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「本系図」巻頭*画像はWikiより◆丹後の原像【89.古代海部氏の系図~9】前回の記事に於いて、国宝指定されている「海部氏系図」(本系図)は、まったくの偽系図であり信用し得る箇所が一辺も存在しない…そのような宝賀寿男氏による、完全排除の説を載せました。理由は理路整然としたものが多数掲げられており、判然としたものばかり。当ブログに於いてはこの説を支持していくことにします。今回の記事では、もう一方の「勘注系図」についての記事となります。~*~*~*~*~*~*~*~*~*~■過
(檜原神社)天照大神と大和大國魂神の皇居内「同殿共床」を畏れた崇神天皇は、豊鋤入姫命に天照大神の神霊を託して理想的な鎮座地を求めさせます。また渟名城入姫命により、大和大國魂神は大和神社に鎮まっています。天照大神の神霊は、倭国笠縫邑磯城の厳橿の本に「磯堅城の神籬」を立てたことに始まり、全27宮、途中に倭姫命が引き継ぎ約90年をかけて皇大神宮に鎮まりました。「倭姫命世記」にはその概要が記されています。以下、それぞれの宮に対しての伝承地を【豊鋤入姫命編】と【倭姫命編】とに分けて列挙します。【笠
[丹後国丹波郡]多久神社御本殿の覆屋内に掲げられる豊受大神の奉納絵馬◆丹後の原像【91.豊受大神にじわりと…~2】新年早々より丹後まみれ。しあわせいっぱいで記事作成に励んでおります。作成負荷が大きいため一向に書き貯めができず、どこかで枯渇しそうですが…。第1回目では濃厚な記事を投下しました(笑)早くも敬遠された方も多かったのではないかと思いますが…たまにドSぶりが顔を出します。論証(…というレベルにはほど遠いが)するにはどうしても、より多くの資料掲示が欠かせないものでして
眞名井神社丹後国與謝郡京都府宮津市字大垣小字諸岡86(P有)■祭神[磐座主座(上宮)]豊受大神[相殿神]罔象女命彦火火出見尊神代五代神[磐座西座]天照大神伊邪奈岐大神伊邪奈美大神籠神社の奥宮であり、公開された社家極秘伝世の「邊津鏡」と「息津鏡」から創祀は2050年以上に遡るものと考えられます。養老三年(719年)に籠神社が創建され当社から遷座、それまでは「匏宮(よさのみや)」と呼ばれていました。◎御神体ご本殿裏側に磐座が三座あり、それがご神体。現在に至るまで磐
超現実主義のスピ嫌いから一転!!神様に呼ばれて365日神社参拝🙏全国各地にご縁を繋げて貴女の人生を豊かに✨🐴スピリチュアル神社ナビゲーター🐴👑紅茶王子です👑牡牛座の満月綺麗でしたね〜🌕月食の事を知らなかったので満月なのに何で欠けてるん❓❓❓はにゃ❓❓❓っとなりつつ空を見上げて多幸感に浸っていました朝晩の冷え込みも徐々にきつくなりすっかり秋めいて来ましたね🍁もう寒いかなとも思いつつ、10月も行って来ました〜🐉大人の遠足滝行ツアー@和歌山🙏今回は更にバージョンアップ
宮津まで行ったら娘をどうしても連れて行きたい場所があり。。。娘もパワーが落ちると色々見えたりするので連れて行きたかったんです。赤い小さなおっさんを見た娘のブログ⬇️『娘と遺伝?赤いおっさんとおばけが見えます?』ブログネタ:おばけの存在、あなたは信じる?【選べるリラックスカタログが当たる】参加中しんどいからか、見えたからしんどいのか?いつも悩むところですおばけという…ameblo.jpそうです☺️元伊勢籠神社の奥宮眞名井神社⛩です。神秘的なパワーのある場所に連れて行きたくて。
少し前になりますが、丹後半島に行ってきました。天橋立は天橋立駅のある天橋立ビューランド側と、成相寺や元伊勢籠神社のある傘松公園側、どちらからも歩くことが出来ます。今回は初めて傘松公園側から橋立を歩いてみました。まずは、腹ごしらえ(笑)のため、橋立大丸シーサイドセンターへ。売店とレストラン、展望室などがあります。レストランから橋立が綺麗に見えています。メニューはたくさんあったのですが、外れが無さそうなネギトロ丼にしました。たっぷりのネギトロと、ご飯もおいしか
籠神社の名誉宮司海部光彦氏が11/8未明に永眠なされました。御歳91歳であったとのこと。早々に籠神社よりお葉書が届きました。これほどのお方になるととてもじゃないですがお話をできるほど私も図々しくはありません。境内でお見掛けしても、最大限の笑顔で会釈するのが精一杯。(顔をこわばらせながら…)神々しいオーラを放っておられました。神社を拝する作法というか…間合いみたいなものは、海部光彦氏をマネたものにしています。柏手を打つ仕草は人それぞれで正解というものなど無いのでしょうが。