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戦国時代に塚原卜伝という伝説の剣豪がおった。彼は超強くて超ユニークじゃ。ある日、弟子入りを志願する者が現れて塚原卜伝は腕試しのあと入門を許した。「先生、僕は一所懸命に修行します。そうすれば何年で免許皆伝になりますか?」弟子がこう尋ねると塚原卜伝はこう答えた。「うん。きみはなかなかスジが良いの。まぁ五年で免許皆伝になるんじゃろ?」と。すると弟子は今度はこう尋ねた。「先生、じゃあ僕は寝るのも食べるのも忘れて、ガッツリと修行に打ち込みます。そうすれば何年で免許皆伝になり
書斎の入り口に女の影が見えた。令宣は俯いたまま黙々と筆を走らせていた。照影が素早くその影を遮った。「旦那様、鴛蓉様です」令宣が俯いたまま応えた。「入れ」「旦那様お仕事中、お尋ねして申し訳ありません」阿伊を伴って鴛蓉が静々と入って来た。令宣は顔を上げなかった。「お初にお目に掛かります…鴛蓉です」鴛蓉は阿伊をゆっくりと振り返ると淑やかな仕草で合図した。「旦那様がお疲れでいらっしゃると思い甘汁を作って参りました。一服なさって喉を潤して下さいませ」阿伊が重箱の蓋をとり鴛蓉は汁物を
#日本3國#10三角は大和帯の謁見を許される。そこで提案したのは官軍ではなく撤退だった。薪に臥して天を諭すいかなる過酷な状況や不遇の立場にあっても、自らの強い意志と努力によって状況を打破し、天に道理を認めさせて最終的な勝利(成功)をつかみ取ること平内務卿は龍門や賀来が呼んでいた通りに、龍門を今回の敗因の張本人だとした。平内務卿の隊は龍門らを笑う。三角が口を開く前に彼を笑いものにするものも。大和帝謁見の願い申請も、門前払いされかけようとした時も、平内務卿が偶然訪れたことにより
私が「易(えき)」を学んでいる先生が、ときどきこんな言葉をおっしゃいます。「易の神さまも、とてもおよろこびです」どういうときに先生がそう口にされるかというと…たとえば、私が易の学びで気づきを得たとき。あるいは今回のように、ふと思いついて、易の話をブログに書いたときなどです。この言葉をはじめて耳にしたときは、「易の神さまって、何?いるの?」と、不思議に思いました。ですが同時に、先生がそれを「ごく当たり前の
【伊勢神宮】神宮を感じるFEELJINGU「祈り」4KISE-JINGU権力と正義⑤人間には人間の道があります。それは、人間の道だけではありません。猿には猿の道があります。ライオンにはライオンの道があります。ライオンに集めた草を食べさせたら死んでしまいます。ライオンは、草を食べません。ライオンは肉食動物です。生きてる動物を捕まえて、肉を食わないと、生きてはいられません。これがライオンの道理です。ライオンに「草を食べろ」と言うのは、道理ではありません。政治にも、必ず道理があり
「ことわり(理)」と「道理」似ているようで少し違う言葉に、「ことわり」と「道理」があります。ことわりは、もともとやまと言葉で「こと(事)+わり(分かれ)」から来ていると言われます。つまり物事がそうなる自然の筋道という意味です。たとえば・花が咲く・実がなる・人が生まれ、やがて死を迎えるこうした天地や命の流れを、昔の人は「ことわり」と感じていました。一方、道理は中国から入ってきた言葉で、道(人の歩む道)+理(筋道)つまり人として守るべき行いの筋道です。たとえば「親を
URの団地の影響のようですね。やはり一定数お集まりになると、コミュニティができますから、移住しやすいのでしょう。日本人が働こうとしない分野の仕事をする外国人の方が増えていくのは道理ではあります。当然にお子さんの教育の問題も出てきます。この問題はどの市町村でも避けては通れない問題であります。久喜市においても、ゴミの外国語対応カレンダーを見ただけで、こんなに多言語なのかと驚いてしまいます。少し前の日本がずっと続くわけではないことは分かっているつもりですが、なかなかむずかし