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day1829(5年0ヶ月3日)前回の投稿から2年半くらいですちゃんと社会復帰もできて、働いて、ちょっとした買いたいものも自分で買えるようになりました早いもので白血病になってから5年が過ぎ、月日が流れて20代後半から30代の大台に入る大きな節目を経て、精神的に更に少しだけ大人になった気がしますこの5年の間で世界や情勢はどう変わったか?色々なことはありましたが、その中で一番私が関わってるのはAIです今の仕事柄AIによくお世話になっておりもうなんならAI抜きの生活は考えられないですしかし
12月13日(水)皿うどん
と言うことで、2回目のLTFU外来へ。前回は初めて&知らぬまの予約日時の変更により、バタバタだったので今回は平和久々の病棟看護師さん達とのご対面退院時よりふっくらして元気そうで何より!と笑実際、体重も移植前まで戻ってきたし。今まで頑張って治療したんだから、我慢してきたものも沢山あるし、無理せずちょっとずつチャレンジしてできること広げられるといいねと。でもお酒は程々にと。笑止まってる生理について聞いてみると、いつ復活するかは人それぞれ。初潮みたいにいきなりくる。とのことも
12月12日(火)レントゲンの検査は変わりなし
タイトルどおり、1ヶ月延長しましたあっ、体調不良とかではないです。遡ること、復帰まであと数日と迫った頃。傷病手当等、書類を諸々整理中。…あれ?傷病手当(休職)の期間があと1ヶ月残ってると気づく。前回の復帰がキツかったので、残りの期間でまるまる18ヶ月を使い切るように考えてた。総務担当者に、『残りの休職期間はいつまでですか?』と聞いて、『この日までです。』と言われた日にちを元に復職日を決め、上司と諸々打ち合わせしたのだが…。改めて総務担当者に日数確認してもらう。そして間違
おはようございます、まだ存在しない「まだない鍼灸室」ですまだない鍼灸室はその名の通り、今はまだ存在しない想像上の鍼灸室です。このブログをご覧頂きありがとうございます。2024/4~悪性リンパ腫(Tリンパ芽球性リンパ腫)の治療の為、抗がん剤治療7クール(HyperCVAD/MA6クール、オンキャスパー1クール)→放射線治療→2025/2に臍帯血移植→現在社会復帰の為リハビリ中※白血病、悪性リンパ腫の診断を受けた方・ご家族からの相談メッセージはなるべく早く返信を心がけてますが、体調により
12月11日(月)今日は肺の検査の日
移植後半年経過あっという間に移植後半年経ってたわりかし元気だけど、病気前にはまだ戻らないでも無事にここまで辿り着けたのに感謝現在の状況体重…移植前くらいに戻る。絶食期間は栄養点滴だったから今より重くてパンパンだった。点滴抜いて家に帰ってからは量が食べれず、治療中の最低値に。そこから少しずつ食べれるようになって今に至る。筋肉つけて健康的に太りたいあと3キロくらいで病気前。(治療中増減:マイナス8キロくらい)体力…1日5000歩強くらいは歩ける。お出掛けは半日くらいなら
12月10日(日)床に吐いてしまった。
叔母の、臍帯血移植の前処置の抗がん剤が始まりました。最初の数日は副作用もなくビデオ通話の連絡もきていました。その後やはり吐き気が出てきたといって連絡が来ていません。母は、おはようなど負担にならない簡単なものを送っています。抗がん剤は終わったのでもう移植が始まります。どうか無事に終わり生着しますように。祈っています。
もう少しで臍帯血移植から1年半です体調を壊すことなく過ごせています。最近ブログを更新されていない方、みなさん元気かな?と思うことが続き過去のブログにお邪魔していました。治療中の◯さんは元気になったのかな?〇〇さんも最近更新していないなぁきっとバリバリ働いてるんやろうな〜と思っていたら元気な近況報告があってむちゃくちゃ嬉しい!そして治療継続中でがんばっている方。良くなりますようにうまくいきますように。8月5日、19日通院日。顎のMRIの結果が出ました。悪性腫瘍では無かったです
発症前治療で脳の症状抑制難病「ムコ多糖症」の乳児で報告https://t.co/CAIEFcqnK4ムコ多糖症は生まれつき特定の酵素が不足する病気です。研究によると、発症前に足りない酵素を補うなど、発症前に治療を始めることで脳の症状を抑えることができました。—日本経済新聞電子版(日経電子版)(@nikkei)2026年8月10日生まれつき特定の酵素が不足し、全身に障害が進行する難病「ムコ多糖症」を新生児期に見つけ、発症前の治療で脳の症状を抑えることができたと、国立成育医療研
と、いうことで行ってきた傷病手当・休職期間をフルで使い切るので、復帰に向けた打ち合わせに。(仕事はしてない)結局、休職(1年半)➕有給で長期間休ませてもらった欲を言えば、体力・気持ち的には年末まで休みたいところだけど正直、会社に行くのは憂鬱で。よくない事を言われるかも…なんて思いつつ。会社に対しては思うところもあるけれど、私が緊急入院した際も、早急に会議してくれ仕事等割振してくれたよう。そして身体が1番だからと。席はあるから安心してと。諸々、私の希望を通してくれたありが
12月9日(土)おっとうが荷物を持ってきてくれた。
こんにちは😆6/17からの御茶ノ水での入院、その前に練馬高野台での40日間の入院でしたが、いよいよ退院へのカウントダウンが始まりました。8/31〜9/4まで予防のための軽い抗がん剤を注入。その結果発熱もなく血球もその数を維持、運動量も確保そして入院前の三分の一程度ですが食欲も回復傾向にあることから9/9の退院が決まりました♫勿論その間も発熱がないことが条件ですが・・。退院後も多くの制約があります。ウエストウッド再開まではまだ時間を要すること、ご理解くださいませ🙇移植した臍帯血と元々の私の血と細
月1の病院通い3週間隔から月1へ。検査の間隔が開くと相変わらず、ソワソワと心配になる今回は通院日の1週間前からなんだか体調がもうひとつで…。ダルくてお腹の調子もイマイチ。悪くなってたらどうしよう…とビビりながら、今回は7本採血。結果は…順調良かったーとりあえず一安心。ふと振り返ると…具合悪くなる前に、ヴァイオリン🎻担いでたな…多分それだ回復に1週間かかるとは…。日焼け病気前は通勤時だけ外に出るので、最小限で使ってたけど(ケチっぽいけどベタつきもイヤなので)
12月8日(金)臍帯血細胞がいなくなった。
叔母の臍帯血移植の日にちが決まりました。移植は別の病院で行い、体調が安定したら元の病院に戻るかもしれないとの事です。これから食べられなくなってしまうので、お寿司、ピザなど皆で食べました。今は食欲も戻ってお腹が空くみたいですでも体重はなかなか増えないようで、、催事でクルミっ子が売っていたので買ってきてみました。
2015年から通院していた病院の、最後の通院日でした。この10年で、病気そのものは治りました。けれど、痛みは残りました。病気が治ったあとも、答えのない痛みとずっと向き合いながら生活してきました。痛みについては、毎回先生たちに伝えてきました。それでも、なかなか良くなることはありませんでした。GVHDの後遺症であることも認めてもらえず、身体表現性障害からくる痛みだと言われたこともありました。もともと言われたことのないことを言われたり、「考えすぎるから痛くなる」と言われたり。痛みを理解
最後に行ったのは去年の晩秋本来なら今春に予約してたけど、再発の為、キャンセルして伸びてしまった元々は病気になる前から定期的に、検診・クリーニングを約3ヶ月間隔で行ってた元々、歯並びが悪い&歯ぎしりあり。歯並びは齧った断面が文字通り凸凹になるので、普段は虫歯にならないよう、歯間ブラシ、フロス、歯磨きを頑張る。そして歯ぎしりのせいで、歯がすり減って歯茎が下がってきている寝る時はマウスピース装着。移植の治療中は口の中も腫れてるし、出血するのもよくないとのことで、ほぼ1ヶ月は
12月7日(木)突破ファイルを見た。
12月6日(水)由美ちゃん細胞ががんばっている。
今日で臍帯血移植を受けて丸10年を迎えました!!いつも温かい応援や励ましのコメント本当にありがとうございますGVHDとはまだまだ付き合っていかなきゃだけど体調は安定していて家で安心して過ごせることに感謝!体重は順調に増えて現在は40kg入院中の27kgからの大きな成長です💪長くかかりましたがやっと免疫抑制剤終了しましたぁぁ🎉念願の生ものやハチミツの許可が出て今年の旅行では家族と同じメニューを楽しめたサーモンのお寿司最高!!ハチミツが原因で我慢していたお菓子もたくさんあって
おはようございます入院2日目、特に検査もなく、看護師さんから種々(主に抗がん剤の副作用やGVHDのこととか、そのための生活態度とか)の説明を受けたりがメインです。が、過去に入院経験のある消化器外科、消化器内科の病棟と違い静かです。人の出入りも制限されているので当然かも知れませんが。今朝は、ベッド清掃で外で待つ間、他の入院患者さんを見かけました。まだ、小学生らしき子供もいました。皆んな、辛い治療をしているのだろうな、と、思うと、怖くもなり、心強くもあり。そんな中、次々と署名を求められ
ということで、久々に楽器を弾いてきたプチコンサート以来だから、まともに弾くのは9ヶ月ぶり今までも気が向いたら消音器つけて、家でそろりそろりと弾いてたけど変な癖がつくし、宜しくない更に実家に出戻った為、音を出せるような施設が近所になくちょっと頑張って遠出。楽器担ぐのも恐る恐るだったけど、お、意外に平気かもと意気揚々と家を出発でも出て早々になんだか気持ち悪い…。無理せずにで、ダメだったら引き返そうという事で出発退院直後は重いもの持てず、持つと今回のように気持ち悪くなる