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ずっとこの日を待ち望んでいました。お盆を過ぎても一向に涼しくならず、日照り続きの日々。まとまった雨も降らず、中庭の池の水は干上がり、ひび割れていました。畑の土もカラカラに乾いていました。畑を始めてから数年経ちますが、これまで苗が根付いてから収穫までの間、雨水のみでも一度も枯れなかったさつまいもの苗が、今年一本枯れてしまいました。今夏の気温の高さ、雨の少なさによるひどい土壌の乾燥がこれらの現状を物語っています。17時半を過ぎた頃から、雷が鳴り始め、空が暗くなって
南御堂コンサートに行ってきました。真宗大谷派の難波別院の本堂で開かれました。演奏者は相愛大学を卒業された現在フリーランスのプロの方々です。・馬溯鍇(ますかい)バリトンサックス・松藤陽香(まつふじはるか)アルトサックス・源綺華(みなもとあやか)ソプラノサックスさん。なかなかいい音でしたよ。ソプラノサックスの高音はよく出ていましたね。アルトサックスの音程もよかった。バリトンサックスの低音がいい音してましたね。宗教施設での演奏なのか、どちらかといえ
今日桑名市で36.8℃を記録、近隣の愛知県豊田市では38.1℃、四日市で35.7℃と体温越えか、体温に近い暑さである。被災地熊本は39.1℃だ。この暑さは一体いつまで続くのか。40℃超えが続いたことを考えれば、少しは涼しいかな。身体が感じる暑さの基準が更新され続けている。なんでこんな事態になっているのか。ひとつはスーパーエルニィニョの発生である。これは東太平洋の赤道付近気温の上昇。そして西太平洋で上昇気流の発生。これは数多くの台風を発生させている。もうすでに21号である。
僧侶としてこの問いは忘れることはありません。葬儀式を行う度に悲しみの深さや思いの深さは参列者にとってそれぞれですが、葬儀式に出遭うたびに故人の人生に出遭い直します。それを遺族に伝えることが僧侶の役割ではないかと考えて葬儀式を執行しています。葬儀は故人の思いと生き残った遺族が出遭い直し、「これまで」と「これから」を出遭い直す儀式です。死は死者のものだけではありません。残された遺族が、人が死と死者に向き合って、死が成り立ちます。向き合うために人は死者にひざまついて、お骨を前
こんばんは京都のkojiro(小次郎)です今日は2026年8月24日月曜日今日の京都市内は最高気温が38.6℃まで上がったそうです。まだ体調が回復していない小次郎にとって、この暑さに順応するのは至難の業です…(笑)。外は灼熱地獄と言っていいくらいの猛暑なのですが、仕事場(ビルの中)は冷房が効きすぎているため、長袖の上着を着ていないと寒くてたまりません。先日の地震や大雨の被害に遭われた方にとっては「何と贅沢な…」と言われてしまうかもしれませんが、この時期であっても
≪新宿区指定文化財の榊原鍵吉の墓がある!真宗大谷派・「西応寺」!≫西応寺にやって来ました。宗派:真宗大谷派山号:松雪山周桂和尚が麹町貝塚夫婦坂に慶長12年(1607)創建、江戸城外堀建造に伴い寛永12年(1635)当地へ移転したといいます。住所:東京都新宿区須賀町11-4新宿区指定文化財榊原鍵吉の墓明治二十七年(1894)九月十一日に死去平成二十六年三月新宿区教育委員会本堂へ向かいましょう!一本
ご訪問いただきありがとうございます(^^♪ホームページはこちらみなさん、こんにちは今日はお茶の話ではなくて浄土真宗のお話なので興味のない方はスルーしてください。私は浄土真宗を信仰しています。もっと言えば仏教を信仰しているので曹洞宗のお寺にも行くし真言宗のお寺にも行きます。8/20〜23まで三条市にある真宗大谷派三条別院で朝の人生講座が行われました。4日間4人の先生が「四苦八苦五蘊盛苦」についてお話しくださるのですが初日は20代、2日目は40代、3日目は5
本日午後12時より、本堂で住職の弟の妻(法名圓成院釋尼美香)の一周忌法要を執行しました。故人の家族、親族、親戚が参詣しました。お勤めの後、住職が参詣者へ挨拶をしました。時が留まることは決してなく、常に流れ過ぎ去っていきます。今この時、この場所での出会いもまた、一生に一度きりのもので、もう二度と同じことはありません。それは一期一会であり、真宗では「ご縁」と言います。仏法は難しい教義の中にあるのではなく、故人の死をご縁として家族や親族、親戚が顔を合わせ、お勤めをし、
本堂改修工事以降、本堂で仏事をする方が増えました。ご門徒、有縁の皆様の共有財産である本堂をご利用いただきお勤めができることは、寺として大変嬉しいことです。皆様が気持ちよく御参詣いただけるように、寺族は本堂内の掃除やお荘厳ははもちろんのこと、境内や中庭、石垣の周りや鐘楼門付近などの除草作業も行います。季節によっては、驚くほどの労力が必要です。護持とか維持は大変な手間と暇と心の余裕が必要で、寺というところはほんとに良いところです。特に夏の時期は雑草の生えるスピードが速く、こ
そもそも正信偈念仏でよく出てくる「南無阿弥陀仏」って何ですか❓「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」は、仏教の中で代表的な祈りの言葉で、それを念仏と呼びました。ですから仏教徒は南無阿弥陀仏と称えます。では南無阿弥陀仏にはどんな意味があるのでしょうか❓。南無阿弥陀仏は2つの分解されます、そうすると意味がよくわかります。簡単にいうと南無は帰命、阿弥陀仏は阿弥陀如来様です。私たちは阿弥陀如来様に帰依しますと言っているのです。南無は「私は貴方に帰依します。心から信じて、すべてをお
午後6時30分より、本堂でご門徒(法名慈念院釋尼精穏)の二七日のお勤めを執行し、故人のご長男ご夫妻が参詣されました。故人は眞養寺前門徒総代・法人責任役員の方(法名普念院釋精強)の妻であり、生前は前坊守が大変お世話になりました。「遠くの親戚よりも近い隣人」という日々のかかわりがあった方です。お勤めの間、故人の生前の姿や言葉を思い出しました。穏やかなお人柄で、寺族のすべてにお会いするといつも優しく温かく接してくださいました。感謝の気持ちです。「私はお父さん(夫)のお世
念仏(南無阿弥陀仏)は、根本的には仏教の開祖であるお釈迦様が説かれた教えであり、それを日本で広く人々に定着させたのは鎌倉時代の僧侶である法然(ほうねん)上人や、その弟子の親鸞聖人です。少しそれぞれに仏教での役割や教えについて説明してみます。念仏をはじめたのはお釈迦様で2500年以上前にインドで説法の中で「阿弥陀仏の力を信じてその名前を称えれば救われる」と説いたのが始まりです。次にその歴史的な時間を省いて次に専修念仏を説き日本に念仏を広めたのは浄土宗の開祖法然上人です。平
午前7時より、本堂で住職の知人(法名慈穏院釋慧悟)の月命日のお勤めをしました。お盆が終わり、8月も残すところ2週間を切りました。日中はまだまだ陽射しが強く暑いですが、木陰に入れば庭の除草作業も可能になりました。故人は生前、家族に「自分の骨は家族との楽しい思い出のある乗鞍高原に散骨してほしい」と伝えていました。一周忌法要を終えた約3か月後の2025年9月末、故人の遺志を叶えるべく家族全員で乗鞍高原へ出かけられました。今は二十四節気の「立秋」であり、暦の上では秋です。
2026年8月16日(日)に大谷祖廟に参拝したついでに東本願寺にも参拝したくなり、大谷祖廟からJR京都駅前に向かいました。大谷祖廟の「東大谷万灯会(ひがしおおたにまんとうえ)」の様子です。京都・円山公園に佇む長楽館(旧村井吉兵衛別邸)は、明治時代の「たばこ王」村井吉兵衛が1909年に迎賓館として建てた、国の重要文化財指定の歴史的洋館です。円山公園のひょうたん池と、池に架かる石橋(平橋)周辺の景観です。2026年8月16日の京都の最高気温は31℃前後(観測実況では約32.7
仏教、特に法然上人が開いた浄土宗や親鸞聖人が開いた浄土真宗の教えにおいて、人は念仏(南無阿弥陀仏)を称えることで、現世での執着から解放され心に本当の安心(幸せ)を得ることができるとされています。しかし、仏教が説く「幸せ」は、現代社会が考える「お金持ちになる」「願い事が叶う」といった現世利益的な幸福とは大きく異なります。だから欲や煩悩から解放されることが目的になります。念仏がもたらす幸せとは何かです。私たちは、自分の欲望や願いが叶うことを幸せと考えがちです。しかし、人生に
日本三大神宮とは?#shorts#神宮#三大◆おすすめ動画◆【水掛不動尊で有名ななんばの法善寺(浄土宗)に行ってきました】https://youtu.be/iUTwGqYZFbc【オーストラリア人研究者ハンナと行く地域のお寺大阪市東淀川区教応寺(真宗大谷派)】https://youtu.be/IDoRM0ILc1w【NPO法人縁遊-えんじょい~寺市...www.youtube.com
2026年8月16日(日)に東本願寺の大谷祖廟に参拝しました。淀屋橋駅から京阪電車に乗車します。淀屋橋駅3番線に停まっていた急行出町柳行が2600系の30番台でした。淀屋橋駅から祇園四条駅まで8000系の特急に乗車しました。6号車のプレミアムカーを利用しました。プレミアムカーは京橋駅から中書島駅まで満席でした。樟葉駅に到着するところです。祇園四条駅に着きました。写真は南座です。この日も喫茶NOEN(農園)を利用しました。たまたま午前11時よりも前の時間
念仏はどこのあるのですか。毎日の生活の中にあるのではないですか?この質問に人工知能はどうこたえるか。geminiに聞いてみた。凄いAI回答が出た。凄い凄い。お念仏は遠く離れた特別な場所にあるのではなく私たちの生活の真ん中にある、日々の暮らしとお念仏のつながりについて答えます。生活のあらゆる場所がお念仏の場である。家事をしながら、料理や掃除、洗濯をしている日常の動きの中で口に浮かぶ、自然と浮かぶ、意識しないで浮かぶ。気が付くとお念仏を口ずさんでいる。歩きながら通勤、通
今日は81回目の終戦の日です。今年も全国戦没者追悼式が日本武道館で開かれ、戦没者遺族など計4180人が参列し、不戦を誓い戦没者を偲びました。真宗本廟(東本願寺)では、終戦の日に特別な仏事を執り行うことはありませんが、毎年4月の「春の法要」の期間中に、御影堂において「全戦没者追弔会」が執り行われます。(今年は4月2日)この法会は、かつて真宗大谷派が仏の教えに背き、戦争協力した過ちを慚愧し、深い懴悔のもとに1987年より勤められています。また全戦没者の「全」という字に
人がお亡くなりになって、初めて迎えるお盆を「初盆(ういぼん・はつぼん)」と言うのやね。ところが、浄土真宗(浄土真宗本願寺派・真宗大谷派)では、ご先祖さまは、いつも、貴方の傍におられます、という考え方なんやね。だから、ご先祖さまの霊が家に帰ってくるという、迎え火、送り火などのお盆の行事はありません。浄土真宗の信徒さんのことを、門徒(もんと)と言いますが、他の宗派と、いろいろな教えや、やり方がかなり異なることが多いのやね。葬式でも、お清めの塩を使わなかったり、妻を
昨日、盆の入りの午前中に、ご依頼のあった遠方の有縁の方の墓参りをしました。墓花を購入しに生花店へ向かう途中、お墓参りの帰りだという、近隣に住む高齢の有縁の方に久しぶりにお会いしました。明日には親族の方が来られるそうですが、「待っていられない」と、お一人で盆の入りの朝にお墓参りに行かれたのでした。その方の先祖を思い、いつも仏事を大切にされる心に、これからお墓へ向かう自分たちも、ご依頼された皆様の思いをしっかりと受け止め勤めようと、気持ちが引き締まりました。自治会
≪本尊はキリリとしている!谷中に有る、真宗大谷派・「宗善寺」≫宗善寺にやって来ました。山号:向岡山宗派・真宗大谷派元和5年(1619)湯島に創建、開基は了肥権律師(寛文4年1664年卒)だといいます。寛永6年(1629)下谷へ、天保10年(1839)当地へ移転したといいます。住所:東京都台東区谷中1丁目7-31宗善寺看板本殿へ向かいましょう。本殿でお詣りを致しましょう
今日から盆の入りです。午前10時より、本堂でご依頼のあった方々(法名:慈昌院釋尼妙心、信保院釋尼慈精、釋浄直、釋義精)のお盆のお勤めをしました。真宗のお盆は、故郷に家族や親族、親戚が集まり、一緒に仏壇やお墓、寺の本堂にお参りして、故人を偲ぶとともに、故人の生前の生き方や後世へかけられた願いに改めて思いを馳せ、そのことを通して今の自分自身の生活や生き方について見つめ直す期間です。しかし、お盆期間中も仕事や家業が多忙でなかなか休みが取れない、ご遠方のためにお墓や寺にお参りにく
専立寺でお盆中に毎年かき氷のサービスが受けられます。そこでイチゴのかき氷にしました。かき氷を石造のスープラの上にのせていただきました。石造スープラ岩手県盛岡市名須川町にある専立寺(せんりゅうじ)は、伝統的な寺院でありながら、本堂でのライブや独自の古本市を開催するなど、「社会に開かれたユニークなお寺」として広く知られる真宗大谷派の寺院です。専立寺の3大特徴金曜夜の「夜行書店」毎週金曜日の夜に本堂等で開かれるユニークな書店です。プロレス本や独自の選書など、お寺のイメージを覆す多
「盂蘭盆会」は、通称「盂蘭盆」または「お盆」といい、お釈迦様の弟子である目連尊者(もくれんそんじゃ)が、餓鬼道に落ちて苦しむ亡き母を救うため、多くの僧侶を供養して功徳を積んだという『盂蘭盆経』の説話が起源で、日本最古の寺「飛鳥寺」が推古天皇4年(596年)に建立された飛鳥時代から伝わり、日本古来の祖霊信仰と融合して現在の行事として定着しました。父の葬儀以来のご縁で「門信徒」の「真宗大谷派(東本願寺)興福寺」の「盆会法要修行」に参列しました。ちなみに、父の故郷では「浄土真宗本願寺派(網
今日は、お墓参りに行ってきました。あいにく天候はあまり良くありませんでしたが、台風が通り過ぎたあとの墓石は、雨で洗われたようにきれいになっていました。お盆ということもあり、たくさんの方がお墓参りに来られていました。朝早くから来られる方も多く、お寺の受付に並ぶ姿もあります。そんな様子を眺めながら、こういう時間もいいものだなと思いました。私は真宗ですので、一般に言われるような「迎え火を焚いて、ご先祖さまをお迎えする」という習慣はありません。お墓参りについても、宗派やお寺によっていろいろな
最近の調査でお盆に帰省しない人が増えているという結果が出ています。帰省する人27.5%、帰省しない人61.1%、わからない。決めていない人11.4%と数字が出ている。帰省する理由は、先祖の供養とお墓詣り。家としてのつながり親族の集まり。年中行事としての休暇の活用。生きていることを親に伝える。などを目的とする日本の夏の宗教的かつ文化的伝統でした。ところが、帰省する人は減り、高速道路は渋滞せず、新幹線は空席が目立つ、そして空路も空席が目立つ。旅行業界、運輸業界にとっては
お盆であることから還る所のないご遺体が2024年度で56447体あると報告されている。葬祭扶助という自治体の公費で火葬されお骨になる方の数である。また自治体は葬祭扶助として一人当たり21万円を税金から支出している、総額120億円が使われている。引き取り手のない無縁のご遺体が年間4.2万人ほど出る。自治体は一定年数引き取り手が出ることを考慮して保存している。引き取り手がなければ還る所はない。年間死者数は160万人を超える。出生者は61万人である。全体で約100万人の人
当寺では毎日、晨朝と晨夕に「嘆仏偈」を読みます。嘆仏偈は、「仏説無量寿経」の中に偈文(経典の中の韻文。四字八十句で構成)として書かれています。「光顏巍巍(こうげんぎぎ)」から始まり、真宗大谷派勤行集(赤本)にも掲載されています。嘆仏偈は2分程度で読むことができ、朝夕のお勤め以外、仏前結婚式や建碑式、入仏法要など、慶事法要事に読まれています。以下、嘆仏偈の内容です。阿弥陀様が成仏する前の法蔵菩薩である時に、世自在王仏と出会いました。法蔵菩薩は世自在王仏の説法を聞き、溢れ
今日は81回目の長崎原爆の日です。長崎市松山町の平和公園では、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が執り行われ、被爆者の方々やご遺族、各国の代表者が参列しました。原爆がさく裂した午前11時2分には「長崎の鐘」が鳴らされ、犠牲者を偲びました。私(若坊守)は中学生の時の修学旅行では広島を、高校生の時の修学旅行では長崎を訪れています。広島では原爆ドームや平和記念公園、原爆資料館、長崎でも平和公園に行きました。また長崎では宿泊した旅館に夜、被爆者の方に来ていただき、直接お話を聞く機会