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【愛知】東別院は正式名称を「真宗大谷派名古屋別院」と言い尾張地方では古くから「御坊さん」(ごぼうさん)とも呼ばれ親しまれています。真宗大谷派名古屋別院では参拝記念として月替わりのステキな【御坊印】がいただけます【真宗大谷派名古屋別院御坊印】10月限定御坊印【真宗大谷派名古屋別院御坊印】【真宗大谷派名古屋別院御坊印】シリアルナンバー入り【山門】
先日、岐阜県庁で行われた「豊臣兄弟!」巡回展をこのブログでご紹介したばかりですが、続けて、滋賀県長浜市の大河ドラマ館に行ってきました。長浜は秀吉がはじめて城持ち大名となった地です。天正元年(1573)に羽柴秀吉は北近江の浅井長政攻めの功で織田信長から浅井の旧領を与えられましたが、浅井の居城・小谷城には入らず、琵琶湖畔に新たに築城を開始しました。その際、地名を「今浜」から「長浜」に改め、同時に城下町の整備も行いました。弟・秀長とともに、長浜の町の礎を築いた存在として、今もなお地元の人に親し
午前10時より、本堂で有縁の方(法名釋浄直)の忌明け法要を執行しました。真夏にしては珍しく昨夜から降り出した雨は法要の頃には止み、次第に空も明るくなってきました。本堂内の気温は30度を超え、アルミサッシを開けていても風はほとんど入らず、蒸し暑い中でのお勤めとなりました。県外より、故人の弟さんが参詣されました。故人が亡くなられてから49日。これまで毎週、寺で七日七日のお勤めをし、今日弟さんに来寺していただき、無事に忌明け法要を勤めることができました。お勤めの後には、弟
中日新聞の広告欄に,松谷真純氏の「葬式坊主のなむなむ日記」という本が紹介されていた。読んでみるかと思い,昨日amazonで発注した。今日午前中に届いた。これは面白い,とにかく面白いすぐに読み切れた。衝撃的である。「派遣で死者と弔う仕事」喪主に聞かせられない業界の恥と僧侶の懐事情こんなキャッチ言葉が躍る。「檀家壊滅!還暦過ぎて派遣で葬儀に出かける」これまた衝撃的である。需要と供給の関係のみでそこには仏縁も教えもない。弔いという作業が残っているだけである。(御門徒、
三重教区・桑名別院では、2026年春に「宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讚(きょうさん)法要」を厳修します。「慶讚法要」とは、親鸞聖人の誕生と真宗の教えを開かれたことを「慶(よろこび)」、「讃(たたえる)」という意味の法要で、50年に1度勤めます。親鸞聖人は1173年に生まれ、9歳で得度し、自身の苦悩を仏道にたずね、法然上人との出遇いから念仏の教えに生きることを決意しました。後に主著「教行信証」の草稿が完成した1224(元仁元)年が立教開宗の年とされます