ブログ記事4,697件
お久しぶりです~カクヨム小説で手いっぱいでなかなか来れませんでした。こちらに少しずつリンクを貼っていきます。小説風に、掛け合いで書いてますので分かりやすいと思います。邪馬台国と神話の謎が解かれます!「二柱の天照~邪馬台国の謎と千八百年の約束」福岡の那珂川にある、住吉の元宮、現人神社。そこで、弥沙は神と邂逅する。6話神との邂逅──那珂川の現人神社──-二柱の天照~邪馬台国の謎と千八百年の約束~(三島ひみか(卑弥果))-カクヨム邪馬台国とは高天原。現実
邪馬台国は、「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条=魏志倭人伝に、書かれている記事に出てくる。➡こちらまたは、こちら(訳付)その魏志倭人伝に倭国の位置に関して、どう表現されているか見てみよう。倭人在帶方東南大海之中依山㠀為國邑舊百餘國漢時有朝見者今使譯所通三十國「倭人は帯方郡の東南、大海の中に在る。山がちの島に身を寄せて、国家機能を持つ集落を作っている。昔は百余国で、漢の時、朝見する者がいた。今、交流の可能な国は三十国である。」また、計其道里、当在会稽東治之東。
これまでの弊ブログで、現在の日本の歴史の問題点とされている「邪馬台国」、及び、「魏志倭人伝」に書かれているそこへのルート等について、書いてきた。今回は、邪馬台国の位置=畿内説に書いてみよう。話題の原点は魏志倭人伝にある記述をどう解釈するかだ:つまり、南至投馬國水行二十日官日彌彌副日彌彌那利可五萬餘戸南至邪馬壹國女王之所都水行十日陸行一月南へ水行20日で、投馬国に至る。ーーーーーー。南に水行10日と陸行1月で女王の都のある邪馬台国に至る。記
前回の弊ブログ空白の4世紀で、邪馬台国・卑弥呼の話などを書いたが、いろいろ疑問を思い出した。まずは、子供のころ、学んだ内容:邪馬台国は九州にあった、いや、近畿にあったと、昔から議論されてきて、結論は出ていない。この問題について、ふりかえってみよう。まずは、「邪馬台国」の読み=やまと国:現在「邪馬台国」は一般に「やまたいこく」とされている。しかし、この「やまたいこく」という読みは、江戸時代の新井白石が通詞今村英生の発音する当時(江戸時代中期)の中国語に基づいて音読したものであるた
【「古田武彦記念古代史セミナー2025」】テーマ:「卑弥呼はどこにいたか」実施日:11月8日(土)、9日(日)会場:大学セミナーハウス参加者:59名(会場参加)35名、(オンライン参加)24名主旨:江戸時代以来の懸案となっている邪馬台国問題に決着をつけるために論理的、科学的、客観的な議論を行うセミナーの実施を目指す講師:仁藤敦史先生(国立歴史民俗博物館名誉教授)久住猛雄先生(福岡市教育委員会)関川尚功先生(元橿原考古学研究所)。〈欠席〉谷
今回は『昔話』でもしましょうか(˘͈ᵕ˘͈ᰔ)【裏•桃太郎】〜作り話〜(そもそも作り話やけども)むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでおりましたおじいさんは山へシバきにおばあさんは川へ洗脳しに行きましたおばあさんが村人を集めて川で"洗脳"していると川上から大きな桃がどんぶらこと流れてきましたその桃を村人たちに家まで運ばせて「この中には"神の子"が入っておる」と言いました桃を切ってみると中から元気な男の赤ちゃ