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その11.のつづき姉の馬頭観音像お昼ご飯をいただきながら、なにげない話しをしたつもりが、梨岡先生の長年の経験に基づいた教訓や、私の過去の出来事の霊的な背景の解説をして下るなど、私にとっては、個人セッションをして下さったように感じられたたいへん有意義な時間となりました。そんな昼食の時間が終了する頃、馬頭観音像を取りに行っていた姉が戻ってきたのでした。姉が持ち込んだ高さ40cmほどの厨子には、先生が霊視されていた通り入った小さ馬頭観音像が鎮座していました。(
今回は、知人のSさんから聞いた人形供養にまつわるお話です🧸少し怖いと感じる方もいらっしゃるかもしれませんので、苦手な方はご注意くださいねSさんには娘さんがいらっしゃいますその娘さんがまだ幼かった頃に遊んでいた〝着せ替え人形〟がありました娘さんの成長と共に、そのお人形で遊ばなくなったためSさんは処分しようと思ったそうですお人形を可燃ゴミの袋に入れたもののなんとなく気になったのだとか…そこで、お人形にお塩を振りかけて翌朝にゴミを出そうとそのまま置いておいたそうです
おっさんや読者さんへのお悩み相談のしかたはこちらから↓相談窓口がこの数か月不具合があったみたいで携帯から送れなくなっていた模様なのでアメブロのメッセージ機能使ってね。生年月日は絶対書くんだぞ!結婚したい人よっといで!おっさんの運営する結婚相談所ココハナ↓『違った方向に動き出したあの男40代男性のリアル婚活』どもっ結婚相談所は最後の手段ではありません最初の手段なんですを枕詞にしたい結婚相談所ココハナの所長の
何度も何度も転んでも、立ち上がった数が多ければ勝ち。少し長くなります。最近、これから先の自分の人生について考えることが増えました。現在44歳。妻が亡くなってから、随分と時間が経ちました。7年になります。おそらく、この先も一人で生きていくことになるのでしょう。妻が亡くなってから、友人との交流もほとんどなくなりました。同世代の友人たちは、家庭があり、子育てがあり、それぞれの生活があります。私も仕事をして、家に帰り、猫と過ごす。そんな毎日の繰り返しです。このまま年齢を重ね、朽ち果て
お盆が近づいてきました。終戦の日の前日にお亡くなりになった鵬雲斎宗匠。鵬雲斎考案の「清友之式」精中鵬雲忌の供養の時に初めてされた七事式。まだ、師匠も立ち会った時の記憶を頼りに、皆で供養の気持ちを持ってお稽古してみようという事になりました。花寄せ、聞香、濃茶を回し飲みし、供養の歌を詠みました。私の句「兜門微笑みかける宗匠に白菊供え手を合わせる我」と詠みました。お家元に弔問に伺ってから、早や、一年がたとうとしています。月日が流れるのは、早く、微力ながら、茶道を拡める一
今日は三連休の最終日でスポーツの日ということで、天気もいいですし、脚本も一区切りついたので、少し外にお出かけしてきました。毎年、行っていた地元の祖父江町のサリオパークで催されているサンドフェスタですね。昨年は母とここを訪れ、明くる日(厳密にいうと2日後の10月14日)に母は他界しました。そういう意味でも、供養をかねています。これは稲沢サンドフェスタ2026の演台ですね。これは太鼓を打ち鳴らしている様子です。この日の天気は御覧のように晴れでした。暑かったですね。これはガッツ石松さんと、ハ
ご覧いただきありがとうございます。天使系霊能者ゆうすけピンチランナーです。「自殺したら楽になれる」と思っているあなたへ——40年、視てきた自殺者の魂の話もし今、「消えてしまいたい」「死んだらこの苦しみから解放される」——そう思っているなら、その話をする前に、まず伝えたいことがあります。一人で抱え込まないでください。今すぐ辛くて仕方ないなら、いのちの電話(0570-783-556/24時間対応)や、お住まいの自治体のSNS相談窓口にも、必ず話を聞いてくれる
昭和101年を生きる、仮面と生きた男の独白私は福岡県北九州市の門司で潮風に吹かれて生まれた。若き日から表現の荒野に身を投じてきたが、今の私を形作っているのは、単なる「作家」や「プロデューサー」といった便利な肩書きではない。それは、ある一人の偉大なヒーローの遺した「影」を背負い、現代へと繋ぐ、終わりのない旅路そのものだ。私の活動の核には、常に坂口祐三郎という名がある。東映カラー特撮の金字塔『仮面の忍者赤影』で、日本初のカラーテレビ等身大ヒーローとして一世を風靡した男。彼は、光り
生駒山&飯盛山午前中は少し曇っていましたが、午後から秋晴れになりました。今日の天気予報晴れ最高気温は28°湿度71%です。今日も暑いです。昨日御領せせらぎ水路へ散歩に行きました。道端に幟が立っています。神社境内です。秋祭りがあるようです。秋祭りの案内が出ていないので、詳しくは分かりません。せせらぎ水路の鯉の様子を見てみました。鯉がたくさんいます。船着場の石段の上に立つと寄って来ました。なにかちょうだいと催促しています。この石段から撮影し
「冨士講霊場巡拝」の6日目となります。計画では...本栖湖から中ノ倉峠→登山道の無い尾根歩き(ルートファインディング)→身延町夏作→根子道→山伏屋敷→御内八海道供養碑参拝読経→芝草→大磯小磯→峰山→蛾ケ岳登山道→天狗岩分岐(ルートファインディング)→西肩峠→四尾連湖→6日目のゴール四尾連湖水明荘となります。既に計画段階で、この6日目はとても厳しい区間となると感じています。「厳しい区間...」という理由は...まず、本日のゴールとなる四尾連湖「水明荘」では、基本のチェックインがPM1
大切に育ててきたウーパールーパーとのお別れは、心の準備ができないまま訪れることもあります。水槽の中で動かない姿を見つけた瞬間、何から手をつければいいか分からなくなる方も多いと思います。「どうして気づいてあげられなかったんだろう」と自分を責めてしまう気持ち、痛いほどよく分かります。まずは一度、息を整えてください。落ち着いたら、できる範囲で最期のお世話をしてあげましょう。ウーパールーパーは水分が多い生き物なので、温かい場所に置いておくと傷むのが早いです。水から上げ
炎の闘球女ドッジ弾子8話感想※ネタバレ注意※何でもOKならどうぞ画面内は超ハイテンションなのに、観ている俺は冷めているというギャップよ…仲間の一人がマグマへ落ちたが…まぁどうせ数話後にシレッと登場するだろうから全く悲壮感が無い(笑)
大切に育ててきたレオパ(ヒョウモントカゲモドキ)が亡くなってしまったとき、その悲しみは言葉では言い尽くせないものですよね。私も以前、家族のように過ごしてきたレオパを見送った経験があり、あの子が動かなくなった日のことは今でも鮮明に覚えています。土に還す形で見送る人もいますが、住環境や地域のルールによって選び方は変わりますよね。火葬を選ぶ人もいて、自分の状況に合う方法を探す流れになりやすいようです。私も、最後は丁寧にお見送りしてあげたいと考え、火葬という形を選ぶことにしました
Netfilxのおかげで、中国と同時配信でドラマがみられる逐玉面白かった!もちろん、言正です❤️脇役みんなカッコいい。なつおちゃん私が好きな場面は、主人公が将軍を倒すところと、人を殺めて迷うところです彩香さんらしいなあ😊言正(げんせい)❤️なのは予想通りでした(笑)あの人は単なるイケメン枠じゃないんですよね。強いし頭も切れるのに、どこか孤独で、背負っているものが重い。だから魅力がある。そして彩香さんが好きな場面を聞いて、なるほ
古いお守り、持って帰ってきたおみくじ、縁起物…みなさん、どうしていますか?私の場合、今まで神社のお焚きあげに出してきたのですが、最近はなかなか神社に行けなくて…ゴミ箱には捨てられないし、遠くの神社に返しに行くのも難しい💦手放すタイミングを見失いがちですが、実は「古いお守りは運気を下げる」らしいです…😱メンタルコーチのMACOさんのvoicyで知った「みんなのお焚き上げ」お守りだけではなく、別れたパートナーとの思い出の品も合わせて手放したいと思った私は「みんなのお焚き上げ」
こんにちは、チコリです前記事も読んでいただきありがとうございます。『【奨学金返済中の方へ】自治体の奨学金返還支援制度で家計がグッと楽に!』こんにちは、チコリです前記事も読んでいただきありがとうございます。申し込みも済ませてあとは神のみぞ知る…ですね『CARATちゃん必見!SEVENTEENが「…ameblo.jp三連休みなさま何をされていましたか?私は家の掃除をしていたら、ずいぶん前にもらった「さるぼぼ」が出てきました。さるぼぼは、岐阜県・飛騨地方に古くから伝わる赤い
【上関遍照寺福嶋住職と笑いの伝道師ノビーを中心に巻き起こったお笑い神事♪】日本人の真ん中には、いつの時代も必ず「笑い」がある。歴史は、笑いから始まり、現代の笑いへとつながっている。今回、そのことを頭ではなく、心と身体と魂で深く体感する、尊くて、あたたかくて、震えるような時間をいただいた。今年が初開催となった上関町・遍照寺「立春お笑い護摩神事」。立春という、節目の中の節目の日に、「笑い」を中心に据えた神事が行われる。その場に身を置けたこと自体が、すでに奇跡だった。笑い
現在は住宅や団地が造成されている双葉台ですが、かつては原野であり刑場が置かれていました幕末に天狗党員の執行に使われた︎︎゙開江村向井原刑場︎︎゙ですしかし、造成に伴い原野は失われている為、痕跡を辿るのは困難です双葉台の中央には広大な公園があり、ここだけ当時の面影を残しています言い伝えによると大正の頃までは供養されていて、土盛りの塚があった近年(造成前?)までは場所を示す自然石が置かれていたとのことということで、現地調査です双葉台公園確かに、土盛りの塚がありますね笑
急に思い立って京都に来ました。紅葉ハイシーズンの京都なんてさぁどこ行っても混んでるから食事もなんとなく入れるお店でいいやぁって感じでノープランですわ。取り合えず京都駅に来ました。ポルタでなにあるか見てみよ。特別ナニが食べたいってなかったのでご一緒さんにおまかせ!ご一緒さんが指さしたお店はここだ京のカレーうどん味味香さん(みみこう)京都では有名店らしい並んでいる間にメニュー渡されるので決めておきます。ご一緒さんは
お恥ずかしながら、先祖供養、施餓鬼供養を初めて行いました。過去性タントラ師のきぞくさんにお願いしました。確かにご自身の願望実現の力は強そうなイメージでしたが、相手を「ちょっと苦手かな?」と思うひとと関わることに意味がある、最大の効果を実は発揮するんじゃないか?そう思うところがあり、なおさらお願いしたいなと、きぞくさんにお願いしました。竹田先生(皇族の血筋であられる)曰く、元々陰陽師は公務員なので、色んな術が昔から使われてきた日本です。色んな気
7/7(火)は、上板南口へ!上板南口商店街に、七夕のポスターが貼られていました。今年も七夕大縁日、あります。18:00∼21:00、ガスト、トモズから100円ローソンあたりまで、旧川越街道に屋台がたくさん並びます。18:00∼子育て地蔵七夕供養会。供養終了後18:30頃から、お参りしてくれたお子さま先着300人にお菓子をプレゼント!写真は、今年のポスターと、一昨年2024年の縁日の様子。一年で一番上板が賑やかな日。2024/7/
楠木正成公、そして息子正行公のことを調べて、関心を覚えたことをもう少し。楠木正成公は、最後に自害する際に、弟正季と「7度生まれ変わっても忠誠を尽くし、本懐を遂げたい」と言葉を交わして、刺し違えたといいます。その強い想いから、足利尊氏側の武将のもとに霊としてたびたび現れたとか…(本当!?)そんな強い忠誠心を持つ一方、楠木公は父子ともども、味方側と相手側ともに慈愛を持っており、相手側(幕府軍)のことを敵とは呼ばず、寄せ手、と呼んでいたそうです。そして、石塔を建てて、その兵士たちを丁重に
法事がやたら多い家うちの実家は、法事が多い家だった。一周忌、三回忌、七回忌。あとは色々(忘れました)とにかく、なにかと理由をつけて集まる。子どもの頃は「また法事?」という感じだった。親戚が来て、座敷に座って、お経を聞いて、そしてご飯。子どもにとってはかなり長い時間だった。⸻大人になって思う。あれは先祖供養というより、親族を集める仕組みだったのかもしれない。人は理由がないと集まらない。だから「供養」という理由をつけて定期的に集まる。ある意味、よくで
こんにちはあんなに暑かったのに11月に入り、気がつけば街路樹の葉も赤くなって一気に季節が進んだ気がします先日のお葬儀で出棺のため式場を出られる時に喪主様がわざわざ司会台の私のところにいらっしゃって「ありがとうもう、泣いちゃったよほんとにありがとう」と、握手まで求めてくださるほどナレーションを喜んでいただいたようで大切な方を亡くされてお気持ちにも余裕がない中でそのように言っていただけたこと私の方こそ、有難くこれからの励みにもなりま
今回は夏ということで、妊活にまつわる不思議な話を一つ。これまでいろいろな患者さんを見てきましたが、これは聞いたときに鳥肌が止まらなかった話です。妻41歳、夫43歳、結婚4年目。子供はいませんでした。血液検査、卵管造影検査、精液検査に大きな異常はなし。AMHは1.02。クリニックでは、年齢的にも妊娠しにくいと言われていました。これまでに採卵4回、移植10回。すべて陰性。残っていた受精卵は、・4BCの胚盤胞1個(3年前に凍結)・3日目初期胚1個(2か月前に凍結)もう採卵はした
みなさま、こんにちは(❁´ω`❁)さっそく!前回の続きです~。過去の自分を供養して片付けた夏の思い出。『夏は自分供養してました~』みなさま、こんにちは。秋の初め、いかがお過ごしでしょうか。中秋の名月。和歌山県・紀伊山田駅近くで撮影。私は…私は、夏から、すっごいキツかったです…(笑)い…ameblo.jp『続・夏は自分供養してました~』今日は、前回のこちら↓の続き。私的夏の思い出。『夏は自分供養してました~』みなさま、こんにちは。秋の初め、いかがお過ごしでしょうか。中秋の名月。和
takayam(動画)安倍元首相撃たれる瞬間【銃撃事件】銃撃映像です。事実を知ることが、安倍首相への、供養になると思います。YOUTUBEの設定から、最も再生速度の遅い0.25へ。コマ送りに近く、ゆっくり再生。安倍元首相の襟のあたりに注目。1発目0分14秒2発目よりも早く、襟元が動く。0分16~17秒の瞬間に2つの別方向、2名の別狙撃者からそれぞれ1発、合計2発らしい。安倍元首相が、前側にかがみ込み、
サブタイトルーーーーベーゼンドルファーからスタインウェイへの道ーーーーおりんを磨く話の続きです。サブタイトルのオチですが…おりんを磨いた最終的な感想を一言で表すと…磨く前はベーゼンドルファー磨いた後はスタインウェイ------ピカールやさび取りつやの助等のさび止め効果をうたっているみがき剤(大概は特有のにおいがある。)を使用していたら、乾いた布やら古新聞紙なんかで拭いたら終了ですが、私は黒い研磨カスを除去するのに中性洗剤で洗ったので水置換性の防錆剤を使用し
鹿児島県知覧の特攻の基地近くで「富屋食堂」で特攻隊員の「おかあさん」と慕われた女性鳥濱トメさんのお話です。「富屋食堂」が開業したのは昭和4年のこと、太平洋戦争末期には帝国陸軍の指定食堂となります。たくさんの特攻隊員が訪れるようになりました。「富屋食堂」を切り盛りしていた鳥濵は、そんな隊員たちを我が子のようにかわいがり、家財を投げ打ってもてなします。いつしか隊員さんたちは、トメのことを「おかあさん」と呼ぶようになりました。しかし、その関係が深かった分、トメは悲しい現実をたくさん目の当たり
基隆・廟口夜市までやって来た私が最初に列に並んだのはこの屋台である。屋台ナンバー40番の「花枝焿・大麺炒」、日本語で言うと「いかスープ・焼きそば」の店だった。ここは以前この夜市に夫と来た時に夫が「めっちゃ美味いな」と喜んでいた店であり、事あるごとに「また基隆でアレを食べたい」と言っていたが、叶えられなかった。本当は私は列に並ぶのは苦手だが、夫への供養だと思って並ぶ事にする。周りの喧騒(時々可愛いわんこを連れた人がいて楽しい)を楽しみながら並んでいると、後ろに並んでいた台湾人男子2名が私に