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まったく予想だにしなかった……と言えば、嘘になる。彼が密かに想ってくれていることは、もう何年も前から何とはなしに気付いてはいた。不意に振り向いたときに出会う彼の目の熱っぽさ、その目をそらす不自然さ、そして彼女の望むところ望まざるところすべてをのみこんで、昼夜を問わず支えてくれる献身。それらに毎日触れながら、気付かずにいる方が無理というものだろう。だが彼女は、あえてそれらに気付かぬふりをし、たがいに子どもの頃から何ひとつ変わらないかのようにふるまってきた。彼の気持ちに応えるこ
彼我の違いを初めて意識したのは、いつの頃だっただろう。あれはたしかわたしが十一、彼が十二の冬のことだ。屋敷の庭の一角で、彼と取っ組み合いのけんかになった。きっかけは覚えていないが、たぶん子どもらしい些細な理由だったのだろう。未来の王太子妃づき近衛士官となるため陸軍士官学校に入って間もない時期だったが、まだまだ子どもだったわたしたちは、それまでもしょっちゅうそういう仔犬どうしがじゃれあうような取っ組み合いをやっては負かしたり負かされたり、を繰り返していた。今思えば、当時のわたしたちにとっ
森をおおう緑の葉が、さやさやと鳴っている。その葉ずれの下を、ほとほとと歩くふたりの子ども。年のころは九、十歳ほどか。ひとりは黒髪に優しげな目をした少年、彼よりもやや小柄ないまひとりは金色の巻き毛を頬にゆらし、勝ち気そうな目の……一見少年だが、まろやかな頬の線が少女であることをものがたっている。ちょっと前まで梢を照らしていた陽射しが傾きはじめ、夕暮れが近いことを知らせていた。それを見やり、少年が気遣うように少女の顔をのぞきこんだ。「大丈夫、オスカル?」「平気さ、アンドレ」
ジグザグ♧(29)〔最終話〕つまりあの時からヨンは、ユウンスしか見ていなかったという事なの?研究棟の近くのベンチにいたのはウンスを常に見張り、周囲に集まる男子学生らを威嚇していた。彼女達の記憶ではウンスの周りには女友達も男友達も僅かにしかいなかったが、あれはヨンが近付けさせなかっただけで彼女の性格云々では無かったという事になる。女性達の1人がそういえば、と呟いた。「あの時ヨンと一緒に来ていた女達は先輩だった・・・」その待っていた男性達と関わ
※こちらは何のシリーズにも繋がらない短編です。騒々協奏曲【中編】①「待て!おかしいだろう、俺はただの“飾り”だと言っていたじゃないか!」『いやぁ、そのつもりだったんだけど、何故かマッチングの中に入っていたらしく・・・。でも今更“そいつは飾り”だとも言えなくてなー』「いや、そこは断れよ!お前社長だろうが!」1週間前から身に覚えがないメールがちょこちょこと業務連絡の合間に入って来ていた。聞いた事がある社名に「あぁ、アンジェの会社か」と安易に考え、開きもせず何も反応もしなかったがそれが悪かっ
※こちらは何のシリーズにも繋がらない短編です。騒々協奏曲【後編】③「・・・違いますよ、ユさん、誤解しないで欲しい。俺はユ・ウンスさんに会えたから他はもう気にしていないと言ったんです」「・・・え?」ヨンは小さく笑うと、クルリと後ろにいるメヒに顔を向けた。「気にしていないとはそういう意味なんだけど」「何、言っているの?」「確かにこの間まで過去の苦しみはあったが、彼女とエレベーターで出会う為に必要だったのだと俺は思っている」「エレベーター?」「メヒに話すつもりは無い。『許すも許さ
【あをによし:最終話.桜舞う道を帰ろう】三月下旬、もうすぐ生まれてから三週間になろうとしている澪(みお)は、ご機嫌で良く笑う女の子だった。泣き声もどこか甘えるような笑い声に聞こえるから、不思議なものだ。颯(はやて)はもうすっかりお兄ちゃん気分で、妹の世話をよくするので、七瀬も本当に助かっていたし、浬(かいり)も大層感心していた。澪の沐浴もそろそろ終えて、浬が一緒に入浴させていた。その際も颯は先にシャンプーまで済ませて、七瀬が澪を連れてくるのを待っていた。バスルームのドアを半分だけ開けて、今日
【あをによし:第2話.突然の依頼】颯(はやて)は一人で濡れた髪を拭くと、そのタオルを首に掛けた。それはよくする父親の浬(かいり)のいつもの仕草だ。パジャマに着替えたが、ハンガーに掛けた子供用のバスローブは高くて届かなかったので、椅子を持ってきて、よじ登って掛けた。鏡にはパパにそっくりだと言われる自分が映っている。違うところといえば髪型だが、今は濡れた髪をタオルドライした後なので、いつもより前髪が上がって、額(ひたい)が半分見えている。「パパの真似」颯はニヤリと笑うと、鏡の前で父親の浬がよく
※こちらは何のシリーズにも繋がらない短編です。騒々協奏曲【中編】②「何何?チェヨン。株式会社TEAM・K。人材派遣会社。あ、コンサルティングも請負っていると?・・・人材派遣会社が?でも人材派遣会社にしては資産が・・・?・・・え?チェて崔財閥?」スマホであの男性の名前を検索すると、一般人とは思われない程の検索結果が出て来た。どうやら数年前に江南区に出来た会社が短い期間で一気に急成長し、少し話題にもなった事があったらしい。だが、その理由を辿り探していくと彼の家はこの国でも有名な
※過去話にメヒが出ます。(恋人等ではありません)※こちらは何のシリーズにも繋がらない短編です。騒々協奏曲【中編】③ヨンは中学生時から学んでいたテコンドーを続ける為、テコンドーが強いとある大学に進学した。大会での優勝実績もあり国家代表常備軍にも選抜されていたヨンは大学の期待のホープとして有名人だった。そんな大学2年生の冬、テコンドーサークルが合宿がてら江原道にあるスキー場に行く話が持ち上がり、今まで他のスポーツをしてこなかったヨンはどうするかと悩んでいたがほぼ全員参加するからと誘われ、だ
※韓ドラ「麗~花萌ゆる8人の皇子たち~」で納得いかない部分を納得させるためだけに書いた、その後の妄想小説です。※最終回のネタバレ含みます。※一応ハッピーエンドのつもりですが、独自解釈自己満。※画像お借りしてます。韓ドラ「麗~花萌ゆる8人の皇子たち~」感想は↓『韓国ドラマ「麗~花萌ゆる8人の皇子たち」辛口感想(※ネタバレ注意)』アンニョンですここから7月まで祝日がないなんて地獄だわ…と心底嘆いてるsusemiですGW&1,8倍速を利用して、やっっと見終わりました…!韓国ドラマ「麗~花…
初夏の爽やかな風が、田舎の澄んだ空気を運んでくる。木々に囲まれた小道を、わたしたちはゆっくりと馬を進めていた。わたしの少し前を行っていたアンドレが、道の先を見やり嬉しそうに告げた。「ああ、見えてきた。ほら、あそこだ」ここはパリから南へ馬で三時間ほどの小さな村。村の中心に建つ教会の尖塔を囲むように数十軒ほどの家がある他には畑が広がるだけの、こじんまりとした集落だ。ここが、アンドレが八歳で母を亡くしてわたしの屋敷に来るまでの年月を過ごした場所だった。アンドレがこの世に生を受け、育まれ
六月も末の宵。アンドレは屋敷の庭園に通ずる使用人口の戸を後ろ手に音立てぬよう閉じると、ほっとため息をついた。次から次へと用事に追われ、思ったより遅くなってしまった。いつになるかわからないのは承知の上とはいえ、彼女はまだ待っているだろうか?約束した庭園のはずれの一角へと足を急がせる。初夏であっても日が暮れると夜風は冷たい。そんななかでひとり、自分を待っているかと思うと、気が急いてしかたがない。ましてや自分のからだに無頓着なところのある彼女のこと、万が一眠ってしまって風邪で
心、境界線②チェヨンとそういう関係になったのはウンスが総合病院に勤務してまだ1年も経っていない頃で、同じ外科仲間と夕飯に行った際に集まった数人の1人が彼だった。彼もまた兵役を終わらせてから来た為まだ1年いるかどうかで、お互い話す様になったのは自然な事かもしれない。既に二次会に行く必要も無い程に、大量にアルコールを摂取したウンスはタクシーを呼んで欲しいと同僚医師達に頼んでいたのだがそれを聞いていたヨンが自分が送ると言って来た。普段口数少ないヨンがウンスと仲良く話す姿を見ていた医師達は、彼にウ
蒸し暑い風が、窓から甘い香りを運んでくる。バルコニーの下に繁る月下香の花の香りだ。気だるさをもよおすその濃密な香りを、わたしは深くすいこみため息とともにはきだした。就寝前の用事を済ませた侍女が退出したあと、アンドレがショコラを持って部屋に来るのを待つのが日課だ。長い間繰り返された日常の習慣だが、たがいの思いが通じあってからは、その時間の待ち遠しいことといったら、自分でもおかしくなるほどだった。朝から晩まで衛兵隊でもずっといっしょにいるというのに、今この時も彼に会いたくてたま
※少し原作やドラマに被る部分がありますが、あくまでもこの話は“蝶が舞う~の中の二人”ですので、そのつもりで読んで頂けるとありがたいです。蝶が舞う頃に◆〔1〕宮殿に帰って来た頃にはうっすらと空も明るくなり、少しの寒さに眠気も覚めてしまい、二人は歩きながらキチョルに対して次の対策を話し合っていたのだが――。「わかったわ。もう逃げるのは止めたわ」「はい、良い判断です」「彼奴らとどう対抗出来るかよく考えなくては・・・」「っ、そうでは無く。宮殿内にいて下さいと――」暫くしてヨンとウンス
*この話もどれにも繋がらない短編です。心、境界線①居合わせたのは当然偶然だったが、近くの席に座ったのか?と問われればそれも何となくとしか言えなかった。同僚から誘われるままに最近出来たという中華料理が美味いと噂の店に入ってみれば、数年前に傍で聞いていたよく知る声が聞こえて来た。女性の声など皆同じだと思っていたが、過ごしてみるとなるほどそれぞれ特徴があるのだなとあの頃気付いたものだったが・・・。しかし今は関わる事もすれ違う事も無くなってしまい、同じ職場だった彼女が違う病院へと転勤してからは
広場の片隅の夜営地から教会に向かって、アランは重い足を運んでいた。今日一日だけで、いったい何人の戦友を喪ったことだろう。つい昨日までは馬鹿話をして笑い合っていた仲間たちが、ものいわぬ冷たい骸となって教会に安置されている。そこにずっとこもっている彼女のことが心配だった。教会の扉の前までたどりつくと、ちょうどそこからロザリーが出てきたところだった。「……隊長は?」ロザリーはアランに気づくと大きな目をうるませて言った。「ずっとアンドレのそばに……あんなオスカルさま、見たことな
※この話は“君降る~”の中で通路が消えて、二人が会えていなかった数年間の間にあった出来事です。君に降る華【特別話】⑴「あぁ、このブーツは失敗したわね」突然降り出した雪にウンスはうんざりとした表情になる。田舎から上京し大学、インターン、レジタントを経て漸く希望した江南総合病院への就職も叶い、自分としては理想通りの人生を進んでいると思っていた。だが、その間素敵な恋人を見つける事は出来なかった。どうして?服だって化粧だって流行りを必ずチェックし、取り入れていたというのに。いや、まだ諦
voieLactée~Avectoiunenuitétoilée7月7日星降る夜空に君と。こちらの作品は2023年7月に書き下ろしました。7月7日七夕特別企画小説です♡と、言っても私がpixivで、小説を初めて書いたのは去年の4月半ばからでした。あれから100本以上、書いてしまいました(笑)絵を描くのも好きですが、就職した一番最初の仕事は、コピーライター&デザインクリエイター&CMデザイナーでしたので、書いていると、当時の膨大な作業を徹夜
七月とはいえ日が落ちると急に冷え込み、教会前の広場では火が焚かれていた。その火に横顔を照らされながら、虚ろな目をしてうずくまる彼らの隊長。自らの半身にも等しい愛するひとを喪い打ちひしがれる彼女に、彼は言い放った。「やつが逝っちまって傷ついてるのは、あんただけじゃねぇ」そして隊員仲間のもとへ戻ろうと歩く彼の前に、ひとりの女が立ちはだかった。大きな目いっぱいに涙をためて、彼をじっと睨みつけている。その顔には見覚えがあった。たしか、隊長の知人らしい新聞記者の妻で、ロザリーとかいう女
※こちらは、序奏と①~④の下にあったお話でした。次話がアップされると消えていたものでしたので、まだ読んでいなかった方はあの話の時の続きだったのかと思って下さると嬉しいです。蝶が舞う頃に㉖〔おまけ〕序奏【ヨン】――暗闇の中、見えない蝶が舞っている。湿った部屋の中、鼻を掠めるのは嗅ぎ慣れた土や草の匂い。そして知らない花の香り。女人が動く度に、自分の周りに蝶が舞う様に香りが漂っている。「――・・・抱かせてくれないか?」躊躇しながらも手探りで手を伸ばすと、触れた女人の手がビクリ
※この話は“君降る~”の中で通路が消えて、二人が会えていなかった数年間の間にあった出来事です。君に降る華【特別話】⑸ピリピリと肌に感じるのは外にいる寒さだと子息は思った。いや、本当は違うと考えているが、それを認めたくない自分がいる。広間の中央に立った男の視線はビタリと子息を捉え離れない。故にその気を感じたからだと思っていた。――なのに、この息苦しさは何故なのか?「怪我をなさいませんよう・・・」中央に立つ隊長が低く言葉を吐いた。確かに自分に言ったのだろう。笑っている様に見え
※今回の小説は、ラブライブのゲーム『スクスタ(※既にゲームのサービスは終了していますが、YouTubeの方に公式が配信しているアーカイブ動画があります。)』の西木野真姫の『キズナエピソード』を、真姫の視点で書いたものになります。真姫(これは虹ヶ咲の『あの子(あなた)』が、私達μ'sの活動の手伝いをしてくれる事になり、私達を迎えにわざわざ一年生の教室まで来てくれた時のこと…)凛「…あれ?真姫ちゃん、どうしたの?まだお返事してないよ?」真姫「別に、返事しなくちゃいけないわけじゃないでしょ。あ
※この話は“君降る~”の中で通路が消えて、二人が会えていなかった数年間の間にあった出来事です。君に降る華【特別話】⑹「よくわからないけど、チェヨン氏が凄い技を放って女性達が目をハートにしたのはわかったわ」「何の形だって?わからない。それよりも、何故ウンスはそういう集まりに直ぐ行こうとするのだ?目的は勉学ではなかったのか?変わっているではないか」「そ、それは」「それは?」もごもごと言葉を発するウンスを腕を組んで睨み付けるヨンの姿は、まるで不貞をしてしまった妻を怒る夫のそれだと二人
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△蝶が舞う頃に④「“いいなぁー”じゃねぇよ!とんでもない事だぞ?」「?」「歩けない医仙様の世話は誰がするんだよっ?」「・・・だよな?そうなるよなー」トルベの言葉にトクマンはやはりとため息を吐いた。ちらりと見ただけでも、ウンスが一人出歩くのには数日は辛いかもしれない。だが、ウンスの足から靴を脱がせ見ていたチャン侍医の横顔を見て、トクマンは羨ましいやら、落ち着かないやらで慌てて兵舎に帰って来たのだ。ウンスも医者だが、あの方はどうやらこの地の薬
心、境界線④「わぁ、ありがとうございます!」ウンスは手に渡されたコーヒーと期間限定のパイに歓声を上げた。「申し訳ないね、お礼がこんな安いもので」申し訳なさそうに言うヤン医師の隣には2人では食べれるかという程のサンドイッチやパンが入った紙袋がまだあった。「他のスタッフ達も食べてくれたら嬉しいんだけど」「大丈夫です、皆喜んでくれますよ」そう言い笑いながらウンスも早速手にしたパイを口に頬張った。1週間前にヤン医師が上層部に申請した最新機器購入と更には医師達への実績に基(もとずく)正
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆①=運命の輪「貴女は過去の人に出会うでしょう」「・・・いや、そうでは無くて。今、今が大事なの!これから行く場所に誰かいないかって事。出来るなら顔良し、身長高し、お金持ちがいいわ!そうね、住んでる場所がソウル市内なら尚OK!いない?そういう人?」「・・・・・そう言われても、貴女は何処に行くつもりなのですか?」「ま、まぁ、沢山の人達がいる食事会に・・・」ウンスの呟く声に、正面に座る手相占い師は首を傾げていた。結婚相談所に登録し、今からそのイベ
※二人の出会いが少し違いますのでわからない方は前話の“君に降る華”を先にお読みする事をおすすめ致します▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽君に降る華◆⑸兵舎に向かう通路でヨンは足を止め後ろを振り返った。キチョルとその同行者等は既に康安殿を出て宮殿から去っている。傍にいた者達からも禍々しい気を感じたのだからおそらく同類なのだろう。それに――。あの男は、宣恵亭の話など一つも出さなかった。遺体を調べた限り、やはり生きたままその場で焼け死んだという。逃げ回った痕跡ともがき苦しみ
※ある日の典医寺の話です。イトシイイトシイイウココロ【番外】❶ウンスははぁと肩を揉み、首を何度か振っている姿を典医寺のチャン侍医は見つけ手に持っていた籠を置くと、ウンスの向かいに座った。「どうしました?具合でも?」「あぁ、いえ、肩がこったなぁと・・・私どちらかという肩こりで時々リンパマッサージに行っていたのよね」「り、りん?」「血液循環が悪くなると肩や足や関節部分に老廃物が溜まり、・・・まぁ、要はあちこち凝るし体調もおかしくなるという。・・・リンパマッサージというのはね・・・―