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1月2日朝息子が亡くなりました。まだ、何年かは会えるとどこかで思っていたから突然の出来事で信じられない気持ちもあります。高熱も続いていて抗生剤や解熱剤も効かないのなんて2年半の入院生活で何十回とあったから。1日前の元旦に苦しい苦しいと訴えていてホスピスから大きな病院へ行ったのですが翌日朝危篤となりすぐに亡くなってしまいました。今までコメントやいいねで励まして頂きありがとうございました。コメントにもお返事しきれずでしたが見守っていただいた事に大変感謝しております。少し落ち着いたら
ここへ来てから、昨日で1週間でしたあれ以来あまり変な事!?もなく、平和に暮らしております看護師さんや介護士さん、皆さんに優しくして頂き有難いです孫も何度か顔を見せてくれて…孫と過ごす時間が最高に幸せですとりあえず1週間ここに居た感想としては「良かったなー」って感じです3食用意して頂き、週2回ですがお風呂にも入れてもらえて、24時間点滴で痛みもほぼ抑えられ、とても安心して生活出来ています今は1番腰が痛くて、起き上がったり寝返りうったり、歩いたりトイレに入ったり…まあ動くと痛いですけれど
GCRによる共和国の復元2026年4月30日現在後半RestoredRepublicviaaGCRasofApril30,2026ThereportdiscussesatransformativeeventexpectedonMay1,2026,involvingadvancedmedicaltechnology,financialsystemchanges,andsignificantpoliticalupheaval
再発…いつどんなときでも嫌な響き嫌な言葉3女の旦那様のお父様たかおちゃんより半年後にすい臓がんが見つかり、自分もお医者で腫瘍マーカーとか調べていたらわかったことステージ2すい臓尾だったので抗がん剤で小さくしてオペしてその後は元気でお薬なしの日々がつづいていたそれが、4月ある日CT検査の結果が出た再発+肝臓+肺に転移も見られたまだ小さいのでもう一度抗がん剤で叩くらしい涙が出た久しぶりに泣けた4月はじめにお宮参りに行った時にはめっちゃ元気でアルコールも嗜んでいたのにそ
ホスピスに移ってからも特に変化はないのだけどこの数週間はいつ行っても寝ていていくら声かけてもほとんど起きず…脳がシャットダウンしたがってしまったのかと心配だったんだけど今日母が面会に行ったらもう3年も入院してるって自分でわかってて話が出来たタイミングだったと連絡がきて、ホッとした。カレンダーもないし、前にもう2年だよ、まだ22なのにオムツなんかして…って急に言ってきたこともあって、病院で2回誕生日迎えてる事もわかってるの?って驚いたんだよな。一ヵ月くらい前に、声出してくれた時は10数年前に私
【与えられた人生の時間】6199有川真由美氏の心に響く言葉より…大切な友人が、この世界から旅立っていきました。家族のいない彼女は、亡くなる数ヵ月前に主治医から「動けるのはあと2~3か月ですから、いまのうちに会いたい人に会って、行きたいところに行っておいてください」と言われたといいます。そのとき、「そんなこと、いまさら言われなくても、ずっとやってきたあたりまえのことよね」と笑った彼女は、たしかに、それまでと同じ時間との向き合い方をしていました。やり
転倒からはじまった母の介護(そのお話はこちら)しばらくは遠距離介護をしていましたそんな母の遠距離介護に限界を感じ(そのお話はこちら)実家での同居介護をはじめて(そのお話はこちら)二ヶ月がたった頃...自宅で再び転倒し救急搬送された母そのまま入院し2度目の大腿骨骨折の手術をしました(そのお話はこちら)約3ヶ月の入院後ほぼ寝たきりになり退院しましたしばらくして実家を売却して(そのお話はこちら)父と母も連れて私の自宅に引っ越し
先週はみなとみらいの放射線学会総会に参加してました。自分の発表は、動注の即効性の効果について、です。癌性症状の緩和を実感する時間がカテ後翌日が最も多く、僕の101例の臨床経験では、やはり動注は即効性だったが結論でした。が、まあ、放射線科の学会は画像が中心なので、臨床や抗がん剤のこういった話はあまり受けが悪くて、5月のIVR学会ではもう少しウケてほしい。でも、関東の親友先輩先生が、やっぱり関の治療は面白くて臨床効果も高いな、俺も真似してみようかなあと言ってくれたのはちょい嬉しか
採血ルート確保💉肺🫁レントゲン呼吸器内科診察腫瘍内科診察ランマーク右腹エンハーツ投与44,400円薬なし💊採血結果🩸特に変化無し肺も良好無事抗がん剤エンハーツ投与が出来ました😚思いのほか診察が早く進み15時前に全て終わった✌️(いつもは16時過ぎになるのに💦)早速緩和ケア(ホスピス病棟)の事で相談しに行った🏥病院によって必要事項がいろいろありそうなので、病院同士で連絡していただける事になった。今現在の体調はすこぶる良く食事も食べられるし卓球週3回通ってるし
転倒からはじまった母の介護(そのお話はこちら)しばらくは遠距離介護をしていましたそんな母の遠距離介護に限界を感じ(そのお話はこちら)実家での同居介護をはじめて(そのお話はこちら)二ヶ月がたった頃...自宅で再び転倒し救急搬送された母そのまま入院し2度目の大腿骨骨折の手術をしました(そのお話はこちら)約3ヶ月の入院後ほぼ寝たきりになり退院しましたしばらくして実家を売却して(そのお話はこちら)父と母も連れて私の自宅に引っ越しまし
日本は乳児死亡率0.2%という世界一の〈赤ちゃん子ども救命大国〉、ゆえに、人工呼吸器をつけて難病等と闘い続けている子どもは全国20万人とも。その一方で、最期までその子らしく生きるため、家族や兄弟が寄り添うことのできる〈こどもホスピス〉は、現在全国に3つしかありません。その拡充を求めて、4.29〈四つ葉の日〉は〈日本こどもホスピスの日〉となっています。その一つ、開所5年を迎える、横浜こどもホスピス〈うみとそらのおうち〉は家族滞在型の施設。小児がんの小学生の女の子の最
5年余り闘病末期前立腺がん患者いくつもの治療を重ね現在最終治療イクスタンジ+ゴナックス投与PSA25.8994週毎計測20〜30%悪化今の処悪化度合いさして悪くないしかしそのうち倍々で悪化という局面に差しかかる幸いにしてこの大学病院から「通院出来るうちは面倒診ます」と言われている「PSA10,000の患者さんも通っています」去年10月転倒事故以降タクシー通院とした為楽な通院”先々訪問看護→病院ホスピス科とのレール敷設
熱、下がりました😊ご心配頂きありがとうございました。3日間苦しみましたが今は回復途中です。1日目2日目3日目上がっては下がるに翻弄されましたが、熱あるある!でずーっと果物とメイバランスで生き延びてたので昨日はお粥を作って少しだけ食べました。ゆっくりと元気になれたらいいなと思います。去年1棟見学に行きましたが時間は経っていますが2棟目のホスピスの見学に行ってきました。今回見学に行ったホスピスは元々病院だった場所がホスピスになった!という感じです。なので、建物自体は広さ
ここ最近、色々とやることが山積みになってしまい、なかなかブログを書く意欲が沸いてきませんでした。おまけに「何でこんな時に!」というような問題が突如、発生したり、体の衰えも顕著になってきた、という感じで…も~う、正直、ツライっす!😭まずは転院のこと。年末年始にかけて体調が悪化、死の危険性もあるというこで、急遽、年明けすぐに外来通院していたホスピスに緊急入院することになりました。しかし、その後徐々に体調も回復、どうやら何らかの感染症に罹っていたようだ、ということで、40
父が亡くなって2年が経つとにかく健康で、自営業であったため健康診断もほとんど受けていなかった父が69歳を過ぎてから、病院通いの日々に…81歳で亡くなるまでたくさんの病気や怪我と闘っていたなぁ大腸がん心筋梗塞脳梗塞眼窩底骨折腰部脊柱管狭窄症手術、抗がん剤など頑張って治療して驚くほどの回復力で元気いっぱいに過ごしていたのに膵臓がん、ステージ4余命半年の宣告3ヶ月後には天国に行ってしまった最期はホスピスに入り家族で看取れたこと葬儀、お墓選び、ブログの情報にもと
こんばんは♪昼間は友人とカレーランチの後、デザートでまったりしましたが、話の内容やシビアでした💦この先何をしていったら良いかわからないんだよねって話したら。一番最初に考えることは、どこで死ぬか‼️だと。それが決まれ自ずとそこに辿り着くまでの絵は描ける。漠然としていた状況が、少し霧の間から先が見えてきた気がしました。自宅は賃貸だし一人暮らしだからありえない。となると答えが二択しかないってわかった💦え?もうそこまで絞られちゃうの?自由度はないの?ホスピスか介護付き老人ホームの
私の知る限りコメント数『ピカ一』サンフランシスコさんのblogです。元気をもらえましたので紹介します。我がブログファンの中には闘病中の方が沢山おられます。アイアンマン稲田弘さんからのメッセージです。・諦めない心を持ってほしい・チャレンジすることを恐れないでほしい・夢を持ち続けてほしい『やれば出来る!93歳過酷なアイアンマンレースに挑戦し続ける男』アイアンマンレース史上最も偉大な挑戦者の一人世界最高齢完走者としてギネス世界記録を持つ稲田弘さん佐原(千葉県)倉敷
大阪国際がんセンター消化器外科を3月6日に終診となり、その後、続けて9日に脳神経外科、11日に口腔外科も終診となりました。今日、紹介状やデータCDをもって、T総合病院の緩和医療科に、家内と面談に行ってきました。まず、看護師さん2名との面談。家族構成、近親者がホスピスに理解しているか、延命治療希望の有無、現在の身体状況、生活状況、食欲、栄養状態、眠れるか、気力はどうか、身体の苦痛、こころの苦しさ、など、事細かに尋ねられました。気になるのは、嚥下障害、視野欠損、認知認識障害、右頸部リ
マザー・テレサ(MotherTeresa、本名:AgnesGonxhaBojaxhiu、1910-1997)に対する「一方的に悪く劣る」という極端な主張に対する反証・反駁・反対意見・批判的な視点を、事実ベースの公開情報(書籍、論文、記事、証言など)からまとめます。クエリ指定通り、推論・推測・仮説等を排除し、現在入手可能な公開資料に基づきます。前提として、彼女の主な業績は**ホスピス(死を待つ人のための施設)**であり、近代的な病院運営を目的としたものではありませんでした。Missionar
まずはこちらの動画をご覧くださいこの方に関して私はヴィーガンになってすぐに疑問を持ちました(理由は後述します👇)それが最近この動画を見て再確認されたのとあと念の為AIにも聞いてみましたが保守的なはずのAIもその疑念を認めていたのでもちろん悪人でこそはなかったにしろノーベル平和賞をもらうほどではなかったろうというのが私の個人的な感想です(むしろノーベル平和賞ならジェーン・グドールさんにあげてほしいです❣️)特に私が認められないと思うのはAIにも確
姪から電話があった。ご主人が亡くなり、来月4日納骨に郷里まで赴くと言う。30年別居生活をして最期はホスピスで迎えた。昭和の頑固ジジイそのものだった彼とは恋愛結婚だった。二人の子供にも恵まれ良き父、優しい母に写っていた。私は知らずに冗談を言い合っていた。娘が結婚したい、と言い出した時姪は出張先の頑固ジジイの元に許しを乞う為に行くようにと伝え『最初に父に相談する為に来た』と姪は娘に作戦を説いた。母ではなく父が一番早くに。頑固ジジイは涙声で電話ボックスから『今駅前