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少し話が脱線していましたが10月にロンドンに行った記事の続きを書きます前回の記事はこちらです『2024年10月ロンドンRAFMuseumLondonHangar4からHangar5』10月にロンドンに行ったマニアックな記事の続きです前回の記事はこちらです『2024年10月ロンドンRAFMuseumLondonHangar3からH…ameblo.jpHangar4の見学を終え、メインであると思われるHangar5に入りました珍しいメッサーシュミットBf110戦闘機があり
今回は、レジンキットです。HINODE1/72海軍十二糎自走砲です。“JAPANESENAVY12cmSPG”海軍十二糎自走砲(海軍12cm自走砲)又は長十二糎自走砲(長12cm自走砲)は、日本海軍が第2次大戦末期に試作した自走砲です。現存資料が少なく謎が多い車輛。開発担当は艦政本部第一部。一般に「海軍十二糎自走砲」と呼ばれていますが、「短十二糎自走砲」に対し、「長十二糎自走砲」と呼ばれることも。他に、「海軍長12cm自走砲」や「海軍
※エクセルアート陸軍雪中行軍蔦沼(つたぬま)付近母☆『息子よ母より先に逝くなんて親不孝者!・・・』日本陸軍210名中199名が死亡するという日本の冬季軍事訓練において最も多くの死傷者を出した事故であるとともに、近代の登山録における世界最大の山岳遭難事故であり雪中行軍と呼ばれている日本陸軍は1894年(明治27年)の日清戦争で冬季寒冷地での苦戦を強いられた経験を踏まえ、さらなる厳寒地での戦いとなる対ロシア戦に向けた訓練をしていた。(Wikipedia抜粋)事件の翌年
『大本営が震えた日』吉村昭(新潮文庫)【2】前回のブログ記事は、以下の通りです。『大本営が震えた日』吉村昭(新潮文庫)【1】アメーバブログ記事より『大本営が震えた日』吉村昭(新潮文庫)【1】アメーバブログ記事『『大本営が震えた日』吉村昭(新潮文庫)【1】』『大本営が震えた日』吉村昭(新潮文庫)【1】『大本営が震えた日』吉村昭新潮社ウェブサイトより❝開戦を指令した極秘命令書の敵中紛失、南下輸送船団の隠密作…ameblo.jp目次となります。目次
今回は、レジンキットです。HINODE1/72一式半装軌装甲兵車ホハです。“TYPE1HALFTRACKAPC”一式半装軌装甲兵車ホハは、第2次大戦において旧日本軍が使用した装甲兵員輸送車です。日本陸軍は戦前から装甲で覆われた装軌式車輛の研究をしていました。1933年には九二式重装甲車の足回りを使用した試製装軌自動貨車TCが試作され、試製装軌自動貨車TE(1934年)、試製装甲兵車TG(1935年)と続きました。初めてモノにな
今回は、レジンキットです。HINODE1/72九一式広軌牽引車です。“TYPE91BROADGAUGETOWINGVEHICLE”九一式広軌牽引車は、旧日本軍が1931年に採用した鉄道連隊用の装輪装甲車です。タイヤによる路上走行だけでなく、鉄輪に交換する事で線路上を走行可能でした。路上走行用にはゴム製のソリッドタイヤを使用し、軌道上を走行する際には鉄輪を使用しました。車体前後に大型のジャッキを装備し、これを用いて車体を持ち上げ
戦争の話を聞かせてくれませんか佐賀純一【著】(新潮文庫)その5となります。前回のブログ記事は以下の通りです。戦争の話を聞かせてくれませんか/佐賀純一【著】(新潮文庫)その4アメーバブログ記事より戦争の話を聞かせてくれませんか/佐賀純一【著】(新潮文庫)その4アメーバブログ記事『戦争の話を聞かせてくれませんか/佐賀純一【著】(新潮文庫)その4』戦争の話を聞かせてくれませんか佐賀純一【著】(新潮文庫)その4となります。前回のブログ記事は以
『日本のいちばん長い日』は原田眞人監督・脚本の戦争映画です✏️🎬️主人公の阿南陸軍大臣を役所広司さんが、青年将校の畑中健二少佐を松坂桃李さんが演じています👮🎵『日本のいちばん長い日』のストーリーは昭和天皇が連合国のポツダム宣言を受諾されて日本が連合国に降伏する御聖断を下します🇯🇵そしてその決意を国民に自ら伝える玉音放送を録音されます🎙️しかし松坂桃李達近衛師団の青年将校達はあくまで本土決戦の遂行を陸軍大臣の役所広司さんに訴えます🗾🔥役所広司さんは自重する様に松坂桃李さんに伝えますが、遂に松坂桃
今回は、レジンキットです。HINODE1/72スキ型4輪駆動水陸両用車です。“AMPHIBIOUSVEHICLETYPESu-Ki”スキ型4輪駆動水陸両用車は、第2次大戦中にトヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)で生産された大日本帝国陸軍の四輪駆動の水陸両用輸送車輌です。日本陸軍での秘匿呼称はスキ車。開発製造はかねてから四輪駆動車を研究開発していたトヨタ自動車工業が行ないました。本車は鋼板製でボート形状に成形された車体を持ち、後輪駆動
今回は、レジンキットです。HINODE1/72装甲作業機(SS機)戊型です。“ARMOREDPIONEERVEHICLETYPE.E”装甲作業機とは、大日本帝国陸軍が工兵用近接戦闘器材として開発した戦闘工兵車です。付属装備を交換することにより、トーチカ攻撃用、地雷処理用、架橋戦車、火炎放射戦車などとして使用可能でした。甲型から戊型までの5種が生産され、日中戦争や太平洋戦争で実戦使用されています。漢字表記は装甲作業器とも書き、装
今回は、レジンキットです。HINODE1/72試製七糎半対戦車自走砲ナトです。“Prototypeself-propelledheavyanti-tankgunNa-To”試製七糎半対戦車自走砲ナトは、太平洋戦争期における大日本帝国陸軍の装甲戦闘車両です。既存の弱火力の日本軍対戦車砲から脱却し、アメリカ軍戦車が持つ装甲を撃ち抜くために作られました。1943年末より太平洋戦線に投入されたM4中戦車との正面戦闘に至っては惨敗を喫しま
【3D】北朝鮮“弾道ミサイル”の性能を徹底比較DPRKBALLISTICMISSILEEVOLUTION北朝鮮の問題①困った問題が起きてきました。アメリカはもうお手上げです。しかし、北朝鮮は悪いのです。まず、偽ドルをつくっています。それから、偽タバコもつくっています。それから、ハッカーをやって、他国のコンピューターを壊して、何百億ドルというお金を稼いでいるのです。悪のやりたい放題です。北朝鮮のプルトニウムをつくっている現場を視察したアメリカ人が一人います。それ
『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その4前回のブログ記事は、以下の通りです。『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その3アメーバブログ記事より『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その3アメーバブログ記事『『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その3』『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その3前回のブログ記事は、以下の通りです。『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その
『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その3前回のブログ記事は、以下の通りです。『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その2アメーバブログ記事より『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その2アメーバブログ記事『『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その2』『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その2前回のブログ記事は、以下の通りです。『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その
こんばんは。本日はちょっと一休み、今年5月に鹿児島の戦争遺跡を巡ってきました。万世~知覧~鹿屋の旅です。零式三座水上偵察機万世特攻基地で撮影された写真富屋旅館に泊まりました。空は少し曇っていましたが、開聞岳は美しかったです。一緒に旅をした、坂本氏と記念撮影。最後は美しい桜島で、おしまい。皆さま、いかがでしょうか。
『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その2前回のブログ記事は、以下の通りです。『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その1アメーバブログ記事より『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その1アメーバブログ記事『『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その1』『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その1この書籍は一度紹介しました。十字屋書店(千代田区神田神保町)掘り出し物〘2024.10.
[津軽要塞]汐首第1砲台②左翼砲座起工:昭和4年6月16日竣工:昭和8年3月15日備砲:7年式30cm長榴弾砲4門(1座1門)標高:16m〜22m任務:大間崎第1/第2砲台と相候して津軽海峡東口に対する敵艦の動作を妨害し、且其の航路を防過す。除籍:昭和15年7月備砲撤去→昭和17年2月10日廃止→昭和18年3月27日建屋類を除き砲座・砲側庫等除籍津軽海峡の東を防備するために築城され、7年式30cm長榴弾砲が備砲された(当初は8門配備だったが4門に減らされる)。第一次世界大戦
[函館/津軽要塞]穴澗低地観測所②北海道函館市函館山函館山は霧がかかりやすいため、高地にある砲台は高地の観測所だけではなく、視界不良などにも対応すべく低地にも観測所を設置した。①南東側に立待低地観測所:御殿山第1・御殿山第2・千畳敷砲台用②北側に高龍寺山低地観測所:御殿山第1・御殿山第2砲台用③西側の穴澗低地観測所:御殿山第1・御殿山第2・千畳敷砲台用穴澗低地観測所起工:明治35年8月1日竣工:明治35年9月15日所位:穴澗種類:御殿山第1/御殿山第2砲台用、千畳敷砲
『学徒兵らくだ君』たけだまこと(潮書房光人新社)その1この書籍は一度紹介しました。十字屋書店(千代田区神田神保町)掘り出し物〘2024.10.31〙アメーバブログ記事より❝こちらは、パラパラと捲って見て、面白そうなので衝動買いしました。然しながら、巻末を見ますと、1997年11月13日発行との事です。『なんと!!今から27年前の書籍ではないですかっ!!』新刊書籍と言うよりは、最早古本でしょう!それでも定価+外税10%で購入しました。ブック・オフに売るのが惜しく
兵隊やくざ続/有馬頼義【著】(潮書房光人新社)その2となります。前回のブログ記事は、以下の通りです。兵隊やくざ続/有馬頼義【著】(潮書房光人新社)その1アメーバブログ記事より兵隊やくざ続/有馬頼義【著】(潮書房光人新社)その1アメーバブログ記事『兵隊やくざ続/有馬頼義【著】(潮書房光人新社)その1』兵隊やくざ続/有馬頼義【著】(潮書房光人新社)その1となります。兵隊やくざ続/有馬頼義【著】紀伊國屋書店
兵隊やくざ続/有馬頼義【著】(潮書房光人新社)その1となります。兵隊やくざ続/有馬頼義【著】紀伊國屋書店ウェブストアより兵隊やくざ続/有馬頼義【著】-紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア光人社NF文庫続・兵隊やくざ―続・貴三郎一代(新装版)勝新太郎主演で話題を呼んだ痛快な兵隊映画の原作―軍律や階級や組織さえも怖れず、ケタ外れの行動力をもつ大宮とインテリやくざの上等兵の名コンビが、大戦末期の中国大陸を舞台にくり
こんにちは。本日は、試作中なのですが鷲の目眼鏡を再現したく、製作したものをご紹介したいと思います。こちらです。2種類作りました。ひとつひとつのパーツから手作りして完成させました。まだまだ改善点はありますが、作れば作るほどに理解が深まり、想像力も湧いてくるものです。当時、鷲の目型を開発した後藤氏が見事に完成させた、この航空眼鏡の凄みが伝わってくるようでした。これからも試作を重ねたいと思います。①フレーム黒色②フレーム濃緑色ヘッドマネキンに装
●日本陸軍九七式タミヤ35本日の旅は…。日本陸軍九七式戦車タミヤです。※写真等、見辛い点がありますが、現状を維持する事を心がけているため、パッケージの開封はしておりません。夢の旅人、プラモでした。なお、コメントに気付かない事があるかもしれません。(申し訳ありません。)追伸、アマゾンKindle本(電子書籍)作家《red.m》を応援して下さい。主に《ライトノベル》で出版しています。※無料キャンペーン水曜日17:00に開始し~
[由良要塞/加太](明治期)田倉崎堡塁③火薬庫・左翼観測所和歌山県和歌山市加太1907-2(青少年国際交流センター/旧・少年自然の家)※後日、写真入れ替え予定深山方面の砲台群(深山方面防禦の目的は友島方面防禦と相侍て地の瀬戸を扼し且陸方面に封し深山地方を確保するにあり)田倉崎堡塁起工:明治35年12月1日竣工:明治37年2月29日備砲:28cm榴弾砲×6門(3座6門)、31式速射野砲×4門標高:107m任務:前方一帯の海面を射撃し以て地ノ瀬戸に対する敵艦の動作を妨害し
さて、本日二記事目です昨日買った五式戦闘機を完成させましたマーキングは昭和20年7月に明野飛行場に展開した陸軍飛行第111戦隊第5中隊所属機としました陸軍は戦隊により派手なラインマークがあり目を惹きます五式戦は日本陸軍戦闘機の完成形と言えるべき傑作機でしたが、配備された昭和20年夏は空襲も激化し物資も欠乏。まともな精製油もなく機体性能を十二分には発揮出来なかったようです五式ではなかった気がしますが、戦後GHQがちゃんとしたガソリンを使って日本陸軍機の評価飛行をしたら、スペック以上の数値
[由良要塞/加太](明治期)田倉崎堡塁②28H砲座和歌山県和歌山市加太1907-2(青少年国際交流センター/旧・少年自然の家)※後日、写真入れ替え予定深山方面の砲台群(深山方面防禦の目的は友島方面防禦と相侍て地の瀬戸を扼し且陸方面に封し深山地方を確保するにあり)田倉崎堡塁起工:明治35年12月1日竣工:明治37年2月29日備砲:28cm榴弾砲×6門(3座6門)、31式速射野砲×4門標高:107m任務:前方一帯の海面を射撃し以て地ノ瀬戸に対する敵艦の動作を妨害し、兼ねて
[由良要塞/加太](明治期)田倉崎堡塁①右翼観測所和歌山県和歌山市加太1907-2(青少年国際交流センター/旧・少年自然の家)※後日、写真入れ替え予定深山方面の砲台群(深山方面防禦の目的は友島方面防禦と相侍て地の瀬戸を扼し且陸方面に封し深山地方を確保するにあり)田倉崎堡塁起工:明治35年12月1日竣工:明治37年2月29日備砲:28cm榴弾砲×6門(3座6門)、31式速射野砲×4門標高:107m任務:前方一帯の海面を射撃し以て地ノ瀬戸に対する敵艦の動作を妨害し、兼ねて
ちょっと前の地図には、「トムリンソン柏キャンプ」と書いてある米軍基地の跡地は今は、東京大学柏キャンパス。その一般公開に今年も行きました。実験のため巨大水槽などがあります。ロボット投入。名前は、海底ロボちゃん(私が命名)ではなく、ハットリでした。触れ合わない棒で立っている、施設。土手に囲まれています。コンピューター室は、熱い。庭は、牧跡の雰囲気を残してくれています。米軍の前は日本陸軍、その前は開墾地、その前は徳川幕府の牧でした。このメガホンに
[由良要塞/加太](明治期)加太砲台③観測所など和歌山県和歌山市加太1907-2(青少年国際交流センター/旧・少年自然の家)※後日、写真入れ替え予定深山方面の砲台群(深山方面防禦の目的は友島方面防禦と相侍て地の瀬戸を扼し且陸方面に封し深山地方を確保するにあり)加太砲台起工:明治35年12月1日竣工:明治37年2月27日備砲:斯式30口径27cm加農砲×4門(4座4門)標高:50m任務:地ノ瀬戸を射撃し以て地ノ瀬戸を通過せんとするを妨害す。除籍:終戦まで存続出典
[由良要塞/加太](明治期)加太砲台②砲座など和歌山県和歌山市加太1907-2(青少年国際交流センター/旧・少年自然の家)※後日、写真入れ替え予定深山方面の砲台群(深山方面防禦の目的は友島方面防禦と相侍て地の瀬戸を扼し且陸方面に封し深山地方を確保するにあり)加太砲台起工:明治35年12月1日竣工:明治37年2月27日備砲:斯式30口径27cm加農砲×4門(4座4門)標高:50m任務:地ノ瀬戸を射撃し以て地ノ瀬戸を通過せんとするを妨害す。除籍:終戦まで存続出典: