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最近私が夢中になって読み進めている物語がありまして、その主人公のあまりの規格外ぶりに毎日驚かされているのですよ。その作品こそが「勘違いの工房主」というキーワードで多くの方が気になっている、あの不思議で痛快な物語なのですよね。私も最初は「よくある追放ものかな」なんて軽い気持ちで読み始めたのですが、気づけばクルトの純粋さと、それを取り巻く人々の勘違いのループにどっぷりとハマってしまいました。クルトは、戦闘に関する適性こそ低いものの、戦闘以外のあらゆる分野でSSSランクの適性を持つ規
4時半起床。自然に目が覚める。小雨の中、ジョギング。朝食、自炊。最初の一杯では、まだ何も起きてない。問題はその翌日から。酒を控えるようになってから、だいぶ時間が経った。今は基本、「機会飲酒」。誰かと飲むときだけ。ひとりでは、絶対に飲まない。でも、たまに久しぶりに飲むと、自分の中で「例の流れ」が始まるのがわかる。初日。飲む前は少し楽しみなのに、ひと口めで「…あれ、こんなもんだったっけ」と思う。飲めるけど、思ったほどじゃない。そして翌朝。寝起きが重い。反応が鈍
人間の生命力とはその人が生きる力のことに他ならないが、本人はそれをほとんど自覚しないで生きているように思う。本来は生きていること自体に感謝しなければならないのに、それが当たり前のことになり、そのありがたみをついつい忘れてしまう。人間がそのありがたみに気づくのは自らが病に倒れた時である。そういう意味では若者ほど自分の生命力に無自覚であると思う。若者にとって健康であることは当たり前のことであり、それが普通の状態だから。わたしはすでに若さからはずいぶんと遠い年齢だが、自分の若さ=生命力を失って初めて