例えば、客観的な体の観察から入って、その人の歪みを捉えたとします。そしてその歪みをとったとします。するとその歪みと同じ歪みが一瞬にして別の所に形成される。そうしてまた治療院に行けば、元の歪みが体に現れている。イタチごっこです。その不思議さを深めて行ったなら、単純に構造から離れた働きが気づいてない働きがあるのではないか?そう思えると思います。そしてそれは働きとしてあるんです。それは完全無自覚なその人の生きる偏り。その人のがその人らしさの殆どを形成するもの。この同じ様な観察と無自覚な働きの発見は今に