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北斗市にある「史跡松前藩戸切地陣屋跡」春は桜のスポットとしても有名🌸超ヤバい心霊スポットはこの裏を抜けて山道に入ったところにある😱すぐ隣には霊園も景色も良いし😘ちょっと怖い感じもするけどこの時期は紫陽花が綺麗に咲いていましたいくら昼間とは言え怖いから心霊スポットへは行きません興味のある方は函館心霊スポット隠れキリシタンで検索してみてすぐに出てくるはず🥶
毎度ご覧いただき、ありがとうございます。※この記事は再掲載記事です。伊能忠敬といえば“測量の父”でしょう。今ほど測量技術が進展していない江戸時代において、創意と努力でほぼ正確な日本地図を初めて作り上げた人。しかもその事業を始めたのが壮年を越えてからというのだから、「熟年の星」とさえ言えるでしょう。人生も半分を超えた私ですら、この人の事績は今後の人生の励みになります。そんな忠敬さんが永眠するお墓は東京・上野から程近いお寺にあるということで、国指定
こんにちは。いつもとなりのかがわさんをお読みくださり、ありがとうございます。年の瀬の30日、午後から暖かな天気となりました。県外の車も増え、商店街も多くの人出賑わっています。高松三越から南新町へと歩いたのですが、グリーンの周辺は歩きにくいほどの人でした。海外の観光客と県外の方、地元の買い物客と、奥さんは「昔の商店街みたいだ」と言っていました。さて、前回の「大ゴッホ展」の帰り道、阪急電車に乗り場から「生田神社こちら」のような看板が見えました。生田神社、源平の古戦場なの
お城大好きなぱんだ(´Д`)。かねてより行きたいと切望していた静岡県三島市の山中城跡に行って来ました。本日は山中城跡の紹介十回目です。史跡山中城は、小田原に本城を置いた北条氏が永禄年間(1560年代)に小田原防備のために創築した山城です。天正十七年(1589)の豊臣秀吉の小田原征伐に備えて急ぎ西の丸や出丸などの増築が始まり、翌年三月に豊臣軍に包囲され、約十七倍の人数にわずか半日で落城したと伝えられています。ではそんな山中城を見ていきましょう。山中城跡広いですね(´Д`)。御馬
【京都】国の重要伝統的建造物群保存地区嵯峨鳥居本の入り口に位置する落柿舎は日本三大俳諧道場のひとつに数えられる史跡。今回、数年ぶりに訪れてみました。【落柿舎御朱印】【落柿舎御朱印】松尾芭蕉の門下人俳人向井去来の営んだ草庵跡。芭蕉は、合わせて三度もこの地を訪れ元禄4年(1691年)には落柿舎を拠点として嵯峨嵐山の名所名刹を巡り『嵯峨日記』として遺しています
期日7月11日土曜日らかん夏祭り会場茶畑羅漢(らかん)公園茶畑町内会役員になり出店、屋台ほかお手伝いにかり出されます。茶畑羅漢(らかん)夏祭りは、岩手県盛岡市茶畑にある「らかん児童公園(十六羅漢公園)」を中心に開催される、地域の歴史ある夏祭りです。盛岡市指定文化財である「石造十六羅漢」が佇む公園を会場に、例年7月上旬~中旬の土曜日または日曜日に開催されています。お祭りの概要と特徴主催団体:茶畑青年会(茶青会)が中心となって企画・運営を行っています。伝統のさんさ踊り:近隣
秋田県鹿角市にある史跡・尾去沢鉱山。そのキャッチフレーズは、『1300年の歴史を誇る銅鉱脈群採掘跡』とあり、その名称だけでもなんだかワクワクする気持ちにさせてくれます。最大のポイントは、鉱山で実際に使われていた坑道を、観光客が安全に見学できるように、観光坑道化していることだと思います。総延長は1.7kmもあり、近代の坑道と、江戸時代の坑道の2タイプを体験できる、とても貴重な場所です。さて、体験坑道ですが、とてもリアルな体験ができます。まずは、近代鉱山としての石切沢通洞坑から入
陸軍刑務所刑場跡(二・二六事件慰霊像)往訪日:2025年8月3日所在地:東京都渋谷区宇田川町1ー10アクセス:JR原宿駅から約13分駐車場:なし《街角にひっそりと立つ慰霊像》戸栗美術館を後にして西に向かって緩やかな坂を下り、井の頭通りと交差するあたり底辺にして、NHK放送センターを左手に登り返していった。瀟洒な住宅街から繁華な商業地域に様相を変えた街の姿。日々姿を変えると言っても大袈裟ではない渋谷の一隅に目指すものがあった。「なんじゃらほい?」ちょうど渋谷
今日は平日ですが、会社指示の健康診断のために仕事を休み、有楽町の方にある病院の方に出向いていました。で、まぁそんなに時間が掛かるわけでもないので、健康診断の跡は好例の史跡巡りをして参りました。ただ、有楽町近辺の史跡は毎年健康診断の度に行っているということもあり、さてどこに行こうか迷っていたわけですが、せっかくなので”行くのが面倒で行っていない”場所に行くことにした次第。行きにくいというのは、地形的に行き難いというのではなく、電車で行こうとすると乗り換えが面倒なわけです。一駅乗って乗り換え、