居ても立っても居られなくなってしまった。ここは弥生の遺跡や保存状態の良い古墳が残る島として古代史・古墳マニアにはたまらない場所である。(ウキウキ!)壱岐島地図26日の午後15:30発で予約をしておいた博多港~郷ノ浦港のジェットフォイル(往復13,170円)で玄界灘に浮かぶ壱岐島へ向かった。浮かぶジェットフォイル高速船(時速7