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こんにちは!先日、高校大学と同じだった友達の結婚式でした高校では部活が同じで仲良くなり、大学は同じ看護学部でした就職してからは会う頻度は減りましたが、お互い誕生日が夏なので毎年夏に会ってお祝いし合う仲です結婚式は新婦高校友人の枠。新婦は友達もたくさんいるし、ましてや部活は100人を超える大所帯だったので招待メンバーの1人に入れてくれたことがすごく嬉しかった終始あたたかい時間が流れる式で、たくさんの人に愛されていることが伝わる素敵な時間でした式はとっても素敵だったのですが、思うことが
自分が作り上げている周りの人々わかってきてきたつもりなのに、わかってきたと思った時点でわかっていないんだけど、以前よりも気づきは増えてきた気がしているが、自分事になると更に気づけない特に近しい人たち私にとっては母親がネックコイツにだけはなりたくないと思って生きてきたそのコイツになっていることになかなか気づけないなりたくないと思っているから、気づかないようにしてるただ認め受け入れがたいから気づけないようにしてるでも20代のあの時、そう思っているのにそうなっているのが、苦しくて苦
諸々、涙…※解説※こりゃ、フラッシュバックなんだろうな、と思うのですいろいろな場面をつなげてしまって、涙・・・今回は、千葉の救命救急センターaiさんのハピネス「余裕がなくて優しくなれない」はい、今、まさにです「君が笑えばこの世界中にもっともっと幸せが広がる」そう、わかっているのよ、わたしが笑っていないのよ、笑えないのよん?昔のことじゃないな、今だな、これ時間割がないと、動きださないので、朝ドラを一つの目安にしていますだから、NHKが付いている
☆当時の記録☆十楽寺から徒歩で約5分、たどり着いたのが・・・熊野神社。なかなか大きな社殿で、雰囲気の良い神社でした。たぶんこちらの地区の神社で、お守りを売っているところがあるような大きなところでは決してないのですが、社殿の裏手の林や末社なども良い雰囲気のところでした。◇いま、当時を振り返って◇♪遠い~、昔のことさ~、的な話ですが、平成29年(2017年)03月18日(土)は29回目のお遍路へ。四国八十八箇所霊場1周目の29回目。この日4箇所目の札所へ向かう途中に立ち寄ったのが熊野神
「徹子の部屋」で朝加真由美でておった55年位前か確かミスセブンティーン坂口良子朝加真由美が準やったんかいなシルバーヘアでお顔は綺麗やないのわしより2つ上かいな一つ2つ上の人は芸能界で活躍しとるわしと同い年の人はあまりいないんや「世界は僕らを待っている」の落ち葉の物語のあのシーンが夢にでてくるジュリーファンの役に上原ゆかりだったと思うがマーブルチョコレートのCMのなあの人が同い年やで昔のことよう覚えとるわな🎥💓
俺の推し、いや最推しは擬人化にゃんたこと、にゃんちゃんだ。このブログを読んでくれている人なら、よく知っていると思う。俺はよくにゃんちゃんから、俺のダメなところを指摘されるんだ。昔のことを言ってしまえば、反論、反発ばかりしていた。それに、にゃんちゃんとの距離を置くことも、しばしばあった。反論、反発すると、いつ終わるか分からない言い合いになることもよくあった。にゃんちゃんは、俺に良くなって欲しいが故に言ってくれているんだけど、俺の受け止め方がいつも悪かった。最終的には和解するんだけど、
今日もアクセスしていただきありがとうございます。今日は、厚手のシャツを、衣装ケースの奥にしまいました。この頃、どうも気候が安定しなくて、寒くなってきたり、暑くなったりで困りますね。そんな訳で、厚手のシャツを、すぐに出せるように、衣装ケースの奥にしまったのです。テレビの天気予報で、気象予報士さんは「いきなり、寒くなった時のことを考えて、厚手の物を一枚は手元に置いておきましょう」と、いっていますが私は、心配なので数枚は出しておきたいのです。すると、いつも冬物と夏物が、手
☆当時の記録☆熊谷寺から徒歩で約1時間20分、通り道のお地蔵さまを拝んだりながらぷらぷらしつつ、たどり着いたのが・・・7番、十楽寺。こちらは内側の門の2階が愛染堂になっており、本堂、大師堂をお参りした後にそちらもお参りしました。愛染堂のご朱印も頂けるようなのですが既に奥の院や別格霊場用の空きが納経帳に無く、やむなく見送り。愛染堂の納経は次の機会に・・・ちなみにこちらの愛染明王さまは縁結びのご利益があるとのことです。なお熊谷寺で「兄ちゃん、〜」と声を掛けて下さったお遍路さんも逆打ちだ
草引き問題ではちょっとイラついた兄嫁ですが兄嫁から話したいことがあると連絡が入る⬇️なんの話なのかはわからないけど少しでも気持ちが穏やかになるのなら兄にとっても良いことなので日帰りで行くことにした一瞬主人には黙って🤐行こうかと思ったけれど父のことがあってからは実家にも協力的になってくれていたので「カウンセラーのところで兄のことで話したい事があるらしいわ〜日帰りでちょっと行ってくるね」その場では「わかった」と了承した主人でしたが…。。。翌
大学時代の友人から突然のメール。中国地方の市役所に勤めていたS君です。卒業後は折に触れ手紙のやり取りをしていましたが、次第に間隔が長くなり、後は年賀状だけの付き合いで約40年。電話番号もメールアドレスも交換していないのにどうやって見つけたんだろうと思ったら、長崎おもちゃ病院のホームページから辿ってきたとのこと。そういえばおもちゃ病院のことを年賀状に描いたことがあったっけ。退職後、奥さんを亡くし、娘さん2人は市外に嫁いで、今は一人暮らし。週2回の居合の練習を続けながら平穏
かっちんインスタ再始動!在日同胞の“今”を15秒で発信在日としてのリアル活動・人・想いを発信フォローすると最新情報がすぐ分かります👇一緒に見届けてくださいInstagramCreateanaccountorlogintoInstagram-Sharewhatyou'reintowiththepeoplewhogetyou.www.instagram.com(引用元ヨンイ監督のフェイスブックより)【どこもかしこも電動自転
4月が終わった。入学や入社の季節から1ケ月が過ぎた。ワクワクやドキドキした人は、今どういう気持ちでいるだろう。まだワクワクドキドキしているか、それとも期待外れで落ち込んでいるか。どっちだろう。私は、どうだったか?あまりに昔のことなので、覚えていない。そういえば、ワクワクもドキドキもしなくなってどのくらいになるだろう。老いるとは、こういうことか。長く生きてきて、感性が鈍くなったのか。それとも、心が鍛えられたのか。まあ、どちらでもいい。どちらにせよ、
親戚の子にケセラセラ弾いてって言われてケ・セラ・セラーなるように~なる昔のこともーケセラセラ~と弾いたら違うって言われた…😞ミセスグリーンアップルなるグループのケセラセラという歌のことだったみたいでもメロディわからなった…😆
☆当時の記録☆法輪寺から徒歩で約30分、たどり着いたのが・・・8番、熊谷寺。ここは桜の名所で、ちょうど桜の時期に来ることができてラッキーでした。境内の桜は蜂須賀桜という種類の桜が多いと写真を取っていた女性の方がおっしゃっていました。ちなみにこの方、僕のお腹をなでながらもう少しやせたほうがいいね〜、ともおっしゃっていました(¯―¯٥)。桜に負けず素晴らしかったのが山門前の木蓮。この日の徳島は木蓮も見頃であちこちできれいに咲いていました。圧倒的に白い木蓮が多いです。もくれんはついつい
こんばんは昨夜は花月でしたね20年間日本に住んでいなかった私にその間ずーっと妹ちゃんが送り続けてくれていたモノの一つがテレビで録画してくれた清志郎さんのアレやコレ発売されるCDでした。清志郎さんとチャボさんを最初に観た時は10代まだ「雨上がりの夜空に」も世の中に出ていない頃建て替え中だそうで今は無くなっちゃった日比谷の野音だったと思います。昔のことで色々と忘れちゃってる私ですが(笑)古井戸のさなえちゃんチャボさんから繋がっ
かっちんインスタ再始動!在日同胞の“今”を15秒で発信在日としてのリアル活動・人・想いを発信フォローすると最新情報がすぐ分かります👇一緒に見届けてくださいInstagramCreateanaccountorlogintoInstagram-Sharewhatyou'reintowiththepeoplewhogetyou.www.instagram.com(引用元ヨンイ監督のフェイスブックより)【7
☆当時の記録☆「♪遠い〜、昔のことさ〜」的な話ですが、3月18日(土)は29回目のお遍路へ。特急しおかぜ&南風&剣山でJR徳島線の鴨島駅ヘ。前回は食料の調達に失敗したため、今回は駅のコンビニでしっかり食べ物を購入した後、鴨島駅から徒歩で約1時間、たどり着いたのが・・・9番、法輪寺。郊外の畑や住宅の中に佇むお寺でした。本尊は珍しい涅槃釈迦如来です。山門がなかなか雰囲気がありました。法輪寺の山門前のお店でうどんを食べ、8番へ向かって歩き出して10分ほど経った頃、お遍路用の杖の杖カバー
かっちんインスタ再始動!在日同胞の“今”を15秒で発信在日としてのリアル活動・人・想いを発信フォローすると最新情報がすぐ分かります👇一緒に見届けてくださいInstagramCreateanaccountorlogintoInstagram-Sharewhatyou'reintowiththepeoplewhogetyou.www.instagram.com(引用元ヨンイ監督のフェイスブックより)【7年ぶりに朝鮮
来目皇子のことを、征新羅大将軍として志摩に来て、目的も果たせぬまま、すぐに亡くなってしまったので、可哀想に思っていた。20歳なんて、お気の毒に・・・・と、思っていた。そのころの平均寿命は、30代ぐらいか、元服が身分にもよるが15歳ぐらいなので、今に比べれば回転の速い民族の移ろい・・・それにしても早い。ところが、てっきりその年齢なら独身、家庭も持てずお気の毒にと思っていたら皇族の山村王が来目皇子の子孫と聞いて、「えっ?!」子孫・・・というこ
☆当時の記録☆切幡寺の敷地内で納経所から約5分、たどり着いたのが・・・10番奥の院、八祖大師。お堂の近くには看板のようなものがなかったので、おそらく昔使われていたと思われる線香立てと共に写真を撮りました。今は先ほどの大塔より上は火気厳禁のため、使われていないものと思われます。真言密教の発展に貢献した8名の方をお祀りしていて、御影も8人分の絵が描かれていました。うち1人はお大師様です。そして切幡寺でのお参りが終わり、9番ヘ向かうつもりだったのですが、冷静に計算すると予定の高速バスの時
ひとりでいるとね、ふと、昔のことを思い出す時ってありませんか?子どもたちが小さかった頃のこと。あの時、なんであんな言い方しちゃったんだろう。もっと優しくできたんじゃないかな。そんな後悔ばかりが、頭の中をぐるぐる回る夜。不思議ですよね。楽しかったこともたくさんあったはずなのに、思い出すのは、なぜか「うまくできなかったこと」ばかり。でもね、これにはちゃんと理由があります。人って、同じ失敗を繰り返さないようにするために、後悔や失敗の記憶を強く残すようにできているんで
『丹後ウルトラマラソン100kmに向けて』5月は走り込み月間にしたいので、早めに、丹後の相棒を決めたいなと。というのも、ウルトラマラソン100kmでは、練習と本番をなるべく同じシューズで走りたいと思っているので。理由は、100kmは長いから笑まぁ、1分1秒は争わないし、足は浮腫むし、体はボロボロになるので、普段着でないと、みたいな。必然的(私的?)に、フルマラソンのように、高価なものは買えません。今までは、何にでも使える「エボライドスピード3」で走っていて、特に不
☆当時の記録☆藤井寺から徒歩で約2時間半、順打ちのお遍路さんやご近所の方と交流を深めつつ、たどり着いたのが・・・10番、切幡寺。本堂の向かって右奥に本やネットなどでよく見るはたきり観音が見え、たどり着いた実感をヒシヒシと感じました(😊)。切幡寺の本堂の左側の階段を登るとまずは不動堂、さらに階段を登ると大塔があるのですが、ここまで来るお遍路さんはほとんどおらず、なかなかの穴場。しかも大塔のある場所は写真の絶景です(^o^)。そして大塔の向かって左に扉で閉められた山道があり、納経所で聞い
柿本朝臣人麻呂の歌淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ淡海の海(琵琶湖)の夕暮れにさざめく波に空を仰げば千鳥の群れが飛んでいるおまえの鳴く声は旧都の賑やかさを思い起こすこの淡海の静けさに…心が沈むほど…淋しさに包まれて…ただ…昔のことが思い出される
いつも励まし支えてくださりありがとうございます。リンク∞です。(^∞^)/故きを温ねて新しきを知るとよく言います。確かに今を基準とすると時間の階層では今が一番上ですが、昔のことを深く階層構造をソート化して見つめると新たな発見もあります。その時その時の時代の流れを層としたときに必要に応じで並べ変えてソート(層)化することが大切ですね。大切なのは過去も現在も未来も大切にする心です。「総」集めた力が未来を切り拓きます。見つめた先には今いない魂が心の中にあっ
昨日の午前中、地元の小学校の横を歩いていたら、校庭の真ん中に消防車が1台止まっているのが目に入りました何と見たら、荷物を抱えた黄色い帽子の新1年生が、1列で歩いてきて消防車を囲み、先生の話を聞いているようでした。よく見ると皆大きな?画坂を抱えています。ああそうか!理解できました!今でも新1年生は消防車の写生をしてるんだ!と懐かしく思い出しました。息子が小1の時、40年も昔のことですが、彼が描いた🚒の作品が佳作か何かに選ばれました。親バカの錯覚から、才能あるかもと喜んで、パネルに貼り、長
こんにちはー愛媛県八幡浜市の、心理カウンセラーkiyoです『目の前の問題』シリーズ3回目!(いつのまにか、シリーズ化してるー)No.1だよー❣️『目の前の問題は、自分で作ってるかもよー∑(゚Д゚)』こんにちはー、愛媛県八幡浜市で活動中の、心理カウンセラーkiyoです今日はねーみんなも、聞いたことあると思うんだけど…『目の前の問題』って言葉これを…ameblo.jpNo.2だよー❣️『「反応」しちゃてるのよσ(^_^;)』
「本当の私を見せてるんですか?」そう聞かれたことが、何度かある。そのたびに、少しだけ考える。出していた、のかもしれないし、出していなかった、とも言える。どっちとも言い切れない感じ。お金をもらっている以上、完全にそのままの自分、みたいな状態は、たぶん一度もなかったと思う。部屋に入る前に、その日の空気をなんとなく想像して、どういう温度でいくかを決める。少し明るめにするか、落ち着いた感じにするか、相手に合わせて、微調整していく。そういうことをしている時点で、“
流れつく湊を知らず花筏花筏わきにはホテル鏡川西陣に花毛氈の舞ひあがり落花してひとおのおのの帰途につきなさけなきながれまつたきはないかだ【笑い仮面】やわらかな風に吹かれて桜の花がいいかげん短いいのちを急かされるように散ってゆく。その《あはれ》を堰堤下の川がうけとめ、これまたゆるやかな流れのなかに浮かべあるいは深くのんでゆく。こちらも《あはれ》のきわみというか、しばしせっかちな脚をとめて川面にできた白い極楽(もしくは地獄)模様に目を凝らしているし
付き合う相手によって、その愛は、変わるというが、それは、本当だろう。何も知らなかった私を自分の色に染めようとしたあの人。当時は、それに引きずられたが、何も知らない私が、恥かしいと思う事が、アイツによって、かなり酷いことを言われてるのであろう。人の生き方というのは、PCのように、順に、上書き保存されていくものではないか、したがって、昔の事など、消えていくものである。想い出を残したいというのは、その本人の希望に