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三子ちゃん❤️お母様が旅立たれましたか、、大変な時にコメントをありがとうございますご冥福をお祈り申し上げます49日までは…まだ私達の側にいらっしゃいます旅立ちのご準備をなさっていますお別れをご家族やお友達に告げていらっしゃいますよただし、その前に…まずはご自分の生き様を走馬灯でご覧になって学びをなさいますこれがこの世を去ってから一番大切な行事ですどうぞ、そのお母さんにたくさんお声を掛けてあげてくださいね私の母がお母さんを亡くした時でした毎日、毎日、母
11月28日のブログにも書きましたが、俺の両親は徳島県の日和佐出身です。NHKのファミリーヒストリーで自分のルーツを知った俺は、今年の8月にプライベートでは初めて日和佐を訪れました。長崎へ移住する前の両親の住まいも奇跡的に残っており、親戚に案内をしてもらいました。蛭子家のお墓が日和佐にもあることを番組で知った俺は、日和佐から埼玉にある蛭子家のお墓へ改葬する手続きも終えてきました。日和佐にお墓があったことは、俺は両親から聞かされておらず、姉や兄も知りませんでした。父はいずれ日和佐へ戻るつ
前回の記事に関しまして、もうちょっと深く掘り下げてみたいと思います。①写経は違う宗教の人に届くのでしょうか?届きます。写経の供養は、受け取る人が信仰している宗教と一致しなければいけない、というものではないのですね。亡くなった人を想う気持ち=愛を届けたい、心安らかに過ごしてもらえるよう癒しを送りたい、あちらの世界での格がアップするようお手伝いをしたい……。このような、亡くなった人に対する気持ちを、実際に形として、また、亡くなった人に実際に作用する効果がある
写経は、亡くなった人に、あたたかい供養を送ることができますよ、亡くなった人のサポートになりますよ、ということを今までの書籍でずっと書いてきました。(過去に書いたブログの般若心経記事は、高野山の本を書くにあたって空海さんに聞いた最新の情報が入っていないため、現在非公開にしています)「写経は会ったことがない人にも届きますか?」「向こうは私を知らなくても供養になりますか?」という質問が、最近続いておりますので、そこをちょっと書いてみたいと思います。答えから先に言いますと
今日11月30日は、母の命日なのです。21年も経っちゃった。年をとると、いろいろ命日が増えてくるなあ。11月は、マルかぶそして母と続きます。母と私。これは、四ツ谷の聖イグナチオ教会の庭。初洗礼の後だと思います。母です。旧姓山本和子。満州で生まれ10代の多感な時期に終戦を迎えました。日本にひきあげて来た時、3艘の船のうち日本に着いたのは母が乗っていた船だけだったそうです。残りは沈没。。。九州で船から降り頭から身体中に白い粉を蒔かれ立ったまま貨物列車で東京まで来た
ご先祖様にも声を出してお話をするようにしてみてくださいね。私は、車に乗っているときなども「いつも万野愛果のご先祖様、亡くなった父の名前を呼んでいつも事故起こしたり起こされたりしないようにお守り頂いてありがとうございます。」とか今日は、こんな事があったとか色々話をします。こうして自分の守護霊との対話を大切にしたりご先祖様のお腹が空いているだろうから今日は、サンドイッチをお供えしようとか自分が、後で頂くぶんを先にお供えをして言葉
【ご質問】いつもブログ読んでます。種市さんの教えて下さることには、こうしないと良くないってことがなくて、こうした方がいいですよ~というアドバイスなので、やらなくちゃ、できなかった…みたいに不安になることがなくて、風水が好きになりました。初めて質問します。庭の木の伐採についてなのですが…伐採と言っても大きい方が2メートルくらいの椿を根まで抜くのは無理なのでチェーンソーで根元から切れたらと思っています。以前には塩をまいてから始めて、抜いた後に友達のアドバイスで酒と米をまいてごめん
こちらの写真は手前の白いユニホーム1号艇がおとうちゃんですおとうちゃんの引退レースの写真となりますおとうちゃんはインの松居として競艇界で君臨してきました公営ギャンブル・競艇は1952年🚤昭和27年九州は大村競艇場で産声を上げました父は初競艇レースに選手として出走こちらが、その時の写真なんですよその後は「インの松居亅として64歳まで選手として踏ん張った父です競艇選手は減量と戦い続けないとなりませんおとうちゃんの人生は賞金を稼ぐ為に充分な食事を取れない人生でし